Episode_04.18 出撃前


 部隊に休息を命じたハンザは、自分も設営したばかりの幕屋に戻る。部隊長向けの幕屋は狭いが、個人の空間が確保されているのは「有り難い」といつもながらに思う。小さいベッドと机に椅子。自分の着替え類が入った木製のケースが置かれただけの空間だが、ユーリーやヨシンなど十人単位で雑魚寝をする兵士や二、三人で一つの幕屋を共用する他の哨戒騎士に比べれば隊長とは良い待遇だと思う。


 そんな幕屋内のハンザは、兜を脱ぎ、手甲を取ると外套を外して椅子に掛ける。その後は、首元に巻いた青色のスカーフを外してから、ネックガードと肩当てが一体となった部分を脱ぎ去ると、胸甲に付随する下半身を護る草摺タセットを外す。そして、胸甲から肩に掛かるベルトを注意して緩める。片手で胸甲の重さを支えつつ両肩のベルトを外し、左脇の留め金を取ると、ようやく上半身が甲冑の拘束から解放された。


 一度背伸びと深呼吸をして、それから足を護る脛当てグリーブを外し、取り敢えず全身を覆う装甲は取り去った。「鎧なんて服みたいなものだ」とはデイルの言葉だが、いかに軽装甲の哨戒騎士用鎧と言っても、二日近く着けっぱなしでは余計な疲労がたまるものだ。


 鎧の束縛を外したハンザは一息吐く。このまま休んでもいいのだが、折角だから鎧下の綿入れと下着も新しいものに取り換えることにする。一度幕屋の入口に戻り、両開きの布製のカーテンがしっかり結んであることを確かめると再び中央に戻り着替えの続きを始める。


 厚手の革で所々を補強してある綿入れは衝撃を吸収する役目だが、この季節は防寒も兼ねている。綿入れと一体になった丈夫な革製の補強は、主に関節なのどの可動部で、装甲されていない部分を保護する物だ。そのため、綿入れのみの格好となると、妙に継ぎ接ぎつぎはぎの服を着ているような外見となる。


 凡そ女性が好まざる無骨な格好だが、そもそも其方の方面に頓着が薄いハンザは、手慣れた様子でそれを脱ぎ去り、分厚い革製のズボンも脱ぐと下着姿になる。何の飾り気も無い洗いざらしの綿の下着だ。上はそれほど豊かでは無い膨らみを、更に目立たないように覆い尽くしている。下は尻のほうから柔らかい股布をやって前紐で留める格好で、男性用とはおもむきが異なる。


 昼間とはいえ、少し寒い季節のこと。ハンザはサッサと着替えを済ませようと、腰の下着に手を掛ける。その時、不意に入口に人の気配が起こった。反射的に身を硬くするハンザだが、


「デイルです、湯を持って来ました」


 思いも掛けず、愛する人の声を聞き頬が緩むのを覚える。しかし、陣中である上に、最低限の恥じらいは保っておきたいハンザは手元の毛布で全身を隠すと、一度咳払いをしてから肚に力を入れ、


「よし、入れ!」


 と言うのだが、直ぐに自分で入口のカーテンを固く縛ったことを思い出す。そして、誰に見せるでもない苦笑いをしながら、それを解きカーテンをまくり上げる。幕屋の外にはハンザと同じような鎧下の綿入れの恰好になったデイルが湯の入った桶を持って立っていた。


「あっ……」


 剥き出しの白い肩に毛布を巻きつけた状態のハンザを見たデイルは、目を丸くしてしまう。思いも掛けずなまめかしい姿を目にして固まるデイルだが、ハンザは


「……早く入れ!」


 と小声で言うとデイルを幕屋に引き入れ、サッと再び入口のカーテンを閉じてしまった。


 第十三部隊の幕屋は駐屯地の端に纏まって建っていた。そのため出撃前の準備で忙しい他の兵士や騎士達の中で、この密やかな動きに気が付いた者はいなかった。その後、一時間ほど幕屋の入口は開くことが無かったが、中でどんなことがあったにせよ、何れにしても大事の前の小事である。


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 夜の帳が降りた駐屯地は明々と篝火や焚火が燃され、行き交う兵士たちを照らしている。真夜中には未だ時間があるが、第十三部隊は食事をとっていた。


 しばらく、温かい食事はとれないだろう。そう思ったユーリーとヨシンは人一倍躍起になって食べ物を確保しようとする。食べ物といっても、村から提供された肉類に保存食のピクルス、塩漬け鱈、適当な根菜類をごった煮にしたものである。それを大き目の木の椀に受け取ると、冷えて飛び切り硬くなった黒パンをふやかしながら食べていく。湯気を立てる椀から具材を掬い取り口に放り込み、そのまま汁を啜る。塩気の強い陣中食であるが、温かい汁はこの時期有り難かった。


 結局二回お替わりをしたユーリーとヨシンは、荷駄隊の調理兵に三回目を断られると、黒パンだけを齧りながら何とか満腹に達する。


「これから山道の行軍だってのに、そんなに食べたら途中で気持ち悪くなるぞ」


 年配の兵士が呆れ顔で忠告するが、別の兵士が


「なに、こいつらの胃袋は特別だぜ。一回入れた物は梃子でも出さないみたいだ」


 と笑いながら言う。皆これからの任務に不安の筈だが、それを笑い飛ばすように明るい雰囲気である。勿論わざとそうしているのだろうが、皆がそうすることで本当に明るい気持ちになって来るから不思議なものである。


 そんな会話を交わしつつ、ユーリーは食事前の時間に、デイルと打ち合わせた内容を思い出していた。


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 もうそろそろ夕食という時間に雑魚寝の幕屋から起き出してきたユーリーは、何処かスッキリした表情のデイルと魔術に関する援護方法について軽く打ち合わせをしていた。


 ユーリーの魔術は第十三部隊の戦力を語る上で今や重要なものになっている。しかし無尽蔵に使える力では無い以上、可能な限り有効に使用するべき戦略資源と言えるのである。ユーリーが魔術を使える回数は、最も得意で負担の少ない「加護」に換算して六十回分。これは魔石からの魔力が四十回分で、それにユーリー自身の魔力二十回分を加えたものだ。


 デイルは勿論のこと、ユーリー自身もこれが多いのか分からないが、実際のところ魔石に頼らない自分自身の魔力のみで二十回というのは可也多い・・・・と言える。通常ユーリーが使う程度の魔術しか使えない見習い魔術師は「精々五回前後」が相場であるから、四倍近い魔力量なのだ。


 更にユーリーは、使用可能な魔術の種類についても概要をデイルに伝える。こちらはそれほど種類が豊富という訳ではない。しかし、正の付与術を中心として、部隊を強化できる身体機能強化フィジカルリインフォース防御増強エンディフェンス治癒ヒーリング止血ヘモスタットは、活用できれば強力な助けになると思われた。


 その他として、ユーリーは、メオン老師から持たされた魔術具 ――魔水晶―― の説明をしたのだが、全て聞き終えてもデイルはそれらを「どうやって生かすか」が分からない。腕を組んで首をひねり考え込むのだった。


 そんな様子のデイルとユーリーの近くを通りかかったパーシャ副官がその二人を見て声を掛けてくる。見知った者同士だが、今回は未だ会話をする機会が無かった。


「おお、二人とも元気そうだな……デイルどうしたんだ、難しい顔をして。隊長と喧嘩でもしたのか?」


 結構な大声で言うパーシャにデイルは少し頬を赤らめながら、


「止めてくださいよ、パーシャさん。喧嘩なんてしませんよ! 今ユーリーの使える魔術をどうやって生かせば良いか考えていたんです」


 と言い返す。それを聞いたパーシャは少し考えると、まるで「大したことは無い」と言わんばかりに返事をする。


「デイル……お前がそんなこと考えたって分かる訳ないだろ。でもこの間ヘドン村で化け物退治をしたとき、俺はユーリーに何も指示しなかったが、ユーリーはちゃんと・・・・やっていたぞ。寧ろユーリーがこっちに指示していたくらいだ」


 それを聞いて、ユーリーは少し気恥ずかしくなる。そんなつもりは無かったのだが、確かに何度か指示らしいこと・・・・・・・を戦闘中に口走っていたかもしれない……そんなユーリーを余所にパーシャは続ける


「魔術の使い所はユーリーに任せた方が良いんじゃないか?」

「うーん、そうかもしれませんね……わかりました、ユーリー! そう言う事だから頑張れよ!」


 ということで、魔術の使い処は若い兵士ユーリーに丸投げとなったのだった。


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 そして、時間は真夜中。駐屯地に整列した第十三部隊と召集猟師二十名はヨルク団長の激励を受けて、テバ河を渡河し反対側へ渡たると、夜の闇の中に姿を消したのであった。


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