Episode_04.05 聖女の失踪


11月2日ウェスタ城下

 

 部隊を一旦解散させた後、練兵場に残る者はハンザ隊長とデイル副長、そしてここに住んでいるユーリーとヨシンである。ユーリーは、ハンザ隊長とデイル副長に話しかけようとして……やめておくことにした。ハンザ隊長の表情から、会議で何かしらあったのは察しが付いたが、それを心配そうに見守るデイル副長の表情はこれまでと何処か違うものであった。


 どこがどう違うとは言い難いが、全体として二人の雰囲気が「違う」ことに気付いたユーリーは、ヨシンの後ろ襟を掴むと引っ張るように兵舎へ戻っていく。


「ちょっと、なんだよユーリー、おれはデイル副長に……」

「いいから、いいから」


 と言い合う二人が去って行った後、デイルが口を開く


「どうしたの、ハンザ?」

「なんでもないわよ。今日の会議では具体的な作戦が決まらなかったから、明日朝から再開になったわ……ちょっと疲れたのかしら、先に帰るわね……」

「俺は、物資の準備状況を確認してから戻るけど、今日は自宅を片付けないといけないから……また明日の朝だね」

「そ……そうね、じゃぁまた明日」


 そう言ってハンザは去り際に微笑んでから、自宅のある城下へ戻って行った。その力の無い微笑みが、妙に気になるデイルであった。


****************************************


 一方、ユーリーとヨシンは兵舎に戻ったのも束の間、避難民用の幕屋造りに駆り出された。これから本格的な冬に入るこの地域では、幕屋で暮らすのは大変だろう。幕屋はあくまで仮設であり、いずれは城下の長屋などから、空いている住居を宛がうのだが、それが何時になるか分からない以上、幕屋は丁寧に作るに越したことは無い。


 大きな支柱になる柱を二本立て、その間に枝木を渡す。そこから縄を四方に張り補強すると、その上に雨水に強い生地で出来たタープを掛け、四隅を杭で固定する。周囲に溝を掘り内側の地面を一段高くして、木の板を渡し床とする。五、六人掛かりで十人用の幕屋を二時間程で建てる。昨日の午後から始まった作業には大人数と資材が投入されており、既に百戸近い幕屋が出来ている。スペース的には後二百戸は問題なく立てられるだろう。


 そんな設営作業が続く中、避難民達は次々とウェスタ城に到着する。「着の身着のまま」といった言葉がそのまま当て嵌まる避難民達は、所持品と言えば小さな手荷物程度で急いでトデン村を離れたのだろう。子供や女性が目立つ、特に三十代半ばまでの女性と年端もいかぬ子供達が大半を占める集団だ。


 粛々と幕屋が割り当てられていき、それに従う彼女らには、最近腕を上げたと評判のウェスタ城の調理兵達が炊き出しの配給を行うだろう。力無い表情の避難民の列の間には騒ぎを起こす者は見当たらない……列の一角を除いて。


「すみません、ウェスタの街に入るまでは確かに一緒に居たのですが……」

「どういう事です?」

「その……イサム様が『信仰の証を立てる』と言い、リシア様とエーヴィーを連れてトデン村に戻ったということです」

「お待ちください、ジョアナ様! 今戻られては危険です」

「あぁ、リシア様! 大地母神パスティナよ、どうかリシア様をお戻しください!」

「リシア様、どうか御無事で!」


 悲鳴のような言い争いは、収容されていく避難民の列の一角で起こっていた。丁度その近くで作業していたユーリーとヨシンは、そちらの方を向くと……ユーリーは思わず視線を逸らした。その先には、灰色のフード付きローブを身に纏った集団。先日トデン村でユーリーを邪険に追い払ったジョアナとパスティナ救民使「白鷹団」の面々が何やら言い争っているのだった。


「どうした?」


 そう言って騒ぎの輪に近づこうとしたヨシンだが、ユーリーは、


「係わらないほうがいいって」


 と親友を押し留める。しかし、集団の輪の外に居た青年が二人に気付くと、声をかけてきた。


「やぁ、君はこの前トデン村で会った兵士だね!」

「あ……ど、どうも」


 青年はこの間、ユーリーがトデン村を一人で歩いていた時に遭遇した騒動で、ユーリーに殴りかからんばかりの勢いで迫ってきた人物だ。勿論、その時のことはユーリーも忘れていない。忘れていないから、ヨシンを面倒な連中・・・・・の輪に近づけさせないようにしているのだったが……


 騒ぎの輪の中の人達が、青年の言葉につられてユーリーの方を振り向く。いきおい、中心にいたジョアナもユーリーに気付いた。ユーリーに気付いたジョアナは人の輪をかき分けながら近づいてくる。


「あなた! お城の兵隊でしょ! リシアを連れ戻して!」


****************************************


 ジョアナ達が言うには、騒ぎの発端は先日トデン村からの退避を命じられた彼等がウェスタ城下に入った頃、つまり今朝に溯る。ジョアナの弟でこの「白鷹団」のリーダー的存在のイサムが、集団から「聖女」と讃えられるリシアとその侍女を自認するエーヴィーという少女を連れ出し、戦乱の渦中にあるトデン村へ戻って行った。というものだった。


「なんで、トデンに戻るんだ?」


 ヨシンの疑問は尤もであるが、ジョアナがそれに答える。


「弟のイサムは、このパスティナ救民使白鷹団を率いる上で、常日頃からパスティナ神の奇跡や神徳、目に見える功績を求めていました……リシアは口の利けぬ娘ですが、不思議な力を持っていて……その……弟の願望にうってつけの少女なのです」

「しかし、何故危ないトデンに戻ったのですか?」

「『奇跡の証し』を求めたのだと思います」

「奇跡の証し?」


 初めて聞く言葉にヨシンがオウム返しに言う。


 ジョアナの説明では、「奇跡の証し」または「信仰の証し」と呼ばれるものは、古くローディルス帝国崩壊後の戦国期に生まれた言葉だと言う。各人の信仰する神から与えられる試練のようなものとして解釈されているそれは、ある日突然、信心深い者の元にあらわれる。そして、その試練を成し遂げれば神徳として「奇跡」が起こると信じられているとのことだ。


「昔は色々な奇跡が語られていました。そして沢山の聖人が居ました。でも最近は……」


 そう言って言葉を濁すジョアナは複雑な表情である。それを聞いたヨシンは不用意な一言を発してしまう。


「最近は奇跡が起きないんだ……」


 まるで、最近神様は仕事していないんだ。というようなヨシンの言葉にジョアナはキィっと表情を変えると。


「起きてるわよ、ちゃんと! でも神殿がそれを認めないのよ。なんだかんだと別の理由を持ち出して……きっとアフラ教会と神学論や奇跡論に成るのを避けているのよ!」


 ワーッと始まるジョアナの感情的な言葉に目を白黒させるヨシン。そして、それを見たユーリーは、


(あーヨシンも被害者になった)


 と親友を気の毒に思う。


「とにかく、神殿がちゃんと認めてくれないのに『聖人』だの『奇跡』だのって言い触らして布教したら、破門されちゃうのよ」

「あのー、だったらリシアを聖女というのも不味いんじゃ?」


 というユーリーの尤もな指摘だが


「リシアの『聖女』は愛称だからいいの!」


 それはどうかと思うユーリーだが、それ以上深く訊くつもりはない。


「でもなんで、その事とトデン村に戻ることが結びつくんだ?」


 真っ当な質問をするヨシンである。それに、深呼吸をして少し落ち着きを取り戻したジョアナが答える。


「大きな奇跡。例えば、疫病を払うとか、死者を甦らせるとか、戦争を止めるとか、そういう大きな奇跡は流石に神殿も認めざるを得ないのです。だから弟のイサムは多分今回のオークの集団による事件が侯爵様の軍勢で解決されるよりも先に、パスティナ神の奇跡によって解決しようと思ったに違いありません」


 口調が元に戻ったジョアナの説明だが、しかし戦争を止める程の奇跡、自分によく似た少女リシアには不思議な印象を持ったユーリーであるが、そこまでの力が「奇跡」として起こるとは信じられない。


「……そんなことが出来るのですか……?」

「出来るかもしれません、出来ないかもしれません……しかしそれは問題では無いのです。私は、リシアに危険な目にあって欲しくない……あの子から『声』を奪った暴力の場にあの子を連れ戻すなど……どうかお願いです。リシアを探し出して、連れ戻してください」


 ジョアナの切実な願いに呼応して「お願いします」「お願いします」と集団の誰もが口々に言い募る。その気迫に押されたようなユーリーだが、一番下っ端の兵士である彼には出来ることと出来ないことがある。


「わかりました、領兵団には僕達から報告しますので、ひとまず幕屋で休息を……」


 パスティナ救民使の一行を幕屋に引き取らせた後、ユーリーとヨシンは事のあらましを領兵団に報告するが


「そのような事に構っている暇はない!」


 という「案の定」の返事を貰う。これ以上は如何しようも無い二人は、明日ハンザ隊長とデイル副長に相談することに決めた。


****************************************


 その夜、兵舎に戻ったユーリーとヨシン、幕屋建設の疲れからヨシンは既に彼のベッドで寝息を立てている。そんな親友を横目に、ユーリーは養父メオンから貰った魔術書を開いているが


(ダメだ、集中できない)


 のである。難解な力場系魔術の魔術理論ロジックを説明する文章が全く頭に入ってこない。その上でチラつくのは、二週間前にトデンの路上で出会った黒髪の少女のことだった。ユーリーとしては、パスティナ救民団の印象は最悪に悪い。路上で突然暴漢扱いを受けたのであるから当然なのだが、しかしリシアに対しては違う。


「……不思議な感じだよな?」


 そう独り言を漏らすユーリーは、無意識に服の上から胸元のペンダントを触っていた。最近の癖だった。


「……もう寝よう……」


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