Episode_04.02 召集
お互いに料理を取り分けながら食べ進める。部屋には燭台の明かりと暖炉の火が作り出す陰影が動くだけ。二人以外には誰も居ない。娯楽を提供する楽士も、吟遊詩人も、道化師も居ない。だが、若い二人にはそれで充分だった。お互いの仕草、表情、喋る内容がそのまま娯楽以上の愉しみを与える。
料理を粗方食べ尽くしたころ、デイルがふとハンザに訊く
「ハンザ、その『旦那様』っていう呼び方で、これからそれで通すつもり?」
「あら、嫌だった? ……じゃぁ『あなた』って言うのはどうかしら?」
杯をテーブルに置くと上目づかいにデイルを見てそう言うハンザの表情は、これまで見てきたどの表情よりも女らしくデイルの心に迫る。
突然、今まで抑えに抑え続けてきた何かが断ち切れた。デイルはハンザに答える代りに、ハンザの腰掛ける椅子の端を左手で掴むと、グッと自分に引き寄せる。
「きゃ……」
椅子の軋む音と共に、急な動きに驚くハンザの額がデイルの胸辺に当たる。デイルはそのままハンザの肩を掻き抱く。驚いたハンザだが、身を固くすることは無かった。そして、デイルの動きに応じるように、彼の背中に手を這わせる。受け入れられたと知ったデイルは、自然とハンザを抱く手に力がこもるが……
「ちょ、ちょっと、デイル……苦しいわ」
呼吸が出来ない程に力を籠めて抱き締められたハンザは、小さい声で抗議する。それに、ハッとしたように力を緩めるデイル。ハンザが小声で
「……もう、デイル……そう言うの『羽交い絞め』って言うのよ。もっと優しくしてよね……」
「ご、ごめん……でも、デイルって呼ばれるのが一番しっくりくるな」
「そうね、私もそう思うわ」
再び、今度は優しく抱き締め合う二人。そのままベッドへ移ると口付けを交わす。今までのどんな時よりも長い口付けは、唇を重ねるだけでは飽き足らず、お互いの舌を絡めあうように優しく鬩ぎ合う。やがて、夫々の手がお互いの肌の感触を求めて動き出す。
(男の服よりも、女の服の方が脱がすのが簡単に出来ているのは何故だろう)
ふと、そんな事を思うハンザは、それでもぎこちない様子でワンピースの後ろのボタンを外そうとして、外せないデイルが、可愛いと思う。身を捩って外しやすくすることで、ようやく外すことが出来たようだ。
一旦唇を離した二人は、見つめ合う。熱に浮かされたような視線が絡み合うと、ハンザはデイルの視線に「恐れ」を感じる。殺気とは違う、内に
(ここで、止めてと言っても……もう止まらないのだろうな……)
女の直感だった。でもそれはハンザも同じだった。優しくして欲しいが、それが無理ならば、いっそのこと乱暴にされても構わない。こうやって求められる時、触れられる時、暴かれる時を待っていたのだから。そんなハンザの気持ちを読み取ったのか、デイルはそっとハンザの服を脱がせるとベッドに横たえる。
(流石に、怖い……のかな?)
色々な感情が渦巻く中、いつの間にか服を脱ぎ去ったデイルを見た時の感覚だ。だが、お互いにもう、止められるはずが無かった。せめてもの一言がハンザの口から洩れる。
「わ、私、その……初めて、なんだ。優しくしてほしい……」
そう告げると、照れたように笑うハンザの上気した顔が美しいと思う。デイルは、少し情けない気もするが、白状しなければならない気持ちになる。
「俺も、初めて、だよ……」
「えっ……じゃぁ一緒ね」
「そうだな……」
頬を赤らめて微笑むハンザに覆いかぶさるデイルは、白く伸びやかな手足に幾つか残る刀傷の跡に唇を這わせ優しく愛撫する。一方のハンザも同じように、デイルの逞しい四肢に深く刻まれた彫り込みのような傷跡を愛おしむ。唇と指先がお互いの身体を這う、そんな穏やかな愛撫の時は直ぐに終わる。
最後に残った理性が蒸発したのか、デイルは不意に滅茶苦茶にハンザの裸体に唇を這わせ、手を這わせ始める。決して大袈裟ではなく、文字通り夢にまで見た女神のような女性が全てを曝け出してそこにいる。それを体と心に焼き付ける様に、執拗に愛撫を繰り返す。
くすぐったいような感覚が、徐々に胎の中で疼くような感覚に変わると、ハンザはいつしか、自分でも驚く程の喘ぎを始める。荒い呼吸の合間に、自然と声が漏れ、何度も名を呼ぶ「デイル」と――
抑え続けて来た欲情の蓋を、開けてしまった二人は、底の見えない深みに
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翌朝、起き出してこないハンザとデイルは放っておいて、一人で朝食をとるガルスの姿があった。主のブラハリーが気を利かせてくれたのか、一週間の休暇を得たガルスであるが、今日には王都へ向けて出発しなければならない。その前に哨戒騎士部隊の任務をこれからどうするか? と言う点を二人と話しておきたかったのだが、昨晩のことは察しが付いているガルスである。
寧ろ「これまでよく我慢した!」と褒めてやりたい気持ちが強かった。勿論、父親としてそれはどうか? とも思うのだが、任務に出れば明日をも知れない身の上である。常人には想像も出来ないほどの気持ちの昂ぶりもあっただろう。それを押し殺して今日まで来た二人である、同じ隊に居たとしても、騎士に有るまじき醜聞騒ぎにはならないだろう。
(哨戒騎士団の任務については、成行きに任せるか……その内ヨルクあたりが「そろそろ、お嬢様と婿君を正騎士団に加えては?」などと言ってくるだろう)
二人の婚姻と養子縁組の件は既に当主ブラハリーと侯爵ガーランドの内諾を得ているが、「仕切り役」を命じられた若君アルヴァンの勉学の都合で来年の三月に公表することになっている。そして、任務の一区切りがつく五月一日に挙式とお披露目を行う予定である。
(それまで忙しくなるな……)
と、そわそわした気持ちになるガルスであった。
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そんな朝の一時を打ち壊すように、馬の蹄の音が響く。一頭きりだが「早駆け」で馬を駆る騎手はウェスタ侯爵家の紋章を付けていた。それが、午前のラールス郷の町を駆け抜けると、屋敷に飛び込んできた。
丁度、王都へ向けて出発の準備をするガルスと、ようやく起き出してきたデイルとハンザが何事か言葉を交わしている時だった。ガルスが何事か言い、顔を赤らめたハンザが何か反論しているが、居合わせた家来たちはその遣り取りを微笑ましい気持ちで聞き流している。そんな場面に早馬が飛び込んできたのだ。
「何事か!!」
突然の出来事にラールス家の家来が早馬に駆け寄るが、興奮した馬は口の周りを泡だらけにしながら威嚇するように棹立ちになる。騎手はそれを御しきれずに、振り落とされるが、何とか馬の下敷きにならないように、這って馬から離れた。
家来の馬廻り組の者が慌てて投げ縄を持ってくるとそれを馬の首に投げ掛けたところで、ようやく馬は落ち着いた。一方、振り落とされた騎手は良く見ると疲労困憊という風だった。
「誰か、水を!」
ハンザの言葉に反応した家来が水の入ったポットをもって駆け寄ってくる。差し出される水をグイっと一飲みした騎手は人心地付いたのか、役目を思い出すと居住まいを正す。
「御無礼平にご容赦! ウェスタ城より伝令です。ハンザ様、デイル様、至急城下へお戻りください。緊急召集命令がかかりました」
「何事だ?」
伝令兵の「緊急召集」の言葉に反応するガルスの言葉は鋭い。
「三日前、オーク共の襲撃で小滝村が壊滅したとの知らせを受けての緊急召集です!」
「なんと……」
伝令兵の言葉に絶句する三人であるが、そこは年の功、ガルスがいち早く立ち直ると、
「デイル、ハンザ! 今すぐ城下へ向かうのだ。私は王都へ戻るが、場合によっては正騎士団を率いてウェスタ城へ行くかもしれん! 団長のヨルクには『遠慮無く正騎士団を頼れ』と伝えよ!」
「はい、父上」
「どうか、お気をつけて」
ガルスの指示に二人は返事と共に短く別れを交わし、出発の準備に取り掛かる。それを見送ったガルスは家来達にも、
「当面領地の警備は厳としろ。また、兵を集めるかもしれん。準備を怠るなよ!」
ラールス家の軍事一般を取り仕切る馬廻り組の者達は、主ガルスの号令に頷く。
「では、行ってくる!」
ガルスは、愛馬に跨ると王都へ急ぐ。その後ろ姿を見送りもそこそこ、馬廻り組の家来たちは、各自の役割に取り掛かり始める。
にわかに降り出した氷交じりの氷雨が雨脚を強める。そんな中、ガルスの出発から遅れること一時間、デイルとハンザも夫々騎乗すると一緒にウェスタ城下を目指し出発した。手を振る見送りの家来達に応えると、デイルとハンザは馬に拍車をかける。蹄が蹴り上げる水飛沫が、降りしきる氷雨と混じりあい、やがて二人の後ろ姿は雨の向こうに消えて行った。
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