Episode_04.04 戦況報告Ⅱ


11月1日 ウェスタ城内


 この日初めて作戦会議が招集された。目的は「状況の把握」である。第一城郭内で行われる予定だったが、ウェスタ侯爵ガーランドが


「そんな会議は現場に近いところでやるもんじゃ!!」


 と一喝したため、急遽領兵団詰所の二階会議室で開催されることになった。


 会議室では、これまで得られた情報が事務官たちから次々と報告される。


「敵勢力は第一部隊の生き残りによると、オーク兵約千、その内二百が弓兵、さらに食人鬼オーガーを飼い慣らし戦闘に投入しているようです」


「トデン村の第四部隊から、敵勢力の目視情報です、『敵勢目視で歩兵七百、テバ河の渡河準備を進行中。上流一キロの地点に筏を移動中』以上です」


「第二から第五までの哨戒部隊は明日配置完了予定です。第七、第八への補給物資に手間取っておりますが、当座の物資を持たせて本日午後に出発予定です。第九、第十部隊の展開は、予備役兵と連携が必要になります。そのため、第六から第十部隊に配属させていた見習い騎士を一旦引き揚げ、予備役兵の指揮に当たらせます」


「トデン村から、村民と避難してきた小滝村の村民の避難先について陳情です。女子供を中心に約三千名の避難場所をウェスタ城下に準備して欲しいとのことです」


「ふむ、良かろう! 一日五百人づつ受け入れる。収容場所は第二城郭、及び神殿地区だ。坊主どもにはたっぷり『善行』させるんじゃ」


 ウェスタ侯爵の一言で状況報告はひとまず終了となると、つづいて事務官からの歳出報告である。


「昨日午前の時点で、歳出が金貨百五十枚です。殆どが補給物資の徴発費用です」


「なに! そんなにか?」


 部下の簡単な報告に狼狽えるドラウドであるが、直ぐにウェスタ侯爵が制止する。


「やめんか、ドラウド。何のための質素倹約か? 民の危急に、『金貨が足りぬ』では日頃税を取っている言い訳が立たんからだろう。金は惜しむな! まだ金蔵にたんまり残っておるわ!」


 実際、ウェスタ侯爵の言うとおりであり、金庫にはかなりの額が備蓄されているのだが、日頃染み着いた癖で出費に反応してしまうドラウドなのであった。


「わかりました、それでは避難民の受け入れに最善を尽くします」

「分かればよし。避難民の収容をまかせたぞ、混乱無きよう粛々とな」


ははぁ! とドラウドが禿げた頭を下げたのであった。


****************************************


再び11月2日 ウェスタ城内


 同じ城内の兵舎に寝泊まりしているユーリーとヨシンは、流石に「何か事件」が起きたと察していた。その内聞こえてきたのは「緊急召集」と、小滝村の惨劇だった。同じ開拓村の出身者として、小滝村の事件は残念に思うとともに憤りを感じる。その憤りを押し殺し、腕を撫す日を二日重ねた後、今日の午後に第十三部隊に召集が掛かった。


 懐かしい練兵場(といっても、普段寝泊まりする兵舎の隣だが)は、今や避難民を受け入れるための幕屋を張る作業に追われている。その隅に集結する第十三部隊は幸い一人も欠けることなく集合することが出来た。簡単な状況説明を副長デイルから受ける。


「敵はオーク兵、数は千以上、軍勢だ。今は小滝村に陣を構え居座っている。作戦会議次第だが、我々の任務は迎撃、奪還、防衛又はそれの全部だ。これまでの野盗や魔物との小競り合いとは違うぞ!全員気合いを入れろ!!」


 大声で全員に喝を入れるデイル。


(……あれ? デイルさん、なんか雰囲気変わった……)


 そう気付いたものが何人居たか分からないが、ユーリーには以前のデイルより「自信にあふれる」話し振りに聞こえる。休暇中に起こった出来事は二十六歳の騎士を一回り大きく育んでいたようだ。


 そこへハンザ隊長がやってくる。しかし、その表情はパッとしないものだ。


「全員ご苦労! 今日は待機だ……明日朝に再集合するように」


 その様子を訝しく思うデイルであるが表情には出さない。


「解散!」


 と伝え、隊を解散させた。隣に立つハンザは……普段のような分かりやすい表情では無い。強いて言うなら「苦しそう」な雰囲気である。


(どうしたのか? らしく・・・ない……)


 と言うのが、デイルの感想である。一方、ハンザの浮かない表情の原因は今日の会議にあった。


 少し時間を溯らせるが、今日の午前、丁度一階の詰所でセドリーが伝票と格闘しているころ、二階の会議室では二回目の作戦会議が行われていた。夜通し駆けて城下に駆け付けたデイルとハンザは、思いがけず、緊急召集組の一番乗りになっていた。その後、隊長と副長の役割に戻った二人は、夫々役割を手分けする。会議室に残り作戦会議に出席するハンザに対して、デイルは部隊の状況、補給物資の状況を確認のため会議室を後にしたのだった。


 デイルが出て行ったあと、しばらくして会議が始まる。冒頭から出席したハンザに対し他の隊の隊長や副長らは、三々五々に集まってくる。それ自体は「仕方が無い」と思う。自分もつい先日まで所領地で過ごしていたのだから。


 作戦会議の議題は本格的な作戦についてであった。戦略的目標は「テバ河東岸地域からオーク兵を一掃する」である。だが、戦術的な話になると、具体的な案が出てこない。


 各状況の報告は滞りなく伝えられる。各部隊の配置も順調だし、トデン村からの避難民は順調に城下に収容されているようだ。しかし、それ以上の話が出てこない。


(事態は深刻なのに……)


 テバ河東部沿岸地帯は、ウェスタ領にとって重要な地域だ。ウェスタ城下の膝元であるトデン村の対岸に位置した土地は、ウェスタ城に突き付けられた剣先のような存在となる。ウェスタよりも上流に位置するこの地域を抑えられると、テバ河沿いの主要な場所へ河を経由して容易に到達できる。それは、トデン、ウェスタ、ホーマといった陸路と水路の要衝をいつでも攻撃できることを意味している。


 翻って、逆にその地域を攻めることを考えると、厄介な地形である。東北側の深い森と山を背後に、西はテバ河本流、南はテバ河支流が天然の水堀のように取り囲んでいる。これを攻めるとなると、桐の木村周辺から筏を出して、テバ河本流側を敵前渡河するか、ウーブル領内を経由して南のテバ河支流の比較的水深の浅い瀬を騎馬で突破するしかない。どちらにしても、敵陣の正面に対して自軍の弱点をさらすような機動になり、被害は甚大だろう。


 そんなことを知ってか知らずか、会議出席者からは具体的な作戦が出てこない。やれ、「正騎士団は動けるか?」とか、「弓兵が足りない、狩人を召集してはどうか?」とか、そんな話しか出てこない。


 午前の終わり頃、焦れたハンザが発言の許可を求める。発言を許されたハンザはその場で立つと、思う所を述べる。


「小滝村の位置するテバ河東部沿岸は、河川交易の要衝です。このまま放置すれば、交易が活発になる来年春には直ぐに影響が出る筈です」


 そんなことは分かっている、という溜息にも似た声があちこちで聞こえる。


「故に、この冬の間に奪還することが必要です……そこで、攻勢に出る作戦を申し上げます」


 全員黙って聞いている。


「先ず、哨戒騎士部隊最低でも七部隊分で、テバ側を渡河します。それに合わせて正騎士団が、南側の支流の浅瀬を騎馬突撃し、西と南から挟撃するという作戦です。私の思い付く限り、これ以上有効な攻撃策は無いと思います」


 そう言い切るハンザである。室内の殆どは同意しているようだが……家宰のドラウドが口を開く。


「南側といっても、そちらはウーブル侯爵領だ。そこに此方の正騎士を展開させては、色々と面倒なことになるのだよ」


 と諭すように言うが、対するハンザは


「しかし、そもそも今回のオークの襲撃。敵はウーブル領内を素通りして来たのではないですか!?」


 会議室内がどよめく。皆言いたくても、「言い難い」事であったからだ。

 小滝村の南を走るテバ河支流は大森林地帯とウーブル侯爵領を南北で隔てる境界線のように東西に走っている。その西端が小滝村になるのだが、その東 ――上流側―― は、魔物やならず者の侵入、今回のような軍の侵略を警戒したウーブル侯爵が管理する監視所が点在している。百や二百のオークならば、見逃すこともあるかもしれない ――それでも監視所の失態と言えるが―― しかし、千を超える「軍勢」の移動を察知できないのはどう考えても不自然である。


「正騎士団が領地に侵入したとしても、それは『自衛のため止むを得ない緊急措置』それ以上、ウーブル領側が言い募るようでしたら、そもそも論で、なぜ侵入に気付かなかったのか? なぜ知らせなかったのか? を逆に問えば良いだけです」


「うーむ……」


 ハンザの指摘に家宰ドラウドは、考え込む。ウーブル侯爵と喧嘩になりそうな言い方だが、


(実際の被害を受けたのはこちらだ……いざとなれば、王都の貴族達もこちらに同情してくれるだろう、それに……)


 それに、今回の件、事件の端緒で近隣の他家には「警戒するよう」と連絡している。それに対して、殆どの家から「支援が必要ならば如何様にも申し出られよ」という返事が来ている。勿論社交辞令の一種なのだが、なぜがウーブル侯爵家からは何の返事も無い。さらに、ウーブル城下からの情報では、「領内は至極平穏、小滝村の噂は聞こえてこない」というのも不自然だ。ウェスタと同様にウーブルも河川交易を行っているのだから、危機感は同じ筈なのだが……


 そこに、今日は聞き役に徹していたウェスタ侯爵が口を開く。


「ラールス隊長の案は分かった。儂も概ね賛成じゃ。しかし、こちらの数が足りぬ。哨戒騎士団を全て動員しても騎士百四十に兵が九百足らず。正騎士団で動けるものは多く見積もっても騎士百に兵六百。これらを全て動員すると領地の安全が手薄になるため、あくまで仮定の話としても、全部で騎士二百四十騎に兵が千五百だ、防御を固める千を超える敵に対してこの倍は兵が必要じゃ……」


 正騎士を全てこちらに回すというのは、如何に仮定の話でも無理がある。リムルベート王国は現在ノーバラプールの独立問題を抱えて、常に緩い軍事的緊張下にある。幾らウェスタ侯爵が頼み込んだとしてもローデウス王もガーディス王子も認めないだろう。


「何か良い策、相手の『搦め手』を攻める良い案はないか……?」

「……」


 ウェスタ侯爵はそう言うと会議室を見渡す。しかし、ハンザには、その皺がちの瞼の下で、その目が「お主は分かっておるのだろう」と問い掛けているように感じる。確かにハンザには一つの考えがあった。それは危険だが、効果的な作戦である。その作戦とは、正面攻撃に呼応して山と森林に覆われた敵の背後を突くことである。


 防御に硬い地形とは、逆に見ると逃げ場の無い地形とも言える。退路を断たれた敵が動揺する隙に、正面勢力で叩けば敵戦力の集中も避けられるため、作戦の成功率はグンと上がる。ただし……


(それでは、背後を突く部隊は死兵として戦うことになる……)


 そして、そんな作戦を立案した以上、自らが赴くのが『騎士』だと思っている。以前の、少なくとも三年前のハンザなら進んで志願しただろう。だが……


(だめだ、とても出来ない……)


 ハンザは顔をしかめると俯いてしまっていた。


 結局この日の会議は、ここで終了となり「各自、良い案を考え明日の会議に備えること」と言う家宰ドラウドの言葉で解散となったのだ。


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