Episode_04.10 トデン村の戦いⅠ


11月4日 夜 トデン村南の街道


 ウェスタ城を正午近くに出発した哨戒騎士団第十一から十五部隊、哨戒騎士五十騎と兵士三百人、総勢三百五十人の集団は街道を北上しトデン村を目指している。補給物資を満載した荷駄隊が加わり、歩兵の歩調に合わせた進軍は迅速とは言わないまでも、速やかに粛々と行われている。


 夜の街道を進む馬上のデイルは、出発からこれまでの事を何とは無しに思い出していた。


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 午前中、練兵場に集合した各隊は、詳細な作戦説明を部隊長から受ける。第十三部隊も同様だった。昨日までの、躊躇いや恐れを捨て去った隊長のハンザは普段通り、いや普段以上に毅然とした調子で隊の皆に作戦を伝達していた。


「いいか! 我々部隊は、各隊の攻撃に先んじて敵の背後を突く。我々の攻撃開始に呼応して今回の作戦が始まる。重要な任務だ!」


 凛とした声を張り上げると、睨みつけるように部隊の騎士や兵士の顔を見る。


「桐の木村から渡河し、東岸を山の尾根伝いに進出して敵陣の背後につく。当然、我々の進出経路は敵の警戒圏内を通過するものである。厳しい任務だが、作戦の成功は我々第十三部隊に掛かっている! 質問は?」


 第十三部隊の面々は直立不動の姿勢を崩さない。


「よし! 全体の作戦目標は『テバ河東岸地域の敵の一掃』である。だが私は、もう一つの作戦目標を皆に言い渡す。周りの噂はどうであろうが、我が隊は『決死隊』では無い。必ず任務を遂行し帰還する! これが私の作戦だ! 以上」


 そう言い切ると、チラとデイルの顔を見たハンザは、少し上気したように頬を紅くしている。その凛々しい顔が美しく思わず見入ってしまうデイルだが――


「副長! 何をぼさっとしている! 私の顔がそんなに珍しいかっ?」


 とキツイお言葉を頂戴したのだった。


「申し訳ありません隊長」


 デイルはサッと隊の方に向き直ると詳細を伝えていく。


「我々を含めた五つの哨戒部隊、それにこれから合流する各部隊を含めた今回の作戦の指揮は哨戒騎士団長のヨルク様が執ることになった。普段以上の大部隊での行軍だ、皆命令を忠実に守り規律を重視した行動を心がけるように!」


 そこまで言うと、一旦区切り全員の顔を見渡す。


「これから、二日後の夜に桐の木村に到着する。そこで、現地徴集された狩人や木こりの道案内を受けて東へ進軍することになっている。補給物資は充分だが、桐の木村から先へは携帯できるものしか持っていけない。馬については状況次第だ。補給物資の内容は――」


 そして正午近くに、ウェスタ侯爵直々の見送りを受けた部隊は、領兵団や予備役兵、そして避難民達の歓声を背に受けながら城を出発したのだった。


(なんにしても、ハンザが立ち直ったようで良かった)


 夜の街道を行く五つの哨戒部隊の列。その真ん中あたりに位置する第十三部隊で、隊の殿しんがりを行くデイルは、少し前で馬に揺られているハンザの後ろ姿を見つめながらそう思う。昼間の厳しい調子には少し驚いたが、あれこそ、デイルが副長に着任する前に「鬼の女隊長」と当時のパーシャ副長ら隊員を嘆かせていた姿なのだろう。


 デイルとしては、素顔のハンザを知っているだけに、隊長として強面を装う姿とのギャップに「健気さ」を感じて、自分は「鬼の女隊長」の副長に徹しようと心に決めている。一方で、あの・・鬼の女隊長が帰ってきたと、新入りのユーリーとヨシンを除く部隊の面々は緊張感を高めている。理由はどうでも、大変な任務の前である、緊張が高まるのは良い事だろう。


 やがて、五つの哨戒部隊は夜の闇の中、トデン村を視界に収める場所まで進む。今晩はトデン村で休息を取り、明日には桐の木村に向けて出発となる。兵士達の間には「ようやく到着した」という雰囲気が広がるが――


カンカンカンッ


 冷たい川風に乗って、トデン村から半鐘の音が響いてくる。襲撃を知らせる合図だ。


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 その夜、小滝村を占領するオークの集団から四百の若い兵士が示し合わせると、テバ河沿いの河原では無く、小滝村の背後に迫る斜面と森を経由し、上流に設置したまま使う予定の無かった「上陸用」の筏がある場所まで移動した。


 この行動に対して、族長オロからは何の干渉も無かった。恐らくバルがご機嫌取りをして、酒を沢山呑ませたのだろう。族長の幕屋の周辺は静まり返っていた。それでも、移動する集団を見咎める者が居たが、そこは一族の幹部であるベレに睨まれるとすごすごと引き下がっていった。


 そうやって、集団を先導したベレは、付き従う兵士が四百に膨れ上がってしまった事に少し動揺を感じるが、


(どうせやるなら多い方が良い!)


 と肚を決めると、若い兵達を次々に筏に乗り込ませる。ここから斜めにテバ河を渡りトデン村の北数百メートルの所に上陸し、そのまま南進。トデン村を襲うつもりである。対岸の人間に察知されないように、松明などの明かりを使わない作業は手間取ったが、ようやく全員の筏が岸を離れる。


 そうして、無事に対岸に渡りきったベレ率いる四百の略奪部隊は、河原沿いにトデン村に近づくと、一斉に松明に火を灯し街道へ躍り出る。目指すはトデン村の外壁内に密集する人家だ。


「突撃だーっ!」


 ベレの号令と共に、欲望に突き動かされた醜悪な四百匹のオークが寝静まる村へ突撃を開始した。


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「村の入口を固めろ!」

「敵の規模は?」

「分かりませんが、二百以上は居そうです!」


(クッソ、多いな)


 パーシャは内心毒づくが、弱気は見せられない。曳かれてきた馬に騎乗すると、周囲を見渡す。他の哨戒騎士も兵士達も夫々の武器を手にパーシャの号令を待っている。


「第四部隊、北の入口を固めるぞ! 続けっ」


 その隣では、第六部隊長も馬上から同様の命令を発している。遠くに居る味方を敵と警戒した兵に起こされたことが結果的に奏功していた。


オー!


 雄叫びを上げる第四部隊と第六部隊は、パーシャ達騎乗の哨戒騎士の先に槍を持った兵士が壁を作るように隊形と作ると北の入口へ応戦のために走り出した。


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 トデン村は、南北と西に延びる街道沿いに発展した村である。古くから在る村で、周囲は背の低い外壁に囲まれているが、最近は人口が増え外壁の外にも沢山の住居がある。住民の内、外壁の外に居を持つ者や女子供、老人は村長の判断でウェスタ城下に避難しているが、それでも千人近い住民が未だに外壁の内側で暮らしている。


 押し寄せる四百のオーク兵達は、ベレが「集落の入口を目指せ」と指示を飛ばしているにも関わらず、外壁の外の無人となった家屋に殺到する。目当ては食糧、金目の物、そして二本足の女である。


「ええい、馬鹿者っ! 先に守備隊を片付けんか!」


 ベレは怒鳴り散らし、手近な部下 ――他の者に釣られて近くの民家へ走り出そうとしていた―― を殴り倒すと、何人かに掴みかかって止めさせる。


 怒れるベレの様子に、ようやく命令を思い出した兵達が外壁の切れ目、村の入口へ殺到する。彼らの装備は、下級兵は粗末な革鎧に思い思いの武器、上級兵は金属製の胸当てや鎖帷子といった比較的重装備に、やはり様々な武器といった具合である。統率され、画一的な装備で戦線を築き、集団で戦闘を行う人間の兵士と違い、彼らは夫々の闘志の赴くままに敵に突撃する。


 攻撃力という点では、その突破力と浸透力は凄まじい。調子に乗らせると厄介な敵であるが、防戦に回ると脆い。と言うのが一般的なオークの傭兵集団の特徴といわれている。


 今は、数に頼って貧弱な村の防御を突き破ろうと、突進しているオーク兵達だが、そこへ寸前の所で間に合った第四部隊と第六部隊からの弓による射撃が始まる。


「槍隊! 隊列揃え!」


 パーシャの号令により、総勢百二十の兵士の内、弓を持たない兵百が村の入口に槍衾を形成する。外壁により限定された進入経路に、水平に突き出した槍を構える最前列三十、その後ろには、槍を高く掲げた後列三十、残りは予備として左右に待機する。


「弓隊、放て!」


 第六部隊の隊長は、自然と後方の弓兵二十を指揮する位置に付いている。彼の号令により、引き絞られた弓から矢が放たれる。槍隊の頭上を飛越した矢は、風切音を鳴らしながら突撃するオーク兵の先鋒に降り注ぐが、二十の矢では密度が足りないのか、頑強なオーク兵の突撃は止まらない。


「次々、放て!」


 何匹かのオークが矢を受けて倒れるが、それでも次から次へと押し寄せる後続の勢いに押された突進は止まらず――


 遂に、槍による防衛線と、雄叫びを上げて突入してくるオーク兵が衝突した。


 突き出された槍をかき分けながら、手に持つ斧や大剣、こん棒を振り回すオーク兵に対し、後列の槍が振り下ろされる。


バンッバンッ


 鈍く肉を打つ音や、防具を叩く音が響く。そして、突撃の最前方のオーク達は打ちのめされるが、その後ろから、倒れた仲間を踏みつけて次から次へ突進してくるオーク兵。その圧に、ジリッと前線が押し下げられる。


 騎乗した哨戒騎士は少し後ろ、弓兵の左右に待機して「突入」の合図を待っているが、今はその時ではない。そこから離れて前線付近で兵士の指揮を執るパーシャは、押し下げられる前線の様子を見て、武器の打ち鳴らされる音に負けない声量で号令を飛ばす。


「横槍だ!」


 号令と共に、防衛線が一歩下がると、入口の左右に位置していた夫々二十の兵が、突如下がった防衛線との空間に殺到するオーク兵に対し横から槍を突き入れ、打ち下ろす。不意を突かれたオーク兵は攻撃してきた左右の兵に対して正対しようと右往左往するが、混乱の中で多くが打倒されていく。


 一方、その隙に防衛線の前列、負傷兵が後列と入れ替わり後方へ下がる。ざっと負傷兵十名。対して倒したオークは二十程だろうか? 横槍の攻撃で犠牲を積み増しているが、元々数の上ではオークが優位である。戦闘意欲と略奪の衝動に駆られたオーク兵全体からすると大した犠牲数ではない。


(くそ、ジリ貧だな……)


 焦りを覚えるが、表情に出るのをグッと堪える。そんなパーシャの目の前では、横槍を押しのけて尚前進しようとするオーク兵多数。一旦下がった防衛線は負傷兵の入れ替えを終えていない。


「騎士隊、突撃だ!」


 パーシャは、今がその時と号令を出す。


 後方に控えていた哨戒騎士、十八騎の集団から十騎が放たれた矢のように入口へ突進する。密度の下がった味方の槍隊をすり抜けた十騎の騎士は正面から、殺到するオークの先鋒にぶつかり、馬の重量と突進力を生かしてそれらを跳ね飛ばしながら前線を押し返す。彼らは武器を振るわない。馬の重量がそのまま武器である。馬体でぶつかり、蹄で蹴り飛ばすように存分に暴れると、前線を入口付近まで押し上げることが出来た。


「騎士隊、退けぇ!! 」


 騎馬による突撃で、充分前線を押し戻したと感じたパーシャは騎士達を一旦退かせる。素早く転回し、後退する哨戒騎士が作り出した空間に、横槍として左右に付いていた兵達が入ると素早く新しい防衛線を形成する。


 結局、最初の突撃は、犠牲者を数十匹出しただけの結果に終わったオーク側だった。防衛する哨戒騎士部隊の中々見事な防衛戦術である。三年前に樫の木村で大規模な襲撃事件を経験していたパーシャ隊長の日頃の訓練の成果と言えるだろう。


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