Episode_04.06 明晰夢


 ――――霧が立ち込める薄明かりの中、下草が枯れ全体的に茶色から灰色掛かった色彩に乏しい獣道を進む。

 所々に、雪が薄く積もっていて、足元が滑りやすいのだが前を行く男はズンズンと先に進む。

 私は斜め後ろを付いてくる少女を気にしている。

 獣道はうんざりするほど長く続く。

 やがて、登りきったのだろうか、目の前が開けると、そこには焼き討ちに合った後の集落が眼下に広がる。

 戦場を連想させる、その光景に否応も無く「恐怖」が湧き上がるが

 「さぁリシア、奇跡を」

 先導した男は、眼下の集落に向けて手を広げて言う。

 なにを? と思うが恍惚とした表情の男は何度も「奇跡を」と言い募る。

 何もできずにいる私の様子に、徐々に男の表情が険しくなる。

 私は眼下の光景に感じたものと同じ恐怖を男から感じる。

 男が私を獣道に突き倒す。

 私は目を見開く、男の後ろに別の恐怖を見つけたからだ。

 その恐怖の対象は後ろから男に近づくと――――


「――ンッ、ハァッ!」


 目覚めたくても、目覚めることが出来ない。夢と分かっているのに、現実感を持った「奇妙な夢」からやっと解放されたユーリーは、全身に怠さを覚えると体を起こす。


 隣のベッドではヨシンがイビキを立てて寝ている。窓の外は未だ暗い、夜明けまでは未だ時間がありそうだ。


 夢は、目覚めた途端にその輪郭を失っていく、そしてユーリーの胸には判然としない不安だけが残っていた。


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 11月3日ウェスタ城内


 昨日に引き続き開かれたこの日の作戦会議には、流石に緊急召集された哨戒騎士部隊第十一から十五部隊全ての隊長が揃って出席していた。冒頭は昨日と同じく状況報告で始まる。既に任務中だった第二から第十までの部隊は配置についたことが報告される。


 部隊の配置は次の通りになっている。


トデン村――第四、第六部隊

桐の木村周辺――第二、第三、第五部隊

ウェスタ近郊河沿い――第九、第十部隊

ホーマ村近郊河沿い――第七、第八部隊


 領地の地図に夫々の部隊の所在地を示した物が会議室の机に広げられている。それとは別に予備役兵四百人の召集も完了しており、避難民受け入れで手狭になった第二城郭の外に待機している。


 また、この日の早朝に王都から早馬の伝令が到着し、曰く


 ――ローデウス王、ガーディス王子は依然説得中だが、何としても王都の正騎士団から五十、更に各所領地に待機している正騎士五十を集め、百の正騎士を持って六日夜にはウェスタ城下へ参上する――


 という、二日前に書かれた当主ブラハリーの書状が届いた。現実に、各所領地に待機していた正騎士が従卒の兵を引き連れ徐々に城下に集まりつつあった。おそらく、王都からやって来る五十の騎士とウェスタ城で合流する手筈で動いているのだろう。


 一方、昨日の小滝村の様子は「特に異変無し」という報告が対岸のトデン村から届いており、事態は小康状態であるように思われた。


 そうやって状況報告や補給物資の準備状況の報告が次々とされるなか、ハンザはやはり精彩を欠いた表情でいた。昨日は、余程にデイルの自宅に顔を出そうかとも考えたが「会って何を話すというのだ……」という思いが、自分を押し留めた。この間の夜のように一晩中抱かれていれば、もしかしたら一時の悩みは消えるかもしれない。しかし、その後には一層深い葛藤が訪れることくらいハンザには分かっていた。


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 会議はそんなハンザの気持ちと関係無く進んでいく。今は、攻勢に出る時の陣容と作戦について議論が交わされている。作戦の基本方針は、昨日ハンザが述べた西と南からの二面作戦である。


「それでは、正面テバ河を渡河する部隊に甚大な被害が――」

「ウーブル領に入ってしまえば、正騎士団は背後をウーブルに突かれる可能性が出てくる、これでは攻撃に専念できない――」


 否定的な意見は有るものの、建設的な意見は殆ど無い。皆「今日もこうやって会議がおわるのか……」と思い始めた正午前、ついにウェスタ侯爵ガーランドが口を開く。


「皆の意見は良くわかった。大方の意見が出尽くしたと思うので、作戦命令を申し渡す」


 一同、身を固くして次の言葉を待つ。


「目的は『テバ側東部沿岸地域の奪還』、作戦開始は八日早朝。哨戒騎士部隊第三、第四、第五、及び第十一から第十五部隊は桐の木村下流へ進出し、夜陰に紛れて対岸北部へ上陸。正騎士団はウェスタから対岸のウーブル領スデン村北部へ上陸後北上する。そして、最後にこの作戦において最も重要な役割を第十三部隊・・・・・に命じる。速やかに桐の木村から対岸に渡り、敵陣の背後へ隠密裏に進出。八日早朝に敵陣を背後から攻撃せよ。この作戦の開始合図は第十三部隊の攻撃開始を知らせる狼煙とする。敵陣を三方面から同時攻勢で一気に殲滅する!」


「ハッ!」


 その場に居た各部隊長は起立すると敬礼で返す。ハンザも同じようにしているのだが、心中は思考停止していた。


(なぜ、私の隊が…………)


 ウェスタ侯爵ガーランド、領地経営や王国の政策にも係わり、その高い内政能力から「稀代の名君」と呼ばれて久しいが、若い頃は内政よりも軍事の人であったという。即位後間もないローデウス王を助け国境東部の独立都市ダルフィル・デルフィルの領土紛争に介入し、東側の国境を安定させるとともに、当時王国内でローデウス王の即位に反対する勢力を駆逐していった。当時を知る人は高齢のため余り残っていないが、その人々からすると「稀代の名君」よりも「ガーディスの用心棒」や「仕置き屋」といった異名の方がしっくり来る程である。


 そのウェスタ侯爵は、軍事作戦において時に冷酷に命令を下す。彼の持論は


 ――危険な任務ほど、統率が必要。家臣を危険へ送り出す時、そこには絶対の命令が無ければならない。危険な任務に志願者を募るなど、統率の放棄、成功の放棄である――


 その上で、冷静に各部隊の戦力を分析した際、最も成功する可能性があるのが今回の陣容である。


 特に危険な任務を命じた第十三部隊の戦力は恐らく、正騎士団の一小隊と比較してもそれを凌駕しているだろう。その上、軽装備の部隊は隠密行動に適している。今回の作戦で最も生還する可能性の高い部隊なのだ。


 会議はウェスタ侯爵の作戦指示を得て、その細部の肉付けに入ると一気に進展した。


 まず、攻撃を命じられた部隊は明日四日午前に補給物資を受け取り出発することになった。また決死隊同然の任務を課された第十三部隊は桐の木村で現地の狩人ら地形に詳しい者を現地徴集する権限が与えられた。


 ウェスタ城下を出発する部隊は四日の内にトデンに到着し、その後五日夜に桐の木村へ達する予定である。その後六日には第十三部隊が行動開始し、残る部隊は渡河準備を完了させると八日の未明には作戦開始となる手筈である。


 地形案内役の現地徴集令と、周辺の木こり達に対する木材徴発令を持った伝令が早馬で出発していく。トデン村で馬を乗り換える前提の早馬は勢い良く飛び出してく。恐らく明日の早朝までには桐の木村へ到着するだろう。


 一旦明確な命令が下されれば、後の動きは早い。そんな優秀な家臣たちを見渡すウェスタ侯爵ガーランドは、第十三部隊長ハンザ・ラールスに視線を移す。そして、口に出さずに「許せよ、ガルス」と念じるのだった。


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11月3日 ウェスタ城


 練兵場の隅に集合する哨戒部隊は、今日は第十から第十五まで、緊急召集の掛けられた部隊の面々が揃っている。今や練兵場の大半を占拠した幕屋はざっと数えても三百戸程である。その一つ一つに五人から十人の避難民が肩を寄せ合って過ごしていると思うと、なんだか切ない気分になるユーリーである。


 先日、パスティナ救民使に頼まれた聖女リシアの捜索に関しては、先ほどデイル副長に相談したところだ。デイルはちょっと難しそうな顔をしたが、一度詰所に駆けていくと、しばらくして戻り


「手配は掛けてもらうことになった」


 と短く伝えてきた。明らかに本腰の入っていない対応だが、それでもユーリーは誰かに託すことが出来た分だけ気持ちが楽になる。


(変な夢を見る程気にしていたのか……でも、任務に集中しないとな……)


 と気持ちを切り替える。集合した各部隊は兵士三百、騎士四十五名である。各隊ともに「作戦会議」から隊長が戻ってくるのを待っている。普段ならば、冗談の一つも出るだろうし、笑い声が起こることもある。しかし、状況が深刻なだけに皆一様に無口であった。


 やがて正午を三時間ほど過ぎた頃に各隊の隊長が詰所の建物から出てくる。各人緊張した面持ちで自隊の隊長を目で追う。そんな中、本人が思う以上に喜怒哀楽が表情に出る第十三部隊のハンザ隊長は、表情が一切抜け落ちた顔で待ち受ける部隊の前に立つ。


「みんな、明日朝出発だ。目的地はトデン村を経由して桐の木村。我々は渡河し敵陣を攻める役を仰せつかった。今日は英気を養い明日出発だ……解散」

「皆解散だ! 明日の集合に遅れないように」


 少し戸惑い気味のデイルが隊の面々にそう告げる。他の隊も同様で解散になったようだ。殆どの者が第二城郭を抜け城下の住処に帰っていく。


「なぁ、ちょっと隊長、元気ないと思わないか?」


 小声でヨシンが訊いてくる


「うん……でも僕らが気にしてもしょうがないよ」


 小声で答え返すユーリーである。その視線の先には、恐らく補給物資を確認しに行くデイルとその後に続くハンザ隊長の後ろ姿があった。


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 練兵場を後にして、哨戒騎士団の詰所に入るデイルの後ろをハンザが付いてくる。建物に入った所でデイルが振り返ると、後ろを付いて来たにも拘わらず視線をそらすハンザに


「私はこれから、補給物資の再確認をしますが……隊長手伝ってくれますか?」


 と笑い掛ける。何事か思う所のありそうなハンザの様子を見て取ったデイルの不器用な優しさの表し方だ。


「う……ああ、手伝おう」


 一瞬素に戻り「うん」と言い掛けたハンザは慌てて隊長の言葉で返事をする。二人は一階の詰所に入っていくと、部屋の隅で計算に追われるセドリーを見つけて歩み寄る。


 他の隊は、補給物資など有って当然・・・・・と思っているのか、確認等殆ど行わない。しかし、第十三部隊は前任の副長パーシャがその点に几帳面な性格で、それを受けたハンザも確認するのが当然・・・・・・・・と思っている。そういう隊長の配下のデイルも自然と、副長の務めとして補給物資の準備進捗には目を光らせている。今ではデイルも、前方任務に目が行きがちな哨戒騎士部隊だが、その後方にはそれなりの矜持とやり甲斐を持って仕事に当たる人々があることを知る良い機会になったと思っている。


「セドリーさん、第十三部隊うちの補給物資はどうですか?」

「あ、デイルさん……聞いてるよ! 明日の朝には揃えるから。それに『受け取り書』とかもう全部関係ないから。あと、お宅の隊のユーリーって魔術使えるって聞いたけど、本当なら、昔間違って購入してお蔵入りになっている「魔石」全部持っていって下さい! ……でも」


 普段の口調と違う、語尾に統一性のない興奮したような、少し乱暴な喋り方で捲し立てられたデイルは頷きつつも次の言葉を待つ。


「でも『決死隊』なんて言葉だけです。装備は優先的にそっちに回すので、絶対生きて帰ってきてください!」


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