Episode_04.08 彼岸の対立


11月4日 午前 テバ河東岸小滝村


 泥の跡と血の塊がこびりついた動物の皮を貼り合せた幕屋の前で、ちょっとした騒動が発生していた。騒動の渦中の者も、それを遠巻きに見守る者も、およそ見渡す限り破壊された小滝村で動いている者は、灰色掛かった暗い緑色の皮膚と、豚のようだと評される醜い頭部を持った亜人種 ――オーク―― ばかりである。


「それは許さん! 命令に従え!」


 騒動の渦中、一際筋骨逞しい一匹のオークが、その命令に不服な若いオークを突き飛ばす。突き飛ばされた若いオークは泥濘ぬかるみの地面に転がるが、直ぐにその左右に十匹ほどのオークが集まって助け起こそうとする。一方、突き飛ばした側にも二十匹前後が集まっており、二つの勢力に割れたオーク達は暫く睨み合いを続ける。


 その間にもう一匹のオークが割って入ると両者を仲裁しようと何事か喋り出す。


「族長もベレも落ち着けよ……族長、ベレだって下から突き上げられて苦労してるんだ。少し位対岸の村を襲って略奪したっていいじゃないか?」


 テバ河東部の小滝村を占領したオークの一団に内輪揉めがあるようだ。


***************************************


 事の発端はこうである。


 彼らは、ローランド・オーク、広義で一括りに「オーク」と呼ばれる種族の中でも、森に好んで住むオークの一部族だ。そんな彼らは、ウェスタの土地よりも遥かに東のコルサス王国の北にある大森林の端の森の中に縄張りを築いていた。


 ローランド・オークは沢山の部族に分かれているが、一般的にベートや隣のオーチェンカスク都市群、更にはもっと東の中原地方の国々に金で雇われ傭兵となることを大きな収入源にしている。


 金次第で、人間の傭兵が尻込みするような酷い環境での仕事や、汚い仕事をやってのける彼らはそれなりの需要があり、彼らもその点は良く熟知している。仕事が有る時は羽振りも良く食う物に困ることはないが、最近は大きな戦が無い。ここ一年は仕事にあぶれ気味だった。


 そんな六か月ほど前の或る日、彼等の部族の元に黒衣に身を包んだ人間の魔術師とその共連れが訪れた。族長のオロは久々に仕事を持って来たであろう人間を歓迎したが、その日を境にオカシクなってしまった。


 突然、冬にかけてリムルベート王国に攻め込むと言い出したのだ。勿論その時の人間の魔術師が持ち込んだ仕事のためで、成功報酬は金貨千枚という破格のものだ。しかし、リムルベート王国は相手が悪い。コルサスやベート、オーチェンカスク等国情が安定しない国だからこそ傭兵として戦場で活躍できるが、しっかりとした王政が機能しているリムルベートへ攻め込めばたちまち正規軍に迎え撃たれてしまう。


 族長のオロの突然の発表に、バル、ベレといった部族の幹部は反対したが、それに対しオロは滔々とうとうと、如何に安全な作戦か、如何に西方辺境のリムベートが略奪し甲斐のある豊な土地か、を説いて聞かせた。


 仕事が無く飢え掛かっていた一族は結局族長のオロの方針を受け入れ、総勢千五百匹のオークが森伝いに移動を開始したのが今年の夏の終わり頃である。彼等は森伝いにデルフィルの北を移動し、リムルベートの国境を越えると、やがて一族はリムルベート国内の、森が一度途切れる危険地帯に到達した。


 ウーブルという人間の首領が治める土地は、領域の北側に幾つもの見張りの塔を建てて森からの侵入者を監視していた。なるべく夜を選んで監視の目に見つからないように進んだが、バルもベレも発見されることを半ば覚悟していた。しかし、思いも掛けず発見されなかったようで、追手も偵察も無かった。


 結果的には族長オロが言った通り、安全にリムルベート王国内の森林地帯へ潜入することが出来た一族は、そこでしばらく待機と小規模な略奪をして過ごす日々を送っていた。


 そして一か月ほど待機を続けた或る日、十月の中旬に再び黒衣の人間の魔術師と共連れが部族の前に姿を現すと、侵攻作戦を説明したのだ。詳細な地図と共に伝えられた作戦は、河沿いに筏を使い大部隊を下流に送り込み、油断した或る村とその周辺を急襲するというもので、


「占領した後は、春までその場に留まり、南から軍勢が攻めて来たら素早く撤退する」


 という内容だった。


(上手く行くのか?)


 と半信半疑のバルとベレだが、その魔術師は「調教されたテイムド食人鬼オーガーを一匹召喚すると、貸し与えると言ってきた。オーガー一匹の戦力はそれに対して準備をしていない通常の歩兵部隊三個小隊から一個中隊に匹敵する。


「これなら大丈夫か」


 心強い援軍に流石のバルとベレも納得したのだ。そして作戦開始の日、南北に分かれた部隊は弓兵を中心とする北からの陽動攻撃に注意を奪われたウェスタ領哨戒騎士団の第一部隊を南からの総力で押し潰すように壊滅し、そのまま村を占領したのだ。


 部族の若いオーク達、特に身分の低い兵達は皆「このまま河を渡って西に進む」と思い込んでいた。なぜなら、


「この集落の女も男もなるべく手出しするな、春まで生きていれば一人一枚の金が追加の報酬になる」


 という命令が出ていたからだ。命令だから仕方ないが、この状況では彼等の欲求が満たせない。それに、これだけ簡単にかたが付いたのだから余勢を駆って略奪範囲を広げるのは彼等の常識である。だから


「はやく河の対岸の村を襲わせろ」


 と若いオーク兵達が引っ切り無しにベレやバルの所に来ては急かすのだ。そして、それを宥めるためにベレもバルも「次の襲撃」を約束しなければならなかった。


 それでも彼等の中には、我慢出来ず人間の女が閉じ込められている二階建ての倉庫のような建物に乱入して、手を付けた者が何人か居た。そしてその者達は全員族長のオロの命令で処刑されてしまったのだ。


「何も処刑することはないのに……」


 と思いつつも、命令違反だからとバルもベレも納得していたが、その後族長のオロはいつまで経っても、西への進軍を命じない。いきおい、若いオーク兵達は餌を眺めるだけの状態になり、鬱憤が一気に高まっている。そして、その鬱憤は再びバルとベレの二人の幹部に向けられる。


 オーク、特にローランド・オークと言う種族はいびつな種族と言える。まず種族の全てがオスである。それ故、護る場所も護る家族も存在せず、住処を転々と変えることが出来る。そして、オスであるが故に全員が戦士である。父系社会は戦士階級の常だが、ローランド・オークの父系社会は父親が、生殺与奪権を含めた全てに於いて、絶対的な権力を持つ。そんな厳然とした階級社会の側面を持っている。


 メスの居ない種など存在できないのだが、ローランド・オークは自らの子を宿すことが出来る程度の大きさの胎を持つメスならば、人間、エルフ、ドワーフ、リザードマン、牛、馬、羊、山羊、熊、鹿……なんでも構わない。そして、生まれてくる子は全て漏れなくローランド・オークのオスなのである。混血が発生しない点も不気味なところである。


 そんな彼等の社会では、生まれてくる子は四足の胎よりも二つ足の胎が上等とされる。実際に生まれてくる子は、二つ足も四足も同じローランド・オークの子であるのだが、精霊術を使える「シャーマン階級」や知能の高い「指導者階級」と言った上級階級は漏れなく二つ足生まれである。そして、四足生まれは、力は強いが頭は悪いとされ兵士階級に分類されるのだ。


 そうであるから、二つ足は奴隷でも戦利品でも上級階級の所有物となり、下の階級に与えられるのは四足のみとなる。そのため、階級は一旦固定されると余程の事が無い限り覆されない。


 そんな状況で、固定された階級が覆される少ない可能性があるのが「戦場」という場である。戦闘後の乱捕り、略奪行為は統率外の話とされ、下級兵士のオーク達は自分の子孫を上級階級に押しやる二つ足を探して回る。つまり、戦闘後に乱捕りが出来るように、戦闘に勝つことが下級階級のオークの戦闘意欲の根源になっているのだ。


 部族によっては、下級階級のオークを幼い内に去勢して、階級の逆転が無いようにする所もあるが、それでは兵士達の数の確保と士気の確保が出来ず、結局は長続きしない。こういった事情からローランド・オークは「呪われた種族」として、別のオーク種を含む他の種族から忌み嫌われるのだ。


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