Episode_04.09 対岸の暴発


 今、バルもベレも下級兵士階級のオーク達に突き上げを喰らっている。ほんの百メートル河を渡ったところに、飛び切り上等に見える人間の町がぶら下がっているのだから、彼らの焦燥感は計り知れない。


 それでベレが、今朝から族長のオロに直訴したのだった。普段はこれまで通り普通な様子の族長だが、


(あの人間の魔術師が来てから、オカシクなってしまった)


 とバルもベレも感じている理由は、殊今回の作戦の話になると執拗なまでにその変更を許さないことだ。


 バルとベレの良く知っている族長ならば、作戦に支障が無い程度なら「対岸の村の略奪」程度の行動は認めてくれる筈なのだが……


 お互いに殺気だって対立するベレの集団と族長オロの集団の間に割って入ったバルは一旦それらを宥めて引き離すが、ベレ側の若いオーク兵は治まらない。口々に上層部の批判を言い合っている。


(このままでは、反乱になってしまうかもしれん)


 にわかに、そんな心配がバルの胸によぎる。士気の問題もさることながら、食糧も、村に備蓄されていたものを手に入れているが、旺盛な皆の食欲をこの冬一杯満たすことが出来るか疑問だった。


「バル、このままだと皆言う事を聞かなくなるぞ」


 ベレが近付き小声で言う。


「そうだな、どうすればいい?」

「もう、やってしまう・・・・・・しか無いだろ。族長も略奪品を見れば気持ちが変わるだろう」


 ベレの意見は尤もな気がする。


(下級兵三百程で略奪し、陣にもどる。もし三百の兵を命令違反で処罰すれば、他の兵士が反乱するだろう、そうなれば占領も続けられない……どっちにしても、オロは言う事を聞く必要があるな)


 万一反乱になった場合でも、下級兵士の言う事を聞いてやったベレと自分は無事だろうし、序列から言えば、自分がこの部族の長になることも出来る。どうなったとしても、自分に有利と判断したバルは、ベレに耳打ちする。


「兵士三百程で、今晩やるんだ。いいな」


****************************************


11月4日深夜 トデン村


 第四部隊隊長のパーシャはこの日も夕方から起き出し、夜中ずっと対岸の動きを注視している。同じくトデン村に配置された第六部隊が昼を、そして第四部隊が夜を担当していのだ。


 対岸の小滝村にはこれまでと変わった様子は無い。オークの一団は小滝村を占領すると、彼らが急襲に使用した筏を解き、その木材と破壊した家屋の木材を使い簡単な柵と壁をテバ河と支流の河沿いに「L」字に設置していた。河を水堀と見立てるならば、簡易的な木製の壁であっても充分有効な防御構造となっている。


 更に彼らはL字の角の部分に見張り台の櫓を造り、トデン村の監視にも余念が無い。今も木製の壁の後ろから漏れるチラチラと揺れる焚火か篝火の明かりを受けて、その見張り台が下から照らされている。暗くてよく見えないが、きっとオークの兵が見張りに立っているのだろう。


 粗野で乱暴な性格という印象の強いオークであるが、対岸の一団は統率があり立派な軍隊のように見える。防御を固めるとともに、小滝村側の河沿いを北に一キロほど北上した箇所に、こちら側への「上陸用」であろう筏を設置して、パーシャら哨戒騎士部隊を牽制している。


 トデン村の守備に就く哨戒部隊に対し、「攻める気」を出しながら此方の疲労を誘う作戦だろうか? それとも、本当に此方に攻め込むつもりなのだろうか? 守備隊の皆が考えていることを、パーシャも考えてみる。


 対岸のオーク一団は数を増しており、現在目視できるだけで千近い軍勢になっている。目視できない兵も居るだろうから、その倍は居ないにしても千五百前後の軍勢である。危険な敵前渡河を実行してトデン村に攻め込んだとしても、オーク側に勝算のある数と言える。更に、テバ河の西岸に上陸されてしまえば、ここから北に点在する開拓村はウェスタの他の地域と分断され孤立してしまう。つまりトデン村はウェスタ領の戦略的な「急所」なのである。


 はぁ、と一つ溜息を吐きパーシャは手前のトデン村に視線を移す。既に住民の大半である女子供、老人達が避難を始めているトデン村はシンと静まり返り、人の気配も余り感じられない。それでも、外壁内の住居には未だ千人近くの人が残っているだろう。


(一体いつまで睨み合いが続くのか……?)


 オークが小滝村を占領して既に五日目の夜である。今頃ウェスタ城では各部隊の編制や作戦が整えられて、何等かの動きが始まっていると信じたいが、いざ軍を動かすとなるとそう簡単には行かないことは、パーシャも心得ている。


 だが、一方で部下の士気が下がりつつあることも感じている。一週間近く睨み合いを続けているが、どこか部隊の中にだらけた・・・・雰囲気が漂っている気がする。流石にパーシャも、それほど長く張り詰めた緊張感を保ち続けられる人間が居ないのは分かるが、それでもだらけた雰囲気を出す部下達には厳しい言葉で応じてしまう。先程もヒソヒソとお喋りに興じていた若い兵士をどやし・・・付けたところだ。


 そう考えるパーシャだが、ふとアクビが出てしまい人知れず苦笑いを浮かべる。


(俺もまだまだだな……)


 十一月に入ったウェスタ領は冬の季節に突入しているが、今年は本格的な雪の降り始めが遅く、鉛色の空は時折雨交じりの雪や牡丹雪を思い出したように降らせるが、地面を白く染めるつもりは未だ無いようだ。但し冷え込みは別で、日の登る迄のこの時間はとびきり冷え込む。その冷え込みに、テバ河の河縁沿いに歩哨に立っている第四部隊の面々は自然と焚火や篝火の近くで肩を寄せ合い、暖を取る。そんな中、ふと、兵士の一人が街道の南側を何気なく見つめると――


「お、おい! あれ、松明だ。すごい数だぞ!」

「えっ? あっ本当だ!」

「隊長! パーシャ隊長!」


 南側から街道を進みトデン村に近づく松明の集団に、第四部隊はざわつく。一際高い鐘楼に上る兵士が、そちらの方をじっと見つめるが、その下では気の早い兵士が休息中の第六部隊を起こしに村長宅周辺の寄宿場所に飛び込んでいく。


「なんだなんだ?」

「はい、南の街道から大勢の松明の集団が近付いてきています。」

「南ぃー? 見張りは?」


 ざわつきを察知したパーシャがやって来て問うのに対し、兵士達が答える。しかし、南はウェスタ城下である。味方の可能性が大きい。


(こんなところで、同士討ちになったら洒落にならん……)


「みんな落ち着け、見張りの報告を待て!」


 パーシャは大声で兵士を宥める。すると鐘楼の上の兵士が


「隊長! アレは味方です!」


 その報告に「なんだー」と隊全体が安堵の声を漏らす。パーシャ自身もホッとしたが、せめて明るい内に前触れを出して欲しいと非難めいた気持ちになる。そこへ休息中だった第六部隊の隊長が駆けてくる。


「どうした?何事だ?」

「あ、あー、休息中にスマン。部下がウェスタからの味方の軍勢を敵と早とちりしたようだ」


 パーシャは頭を掻きながら謝罪するが、第六部隊長は目を丸くすると、


「あっえぇ……昼間に前触れの伝令が来ていたのを伝えていなかった! スマン、悪いのはこっちの方だ」


 と逆に謝られてしまった。


(まったく……)


とパーシャは溜息を吐く。同士討ちの実害が無くて良かったと思う。「スマン」といって謝る隊長の背後では、第六部隊の面々が甲冑を身に着け武器を取り出し、寄宿場所からぞろぞろと出てくる。彼らには悪いが睡眠時間を削られたのは彼らの失態が理由だ。


(こんな類いの間違いが増えてくるのは緊張感が保てなくなってきたせいだろう、何とかならないのか)


 そうパーシャが考え始めた、その時――


「て、敵襲ぅー!」


 北の方を見ていた鐘楼の上の見張りが大声を上げたのだった。


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