Episode_03.19 魔物退治(前編)


 翌日は、朝からスッキリしない空模様だった。昨晩の雨を引きずった空模様は鉛色の雲に覆われた曇天である。それでも、野営地の朝は早く、当番の兵士が第四部隊約七十余名の朝食を準備する。昨晩に引き続きそれの御相伴ごしょうばんに与ったユーリーとヨシンは、その後の時間でヘドン村を散策に出かける。野営地では、兵士達が出陣の準備を始めており、元々居場所の無い二人は邪魔になりそうだったので野営地を出た訳だ。


「こうやって見ると、あんまり樫の木村とかわらないね」

「うん、家も多いし、村も広いけど、なんか似てるな」


 村の中を歩くユーリーとヨシンの感想である。人口で比べれば、樫の木村の六倍は大きい筈だが、どこか寂れた雰囲気のヘドン村の感想である。ユーリーとヨシンは何も目的無しに歩いているのではない。


 昨日の夜、幕屋に戻ったユーリーとヨシンであったが、「人頭蛇身」の魔物が気になって色々話していたのだ。ユーリー曰く


「水棲の魔物ってことは、危なくなったら水の中に逃げちゃうね」

「そうだなー、それに沼地で水棲の魔物と戦うのも、不利なんじゃないかな?」


 そんなことが気掛かりになり、勝手に作戦を考え始める。焦点は、如何に水棲の魔物を水辺から引き離すか、であった。


「餌でおびき寄せる」

「何が好物か分からない」

「沼地に毒を流す」

「毒ってどこにあるの?」

「投網で捕まえる」

「魚じゃ無いんだから」


 色々な意見を出し合う二人だが、どれもイマイチである。結局「どうにかして、おびき出して、投網みたいな物で身動き出来なくしてから倒す」という二人の折衷案が良いんじゃないか? ということになった。


 勿論、第四部隊がこの二人に「作戦立案」を頼んだ訳では無いので、二人が勝手にしていることだが、魔物退治までは目当ての薬草を採取することが出来ないので他にやることがない。自分達の作戦案に役に立ちそうな物が無いか村を見て歩いている。


 結果として分かったことは、ヘドン村付近には、小さい沢のような小川しか無い為、大型の投網が無い。その代りに、木を切り倒す時に使うフック付きの頑丈なロープが多くある。そして、村の人はあまり協力的でない、と言うことだ。ヨシンが、木こりの道具であるフック付きのロープを見つけた時、近くを通った木こりに、


「すみません、哨戒騎士団の者ですけど、このフック付きのロープをお借りすることは出来ますか?」


 と極めて丁寧にユーリーが尋ねたのだが、


「あぁ!?」


 そのきこりは、返事にならない声を上げてユーリーとヨシンを睨みつけてきた。他にも何人かに聞いてみたが、皆協力的ではなかった。話し掛けてきたのが、哨戒騎士団の恰好をしているとはいえ十六そこらの若造だった、と言うことを差し引いても、酷い対応ではないだろうか。


 そうしている内に、野営地が騒がしくなる。出陣の準備が整ったのだろう。時間は正午前、朝方の曇天はようやく薄日が差す程になっている。ユーリーとヨシンは慌てて野営地に戻ると、隊列を整える第四部隊の最後尾に位置する。第四部隊の十人の哨戒騎士は今回徒歩で現地へ向かうのだろう。その彼らの後ろには十人一組の兵士達が一般的な片手剣と盾に長槍という装備で整列している。弓を担いでいるものも数名見られるが、主力は長槍ということだ。


「出発するぞ! 全員気合いを入れて行くぞ!」


 パーシャ隊長の号令に、配下の七十余人の部隊が気勢を上げると、案内人の村の狩人を先頭にパーシャ隊長以下第四部隊は西の沼地に続く森の小道へ分け入っていった。村人達の話によれば、西の沼地は徒歩で約一時間の所にある。北から流れ込む沢の水が溜まる大きな沼が三つ、それに雨が降ると、大小様々な沼が溢れて一つの大きな沼になるとのことだ。


「きっと今日は、沼地が一つに繋がっているだろう」


 と言うのは案内役の狩人の話だった。


 しばく進むと、第四部隊は目的地の沼地に到着した。確かに、狩人や村人が言った通り、森の切れ目の向こう側に広がる沼地は、一面水浸しで繋がった大きな一つの沼に見える。しかし、水面のあちこちから広葉樹の灌木がつき出ているため、そのあたりは水が引けば地面になる場所なのだろうと推測できる。


 周辺の地形を頭に入れようと、見渡すパーシャ達哨戒騎士だが、その近くの兵士が沼の中に立つ背の高い木を指さして叫ぶ。


「おい……あれ! あれ人間じゃないか?」


 その声に、指さす方を見るパーシャの目には、不自然な恰好で木の枝からぶら下がる物体 ――少女の遺体―― が映った。距離にして三十メートル位先の木の枝にぶら下がる遺体は、頭を割られ、胎も食い千切られている。残酷な話だが、食い破られた胎に足を通して作られた輪に枝を通す形で枝にぶら下がっているのだ。


「なんという……惨い」


 兵士の中には、そのあまりの惨たらしさに嘔吐するものも居る。そんな中、パーシャの指示を待たずに、一人の哨戒騎士が自分の班の六名の兵士を連れて、その木に駆け寄る。バシャバシャと浅い水溜りを走る彼らを、何事か考えていたパーシャは制止するタイミングを逸してしまう。


「待て、戻ってこい! 罠――」


 罠かもしれない! と叫び掛けた時、突然穏やかだった水面に波が立つ。踝ほどの水位だった水面は突然、膝上の高さに盛り上がると、遺体を回収しようとする哨戒騎士と兵士を飲み込む。


 大した高さの波ではないが、油断した人間を転倒させるには充分な威力があった。


「わぁ!」


 と驚きの声を上げて、数名の兵士が水中に転倒する。その一瞬後、


バサァァ!


 木へ向かう一行の左手の水面が一際高く盛り上がると、人頭蛇身の魔物 ――スキュラ―― が姿を現した。それは、全身が青っぽい蛇の鱗に覆われ、上半身は、雌なのだろうか? 胸に膨らみは有るものの、両手は無く、肩の上には人食鬼オーガーか、トロールのような頭部が乗っている。更にその下半身は、十の大蛇に枝分かれしており夫々の先端には蛇の頭が付いている。幾つかの蛇の頭には、先ほど波に攫われて転倒した兵士達がガッチリと咥えられている。


 突然現れた、四メートル程の巨体に一瞬思考が停止するが、


「扇状密集隊形だ! 槍隊前へ出ろ! 弓兵はその後ろに待機だ!」


 そう叫ぶと、慌てて隊列を整える。隊列は扇を広げた形に円弧を描く前列二十五人、その後ろの後列二十人の密集隊形で、主に防御に用いられる。その兵士に隊列の先頭に立つパーシャは大剣を抜くと、正面を見据える。


 正面の先行した班は、残った兵士が長槍でスキュラをけん制しつつ、哨戒騎士が果敢に蛇頭の下半身に斬りかかる。何とか喰われかけている兵士を救出しようとしているのだ。しかし、彼らは劣勢であった。長槍を水面下に隠れて避けたかと思うと、別の場所から現れ、現れた方向を向くと、その背後から下半身の蛇が襲い掛かる。巨体に見合わぬ素早さで、まるで騎士や兵達を弄んでいるようだ。


(近すぎて、矢が撃てない……このままだと、あの班は全滅してしまうぞ!)


 そう思うが、一方でこのまま突入しても犠牲者が増えるだけだとも思う。パーシャは奥歯をギリリと音が出る程噛みしめ、状況を見守るだけだ。


 その時、水面から飛び出してくる蛇頭相手に剣を振っていた騎士が、偶然だろうか、その内一体を剣で捉えた。鋭いロングソードの一撃は、その蛇頭の身を切り裂く。


「ギャァー!」


 スキュラは身の毛もよだつような叫び声を上げると、痛みに暴れ出した。無茶苦茶に振り回される下半身の大蛇に打たれ、残った兵士と騎士は弾き飛ばされる。結果的に兵士達とスキュラとの距離が開いた。


「放てっ!」


 今をチャンスと見て取ったパーシャは後方に待機する弓兵に指示を出す。十名の弓兵とそれに加わるユーリーが一斉に弓を引き絞り、まだ暴れているスキュラに向かい矢を放つ。


 十一本の矢は一斉にスキュラに降り注ぐが、当たり所が悪く、また上半身の硬い鱗に阻まれて、有効な攻撃となったのは数本のみだった。


「強化術を掛けるっ!」


 矢の威力不足を感じたユーリーが声を上げる。周りの弓兵は「え?」という表情をするが、ユーリーは構わず術陣を起想・展開させる。先日の里帰りで養父から更にいくつかの魔術を学び取っていたユーリーだが、今はお得意の身体機能強化フィジカルリインフォースを発動させる。但しこれまでと違い、弓兵十名に自分を加えた十一名全員に術の効果を付与する。


(うぅ……)


 発動と同時に、これまで感じたことの無い脱力感がユーリーを襲うが、まだ余裕はありそうだ。一方、強化術を掛けられた弓兵達は驚きの声と共に矢を放つ。これまで、引き絞れなかった所まで、弦を引き絞ると比較に成らない強さの矢を放っていた。強さだけではない、次の矢を番えて引き絞り放つ、一連の動作が素早くなり次々と矢を射掛ける。


「お前達、戻ってこい!! 早く!」


 矢の攻撃にスキュラが怯む隙に、パーシャは水面で痛がっている兵士に駆け寄ると、後方へ押しやりつつ声の限りで叫ぶ。事態を察知したその班の班長を務める哨戒騎士も、


「下がれ! 撤退だ!!」


 と大声を挙げつつ、部下を後方へ押しやる。ようやく、先行していた班の生き残りを密集隊形の後方へ収容した第四部隊へ、一際大きな波が襲い掛かる。腰の近くまで不自然に水位を上げた波が、隊全体を後ろへ押し流す。そして、波が治まった後の沼地にはスキュラの姿は無かった。


****************************************


「クソ!!」


 誰も居なくなった幕屋で一人、パーシャはそう毒づくと思い切り椅子を蹴り飛ばす。甲冑の脛当てグリーブで蹴り飛ばされた椅子は、気の毒にも足が折れ飛ぶと寝台にぶつかり転がる。物に当たっても仕方がないのだが、今のパーシャは「そうでもしないと」怒りが収まらない。その怒りとは自分に向けられたものである。


 長い哨戒騎士生活では、仲間を失ったことは度々あった。野盗を襲撃するつもりで、返り討ちに遭ったり、思いもかけない所でオークの集団に遭遇したり。色々危ない場面はあったが、自分が指揮官となってから、隊に犠牲者が出るのは初めてである。豪胆そうな外見に似合わず、性根の優しいパーシャはその事が許せないのだった。


「あの蛇野郎! 絶対ぶっ殺す!!」


 しかし、どうやって? 今日のようなやり方なら、犠牲者は出るが肝心の所で相手に逃げられてしまう。沼地の水が引くまで待ちたいが、これから本格的な冬の始まりに掛けて、この地方では雨が良く降る。いっそ春まで待つか? とも思うが、あれほど強力で悪賢い魔物を村の近くに放置することは許されない。なにより、自分の気持ちが治まらない。


(しかし、どうやれば……?)


 その時、幕屋の表から言い争いの声が聞こえてきた。


「だから、今はダメだって。隊長だってお疲れなんだから……」

「いや、ほんの少しで終わりますから、すぐです、五分で済みますって」

「しつこいなお前達、ダメなものは……あ、ちょっと、こら!」


 表に立つ兵士と少年の押し問答に続いて、若い兵士 ――ユーリーとヨシン―― が幕屋に飛び込んでくる。


「……なんだ?」


 やはり機嫌の悪いパーシャである。


「あ、あのぉー」


 と口ごもるヨシンの隣でユーリーが捲し立てる。


「パーシャ隊長、聞いてください。良い作戦が有ります!」

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