Episode_04.03 戦況確認Ⅰ
アーシラ歴492年11月2日 ウェスタ城内
朝からいつも以上の人数が詰めているウェスタ城領兵団詰所は、人いきれによって窓ガラスが曇っている。幾つかの机に書類が積み上げられているのは今まで通りだが、普段この部屋の主よろしく一人で仕事をしているセドリーは端の方へ追いやられている。そして、今、色々な所から送られてくる伝票の処理に追われている。
これから調達するための予算申請ではない、すでに調達したか、発注した物資の事後伝票を処理しているのだ。
(金貨がどんどん飛んでいくぅー)
そう口ずさみながら、次々と伝票の額面と明細の合計を突き合わせる。小銅貨一枚単位で出費を削り倹約を続けていた先週迄の自分を懐かしく思う。思わず見つけてしまう単価と個数と合計金額の不一致、どうしても見てしまう支払期日、叩き返したくなるような誤字脱字、この際全て「多少のこと」と大目にみて支払へ回す。何故なら、今は「戦時状態」だからである。
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10月30日 ウェスタ城内
この日の昼に領兵団詰所に届いた知らせは、第一部隊からの「小滝村東北の集落がオークに襲撃された」という報告だった。しかし、その後すぐに別の知らせが飛び込んできた。切羽詰まった様子で知らせを運んだ兵士は、詰所にたどり着くと書状を握ったまま気絶してしまったという。
その書状には
――我、オーク兵の侵略部隊と会敵す。敵は東北山中の村を陣地とし勢力を増強しつつあり。彼我の戦力差およそ二倍、我が方劣勢。至急応援求む。――
通常、オークの集団に「兵」や「侵略」と言った言葉は使わない。また、襲撃後すぐに立ち去るのが常のオークが陣地を作っているとは? 更に、彼我の戦力差が二倍、つまりオークは二百近い数の集団と言うことになる。
知らせを受け取ったヨルクは一瞬「何かの冗談では?」と思ったが、知らせを届けた兵士が到着と同時に昏倒するほど急いで駆けてきたという事実を思い出し、第一城郭へ報告に向かった。
家宰ドラウドが取り次いだが、直ぐにヨルクもウェスタ侯爵の執務室に呼ばれると、侯爵直々に事情を聴かれたが答えようがなかった。その後、軽い叱責と共に情報収集を命じられたヨルクは、急いで詰所に戻ると哨戒任務中の第一から第五までの部隊の所在を把握するとともに城下を警備する第六部隊をトデン村へ向かわせる。
この時点でウェスタ城内では「事件は局地的な物で直ぐに収束する」と皆考えていたのだが……この時既に小滝村の第一部隊は決死の防衛線を強いられていた。
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10月30日 小滝村
第一部隊はこの日の朝には、小滝村の東北側に臨時の防衛線を設営して万が一敵が進出してきた場合に備えていた。防衛線と言っても一日で形成したそれは、地面に溝を掘り杭を立て丸太を渡した簡易的な柵である。そして、丁度いい場所に立っている木造二階建ての蚕舎の屋上に弓兵と見張りを配置した。折悪く、雪がちらつく天候だったが、東北の方角はかなり先まで見通すことが出来た。
このとき、南東方面は全く無警戒だった。河に面して鱒の養殖池が広がる地帯であるため「こちらから敵が来ることは無い」という思い込みと、「東北側の集落が襲われた」という情報が、第一部隊全員の注意を東北側に集めていた。そして……
「隊長! 敵襲です!! 南から河を下って来ます!!」
見張りに立った兵士の悲鳴のような声が響く。或いはこの時「避難」と判断していれば、被害は最小限に食い止められたかもしれない。しかし実際には、第一部隊長は隊の人員を分けると、東北側の防衛線に兵を多く配置し、南東側の敵は哨戒騎士をもって駆逐を決意する。そして、哨戒騎士達に上陸中の敵を攻撃するよう命じたのだった。
土地の広さの割に養殖池が邪魔して、哨戒騎士達は騎馬による突撃を自由に出来ない。それでも、南東側に河から上陸を試みたオーク兵十数匹は、全て哨戒騎士達に退けられテバ河支流に叩き落された。当然第一部隊も無傷ではなく、二名の騎士が負傷し一頭の馬が使えなくなった。
損害は受けたものの「一段落ついた」全員がそう思った時に、第二の襲撃が始まった。森伝いに東北方面から小滝村へ進出したオーク兵は、南東方面へ再度上陸を試みる別働隊と呼吸を合わせるように攻撃を開始した。
防御線へ高所から濃密な矢の雨が降り注ぐ。本来なら、哨戒騎士の突撃で弓兵をけん制したいところだが、その哨戒騎士達は南東の河岸に再び現れた新手の上陸部隊に釘づけになっている。矢を放つ敵に対して防御線からも弓矢で応戦するが、地形の高低は如何ともし難い。アッと言う間に蚕舎の屋上に陣取った弓兵と見張り兵は全て射落とされてしまった。また、敵の矢は防衛線を形成する兵士にも甚大な被害を与えた。
ここで、第一部隊長は敵の数が百や二百では無いことを知るが、全てが遅すぎた。攪乱か陽動と思われた南東側に上陸するオークが本隊で、東北側は遠距離で弓を主体に攻撃する部隊だったのだ。オーク兵を二十から三十満載に乗せた筏が次々と南東の河岸に着岸する。その筏の数、見えるだけでも四十近い。大きく勢いを盛り返した南東側のオーク兵達はたった九騎の哨戒騎士を飲み込むと、防衛線の南端に殺到する。
一方で東北の斜面からは、
「退却だ! 住民をつれてトデンまで引け!」
この状況下でようやく退却を指示する第一部隊長は、剣を抜くと果敢にオーガーに向かっていく。これが、第一部隊長の最後の消息であった。
一方撤退を命じられた兵達は、もはや戦線を保つことが出来ず一目散にテバ河を目指す。最悪な状況下で唯一の救いだったのは、小滝村の住民の一部が自主的にテバ河沿いの船着き場付近に避難していたことだろう。しかし、それでも住民の一部約五百人程度である。それが、退却してくる兵を見て、我先にと渡し船や艀船に飛び乗る。
状況は、対岸のトデン村でも察知されていた。トデン村に滞在していたのはパーシャ率いる第四部隊であるが、およそ川幅百メートルのテバ河に阻まれ、直接何もできない状態だった。歯噛みするパーシャは、部下の哨戒騎士を上流の渡し場へ走らせるとありったけの船や筏、艀を出させる。当然目標は対岸の小滝村の住民救出である。異変を察知して渋る船頭も居たが、「行ってくれた者には当座の手当として金貨二枚、後に侯爵様から相応の褒美が有る」そう言え、とパーシャに言い含められた哨戒騎士は何とか全ての船を蹴り飛ばす勢いで出発させた。
防衛線を易々と突破したオーク兵達は、船着き場に向かって小滝村の内部を南下していくが、その進行は思った程早くない。略奪品の奪い合いや、逃げ遅れた女の奪い合いをあちらこちらで始めて指揮系統が混乱したようだった。その隙に船着き場にたどり着いた村人や兵士は、残っていた艀船や対岸からやってきた船等に飛び乗ると、間一髪で難を逃れることが出来たのだった。
この日の戦闘で、小滝村住民と東北・南東の集落合わせた人口三千人の内助かったのは女子供を中心とした七百人。戦闘を行った第一部隊は隊長を含める哨戒騎士十騎が消息不明、無事退却できたのは二十名に満たなかった。
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10月31日 ウェスタ城内
前日の襲撃で小滝村が全滅したという情報は被害報告とともにウェスタ城へ届けられた。この報せを聞いたウェスタ侯爵ガーランドは「非常事態」を宣言すると、休暇中の哨戒騎士に緊急召集を発令した。また、領兵団の予備役兵士の召集も同時に指示する。「非常事態」の宣言を受けて、行政・予算執行は凍結され、事態の解決を最優先とする「戦時体制」に移行し、全てにおいて軍事が最優先される。
また、任務中の哨戒騎士部隊の所在も明らかになった。第二部隊はウェスタの南ホーマ村の南部の領地境界線付近、第三部隊と第五部隊は桐の木村周辺のそれぞれ別の集落、第四部隊はトデン村に所在している。ヨルク団長は、第二部隊に桐の木村への移動を命じ、第三、第四、第五部隊はそのまま待機させる。
更にウェスタ城下周辺を警備任務中だった部隊の内、第六部隊にはトデンへ急行を命じていたが、第七、第八部隊は補給物資を受領後ホーマ村付近のテバ側流域の警備を、第九、第十部隊はウェスタ城下近郊のテバ側流域の警備を命じた。
この動きを受けて、領兵団は城下の市場に対し臨時徴発を実施し、補給物資を確保すると、不足の物資調達に乗り出す。但し準備には数日掛りそうだった。
一方、敵の手に落ちた小滝村を対岸に臨むトデン村では、避難民や退却した兵士に対する炊き出しが村長主導で始まっていた。折良く居合わせたパスティナ救民使「白鷹団」は率先して作業を行い、負傷者の手当てに当たる。しかし、急場は凌げても長期的に避難民を受け入れるスペースが無いため、村長等はウェスタ城へ嘆願書を提出することに決めていた。
トデン村の後方はそういう状態で何とか回っていたが、前線は緊迫した状況を続けている。昨夜一晩、寝ずに対岸を注視していた第四部隊は疲労の色は濃いが士気は旺盛である。勢いを駆って渡河上陸に出るかと思われたオーク軍は、しかし、テバ河の水量と川幅に性急な作戦実行を思いとどまったようで、筏をテバ河の更に上流に移す作業を続けている。
(筏を上流へやるか……つまり此方へ渡る意思があるということか)
パーシャは状況報告を書状に書き記すと何度目かの伝令をウェスタ城下へ送ったのだった。
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