Episode_04.17 桐の木村の駐屯地
11月6日 桐の木村
小滝村のオーク襲撃事件から一週間、桐の木村は「重苦しい活気」という矛盾した言葉が当てはまるような雰囲気に包まれていた。事態の行く末を心配そうに見守る村人の日常生活は重苦しい空気に支配されているが、一方で渡河上陸作戦に使用する筏用の木材徴発に応じるため、木こり達は忙しく働いている。そして、村の外には三つの哨戒部隊が駐留し、野営地の設営や偵察行動を続けているのだ。
なるべく村の日常生活を邪魔しないように、と配慮している哨戒部隊に対して、桐の木村の住人達は出来るだけの協力をしようと、保存食である獣肉類や川魚の燻製など、俗にいう「ご馳走」の類や、水・薪・炭・その他の必需品をすすんで供出する。それは、豊とはいえない開拓村の精一杯の誠意であり、哨戒部隊は有り難くそれを頂戴したのだった。
そしてこの日の朝、ウェスタ城を出発した第十一から十五の五つの哨戒部隊が到着した。また、村には周辺の開拓村から召集に応じた猟師二十人が到着している。
一気に増えた兵士と物資、それに筏を作る木こりで
そんな駐屯地の隅に設けられた指揮所は、幕屋とも呼べない柱数本に支えられた天幕のみの作りだが、時折強く降る雪や氷雨に邪魔されずに作戦を打ち合わせるには充分のものである。その指揮所に、各部隊の隊長と副長、及び召集に応じた猟師の代表数名が集まり、作戦の打ち合わせが行われている。
ヨルク団長の副官として随伴しているパーシャが全員を前に口を開く
「まずは、召集に応じてくれた猟師達に感謝します。手当は後で約束通りのものを支給しますので、ご安心を」
そう言うと、猟師の代表者に向かい一礼する。それにルーカが軽く手を上げて応じる。それを皮切りにパーシャは打ち合わせを開始する。
「第二部隊長、準備状況を」
「はい。筏の準備は順調です。既に必要数の三分の二は渡河開始地点に設置済み、勿論隠ぺいしています。今朝確認した際に、獣か何かに荒らされたのか、筏が一つ対岸に流れていたので、今は監視の兵を数名配しています」
その報告にヨルク団長が少し眉を
「次に渡河開始地点周囲の状況ですが、偵察斥候の情報ではオーク兵の姿は見られません。さらに、背後を突く部隊の進出経路も可能な限り探りましたが、此方も敵の歩哨が居る気配は有りません……連中は、陣に籠っているのでしょうか?」
「うむ。分からんな。分からんことは決めて掛からぬ方が良い。作戦開始まで、引き続き斥候を出し続けろ」
「はっ、了解です」
準備状況の報告を聞いたヨルク団長は立ち上がると、口を開く
「昨日未明にトデン村でオーク兵の集団と戦闘を行い、結果第四部隊を連れてくることが出来なくなった。その為作戦は予定より一部隊少ない状況で実施する。第三、第五、及び十一、十二と十四、十五の計六部隊で渡河上陸することになる。予定よりも減ったが、その分敵兵を四百始末しているため問題無いと判断する」
そこで一旦区切ると、ヨルク団長は猟師の代表者たちを見る。
「本作戦で最も重要なのは第十三部隊の進出です。小滝村の裏に出るのに、どれくらいの時間が必要ですか?」
これに、桐の木村出身の初老の猟師が答える。
「えー、我々だけなら一日もあれば余裕なのですが……兵隊さん達だから二日とは言わないが、一日半は見ておきたいですね」
「わかりました、道案内よろしくお願いいします」
猟師の説明に頭を下げ、そしてヨルクは言う
「よし! 第十三部隊は今晩深夜に行動開始とする。進出経路や詳細についてはこの後、猟師の方と打ち合わせるように!」
「はっ、了解しました」
ハンザの返事が凛と響く。
「他の渡河部隊は明日の深夜に行動開始だ。街道を南に進出後、河を下り小滝村のある東岸北部へ上陸する。作戦は予定通りだ……各自奮起せよ!」
「応!」
ヨルク団長の言葉に全員が起立し気勢を上げる。作戦は予定通り行われることになった。
****************************************
「やぁ、ユーリーにヨシン。久しぶり……でもないな」
補給用の荷馬車から必要な装備を選び出し、運ぶ作業をしているユーリーとヨシンの所に、ルーカが近付くと声を掛ける。
「あれぇ、ルーカさん。どうしてここに?」
ユーリーの声に、ルーカは肩に掛けた「アマサギの弓」を見せる。
「もしかして、ルーカさんも召集で来たんですか?」
「ああ、そうだよ」
ヨシンの言葉にルーカがちょっと微笑み返す。そして、背嚢から油紙の包みを取り出すとユーリーに渡す。
「これは?」
「メオンから。中に手紙が入ってると思うから見てごらん」
促されるまま、包みを開けるユーリー。その中には短剣サイズの硝子の棒が三本と握りこぶしよりも少し小さい皮袋が一つ入っていた。硝子の棒は綺麗な透明で中には夫々赤、青、白の燐光を放つ液体が封じ込められている。その棒を持ってみると中の液体がそれにつられて上下にゆっくりと移動するのが見える。
「なんだ、それ?」
横から不思議そうなヨシンの顔が覗き込む。そのヨシンに包みを持ってもらい、ユーリーは同封されていた手紙を読む。それは、養父メオンの字で書かれた解説文だった。
――今回大変な任務と聞いたので、お前の力不足を補う為の品をルーカに持たせた。よく読んで、考えて使うように。
1 硝子の棒は魔水晶という魔術具。一度切りしか使えないが強い魔術が封じてある。使い方は、効果を出したいところに投げ付けるだけだから、お前でも使えるだろう。
赤は「火爆矢」お前が使える火炎矢よりも一段威力が大きい上に爆発して周りも攻撃できる。危ない術だから、味方が近くに居る時は使ってはいかん。
青は「弱体化」これはお前も使えるだろうが、お前の術よりも高度な術が封じてある。敵の集団に対して暫く効果を発揮する。
白は「濃霧」これは、文字通り濃い霧を作り出す。効果範囲は広いが持続時間は五分程だ。考えて使うように。
2 皮袋の中身は「制御の魔石」という魔術具。自分の魔力以上の魔術を使ったり魔力を消耗し過ぎると魔力欠乏症になる。どうせお前のことだから、既に何度か経験しているかもしれんが、この魔石にはそれを防ぐ効果がある。この際だからお前にやろう。いつも身に着けておくように。
最後になるが、魔水晶も制御の魔石も買うと金貨二十枚程の高価な魔術具だ、良く考えて使うように――
横からユーリーと一緒に読んでいたヨシンは、最後の文章に驚き、思わず手に持った魔水晶を思わず落としそうになる。
「うわっ、とっと」
「ちょっと、ヨシン危ないよ!」
「だってこれ全部で金貨八十枚って……」
最後の方は小声である。その様子にルーカが笑いながら言う。
「金貨なんて命あっての物だよ。使いどころを惜しんではダメだ」
「はい!」
ルーカの尤もな忠告にユーリーと、何故かヨシンも声を揃えて返事をするのだった。
そうやってユーリーら三人が話している所に、デイル副長の集合を掛ける声が響いてくる。その声に応じて集合する一同は哨戒部隊騎士を含めて七十、召集に応じた案内件弓兵の猟師二十である。その部隊が今回の作戦の肝「決死隊」とも呼ばれる第十三哨戒部隊である。全員が集まったところでハンザ隊長が口を開く。
「先ず猟師の皆さんに質問ですが、今回の進出経路に馬を持ち込むことは出来ますか?」
ハンザの言葉は務めて丁寧である。その問いに桐の木村の初老の猟師が答える。
「馬に乗っていくのは難しいだろうが、なるべく荷物を下ろして軽くした馬なら問題なく行けると思う。もともと獣道を行くのだから、人間よりも四足の馬の方が進みやすいくらいだ」
「分かりました。それでは、どれくらい時間が掛かりますか?」
「そうだな、お宅ら次第だが、休憩無しで進む訳にはいかんのかい?」
その猟師の問いにハンザと隣のデイル副長が頷く。辿り着いたはいいが、疲労困憊で戦闘に支障がでる様では意味が無い。
「だったら、今晩真夜中に出発して明日の夜中までに小滝村の裏山を上りきってそこで休憩したあと、明け方前に村の北側の崖上に出る道が一番良いと思う。小滝村の東北に新しくできた集落と小滝村を繋ぐ道の辺りだが、見晴しが良いから弓がやりやすい」
そう言うと猟師はニィっと笑う。
「しかし、夜の森を行軍するのは危険だな……」
部隊の別の哨戒騎士の言葉であるが、それに対して猟師が答える。
「大丈夫さ、裏山を上る前は小滝村からこっちを見ることは出来ないし、松明を使っても気付かれない。それに、こっちのルーカの旦那は『夜目』が効く。夜でも昼みたいに見えるらしい」
突然話を振られたルーカである。ルーカは夜目が効くが昼間のように見える訳では無い。しかし、それを否定して隊を不安にさせても意味が無い。どちらにしても夜の森を抜ける必要があるのは確かだ。
「夜の間は私が先導しますので、心配ありません」
敢えて自身満々に言ってみせるルーカの言葉に部隊の皆が安堵したような溜息を出す。それから、進出経路や持ち物に関する打ち合わせが続いたが昼前には解散となった。それ以後第十三部隊は夜の行動開始に備えて休息を取ることになっていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます