Episode_04.13 戦の後
「で、敵兵の数は?」
「死体の数は四百前後です」
戦いが一段落したトデン村、その中央広場に臨時の指揮所が作られる。指揮所といっても焚火を燃した周辺に椅子と机を持ち寄っただけの「青空指揮所」である。その指揮所には、各部隊の主だった哨戒騎士達が集まり状況報告を行っている。その中心で報告を受けるヨルク団長は「前後?」という顔になるが、報告した哨戒騎士は
「何人分か判別付かない死体が結構ありましたので、凡そ四百くらいと思われます」
と報告を続けるが、最後にその光景を思い出したようで「うっぷ」と込み上げる吐き気をなんとか堪えている。
「あぁ、わかったわかった、あっちでやってくれ……それから住民の被害は?」
「はい、住居が数軒破壊されていますが、人的被害は有りません」
別の哨戒騎士がその問いに答える。
「良し。最後に、我が方の被害は?」
その問いに第四部隊長パーシャが答える。返り血を浴びてドス黒い赤に染まった甲冑はそのままで、取り敢えず顔だけ拭った壮絶な恰好だ。
「第四部隊と第六部隊合わせて、兵士の死者二十三名、負傷者三十名、哨戒騎士は死者二名、負傷者が三名です。第十一から第十五部隊は死者無し、負傷者十二名いずれも兵士のみです。負傷者の内、重症者は八名……助からぬ者も居るでしょう」
その報告に流石のヨルク団長も顔を顰める。
(第四、第六合わせて半数近くが死傷者か……よく「持たせた」ものだ)
と思う。部隊の半数、いや三分の一が死傷すれば「全滅」と同じだ。少なくとも、その後しばらく作戦単位としては機能しない。
「わかった。現時点をもって、第四部隊と第六部隊を現地解散し残存人員を合わせた特設部隊に再編制する。以後、特設部隊は後続の領兵団の指揮を執れ。任務は負傷兵の手当と、引き続きトデン村の防衛だ」
その言葉に、パーシャが気色ばむ。
「待ってください! 我々は未だ……」
まだ戦える! と言い掛けて、しかし言い切れないパーシャは、悔しそうに顔を歪ませる。先月ヘドン村で部下を失ったばかりのパーシャは「もう二度と」という思いが強かったが、そこへ畳み掛けるように今回の事件である。音が聞こえてきそうなほどに、奥歯を噛締める様子は周りの騎士達からも見て取ることができた。
その姿を正面に見据えるヨルク団長は、パーシャの気持ちが良く分かる。どんなに足掻いても、戦いに犠牲は付き物だ。寧ろこれくらいの被害で敵を殲滅出来たのだから、大成果と言っていい。しかし、そう言う割り切り方が出来ない優しい人間がいるのだ。
かつて優秀な騎士が同じような状況で気力を失い哨戒騎士団を去って行った。その姿を副長として見ていたからこそ、だからこそヨルク団長は口を開く。
「特設隊に隊長は二人もいらないな、桐の木村へ行けば此方も大所帯だ……騎士パーシャ、俺の副官をやれ! 敵討ちをさせてやる」
ヨルク団長の言葉に、黙って頭を下げるパーシャであった。言葉にならなかった……
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11月5日早朝
敵の死者を葬ることは、心情的に複雑なものがある。これが人間同士の戦いならば、我も彼も、いつかは野に屍を晒すことになる兵同士。だからこそ、敵味方の憎しみを越えた弔いの心情が芽生えるため、誰も文句は言わないだろう。
しかし、相手がオークならば話は別だ。此方がその心意気を見せたところで、相手にそれを望むべくもない。しかし
(それでも……)
それでも、村から少し離れた丘に大きく掘られた穴に、敵の死体は次々と横たえられると、順に土を被せられる。未明から続くこの作業の中で、夫々の兵士が祈りの言葉を呟くか、又は怨嗟の言葉を吐くか、それは分からない。だが戦いの後の作法はこうやって守られるのだ。周りの兵士と共に作業を続けるヨシンは、そんな事を考えながら、黙々と沢山のオーク兵の死体に土を掛けるのであった。
一方ユーリーは、負傷兵の救護に当たっている。酷い重傷を負った者が数名いる。戦場での応急処置では止血できず、ただ仲間の兵士の傷口を押えるしか術のない兵士に近づくと、止血の術を施す。大きい傷跡だが、何度か術を重ねることで、ようやく出血が止まった。
その兵士の傷口を抑えていた別の兵士 ――おそらく友人同士なのだろう―― が「あぁ……」と安堵の声を漏らす。ユーリーの使う
(まだ大丈夫、まだいける)
と自分に言い聞かせて、「治療」に当たっていく。
苦しいが、重傷兵を助ける以外にも成果があった。支給された魔石の魔力量を凡そ推測することが出来たのである。戦闘中は考え付かなかったが、その後の救護中に一度魔石の魔力で術を掛けてみた。そして、魔石無しの状態の術との疲労度の違いや、魔石の消耗度を比較して、
(多分、
と推測している。ヘドン村での一件で魔力欠乏症を経験しているユーリーは、あの後特に念入りに瞑想の修練を続けていて、今の感覚だと「持っている魔石分」くらいの魔術を自力で使っても大丈夫、と実感している。
そんな事を考えながら、最後に残った重症者へ術を掛けようとするが……その兵士に付いていた別の兵士が、首を振ってユーリーを押し留める……間に合わなかったのだ。
「すいません……」
「いや、お前のせいじゃない、良くやってるよお前は。それより休めよ、酷い顔色だぞ」
確かに、もう限界だ。首筋を大きく切られ、今息を引き取ったばかりの兵士の顔を見つめながら、もう何も思い浮かばないほど消耗しているようだ。
(ちょっと、やすもう……)
戦いで命を落とした仲間達は、夫々棺に納められると、ウェスタ城下へ送られる。家族の有る者にとっては、悲しみの報せとなる棺積んだ荷馬車だ。それを見送る兵士達は、これから、更に厳しい戦いが決定づけられている。だから暗澹とした気持ちを押し殺して、英雄として見送るのだ。昨晩の勝ち戦は彼らの手柄だ。
――万歳!万歳!我らの英雄よ、万歳!――
そうやって送り出される荷馬車を眺めながら
(戦いに勝っても死者は戻らない……幾ら讃えても命は帰らない)
攻められたから、攻め返す。奪われたから、奪い返す。侵されたから、侵し返す。原因があって、結果がある。そしてその結果は次の原因となって長く編まれた鎖のように続いて行く。騎士の剣には、その鎖を断ち切る力は無い……振るえば振るうほどに、鎖は長くなり僕たちもいつかそれに絡め捕られて……
(一体何を求めているのだろう、この先に何があるのだろう……)
「問い」として破綻して、答えが無い。当然だ、「何を問いたいのか」すらわかっていない。
荷馬車を見送るユーリーは、ふとそんな思いに駆られる。隣に立つヨシンは鼻を啜っている。泣いているのだろう。「俺は絶対許さないからな!」なんて言い出したら、僕は調子を合わせられるかな? ふとそんな不安がよぎるが
「なぁ、ユーリー。なんか……寂しいな……」
「……ああ、切ないね……」
仲間の死に面して、「憎い」「許せない」ではなく、もう会えない仲間に対する惜別の情を「寂しい」「切ない」と表する若い兵士二人。初陣にして、「戦場」を知ったユーリーとヨシンであった。
しかし、そんな少年の感傷など気にも留めずに五つの部隊は桐の木村へ向けて北上を開始する。今日の夕方には到着するだろう。そして、一日休息を取った後、第十三部隊は一足先に行動を開始する手筈だ。
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灰色のフード付きローブを身に纏った三人の旅人が街道を北に急いでいる。背の高い男が先頭となり、その後ろを小柄な、シルエットから女性だと分かる二人が付き従っている。
真ん中の女性が街道の泥濘に足を取られて、度々遅れかかるが、先頭を行く男は歩みを止めずに振り向き何か言う。最後尾の女性が、それを受けて真ん中の女性の手を引き、歩くよう急かせているようだ。
何かに追い立てられるように先を急ぐ三人は、オークの襲撃以降、人の往来がめっきり少なくなった街道を行く。
「いと慈悲深き大地母神パスティナよ、われらを導きたまえ」
「いと慈悲深き大地母神パスティナよ、われらを導きたまえ」
……………………
………………
…………
……
よく聞くと、先頭と最後尾の人物は、パスティナ神への祈りを口ずさみながら歩いている。彼らにパスティナ神の加護があったとすれば、昨晩のトデン村へのオークの襲撃に遭遇しなかったことだろう。オーク達が上陸する少し前にその地点を通過していたのだ。だが、それがパスティナ神の加護であるという保証は何処にもない。
不安気な表情を浮かべる、真ん中の女性はリシアである。そして、前を行くのがジョアナの弟イサム、後ろに続くのがエーヴィー。彼らはパスティナ救民使白鷹団のメンバーで、ウェスタ城へ避難する途中で仲間から離脱した面々だ。
今は桐の木村へ急いでいる。何故かというと、突然イサムが
「パスティナ神の天啓を受けた! 聖女リシアを伴い桐の木村から東に迎えと天啓があった!」
と言い出したのだ。天啓とは、まさに神からの啓示。信仰を追い求める者がいつか受け取りたい神からのメッセージである。しかし、他のメンバーはそれを引き留める。危険だからと言うのだ。
(神の天啓の前に危険など問題ではない。いや、危険なのはこの天啓が試練である証拠だ)
反対されるほどに燃え上がる信仰心に、没入し陶然とした心持ちのまま、イザムは半ば強引にリシアを連れ出したのだった。そして、エーヴィーも付いてくる事になった。なにせ、エーヴィーは自称「リシア様の侍女」である。エーヴィーの信仰はパスティナ神よりも聖女リシアに向けられているのかもしれない。
そんな信仰心に燃える二人と、連れ回されるリシアの三人組は、街道をひたすら北へ目指す。
「桐の木村から東」そこに何があるのかも知らずに。
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