Episode_04.16 アルヴァンの作戦


 陳情が却下され、絶望すべき状況のブラハリーだったが、却下したガーディス王子本人の目が何処か「笑っている」ように感じていた。だから、午前の面談ではそれ以上食い下がることなく、引き下がったのだ。


(何か考えて下さるに違いない)


 そんな直感があったのは確かだった。


 そして、その日の残りを第二騎士団長の執務室で過ごしたブラハリーは、書類決済や面談にやって来る来客への応対をこなしつつ終始上の空であった。そして、普段の仕事を片付けると、今は邸宅へ戻り自室で過ごしている。


 ガーディス王子側から何か働きかけが有るかと待っているのだが、結局夜になっても音沙汰が無い。今日は騎士達を動かすことが出来ないため、配下の騎士達にはそのまま待機と引き続き準備を進めることを命じているが、


(あれは、勘違いだったのか……)


 ブラハリーは、案外本当に断られたのかもしれないと考え始めていた。確かに、ウェスタ候の正騎士を半分でも王都から動かせば、その分王都の守りは薄くなる。それでもブラハリーの申し出をガーディス王子が認めれば、王都に駐留を続ける他の爵家の家臣から不満も出るだろ。更に十中八九、ルーカルト王子が煽るため「謀反の準備」などと騒ぎ出す連中も現れるだろう。それでは、軍全体の士気にかかわる。


(これは、本格的に腹を括らねばな……)


 いざとなれば、命令無視で動くことも視野に入れなければならない。王家や爵家、それに仕える騎士、家臣、その下の様々な人々は全て、封建制度の中で生活している。彼等が依って立つ物は領地であり、それは先祖代々積み上げてきた努力の賜物である。それを護ることが許されないならば、それは主従関係を放棄する立派な大義名分になるのである。


 流石に、王家を離反することまでは考えないブラハリーであるが、


(一時、命令違反で不興を買ったとしても、時間を掛けて説明すれば分からないローデウス王でもガーディス王子でもない筈だ)


 と考える程深刻なのである。領地を護れない領主に付き従う領民は居ない。そして、ブラハリーの胸中にあるのは、


――領民が主、領地は従。領民の生活を安んじるために領地を経営し、税を取り、役務を課し、時に裁く――


 という、ウェスタ侯爵家の家訓ともいえる信条であった。


****************************************


 ブラハリーが一人で考えを巡らせていると、不意に廊下を急いで進む者の足音が聞こえてきた。音の主は、ブラハリーの自室の前で止まるとドアをノックし


「父上! ガルスが戻りました」

「そうか、入れ」


 こういう時に頼りになる老騎士の到着を待ち侘びていたブラハリーの声に応じて、アルヴァンとガルスが部屋へ入ってくる。


「殿、火急の折りに留守にしてしまい――」

「あぁ、それは構わん。突然の事だ」

「はっ、して正騎士は動かせますか?」


 流石ガルスである。心配所は同じ点だ。その質問に苦い顔で答えるブラハリーは


「殿下には一度断られた、折り悪くルーカルト王子が居合わせたからかもしれんが……」


 その言葉にガルスはキィッと表情を険しくする。口には出さないが、ルーカルト王子には思う所が多いようだ。


 立っていても仕方が無いと、取り敢えず長椅子に腰を落ち着けるアルヴァンとガルス、それとブラハリーは、三者三様に唸る。結局全員の頭の中にあることは


「腹を括って兵を動かし、その後の事は『止むを得ない措置』として押し通す」


 という事である。そんな中、何か「尤もらしい」別の口実が無いかと考えるアルヴァンである。如何に封建領主の掟と言えども、王子の命に真っ向から背くのは、その後を考えると宜しくないと思う。


(結局騎士が動ければいいだよな。従卒兵は騎士達の所領にも居るし、所領に残している兵の方が精強だとも聞く……)


 確かに夫々の騎士達が長く所領を不在にする正騎士団において、主の留守を預かる兵達は王都に連れてこられる兵達よりも「強い」と言うのは、皆口には出さないが事実である。だが、そんな騎士や兵達と親しく付き合っているアルヴァンはそのことを承知している。


(それに戦場は小滝村、補給物資を王都から運ぶよりもウェスタやトデンで調達するのが合理的か。それならば、いっそのこと騎士だけで動けば……)


 アルヴァンの考えが形になり始めたとき、部屋のドアを再び叩く者があった。


「殿! ガーディス王子より書状です」


 ガルスが立ち上がると、ドアの所でその書状を受け取る。羊皮紙を丸め青い蝋で封をされた書状は、明らかにガーディス王子の使用する「紋章」が封に押されている。その書状をガルスから受け取ったブラハリーはサッと封を解くと中身を読む。その書状には――


 ――先ずは、今朝程の弟の暴言を許されたい。その上で、願い出の件に関しては、やはり公に認めることは出来ない。各爵家が納得するような別の口実を探してほしい。くれぐれも、私の命に背いたと皆に分かるような行動は慎んでほしい。何れまた、遠乗りや狩りに誘われるのを心待ちにしている――


 という内容が書かれていた。それを三人で回し読みする。ガーディス王子の求めは「自分の命に従う」ことである。近い将来王に即位するだろうガーディスにとっては、「三大侯爵を従わせることが出来る」という周囲からの評価は絶対必要なのだろう。その事に注意を払ってくれれば後は追認するという事だ。しかも、書状という後に残る形でそれを出してくる辺りに、ブラハリーとガーディスの信頼関係が見て取れる。


「うむ……口実か……」


 ブラハリーの考え込む声に、アルヴァンが声を上げた。


「父上!」

「なんだ?」

「……こういう口実・・はどうでしょうか?」


****************************************


 翌朝、王都リムルベートのウェスタ侯爵邸では、ちょっとした、では済まない大騒ぎが起こっていた。ブラハリーが普段よりも早く王城へ出発して直ぐに、若君アルヴァンが騒ぎ出したのだ。


 珍しく、というより殆どの者達が初めて見るアルヴァンの様子は、とても荒れていた。何故か甲冑を身に着けたアルヴァンは屋敷の玄関辺りで他の騎士数名に対して大声で喚き散らしているのだ。


「貴様らはそれでも騎士か! 御領地の危急に安穏とした顔をしおって!!なにが『どうして甲冑をお召に?』だ。貴様が平服で居ることの方が余程にオカシイと何故考えん!」

「も、申し訳ありません……」


 アルヴァンから叱責を受けている騎士は顔面蒼白である。しかも彼の着ている服は鎧下の綿入れであり明らかに平服では無いのだが、そんな返答など許さないアルヴァンの剣幕である。


「もうよいっ、貴様らの緩み切った性根を俺が叩き直してやる! 全員庭に出ろ!」


 そう叫ぶと、肩を怒らせて外へ出る。騒ぎに気付き集まってきた待機中の騎士達はザワザワと声を低く「何事か?」と言い合うが誰も分からない。そんな彼等に対して振り返るアルヴァンは「いよいよ我慢が成らん」と言う風に顔を真っ赤にして


「貴様らは俺の言葉が分からんのか! 当家の騎士は犬畜生か!」


 その怒声に、全員が慌てたように庭へ駆け出す。そして整列した正騎士二十人を前にすると、アルヴァンは


「最近貴様らは弛んでおるのではないか!」


 と大声を発する。そして列に歩み寄り、端から順に全員の頬を張っていく。パンパンと小気味良い音が響いた後


「この間の親善試合では、哨戒騎士に遅れを取り。この度の領地の一大事では、まるで他人事のように安穏としておる! 俺が鍛え直してやる、遠乗りに出るぞ! 暫く戻らないからそれなり・・・・の準備をせよ」


 敬愛する若君アルヴァンに頬を張られた上に、侮辱とも取れるキツイ言葉である。特に親善試合で「選抜騎士」だった九名の騎士達は動揺するが、更なる暴言を恐れて夫々が準備に走り出すとやがて装備を整えた騎乗の騎士二十騎とアルヴァンは午前の王都リムルベートを疾風のように駆けて行った。


 一方、若君アルヴァンの「御乱心」の報せを受けたガルス中将は


「なんと! それはいかん。殿にお知らせせねば!」


 と大慌てでたっぷり・・・・時間を掛け身なりを整えると王城へ出発する。騎乗のガルスはゆっくり馬を進めると、やがて城門が見えてきた辺りで急に馬に拍車をかける。城門を警備している兵士達は物凄い勢いで迫りくる騎士を認め一瞬緊張するが、それがウェスタ侯爵家のガルス中将と分かると緊張を解く。


「どうされたのですか? ガルス中将!」


 警備担当の衛兵隊長が声を掛けるが、ガルスは慌てた様子で馬の手綱を彼に押し付けると、


「我が主ブラハリー様はどこだ!?」


 と大声で訊くのだった。


 結局この日、他の爵家と会議を行っていたブラハリーの所に、会議中にもかかわらず飛び込んで来たガルス中将は、大声で若君アルヴァンの乱行を主に伝えた。それはそのまま他家の知る事となり、


「手の付けられない乱暴者の若君に手を焼くブラハリー殿」


 という印象を全員に与えることに成功していた。更に、狼狽えたブラハリーが


「直ぐに手勢の騎士を集めて後を追え。連れ戻してまいれ!」


 と言うのも「当然」または「ご苦労な事」という雰囲気を作ることが出来たのだった。去年にブラハリーが一度子息のアルヴァンを「廃嫡」しようとしていた、という噂も今回の事に信憑性を持たせる遠因となっていた。


 こうして各爵家の「了解」のもと堂々と騎士を王都から動かす状況を作り得たウェスタ侯爵家、その日の夕方にガルス中将が三十騎の騎士を率いて、先行したアルヴァンと合流するべく王都を後にしたのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る