Episode_03.15 魔術騎士


 ガルスの心情はともかく、試合場では状況が動く。オールダムの騎士が相手の盾の方へ回り込むように、徐々に間合いを詰めようとするが、対するスハブルグの騎士は、盾を前面に出すと、一気にその間合いを詰める。


 中々に思い切りの良い戦法である。相手から見れば、大型の盾に殆ど身体が隠れてしまい、その後に続く剣が何処から繰り出されるのか、予想が難しい。騎士の持つ盾は、防御に優れるようで実は攻撃的な装備とも言えるのである。


 スハブルグの騎士は、前面に構えた盾を相手にぶつける勢いで突進すると、盾の右下から掬い上げるような一撃を振るう。盾の陰、更に相手の兜の面頬によって見えにくい角度からの一撃は、非常に合理的だ。思い切りが良いだけの猪武者には無い攻撃の組み立てだが……


ブゥゥン


 風を捲き込むその斬撃は、空中を切るのみだった。


 試合を見つめる、デイルはその一瞬、目を見張る。オールダムの騎士は、相手の剣が体に届く瞬間「フワリ」と剣を避けたのである。風に吹かれる柳の枝か、水面を流れる枯葉のように、風を捲いて殺到する相手の剣を予備動作無しで避けたのだった。


 スハブルグの騎士もまた驚愕していた。これまで、この攻撃の型こそが必殺、と思い極めて磨いてきた渾身の一撃が、相手に掠りもせずにかわされてしまった……動揺しつつも、伸びきった上体を慌てて立て直そうとする彼の腹を、オールダムの騎士の長剣が捉える。


「ぐぅぅっ」


 胴鎧の上からとはいえ、防御もままならない局面での一撃にスハブルグの騎士は、二歩三歩と後ずさると膝を着く。


「勝負ありー!」


 審判役は、第一騎士団の副長二人である。その二人が同時に勝負が決したことを宣言する。誇らし気に勝利を誇示する騎士と、悔しそうに試合場を後にする騎士の両者に、五つの幕屋から拍手が送られていた。


 続く自分の出番にデイルは、気合いを入れる様に自分の頬を張ると、刃引きした大剣を掴みあげ、試合場へ進み出る。同じく相手のコンラークの騎士も中央に進み出る。相手はやはり、片手剣ロングソード涙滴型の盾カイトシールドという装備だ。デイルに比べて大柄な騎士は、重厚な金色に色付けされた甲冑をまとうと、堂々とした雰囲気でデイルと対峙する。


「はじめ!」


 審判役の声と共に、デイルとコンラークの騎士は礼を交わすと夫々に間合いを取る。コンラークの騎士は、盾を前にすると剣をその陰に隠しながら、デイルの右に回り込む動き。対するデイルは、昨晩ガルス相手に見せたような左右の足を横一線に開く独特の構えで対峙する。


 じりじりと右に回り込む相手に対して、デイルは右足を軸に回転することで常に正対する。武器のリーチの差から、相手が間合いを詰める過程で自分の武器の距離を潜り抜ける必要があることを熟知しているデイルは、相手の足の運び、息遣いを感じ取ると。


(一気に詰めてくる)


 と洞察する。果たして、その通り。コンラークの騎士は、一度の動作で大きくデイルの右に回り込むと、鋭角的に動きを変え、盾をデイルの大剣に被せるように突進しながら、盾の陰に隠れた長剣でデイルの足元を薙ぐ。


「!!」


 突き出される盾が紙一重で当たらない間合いに下がると、追いかけてくる下段への斬撃を小さく飛び上がってかわす。相手はデイルの着地目がけて、更に盾を押し出してくるが、これが予想通りであるデイルは、飛び上がる際に後方へ飛んでいる。距離を読み切れない相手は、右手の剣を振り抜き、左手の盾を突き出した状態で一瞬動きが止まる。


 そこへ着地と同時に力を溜めたデイルの一撃が襲い掛かる。


「キィエェィ!」


 上段から振り下ろされる、稲妻の如き一撃を相手は後ろに跳び下がりつつ、盾と剣を交差させ、全力を持って受け止めようとするが……


ガァンッ!


 その瞬間、会場に居合わせた多くの騎士には、デイルが盾ごと相手を「斬った」と見えた。凄まじい衝突音の後、コンラークの騎士はデイルの一撃を受けた盾と剣を取り落とし仰向けに倒れていた。


「勝負あり!」


****************************************


 最終戦はオールダムの騎士とデイルによって行われる。これまで既に「四人抜き」をしてきた両者には、しばしの休息が与えられる。この時間を利用し、貴賓席では飲み物の交換や、軽食の補充が行われるが、来客の多くはそれらに殆ど口を付けていなかったという。


 疲労は感じるが、別に死ぬほどの事では無い。そう思うデイルは、ここ数日の晴天に恵まれた王都リムルベートの、冗談のように青く澄んだ秋の空を見上げる。ここから北に二百キロ離れた土地で愛する人が同じように空を見上げていることに、確信めいたものを感じると「ヨシ!」と気合いを入れ、デイルは呼び出しの声に応じる。そして、最終戦の舞台の中央へ歩みを進めていく。


 対するオールダムの騎士は、同僚達が見守るなか、同じく静かに中央へ進み出る。お互いの生の表情は兜の奥に隠され見ることが出来ないが、双方ともに油断の無い動きである。


「はじめ!」


 本日何度目かの号令に従い、両者は中央付近で礼をすると……間合いを取ることなく両者がぶつかり合う。


ガキィ!


 デイルの大剣と、オールダムの騎士の長剣がお互いの鍔元近くで音を立てて噛み合う。


(クソ!)


 どちらでもない、両者ともが内心でそう毒づく。


 デイルは、恐らく魔術を使う相手にその暇を与えないための速攻。オールダムの騎士は、それを見越した上で相手を上回る斬撃を繰り出したつもりだった。既に幕屋にいるうちから身体機能強化フィジカルリインフォース威力強化エンパワーを掛けていたのだ。


 同じ速度、同じ力で振られれば、大剣グレートソードの威力は片手剣ロングソードを凌駕する。しかし、デイルの渾身の一撃は、相手の長剣にガッチリと受け止められていた。


(やはり魔術による強化か!)


 この一合でデイルは相手の状態を悟ると、肚を決める。強化される前ならまだしも、強化されてしまえば、それに対抗する術をデイルは持たない。単純に「我が勝つか、彼が勝つか」である。だから、


「うらぁぁぁっ!」


 デイルは吠えると、ガッチリと噛み合った大剣を力任せに振り抜く。どちらかと言うと細身の体型の何処にそんな力が秘められているのか? と見る者を驚かせるが、日頃の鍛錬に裏打ちされた立派な業だといえる。


 魔術により力を増した身体でもその辺の地力の差が出ると、オールダムの騎士は一旦飛び退くように間合いを取る。


(好機!)


 この瞬間を待っていた訳ではない。だが、飛び退いた相手の剣を持たない左手の動きが一瞬、躊躇うように、空中に留まるのを見て直感的に体が動く。


 一方のオールダムの騎士は、デイルの圧力に押されて飛び退くと追撃するデイルに対しカウンターとして何かの攻撃術を掛けようとして、寸前のところでこれが剣の「親善試合」であることを思い出し、それを押し留める。痛恨のミスである。


 後ろに下がった相手に突進するデイルは、疾風怒濤を絵に描いたような連続攻撃繰り出す。それを、オールダムの騎士は、先ほどの試合で見せたような、巧みな体捌きで躱していく。それでも避けきれずに幾つかの斬撃を剣で受け止める。魔力により強化された剣は、鋼の物性を超越した強度でデイルの大剣を受け止めるが、しかし、弾き返すことまでは出来ない。


 何度目かのデイルの攻撃、相手の上段を打つと見せかけ防御に入る剣を持つ右手を狙う。しかし、それすらフェイントであり。剣先は空中で躍ると再び上段、左肩を袈裟懸けに打ち下ろされる。


カンッ!


 その攻撃は、寸前のところで相手の騎士の剣により防がれたが


「っ?」


 幾度目かの剣同士のぶつかり合いであるが、その瞬間デイルは剣の持ち手に違和感を感じる。これまでの、詰まった感じの感触ではなく、どこか、スカッと抜けた、感じを覚えた。そしてほんの一瞬注意がそれた。それだけで十分だった。


「てぇいやーっ!」


 オールダムの騎士はその隙を逃さず、極めて鋭い斬撃をデイルの左胴へ向けて放つ。殆ど無意識にその剣に自分の大剣を合わせるデイルであるが……


バキィン!


 左胴への一撃を受け止めた大剣が乾いた音を立てて根本から折れた。


「勝負あり!!」


****************************************


 親善試合はオールダム子爵の騎士が「五人抜き」を見事達成し、幕を閉じた。お忍びで来ていたガーディス王子が、参加者全員の前で


「見事であった! 今回の試合の結果に遺恨を持つ者は居ないだろうが、万が一にも『思う所が有る』者が居るならば、その思いは私が預かり置く。騎士の本懐は戦場に有り! 日々の鍛錬に更に精進すること!」


 と、短い演説を行う。それを受けて、各家の面々は「リムルベート王家万歳!」と唱和し、会は閉幕となった。


 四爵家の長はそれぞれ、ガーディス王子から「お褒めの言葉」を頂戴すると、その王子を先頭にウェスタ候邸宅を後にする。既に日は西の空へ傾き、後一時間程で夕暮れ時という時間である。


 去っていく他家の騎士達に、ねぎらいの声援を送るウェスタ候の騎士や兵士達。その中には、選抜された騎士達も交じっている。デイルも誰と言う相手は無いが、手を振っている。目の前では、丁度オールダム子爵家の面々が通り過ぎていくところだ。オールダムの騎士達は、チラとデイルを認めると無言ながら手を上げて見送りに応じる。そんな中、列を外れてこちらに近寄ってくる騎士がいる。最終戦でデイルを負かした騎士だ。


 ウェスタ候の家中にどよめきが起こる。如何にガーディス王子が遺恨を禁じたとしても、そこは騎士である。戦士階級の者にしてみれば、勝ち負けこそ全て、であるから、何かしらの騒動が起こるのでは? と緊張が走る。


 オールダムの騎士は、デイルの目の前に来ると頭全体を覆う兜を脱ぐ。茶色の柔らかい髪質が汗に塗れて額に張り付いているが、どことなく品のある顔立ちの騎士は、デイルと同じ位の歳に見える。周りの緊張感など気にも留めない様子で、その騎士は「ニィ」と白い歯を覗かせ笑うと、


「私の名はジュネス・オールダム。オールダム家の三男だ。貴殿の名は?」


 思いもかけず、身分の高い相手であることに驚くデイルだが、既に剣を交えた者同士である。臆することは無い。


「ウェスタ侯爵家臣、デイルです」


 そういうと、頭を下げる。


「そうか、デイルか……今日の立ち合い、久々に楽しい思いをした。しかし、あれで勝ったとは思っていない。ガーディス殿下が遺恨無しにしてしまったから、再戦は、いずれ時を置いて必ず……な?」


 そう言うと、再び笑顔を残して去って行ったのだった。中々に爽やかな好青年であった。しかし、その後ろ姿に、理由は分からないが、胸騒ぎに似た気持ちを覚えるデイルであった。


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