Episode_03.20 魔物退治(後編)


 翌日の昼前、第四部隊は再び沼地に展開している。但し、昨日と違う点は、村の狩人達を動員して、沼地に続く小道の周囲の森に長槍を持った兵士と共に潜ませている点。補給物資を積んだ荷馬車を引く荷駄馬二頭に、哨戒騎士の騎馬六頭を追加した急ごしらえの八頭引き荷馬車を準備した点。その荷馬車から伸びた長いロープの先端 ――鉤爪状の金具付近―― を持ったパーシャ隊長が騎馬で単独先行している点。その他の三騎の哨戒騎士が夫々同じ鉤爪のついたロープを手にその後ろに従っている点、であろうか。


 素案は、ユーリーとヨシンの作戦である。彼らの作戦とは、「騎士を餌に見立てて、魔物を沼地から釣り出す」という物だった。それに、パーシャら哨戒騎士の面々が細部を肉付けしたのが、今の陣容である。


 先頭の騎士が囮の餌となり、それを襲う魔物に鉤爪を掛ける。掛かったところで、後ろに控えた荷馬車が思い切り引くのである。後は、引きずり出された魔物を森に潜んだ兵士たちが長槍と弓で攻撃するという作戦だ。作戦の肝は「馬を魔術により強化する」点である。馬力を増した馬で一気に釣り上げてしまうのだ。そして、作戦の難しい点は「如何に魔物にフックを掛けるか」である。


 この作戦を聞かされた村の人々は、「騎士団がそこまでしてくれるとは……」と訝しがったが、パーシャの真剣な説得に折れて全面的な協力を約束してくれた。そうやって、村の狩人達が援軍に加わり、村の木こり達が応急で荷馬車の手直しと鉤爪付きロープの提供を行ってくれたのだった。


 各自が配置についたところで、ユーリーが最後の仕上げに掛かる。第四部隊の保有する騎馬十頭と荷駄馬二頭に身体機能強化フィジカルリインフォースの術を掛ける。更に「餌役」のパーシャにも同じく、身体機能強化と更に最近覚えた防御増強エンディフェンスを掛ける。


「ふぅ……準備完了です」

「ありがとう、作戦開始だ……」


 沢山の対象に対して一気に術を掛けたユーリーは、流石に足元がふら付く程の疲労を覚えるが、パーシャの言葉に頷き返す。


 そして、第四部隊は、気勢を上げることなく、静かに作戦行動へ入っていく。


(……不安が無いと言うと嘘になるが……)


 先頭を進むパーシャの心中は、成功と失敗の確率五分といった気持ちである。最初にユーリーの作戦を聞いた時は「子供騙し」と思ったが、部下の騎士達を加えて検討していくにつれて「成功するかもしれない」と思うようになっていた。問題は、一番危険な「餌役」を誰がするか? であったが、パーシャは志願者を募らなかった。


(これは、俺の役目だ)


 と最初から決めていたからだ。今は、束の間強化された自分の体力と防具の防御力を信じるしかない。そう腹をくくる。


 馬を進めるパーシャは直ぐに昨日と同じ場所にたどり着く。見渡すと、昨日とほぼ同じ沼地の光景が広がっているが……パーシャの視線は、昨日のままの少女の遺体と、その近くの木に同じようにして引っ掛けられている、部下達の遺体を捉える。


 残虐な仕打ちに怒りが込み上げてくる。そんな時、不意に足元を大きな波が攫う。


ドプゥン


 と水面が動く音と共に、馬の腹迄浸かりそうな程不自然に水位が上昇するが、身体機能を強化された馬は足元を掬われることも無く、その場に留まる。やがて、水は引き、馬の蹄を隠す程度の水位に戻る。しかし、強い殺気を感じる……


(来る!)


 その瞬間、昨日と同じ様に左手の水面が盛り上がると、


ザパァンッ!


 大きな水音を立ててスキュラが姿を現した。スキュラは、獲物が馬に乗った人間一人だと見て取ると、下半身の十匹の大蛇達をうねらせて猛然と近づいてくる。その内でも、最も太く長い大蛇の頭がパーシャを丸呑みする勢いで大きく口を開いて迫ってくるが――


ガシャン!


 大蛇の口が覆いかぶさる瞬間、パーシャはその上顎に左手を、下顎に足を掛け、顎を閉じる力に対抗する。板金鎧の左肩が大きく変形し金属音を立てるが、何とか役割を果たすと、開いたままの上顎、大蛇の鋭い二本の前歯の真ん中に右手一本でフックを掛ける。


ドンッ!


 首を振ってパーシャを払い除けようとする大蛇の動きに、たまらず跳ね飛ばされるが作戦は成功である。


「今だ!!」


 パーシャの奮闘を遠巻きに見ていた騎士達は、一斉に荷馬車の馬に鞭を当てる。


ヒヒィーン


 甲高い嘶きと共に、荷馬車を引く八頭の馬は一斉に走り出す。強化された馬は、物凄い速度で走り出すと、弛みの有ったロープが一気に引かれて――


ドンッ


 と一際大きい衝撃音が鳴る。馬たちは一瞬そこで棹立ちになるが、体勢を直して再び荷馬車を引き始める。一方その瞬間、沼地のスキュラは振り落とされたパーシャに襲い掛かろうとしていたが、突然沼地の外に向かって強く引かれる力に体勢を崩すと


ズルズルズルズルズルッ


 何とも例えの難しい音を立てて乾いた地面に向かって引きずられていく。やがて地面の上に引き摺り出されたスキュラに、待機していた残りの三騎が近付くと夫々のフックを投げ付ける。それらのフックは予め杭で地面に固定されていて、更にスキュラの動きを封じ込めるためのものだ。


「撃ち方、はじめ!」


 そのタイミングで、左右の森に潜んでいた弓兵と村の猟師の混成部隊が一斉に矢を射掛ける。更に、木こり達も手製の投げ槍や石を投げつけていく。昨日のようなユーリーの強化術による援護は無いが、素早い動きの封じられた敵は矢傷を増やしていく。


「長槍前へ!」


 次の号令に従い長槍を持った兵士達が木立の間から踊り出ると、その勢いのまま槍をスキュラの体へ突き刺す。何とか身を捩って躱そうとするが、合計二十本以上の長槍を体に突き立てられたスキュラは悲鳴とも怒号ともつかない叫びをあげる。


ウォオルォオオ、ルォオラァ!


 すると突然、乾いた地面だった筈のスキュラが横たわる場所に水が湧き出す。湧き出した水は物凄い勢いで周囲に居た兵士を遠くへ押しやってしまう。


「は、放て!」


 突然の変事に、一瞬全員が硬直するが、射撃の合図とともに攻撃が再開される。しかし、これまでとは違い、湧き出した水を被ったスキュラは矢の攻撃の殆どを弾き返すと、猛然と体を動かし、拘束するロープを引き千切ろうとする。


 一方、強化術を掛けたユーリーは少し下がった所から様子を見ている。一気に大量の魔力を使ったせいで、今でも足元にふら付きを覚えるが、最後の仕上げとして弱体化ウィークネスの術を試みる。相手の能力を全般的に下げる効果のある術であるが、スキュラの抵抗力は高く魔術の効果が表れない。


(くそ!)


 微かに焦りを覚える。ロープによる拘束は破られる寸前である。これまで、一見すると優性に有るようで実は効果的な打撃を与えていないことには、気付いている。それどころか、スキュラは「水」を呼び出すと、体力を回復したようにさえ見えるのだ。


 そこへ、長槍を突き刺した後、波に押し戻された兵達が片手剣を抜いて殺到する。


「だめだ! まだ早い!!」


 ユーリーは思わず叫ぶが、兵達は自らの槍による攻撃に手応えを感じていたのだろう、暴れるスキュラに臆することなく挑みかかっていくと――


ドンッ ドンッ


 下半身の暴れまくる大蛇に突き飛ばされて、あちこちで兵士が吹き飛ぶ。


「くそ!」

「もっと、矢を!」


 吹き飛ばされた兵士を助け起こしながら、他の兵士が口々に叫ぶ。そこへ


「おまえら! どけぇー!!」


 怒号を挙げながら突っ込むのは馬上に戻ったパーシャである。後ろには三騎の騎士が一列縦隊の隊形で従っている。パーシャは、強化された馬の速度を利用した大剣の一撃をスキュラの下半身めがけて叩き込む。


ザンッ


 肉と骨を断つ音を上げて、大蛇の首が宙に舞う。その後続の騎士達も、夫々深手を与えていく。


ギャッァッァアァァ!


 流石にこの攻撃は効いたのか、スキュラの動きが鈍くなる。そこへ、ユーリーの弱体化ウィークネスがようやく効果を表わす。


(よし!効いた!)


 確かな手応えを感じたユーリーは近くで弓兵を指揮する騎士に声を掛ける。


「今なら、矢が効く、早く!」

「は、放てっ!」


 何度目かの号令に従い、矢が放たれる。殺到する数十本の矢が雨のようにスキュラに降り注ぐと、その殆どが、深く魔物の体に突き立つ。


「おおぉ!」


 兵士の間から歓声が上がる。そして、突撃を終えて再び体勢を立て直したパーシャ達が二度目の突撃を敢行する。


「うぉぉぉ!」


 雄叫びを上げるパーシャは、苦悶の表情を浮かべるスキュラの顔面に大剣を叩きつける。額が割れて血が噴水のように吹き出した。そこへ、他の矢とは違う、燃え上がる炎の矢が火線を曳きながら二本、三本と立て続けに飛び込む。


ボンッ


 割り切られた額に飛び込んだユーリーの火炎矢フレイムアローが、スキュラの頭の中を焼き、一気に温度の上がった頭部が西瓜のように爆ぜた音だった。


「う、おぇぇぇ……」


 立て続けに魔力を放出したことによる吐き気に、自分の術が起こした酷い惨状、そして肉が焼ける匂いで、堪らずにユーリーはその場で嘔吐していた。その背中をヨシンが優しく擦ってやるのだった。


****************************************


 ヘドン村で思いも掛けず魔物退治に協力したユーリーとヨシンは、第四部隊の荷馬車に揺られてトデン村へ向かっている。お目当てだった「姫鬼芥子」は、あの後ヨシンが村の狩人ときこり達の協力を得て、十分過ぎる程収穫できた。その上で、第四部隊の面々には相当に感謝されたが、任務中に仲間を亡くした彼らの気持ちを考えると、明るく受け答えをすることが出来なかった。


 最後の戦闘で出た負傷者と無惨な遺体になった仲間を乗せた荷馬車に便乗したユーリーとヨシン。急ぐ理由があった二人は、ユーリーが極度の消耗で歩ける状態で無かったため便乗することが出来たのだ。


 第四部隊の本体と別れた一行は、その日の夜にはトデン村に到着していた。登りと下りの繰り返す荒れた道であったが、負傷者と並んで横になっていたユーリーは一度も目覚めることなくトデンへ到着していた。

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