Episode_04.12 トデン村の戦い Ⅲ
気は逸るが、極力それを抑えて馬を進めるハンザ。跨る愛馬はもう数年来の付き合いになる雌馬だ。未だハンザと父のガルスが反目しあっていた頃、ガルスが「この馬が俺の娘だったら、どんなに良かったか……」と言わせたほどの名馬である。勇敢で賢く、何より従順である。そんな愛馬は乗り手の内心を察してか、全力で走り出したい衝動を抑えるように鼻を鳴らす。
そのハンザの隣には、デイルが付いて進んでいる。デイルの馬は、前回ラールス家の所領地に戻った際にラールス家の馬に変わっており、ハンザの愛馬とは姉弟だった。姉に比べると、幾分大人しい性格だが、脚が速い上に肝が据わっていて大抵のことには驚かない。そのデイルの愛馬は、横を進む姉馬の鼻先に自分の鼻先を、コンッ、という感じで当てる。
まるで「落チ着ケヨ姉サン」と言っている風で、その様子に気付いたハンザは、ふっと口元を緩める。
今、哨戒騎士四十騎の集団はトデン村の外壁沿いに迂回すると北の入口を目指している。目指しつつも、先行した斥候役の合流を待っているため、その速度は緩い。しかし、風に乗って聞こえてくる、武器を打ち合わせる音や飛び交う怒号に、自然と心が逸るのは皆一緒である。
そこへ、同じく外壁沿いに此方へ早足で駆けてくる騎士五騎、先行した第十一部隊の面々だ。
「見つけました、やはり北の入口ですが、かなり村の内部に侵入しております」
斥候役の騎士がそう告げる。
「残りはどうした?」
「北口で監視を続けています」
デイルとその騎士の遣り取りを聞いたハンザは剣を抜くと、
「よし! このまま村を迂回しつつ北口へ向かう。オーク共の背後を突くのだ! 進めぇ!」
指揮を任されたハンザの号令で各騎士は馬を走らせる。ここから先は全速力だ。ようやく疾走を許されたハンザの馬とデイルの馬を先頭に四十五騎に増えた騎士の集団は、まるで一頭の獣のように夜の闇を切り裂き進む。
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「後列抜剣! 前へ出ろ! 前列は左右に展開だ!」
パーシャの号令に後列の兵士達は、背中に括り付けた盾を手に取ると片手剣を一斉に抜き前列と交代する。交代ざまに前列の兵士達は、それまで持っていた槍を相手に投げ付けると、一旦後ろに下がり同じく抜剣、左右に展開する。防衛線は既にトデン村の中央広場まで後退している。広い所に出てしまえば、数で勝る相手に左右を突かれ易い。横方向の取り回しが効かない槍を捨てて剣と盾で白兵戦に持ち込むための、パーシャの命令である。
後ろに下がっていた弓兵も今や矢を撃ち尽くし、同じく剣を抜き防衛線に加わる。広場で半円上に防衛線を広げる第四、第六部隊が白兵戦を挑む覚悟であると見たオーク兵は武器を打ち鳴らしながら次々と飛び掛かってくる。
いたるところで、盾と武器の打ち合う音や悲鳴、怒号が飛び交う。敵の最前線に割って入る騎士も散々に武器を振るうが、敵の勢いを押し返すまでには至らない。
全身に返り血を浴びて湯気が立っているパーシャは、休むことなく大剣を振り続けているが、そろそろ限界が近いことを悟る。そんなパーシャの隣に立つ兵士が、こん棒を持ったオークに殴り倒される。パーシャは、止めを刺そうと武器を大きく振りかぶるオークに横から体当たりすると、そのまま姿勢を崩した相手の胸に大剣を突き立てる。トドメとなったことを確認すると、パーシャはふと味方の倒された兵士に向ける。その兵士は気絶しているのか死んでいるのか判別付かないが、助け起こす余裕はなかった。そこへ――
「新手です! 東から!!」
兵士の誰かが、悲鳴のような声を上げる。今でも百五十近い敵と対峙しているのに、それと同じ位の規模のオークが東から広場に突入してくる。幸いにして背後を突かれることは防げたが、背後が側面に変わっただけで、危機的状況には変わりない。
(クソッ、もうダメか……)
その時、トデン村の広場に地鳴りのような、山鳴りのような音が響いてくる。それは耳鳴りのようにパーシャには聞こえたが、直ぐに大きくなって迫ってくる。
ヨルク団長率いる歩兵主力の援軍だった。
「鬨の声を上げろ! とにかく声を出せぇ! 全員突撃だ!」
兵士約三百人を指揮する馬上のヨルク団長の号令で、既に抜剣した兵士たちが、南の街道から広場へ雪崩れ込んでくる。その中には当然、ユーリーとヨシンも加わっていた。
オオオオォォォォ!
鬨の声を上げた哨戒部隊は、南から広場に突入すると、侵入したオーク兵の集団とぶつかる。武器のぶつかる音、怒号、罵声、そして悲鳴。そういった戦場の音がより一層音量を上げて広場を包み込む。
乱戦の様相を呈した戦場で、ユーリーとヨシンは肩を並べて戦う。本当ならば部隊の全員に強化術を掛けたいユーリーであるが、そんな大人数に一度に術を掛けたら
(確実に死ぬ)
ということは分かるため自制している。今回出発に際して、昔誰かが間違えて仕入れて以来、棚晒し状態で使われないでいた魔石を特別に支給されているユーリーだが、小さい皮袋に入った一握りの魔石でどれだけ魔力が持つのか、経験不足から分からない。だからいつものように、自分とヨシンに
ユーリーの隣で戦うヨシンは、以前デイルが所有して、先日ウェスタ城下の武器屋兼鍛冶屋で修復された「折れた
ヨシンは、やっとの思いで手に入れた両手持ちが可能な剣を「折れ丸」と名付け、これまでの二週間ほど、暇さえあれば
「いいかユーリー。剣は一度折れたら、もう二度と折れないんだ」
当然である。一度折れた剣は、新しい物と交換されるから二度と使われない。使われないから折れることも無い。そんな当然のことを真顔で言うヨシン。ユーリーが
「武器に名前を付けるのは
と親友をからかった時の返事であった。
しかし、ウェスタ城下で中古武器を主に扱っている武器屋の主人の「鍛冶としての腕」は確かで、また何を思ったかヨシンと意気投合してしまい、修復の域を超えて、殆ど造り直しに近い仕事を施していた。そうして蘇った「折れ丸」は以前よりも刀身に厚みがあり一見すると別物に見える。それがヨシンの手の中で、敵に対して猛威を振るう。
一方ユーリーは、自分に飛び掛かってくるオーク兵の攻撃を盾で受け止め、その盾の陰から片手剣を一閃させ、敵の左脇腹を切り裂き、蹴り倒し、止めを刺す。乱戦の中でも流れるような剣捌きだ。そして、ヨシンを中心に近くの他の兵士達の戦いにも気を配る。
オーク兵と鍔迫り合いをする兵士に、別のオークが向かって行くのを察知すると、素早く近づき
「スマン、助かった!」
そう言う兵士が腕から血を流しているのを見て、ユーリーは
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哨戒騎士団の援軍到着によって、トデン村の戦いは遂に両軍の均衡が崩れ始める。
援軍到着時、数の優劣は互角だったが、戦場に臨む想いや覚悟の差だろうか、徐々に守備側が優勢となっていく。援軍の哨戒部隊は防衛側の一端に到達し、強力な防衛線を復活させてオーク兵を押し返し始める。
援軍を得た守備側の反撃は凄まじく、押し寄せるオーク兵を次々討ち取っていく。対するオークの集団は既に二百程度まで数を減らしている。優勢に立つと滅法強いが、劣勢になると途端に逃げ腰になる、そんな種族の特性を熟知しているベレの頭の中には「撤退」の二文字がよぎる。広場には南東から北西にかけて斜めに走る前線が形成されていて、南東側は押しまくられているが、北西側 ――北側の入口へ続く街道―― は、まだ辛うじてオーク兵側の勢力下である。
(くそっ、こんな筈では……しかし、今なら間に合うか!)
ベレはそう覚悟を決めると
「お前達、撤退だ! 退け! 退けぇ!!」
と大声を上げる。前線で夢中になって戦っているオーク兵を除いた集団の殆どが、その声に反応すると、我先にと北の入口を目指して遁走を始める。勿論ベレはその先頭に立って逃げているのだが、
ヒヒィーン……
暗闇の向こう側から馬の嘶きが聞こえてきた気がする。
(ん? なんだ……)
自分や後ろを走る兵達の足音や息遣い、装備が立てるガチャガチャという音に紛れて、蹄が地面を蹴り立てる音が響いてくる。何かが此方に向かって近づいてくる。そう直感したベレは走る速度を緩めるが――
「突撃だ! 一匹も逃すな! 皆殺しにしろ!」
凛とした声と共に、夜の闇を切り裂いて村の北口から姿を現した騎士五十騎は、先頭を走るハンザの号令に従い速度を一気に上げると遁走するオーク兵の集団に正面から突撃する。
冷酷な命令を下すハンザ、その兜の下の顔には優しさや女らしさは一片も残っていない。あるのは、自分達の土地を侵した敵に対する憎悪と怒りだけである。そしてその感情は全ての騎士に伝播すると、殺気となって目の前の敵集団に向けられる。
突撃態勢に入った騎士隊の先頭を行くハンザの姉馬が、フッと一瞬だけ速度を緩める。そして、デイルの弟馬が前に出ると、デイルはハンザを横目に見る。ハンザはそれに頷き返す。
――人馬一体、以心伝心――
これだけで用事は済む、先鋒は……デイルだ。
見事な業物の大剣を肩に担いだ状態で騎乗するデイルは、ますます速度を速めるとオークの集団、その先頭を走るオークに肉迫する。
「ひぃぃ」
とんでもない勢いで自分に迫る騎士、その大剣が自分に向けて一閃される瞬間、ベレは両手を上げて無意識に頭を護ろうとするが――
ガンッ
硬い音を立てて、ベレの頭と二本の腕は血飛沫と共に宙に舞う。
オーク兵の集団に飛び込んだ哨戒騎士達は、夫々が散々に敵を打ちのめす。オーク兵は、剣に斬られ、槍で突かれ、蹄で蹴り飛ばされ、体当たりで吹き飛ばされる。その中で、やはり先頭に立つデイルと、その後ろにピタリと付けるハンザの二騎の凄まじさが抜きんでた。デイルが大剣を一閃させる度に鮮血と共に敵の体の一部が宙に舞う。ハンザが長剣を鞭の如く振るう度に確実に頭部を割られた死体が増える。
やがて突撃する騎士隊の先頭が遁走するオーク集団を突きぬけて広場側に出る。広場側では、逃げ遅れたオーク兵が必死の抵抗を見せているが、片付くのは時間の問題だろう。
(なんとか……)
なんとか間に合った。と思い後ろを振り返るデイルとハンザの目には、蹴散らされて散乱したオーク兵の無惨な死体が街道の上に敷き詰められている光景が広がっていた。動くものは残っていない。
――この夜突然起こったトデン村の戦いは、続く小滝村の戦いの前哨戦となった。そして、その結末は、自分達の突撃跡を振り返る騎士達のように、振り返って見れば、あっけない程の一方的な勝利であった――
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