Episode_03.17 短期労働再び へドン村の薬草摘み
束の間、郷里でのひと時を過ごしたユーリーとヨシンは、九月末のウェスタ城下町に戻っていた。この先ホーム村まで南下し、そこでリムルベート王都を目指すかウーブル侯爵領を目指すか決める、という行商人ポームから約束の報酬を受け取った二人はポームと分かれると、領兵団詰所に向かう。
休暇中とは言え、兵士や哨戒騎士達はその所在を明らかにしておかなければならない。いざと言う時に、何処に行ったか分からない、では召集の掛けようがないためだ。
久しぶりに足を踏み入れる領兵団の建物の一階では、相変わらず事務官セドリーが忙しそうにしていた。
「セドリーさんこんにちわ!」
ユーリーの声に顔を上げるセドリーは、入口に立つ二人をチラと見た後、再び机の書類に目を落としつつ。
「帰ってきたなら、そこの棚に『帰舎届け票』があるから二人分書いて出しておいてくれ……書き方わかるよな?」
「はい、大丈夫です」
なんだか、とても忙しそうなセドリーである。雑談することも出来ず、ユーリーとヨシンは届け票に記入すると、「受け入れ」と札が付いている箱にその紙を入れ、
護衛の仕事を受ける前に比べると、懐具合は大分マシになっている。雇い主だったポームは最初こそ、報酬を半額に値切ってきたが、その後は商売の調子が良かったせいか気前よく追い銭を払ってくれた。結果的に夫々が銀貨五十枚(金貨一枚半程度)の収入を得ることができていた。
七月から始まった休暇の間、なんだかんだで働き詰めの二人は、これまでで金貨三枚分の収入を得ている。これだけあれば、次の任務開始の十二月まで適当な長屋を借りて暮らすことも出来るが、極力無駄な出費を抑えたいヨシンと別に兵舎暮らしを何とも思っていないユーリーは、そのまま領兵団の兵舎に居座るつもりである。
新兵訓練の時よりも小さめの四人部屋を二人で使っているユーリーとヨシンは、一月ぶりに部屋に戻ると、荷物の整理もそこそこに城下町へ出かける。次の短期労働の働き口を探すため、港湾地区の口入れ屋に向かうのだ。
その途中で二人は、ヨシンが「どうしても」と言うので、商業地区の武器屋に寄る。相変わらず、中古品が主な商材の武器屋である。
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「いらっしゃい!いらっしゃい!」
店の軒先には、店主の男が出て客を呼び込んでいる。人通りの多い商業地区の大通り沿いには、同じような呼び込みが多く立っていた。一方で、全く呼び込みの無い店も存在するが、そういう店は大体が高級店であり、ユーリーやヨシンには馴染みが無い。
武器屋の店主は、たまに顔を出すユーリーとヨシンを
しかし、今日は殊更に雰囲気が違う。店主の視線の先のヨシンは、壁を見上げて愕然としていた。
「……無い! ユーリー、あの剣何処にいったんだろう?」
「あ……本当だ、売れちゃったんじゃないの?」
親友の何気ない一言に、絶望を覚えるヨシン。まるで長らく想い続けていた女性を他の男に取られた気分だ(樫の木村のマーシャとは想いを確かめ合ったので、あくまで例えであるが)。あの剣 ――長く武器屋の壁に飾られていた金貨八枚の値札がついた大剣―― を買う為に、これまで頑張ってきたのに……
「いらっしゃいませ……あの大剣ほんの一週間前に売れたんですよ。うちも商売なんでね、その内また良い物を
そう声を掛けてくる武器屋の店主である。
「あれ、このお店って武器を作ってるんですか?」
ちょっと意外な表情のユーリーが尋ねる。
「ああ、一応こう見えても鍛冶師だよ。でも新品を打つことは滅多に無いね……材料費が高いし時間もかかるから。店で中古品を買ってくれたお客さんに、補修とか調整をすることが殆どだよ」
以前、アーヴことアルヴァンがこの店の中古品を手に取り「程度が良くない」と評していたが、そういう仕事を生業にしていたのだった。
店主とユーリーの会話を聞き流すヨシンは、肩を落としたままトボトボと大通りに出て行ってしまった。
「あ、すみません。また来ますので」
そう挨拶すると、ユーリーはヨシンを追って店を出たのだった。
「ちょっとヨシン! 待ってよ……元気出しなって」
二人は、武器屋を出て大通りを進む。
「デイルさーん!」
通行人の多い通りの喧騒に負けないように大声で呼ぶユーリーだが、デイルはそれに気付かない風にこちらへ向かって歩いてくる。……こちらも元気の無い様子だ。
耳元でユーリーが大声を上げたので、流石のヨシンも顔を上げるが、近づいてくるデイルは何か考えているようで、そのまま二人を素通りしそうになる。
「デ・イ・ル・さん!」
「……ああ、なんだ、お前らか」
至近距離でもう一度声をかけたユーリーに、やっと気が付いたデイルが顔をこちらに向けるが、やっぱり元気が無い。精彩を欠いた顔色は、いつものデイル副長らしくない。
「こんにちは、どうしたんですか?」
「いや、別に……稽古だったら暫く勘弁してくれ、それどころじゃ無いんだ」
そういうデイルは、「じゃぁ」と言って、立ち去って行った。
「……? 変なの」
ユーリーは詰まらなさそうに言うが、一緒に立ち去るデイルの後ろ姿を見ていたヨシンが急に何かを思い付いたように
「あっ! その手があった!」
と大声を上げると、デイルの後を追う。何か分からないが、とにかくユーリーもその後を追い掛ける。
一方デイルも、二人をやり過ごしてから直ぐに
(あ! その手があった!)
と、何やら思い付き、ユーリーとヨシンの居た方を振り返る。そこにヨシンが駆け寄ってきた。
「ちょっと、お願いが……」
「ちょっと頼みが……」
ヨシンとデイルの言葉が被った。
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先にデイルの「頼み」についてだが、王都から帰った後のデイルは、今もハンザと二人で母親の看病を続けている。デイルからハンザとの縁談が認められたあらましを聞くと、母親はとても喜んだが、それも束の間のことだった。それなりに気を張っていたのだろう、それが息子の縁談が決まったことで緩んでしまった。結果的に容態は悪化を続けている。
日に日に痛み止めの服用量が増えていく。流石に、
今日は、その痛み止めが残り少なくなってきたので、デイルは商業地区にある薬屋を訪れたのだった。そこで聞かされたのが、薬の値段もさることながら、
「現在品切れ」
という事だった。焦ったデイルは、他に数件ある別の薬屋を回るが何処も「品切れ」状態だった。困り果てるデイルに最後に訪れた店の店主が事情を話してくれた。店主曰く
「『痛み止め』の重要な材料に『姫鬼芥子』というのがあるのですが、それが長い間品切れになっているんです。なんでも、近々取扱いが免許制になるという噂があって、何処かの薬問屋が買い占めたという噂です」
薬の事は良くわからないが、結局「材料が無いから作れない」と言う事であった。
「その『姫鬼芥子』というのは、ここら辺りでは採れないのか?」
「へドン村周辺の谷に自生しているというのは聞いたことがありますが……天然物を取りに行くより、仕入れた方が手間もかかりませんし、それほど高価な薬草でもないですから……」
という事だ。どうするか? へドン村に遣いをやって「姫鬼芥子」を取り寄せる方法は無いか? 考えていた時に、大通りでユーリーとヨシンに出会ったのだった。
一方のヨシンの頼みとは、以前デイルが使用しており、北の桟橋の戦いで折れてしまったバスタードソードを譲ってくれないか?という物だった。
騎士にとって剣は象徴だが、大切にする度合いは人によって異なる。「命よりも大切」という騎士もいれば、「所詮道具の一つ」と割り切る騎士も居る。デイルがどちらのタイプか分からないが、もしも譲ってくれたら、先ほどの武器屋に修理して貰おうというのがヨシンの魂胆である。
デイルもヨシンも、お互いの要件を話して納得しあったようだったが、
(……どうせ、僕も行くことになるんだろうなぁ……)
と思うユーリーであった。
そして、その通りになった。
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へドン村は、ウェスタ侯爵領内では標準的な村である。一度トデン村まで北上し、街道を西へ一日進むとトデン村に到着する。つまり、ウェスタ城下から北西の場所に位置しているのだが、直線距離はそれほど離れていない。しかし、ウェスタ城の立つ天然の丘から尾根伝いに丘陵地が伸び、やがて少し高い「へドン山」に繋がる山岳地帯を通る道は無く、へドン村に行くには一度迂回する必要があるのだった。
騎士デイルに頼み込まれたその日の午後にユーリーとヨシンは出発していた。ヨシンは「金貨八枚貯める」という目標が意味をなさなくなったので、城下で働き口を見つける必要は無くなり、代わりにデイルの「折れたバスタードソード」が新たな目標になっていた。そのヨシンがユーリーを急かしたので、そういう日程になったのだ。
因みに、目的の薬草「姫鬼芥子」の外観であるが、都合が良い事にユーリーの養父メオン老師に持たされた本の中に『薬草便覧』というものがあり、その中に挿絵付きで記述があった。便覧の記述によると、九月から十月にかけて花を付け、その花弁の下の房状の所に薬効があるとのことだった。薬効は「強い麻痺」「感覚の鈍化」「健忘」「消炎」とあった。注意書きとして「大量に服用、または同様の薬効の薬草と混ぜると感覚の鈍化が強く作用し危険。常習性有り」とも書かれている。
(……結構危険な薬草だな、生えている場所は……まぁ村の人に聞いたら分かるか……)
と言うのが、ユーリーの感想であった。
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