Episode_03.16 騎士デイル


 時は進んで、その日の夜。ウェスタ候邸宅では、当主ブラハリー主催の酒宴が開かれている。当然、今日の「親善試合」の労をねぎらうことが目的だ。ワインとエールの樽が空けられ、食事が供される。昨晩のガルスの部屋でのささやかな酒宴と異なり、出てくる食べ物も「そこそこ」豪華なものだった。


 肉・魚・野菜・パン・チーズと種類に富んでいるが、一級の食材というよりも、城下の市場で買い求められる物ばかりである。それを、厨房の工夫で上手く料理したものがテーブルに並ぶ。


 酒宴の開始当初は、ブラハリーとアルヴァン、それにガルスと屋敷家老の中年男が上座に位置し、それ以下は、今日の主賓である選抜騎士の面々、他の騎士、上級の兵士達が順にテーブルを埋めていたが、酒が進むと、ブラハリーがガルスを伴い下座のテーブルを順に回っていく。そして、上下関係なく酒宴は進んでいくのである。肩肘の張らない楽し気なものであるが、強いて文句をつけるならば、圧倒的に「華」が無いくらいだ。


 若い騎士たちは、それを半分笑い話として冗談めかして笑い合う。時には、女性の持つ華々しさよりも、同じ騎士同士の会話の方が面白いことが有るものだ。そんな話の輪の中で、当然の如くデイルは中心にあった。彼の母親が指摘するように、引っ込み思案のデイルだが、否応なく質問責めにされる。


「日頃、どういう鍛錬を積んでいるのか?」

「哨戒騎士団は実戦的と聞いたが、どのような任務なのか?」

黒屍犬デスハウンドを倒したと聞いたが、どうやったのだ!?」

「盗賊を三十人斬ったと聞いたが、詳しく教えろ!」

「想いの女性は居るのか? どんな女性だ? 言え!」

「この大剣は、見事だな。何処で手に入れた?」


 邸宅に到着した頃とは随分な変わりようであるが、次から次へと質問が飛んでくる。デイルとしては、酒も食事も味わっている暇がない。夫々に対して丁寧に説明しないと気が済まないのだが、中には答えにくい質問もある。


「お主ほどの男を放っておくとは、ウェスタ城下の女たちは見る目がないな!」


 当初「同じ深緑色の甲冑を付けることすら、腹立たしい」などと言っていた騎士は、その時の自分の言葉を忘れたかのように、そう言うと、返事に困るデイルに乾杯を迫ってくる。


「あー、待て、待て。ブラハリー様がお話になりたいとのことだ。お前ら、場所を空けんか」


 盛り上がる選抜騎士達を押しのけるように、ガルス中将が割って入ってきた。その後ろには当主ブラハリーと、若君アルヴァンがいる。長椅子に座る騎士達は慌てて場所を空けようとするが、ガルス中将は、構わずにデイルの隣に座っていた騎士をガーーッとそのままずらして、場所を確保する。長椅子の端で押されて転がり落ちる者が、周りの笑いを誘っている。


 デイルはと言うと、その場で起立し直立不動の体勢を取る。そんなデイルを「まぁまぁ」と椅子に押し戻すようにして隣に座ったブラハリーは、


「先ずは天晴、見事な試合であった」


 と言いながら、持っていた杯を挙げると、


「当家自慢の勇者に乾杯!」


 と言う。周りの騎士達は慣れっこのようで、


「勇者に乾杯!殿に乾杯!」


 と続けて、夫々の杯の酒を呷る。デイルが敗れた相手が、オールダム子爵家の三男であることは既に周知である。元々オールダム子爵の現当主の弟は「リムルベート十傑」に数えられた剣豪であった。その筋から教えを受けたのであろう、ジュネス・オールダム公子も早くから「将来のリムルベート十傑」という呼び声は高かった。それ故に、デイルの敗北をとやかく責める者は何処にも居ない。



「さて、アルヴァンよ、何か言いたいことが有るとのことだが、申してみよ」


 促されたアルヴァンは、隣のガルス中将に目配せする。少し強張った表情のガルスがデイルを見る。


(遂にこの時が来たか……)


 デイルは覚悟を決める。


 「人の惚れた腫れたなど、当人同士に任せておけば良い」と言うのは、精々身分の軽い平民の話だ。ウェスタ侯爵家から知行地を与えられたガルスとハンザのラールス家は譜代の家臣である。その家に男子の跡取りが居ない場合、通常は他家から養子をとるか、娘が有る場合は、他家から婿をとることになる。そうすると、ラールス家は存続するが、中身は婿や養子の元の家が影響力を持つことになる。歓迎すべき場合もあるが、そうで無い場合は問題が起きる。


 それ故に、家臣の婿・養子に関しては当主の裁可が必要となる。所謂「武家の不文律」である。デイルとハンザの場合は当主ブラハリーか、またはその父である大殿ウェスタ侯爵ガーランドの許可を得て初めて、事を公に進めることが出来る。


 勿論、一方の当事者のデイルが「ラールス家に入る」ことが前提であるが、この点にデイルは異存がない。


(母さんは何か思うところが有るかもしれないが、その意思を確認する暇が無い)

のである。


 ガルスとデイルの両者が意思を確認し合う様子を見て取ったアルヴァンが父ブラハリーの問いに応じる。


「父上、昨晩のことですが。このアルヴァン、若輩の身なれど騎士の誓約に立ち合いました」

「ほぉ、お前がなぁ。して、その騎士とは、この者か?」


 そう言うブラハリーは、デイルを見る。


「いかにも、そしてもう一人はこのガルスであります」


ガルスとデイルは、夫々にアルヴァンに対して一礼する。


 酒宴の喧騒に包まれていた食堂、だが、ブラハリーとデイルらが居るテーブルの周囲が歓談する言葉を呑み込む。その沈黙は、あっという間に食堂全体に伝わると、訳が分からないといった風の上級兵士も、自然と視線を当主の方へ向ける。


 デイルと共に居た選抜騎士達は、昨日のデイルとガルスの試合を目撃している。結果に対する評価は様々である。或る者は、急所の頭頂部へ寸止めの一撃をしたガルスの勝と言うし、別の者は、甲冑越しながらガルスの胴を実際に打ったデイルの勝だと言う。だが、皆一様に、再戦するなら是非見てみたい、と言うことで一致していたのだった。


 そんな両者が若君アルヴァンの前で宣誓した、宣誓までして立ち合うならば「真剣」を用いた試合であり、宣誓の内容は「結果の如何に遺恨を残さない」ことである。あくまでも、真剣による立ち合いを前提とした「宣誓」ならば、それが騎士の常識である。


 気の早い者達がそう囁き合う。静まり返っていた食堂は、反って大きなどよめきに包まれ始める。


「ガルス中将が、騎士デイルと立ち合うらしいぞ」

「真剣勝負って本当か?」

「おい、どっちに掛ける?」

「ばか、掛けなんか見つかったら大目玉だぞ」


****************************************


 どよめきが広がる中、ブラハリーがスッと椅子を立つと我が子アルヴァンに向けて言う。しかし、その声量は食堂に居る者達の聞かせるための大きさである。


「息子よ。して、その二人の騎士の誓約とは何か!?」


 父の意図を察したアルヴァンは、こちらも自信を持って大きく声を上げる。


「譜代の家臣ガルス・ラールスが、御領地の哨戒騎士デイルを見込み、その息女ハンザの婿として、ラールス家に迎え入れることを望んでおります! 更に、騎士デイルは、この度の『親善試合』にて一角の功績あれば、父上に対しガルスの息女ハンザとの婚姻の許しを乞い出る覚悟で、病身の母をウェスタに残し参上したとのことです」


 食堂のどよめきが一瞬静まる。大半の者の予想とは違う内容だが、皆がブラハリーを注目する。


「ふむ……」


 ブラハリーとしては、温和で聡明な息子がまさか両者の決闘の誓約を聞き届けるとは思っていなかった。精々が、身分は低いが正騎士に入れてくれ、という程度だろうと思っていたが……


(なんと、良い事を……)


 という感慨である。もとより男子の無いラールス家、何度口を酸っぱく言っても後添えを貰わぬガルスに「もう知らん、どうにでもなれ」と思っていたのだが、そのガルスが「息子」として見込んだのならば、文句の付けようが無い。一つ気になることと言えば「男勝り」で有名な息女ハンザの気持ちである……


「お主らは、それで良いかもしれぬが、娘のハンザは如何なのか?」


 その問いに、ガルスとデイルは顔を見合わせると


「仔細構いませぬ!」


 と言う。勿論ハンザが「その気」であることが大前提なのだが、「仔細構わぬ」つまり「そんな細かいことはどうでもよい」という二人の新しい親子の豪胆な言葉に、食堂全体がドッと沸く。


 ブラハリーは手を挙げると沸き返る者達に静粛を求める。食堂全体のどよめきが治まると


「善き哉! 私が許す。仔細はアルヴァン、お前が宣誓を聞き取った者として心して取り仕切れ」


 今度こそ、止めようも無く全員が湧き上がった。デイルの近くに居る者から、壁際でとても聞こえる筈の無い者まで、口々に祝福を述べると近くの者と乾杯を始める。この夜の宴は長く続いた、新しい酒の樽が引っ張り出されて開けられる。厨房の食材は明日の朝食分迄無くなり、使用人が早朝の市へ走る。


 多くの者は翌朝の頭痛に悩まされただろうが、一足早く頭痛に見舞われた屋敷家老は、早々に部屋に帰ると、兄でウェスタ家の家宰のドラウドに愚痴の手紙を書く。曰く


「兄様、近々ラールス様の家で婚礼が執り行われます。こちらは宴会の出費で頭が痛いですが、その内そちらでも、贈り物やあれやこれやで出費が嵩むと思います。ご注意されたし――」


 真面目だが、皮肉屋の屋敷家老が出来る些細な抵抗といえば、翌朝急いでウェスタに帰るデイルに、兄宛のその手紙を託す事くらいだった。


***************************************


 青い秋空を見上げるハンザは、


(よくもまぁ、こんなに晴れ間が続くものだ)


 と思う。しかし、お蔭で洗濯物は午後には乾いてしまう。母の着替えだけの洗濯物はそれほど手間ではないが、ここ十日近くですっかり家事が板に付いたハンザは、いつも通りのエプロン姿で猫の額程の庭で洗濯物を干す。


 デイルが家を出発して十一日目、王都で「親善試合」が行われて四日目である。そろそろ帰ってくる頃だと思ったハンザは、自宅の老婆に頼み込み、日中は母の看病、夜はデイルが帰ってきたときに振る舞う料理の勉強と、忙しくしており最近めっきり剣を握ることが少なくなった。


 以前ならば、一日でも日課の稽古を怠ると、イライラが募り機嫌が悪くなっていたが、


(あれはなんだったのだろう?)


 と不思議に思うほど、今はそう言う気持ちにならない。寧ろ最近は老婆が料理を教える時に良く使う「塩梅」という言葉にイライラするのである。


「もっとはっきり教えてよ!」

「はっきりしないから、『塩梅』というのです」


(まったくあの『塩梅』という言葉は厄介だ、汁を煮るにも肉を焼くにも、味付け一つ塩の量だって全部『塩梅』で済ますなど……)


 昨晩の口論を思い出し、鬱屈とする想いである。そういう『塩梅』で成り立っていた食べ物をこれまで二十六年食べ続け、それでも分からないとことに、イライラするやら情けないやら、である。


 そんなことを考えているハンザは不意に、玄関先に気配を感じる。


(あぁ!)


 慌てて、母の眠る部屋を抜けると玄関へ向かう。そこには――


「ただ今、ハンザ」

「お、お帰りなさい……」


――その後の事は、書くまでも無いだろう。


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