Episode_03.18 第四哨戒部隊


 出発した日の内に何とかトデンの村までたどり着いた二人は、街道沿いの民家の軒下で野宿をして翌朝早くに、ヘドン村へ向けて出発した。トデンとへドンの間は距離が離れている上に、道が悪いと聞いたためだ。


 確かに話に聞いた通り、朝一番に出発して数時間後には、街道は登り坂と下り坂の繰り返しが続く山道に変化していた。坂道を下りきった場所は所々が小川のようになっていて、雨でも降れば水浸しになるだろう。そんな場所が幾つも続いている。


「酷い道だね」

「たしかに、酷いなー」

「これじゃ、手押しの荷車は無理だね」


 街道を行くユーリーとヨシンは徒歩であるが、余りの道の酷さに驚いている。これならば、細いが平坦な樫の木村へ続く道の方が余程整備されているように見える。その上、ヘドン山の周辺は薄雲が掛かっており、このまま行けば午後には天気が崩れそうだ。


 デイルに支度金として渡された銀貨十枚で簡単な雨具代わりのフード付きのマントを購入していたが、そろそろ「氷雨」と呼ばれる冷たい雨が降り出す時期である。なるべく悪天候には遭遇したくない。そんな二人は歩調を早めると、壁のように目の前に迫る登り坂をひたすら歩き続けた。


 桐の木村と樫の木村の間の街道で遭遇したような野盗には遭遇せず ――勿論、野盗側も商売でやっているので、金目の物を持たなそうな二人をわざわざ襲うことは無いだろうが―― 二人は順調に進むが、やはり正午を三時間ほど過ぎたあたりで、雨が降り出してきた。それでも、壮健な若者二人の歩みは緩まらず、夕方過ぎ、日の暮れ始めた頃にヘドン村の正門が見えてきた。


 ユーリーとヨシンが視界に捉えた、ヘドン村の正門付近の広場には大人数の人が居るのが見える。降りしきる冷たい雨にも係わらず焚火を燃して、男達がその周りに立っている。その焚火を取り囲むように幾つかの幕屋が並んでいて、幕屋の一つの上には良く見知った旗 ――ウェスタ侯爵家の旗―― が焚火の明かりに照らされて立っているのが見えた。


*************************************


「ちょっと待ってくれよ。じゃぁ、西の沼地に住み着いたのはゴブリンの集団じゃないっていうのか?」


 幕屋の中でヘドン村の村長と対面するパーシャは、思わず声を荒げる。対する村長は大柄なパーシャの声に縮みあがる様子で、


「は、はい……、実はゴブリンも居たのですが、後から来た人頭蛇身の化け物に追い払われたようでして。今はその化け物しか居ないようなのです」

「ふむぅ」


 パーシャは、赤毛の髪に伸び放題の髭という風貌だが、困ったようにその髭を掻き回すと考え込む様子になる。彼の率いる第四哨戒部隊がヘドン村に到着した時は、目の前の村長から、村の西の沼地に住み着いたゴブリンの集団の駆逐を依頼された。しかし、その準備を整える部隊の駐屯場所に、今日の昼ごろ、村の女房が駆け込んできたのだ。


 余程に怖い目にあったのであろう、中年の女房は暫く言葉にならない喘ぎ声を上げるのみだったが、部隊の兵が水を飲ませると、ようやく落ち着いたようにしゃべりだした。


 その女房曰く、「十歳になる娘が魔物に攫われた」とのことであった。西の沼地に薬草を摘みに出かけた際に、突然沼の水面から姿を現した「蛇のような魔物」に子供が攫われたという事だった。


「ゴブリンが住み着いた西の沼地に何故村人が行くのか?」「そもそも、住み着いたのはゴブリンであり、蛇の魔物ではなかった筈」


 訝しく思ったパーシャがヘドン村の村長を呼び出したのが午後の二時頃。しかし、村長は日が暮れてからようやく姿を現し、言い訳めいた釈明を行うのであった。


(……これは、危うく担がれかけたな……)


 パーシャの直感は正しかった。ヘドン村はそれほど裕福な村ではない、人口こそ三千人近くの人々が広く分散して住んでいるが、主だった産業は林業と狩猟である。その上、大森林地帯が北西部に張り出してきているこの地は、交通も少なく自然と活気の無い地になっている。そこへ持ち上がったのが西の沼地に住み着いたゴブリン達であった。


 西の沼地は、薬草類が種類豊富にとれる地帯であったが、村の住人達では住み着いたゴブリンを追い払うことが出来ない。


「哨戒騎士団が来るまで待っていよう」


 ということで、二か月ほど待っていたが、その内に、ゴブリン達の群れは、訳の分からない蛇の化け物に取って代わられていた。恐らく、大森林から伸びる沢伝いに村の近くまで来たのであろう。その化け物は先住のゴブリンの群れを「喰った」ようで、少ない畑を荒らすゴブリンの被害は無くなったものの、その内、西側の森で狩りや採集を行う村人達が襲われるようになっていた。今回の事件で三件目の被害だという。


 しかし、「訳の分からない恐ろしい魔物が居る」などと哨戒騎士団に伝えれば「それは、冒険者に任せる方が良い」と言われ何もして貰えないかもしれない、と村の村長をはじめとした幹部連中が思ったのだろう、村を訪れたパーシャの第四哨戒部隊にゴブリンの群れの話をして、その蛇の魔物にけしかけようとしたのである。


(何とも浅薄な……)


 という感想のパーシャであるが、村長や村の幹部の気持ちも分からない訳では無い。哨戒騎士として、領民の安全を守ると誓った哨戒部隊でさえ、民衆の目には為政者の手先に映るのだ。そして、為政者がどれだけ善政を行っても、民衆は不満や不信を持つものなのだ。そういった不満や不信が、この寂れた村には強くあるのだろう。


(これは、否応も無く解決しなければ……)


 そう決心すると、パーシャは村長に、明日朝一番で、村の主だった者を連れて幕屋に来ることを命じた。一方で、連れ去られた娘に関しては、


(残念だが手遅れだろう……)


 そう思うと、心の中でマルス神の印を切り、犠牲者の冥福を祈る。苦難の中にある民の全てを救える訳では無い。悪天候の夜の内に闇雲に部隊を動かしても、こちらの被害を拡大させるだけで逆効果なのだ。指揮官として、危険だけが大きく成果の期待できない行動を部隊にさせる訳には行かない。


(はぁ……隊長なんてやるもんじゃないな……)


 パーシャが沈痛な面持ちで溜息をついている頃、新に幕屋を訪れるものがあった。


「パーシャ隊長、お久しぶりです!」


 元気の良い声の主は、ユーリーとヨシンである。突然現れた「見知った」顔に驚くパーシャであるが、相好を崩すと「しばらく見ない間に大きくなったな!」と返事をする。先ほど迄の沈痛な気持ちも幾分和らいだようだ。


「お前ら、休暇中だろ? どうしてヘドン村になんか来てるんだ?」


 パーシャの問いにユーリーが経緯を説明する。


「……なんと、デイルの母君はそんなに悪かったのか……それにしても、その薬草の生えているという西の沼地には、今魔物が巣くっているんだぞ。俺達は、明日にでも討伐に向かうつもりだが、薬草を摘むのは討伐がおわってからにした方がいいな」


 パーシャの言葉であるが、


「魔物というのは、どんな相手ですか?」

「それが、良くわからん。俺も今聞いたばかりだ。『人頭蛇身』水の中に潜んでいるらしいという事しか分からないんだ。」


 ヨシンの質問にパーシャが答える。ヨシンは、ユーリーの方を振り返ると「何か分かる?」という風な視線を送ってくるが、ユーリーも首を傾げる。水棲の魔物なら沢山居るが、人の頭に蛇の躰を持つものと言えば……


(ラミアか、スキュラか……ヒドラは全身蛇だし違うかな……)


 と思うが確信はない。勿論全て本の知識であり、ユーリーもヨシンも本物を見たことは無い。


「とにかく、人間の頭部が乗っているということは、それなりに知性のある奴かもしれん。手強い相手だろう」


 大雑把な意見を言うパーシャだが、そこまで言うとジロッとユーリーとヨシンを見る。


ややこしい・・・・・話になるから、お前らは手出しするなよ……いいな?」


 ややこしい・・・・・とは、休暇中の兵士を巻き込んで任務をした場合に、給金を日割りで払う必要が発生したり、「理由書」を提出したりする必要が出ることを指している。それが、面倒なパーシャは、わざと強面な表情を作ると二人に凄んで見せる。


「もも、もちろん、でも僕たちも薬草を採取して直ぐにウェスタに戻りたいので、後ろを付いて行きますよ」

「邪魔はしませんけど、後方で見学させて下さい!」


 「魔物の討伐を間近で見てみたい」という思いを見透かされた二人は口々に尤もらしい・・・・・理由を言う。対するパーシャも、この二人が大人しく村で待っているとは思っていない。


(変にチョロチョロされるよりは、最後尾に付いて来た方がマシか……)


 と、思うことにした。


 結局、その夜は第四部隊の面々の夕食を分けてもらい、一日ぶりの温かい食事をとった二人は、適当な幕屋で休ませてもらうことが出来た。


 冷たい雨は一晩中降り続いていた。


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