Episode_03.13 父と息子の勝負


「いや、お見事! 呼んだ甲斐が有った!」


 息が上がったアルヴァンとは別の声が『修練の間』の入口から響いてくる、ガルス中将である。ガルス中将の登場に気が付いた騎士の面々は、中将に向かい敬礼する。それを止めさせる仕草をしながら近づいてくる中将は、何故かアルヴァンと同じ片手剣を模した木剣と更に盾まで持っていた。そして、


「私も一手お願いできるかな?」


 その言葉に、アルヴァンの時とは違うどよめきが起こる。周囲の騎士同様に、その言葉に驚くデイルであるが、断るわけには行かないだろう。


「こちらこそ、お願いいたします」


 そう言うと両者は距離を取り、礼をすると構える。アルヴァンの時は稽古であるが、ガルスと対峙する今は試合といっても良いだろう。なにより、相手から発せられる気迫というか剣気というか、圧力を感じるデイルであった。


 盾を前面に出す左前のオーソドックスな構えのガルスに対し、デイルは両足をほぼ横一線に開き、広くどっしりした独特の構えを取る。両者はしばし睨み合いを続けるが、防御に安心のあるガルスが先に動く。体を低く落としつつ頭から背中を庇うように盾を振り上げた姿勢で、矢のような突進を見せるとデイルの間合の内側に飛び込み、その胴めがけて木剣を一閃させる。


「チェェェス」


 魂消るような気合いとともに、木で出来た剣がまるで鞭のようにしなる残像を残しつつデイルに迫る。


「カァァッ」


 それをデイルは、上段に構えた大剣を雷のように撃ち下ろし受け止める。


ガンッ


 とても、木材が出した音には聞こえない程の大きな音を立てて二本の木剣はぶつかり合うが、そのまま鍔迫り合いにはならない。両者ともに撃ち込んだ次の「虚」を狙い、相手の獲物を振り払おうとする。


キュゥン……


 表面を擦り合う木剣の音が『修練の間』に残響のように響く。取り巻く騎士達とアルヴァンは息をするのも忘れたように、その立ち合いに見入っている。


 次に動いたのはデイルだ。足を横一線に開いた独特の構えから、右半身を半歩下がると、盾前のガルスと対構えに移る。剣先の距離が遠のいたガルスは盾を前面に出しながら突進すると、シールドバッシュを仕掛ける。ガルスの足は自然と左、右、左と進められるが、その右足が地面に着いた瞬間。


「!!」


 声にならない気合いを発したデイルは、自分の右足を疾風の如く踏み出すと上段に構えた木剣を振り下ろす。


(しまった!!)


 踏込で虚を突かれたガルスは、こうなると盾で攻撃を受けるしかない。それも咄嗟の判断で、左手の盾をデイルの剣筋に合わせる。


バシィィッ


 盾の芯でその攻撃を受け損なったガルスは、盾に加わる斬撃の衝撃をもろに持ち手に受けると、飛び退きざまに盾を落としてしまった。そこへデイルの怒涛の連続攻撃が加わる。大きな木剣を縦横無尽に操ると、頭、肩、腕、足と万別に打ち分けてくる。更には憎たらしいことに、それらの幾つかは本物さながらのフェイントである。


(クソガキがぁぁぁ!)


 内心罵声を上げるガルスであるが、老獪な剣士は「ここで下がると負ける」ことを経験上知り尽くしている。歯を喰いしばると、フェイントを含めた全てを受け切る覚悟で立ち向かう。


カン、カン、カン、カン!


 速い上に重い斬撃と、それを受け止める音が繰り返される。『修練の間』に居合わせた者は全てこの勝負の行方を固唾を飲んで見守っている。


(まだだ! まだぁ!)


 激しい動きはそれだけスタミナを消耗する。全力で大剣を振り回すデイルは、重くなる腕を奮起させると、更に回転を上げる。


(しかし、なぜ全て受けられる……?)


 防戦に回ったガルスの片手剣は、まるでそれ自体が意思を持っているように、デイルの斬撃を受け止める。しかも、受け止めつつ徐々に間合いを詰め始めてきた。「打ち込み続けているのに押されていく」という、初めての状況にデイルの意識が混乱する。


 やがて体勢を整え直したガルスが反撃に出る。先ほどまでとは打って変わって防戦一方になるデイル。こうなると、大剣は素早い動きが可能な片手剣に比べて不利である。相手の一挙手一投足に目を配り、次の攻撃を予測する必要がでてくる。


 上、上、左胴、右小手……


 ガルスの剣撃は鋭く、無駄な動きが無いため非常に読み辛い。それを最大限の集中力で読み取っていくデイル……その彼に突然の「気付き」が訪れる。それは、ガルスがデイルの右の腕を狙う一撃を繰り出す瞬間、激しい動きの中で、デイルはハッキリとガルスの右足の動きが見えた。それは、ズボンの下、ブーツの下にある、本来見える筈の無い、筋や腱の動きである。


「?」


 ガルスがデイルの右小手を狙う攻撃を繰り出した時、その筋や腱は未だ力を貯めている状態だった。咄嗟に全てに合点が行く。


(この攻撃は見せかけだ!)


 そう確信すると、デイルは自身の右手を庇うために刀身を下げた木剣でその構えのまま上体を沈み込ませると、ガルスの左胴を薙ぐように剣を振るった。


ガン……


 二人の騎士は、動きを止めたまま荒い息を着く。ガルスの木剣はデイルの脳天手前で止まり、デイルの木剣はガルスの胴鎧を叩いて止まる。


 ヒィ……


 誰かが、息を吸う。乾いた喉が変な音を立てる。皆、それまで全く無音の時間が数秒流れていたことを知ると一斉に金縛りが解ける。


「お見事!!」

 

 アルヴァンがそう叫ぶと拍手を送る。それを皮切りにその場の騎士達が一斉に拍手を送る。


「すごいもの見たぜ」

「ガルス中将やっぱり強いな」

「いや、あのデイルって相当強いぞ」


 そんな喝采の中、どちらとも無く剣を引くと、ガルスがデイルに語りかける。


「言っておくが、今のは私の本気だぞ」

「勿論、私は本気以上でした」

「フフ、抜かせ小僧……」


 続けて、ニヤリと笑い、ガルスが問う。


「ワインかエールか、どっちが良い?」

「エールでお願いします」


 そういうデイルはニッっと笑い返すのだった。


 そういった遣り取りの後「では、後ほど部屋でな」と言いガルス中将は若君アルヴァンを伴って『修練の間』を後にした。しかし、残されたデイルの周りの人だかりはそのままだ。正騎士達は、自分達が尊敬し密に「オヤジ」と呼んでいるガルス中将と対等に渡り合ったデイルを歓迎する雰囲気である。


 身分に対するわだかまりも、実力が物を言う戦士の世界では結局「多少のこと」なのである。やんや、やんやと色々質問をぶつけて来る正騎士達に、デイルは精一杯丁寧に答えていくのだった。


****************************************


 一方、『修練の間』を後にしたアルヴァンとガルスは、屋敷の本館へと続く渡り廊下を歩いていく。夕暮れ前の午後の日差しが屋根よりも低い高さからオレンジの光を投げかけている。


「いや、しかし、私はああいう立ち合いを初めて見たぞ」


 というアルヴァンは「興奮冷めやらぬ」という様子である。対するガルスも


「ビックリしました、私が四十年近く掛けて体得したモノを、デイルは一度の立ち合いでその片鱗を掴んだようですな……あのような者が息子であってくれれば、私など遠の昔に楽隠居でありましたものを……」


 あれでは、得意武器こそ違え、


(まるで、騎士ヨームの再来だな)

と思うガルスである。一方アルヴァンは、そんな事は気にせずガルスの言葉に反応する。


「あれ?『息子であってくれれば』って、もう息子になったんじゃないの?」

「え、なんのことですか?」


 口に出して「シマッタ」という顔になるアルヴァン。アルヴァンの頭の中には、ウェスタの城下で、ユーリーらと夕食を共にした時の、デイルとハンザの初々しい様子が鮮明に記憶されている。それは、大人の交際として理想的な男女像のように、記憶されている。それ故に「一足飛ばし」にそんな言葉が口を突いて出たのだった。しかし、その言葉の意味的にサラッと流す訳にはいかないガルスは、立ち止まると若君に問いかける。


「アルヴァン様、それはどう言う意味でしょうか?」

「あ、いや、別に深い意味は……」

「深い意味は?」

「そ、その……こまったなぁ……」


 無言のままこちらを見ているガルスに、怖気づくアルヴァンである。このままでは相手に呑まれてしまう……


(……こうなれば、最終手段だ!)


 意を決すると、逆に胸を張りガルスを見つめ返す。


「ガルス中将、お前は常日頃から娘ハンザの行く末を気に掛けておったではないか。そのくせ、目の前に現れたうってつけ・・・・・の若者と剣を交わして、尚そういう気持ちにならないのは、反ってどう言う事かと私が問いたいくらいだが?」


 堂々とした物言いである。こうなると、侯爵家の「生まれ」が物を言う。言葉に自然と相手に聞かせる力が備わる。その上、アルヴァンは頭の回転も速い。二手三手先の問答も考えながらガルスの返事を待つ。


「……しかし若君。いくら私が望んだとしても、既に言い交している女が別に居る騎士を翻意させることは、いささか……気が咎めます」


 しかしガルスの返事は、そんなアルヴァンの予想と全く異なるものだった。


(既に言い交した別の女ぁ? 居るわけないだろ!)


 そうツッコミたくなる衝動を抑えると、冷静に言葉と続ける


「何故に『既に言い交した女』が別に居ると思うのか?」

「それは……」


 ガルスは、デイルを自宅に招き夕食をご馳走した際に、デイルの懐から女物のショールがこぼれ出た経緯を話す。


「……訊くがそのショールの色は?」


 何事か思い当たるアルヴァンはそう尋ねる。


「はい、確か鮮やかな青。持ち上げたところ、手触りは上質な絹織物でした……あぁ?」


 答えつつも、驚きの声を上げるガルスの脳裏に、昨年自宅に戻った際のハンザとの遣り取りが蘇る。あの青色の絹地は自分が土産にとハンザに与えた物。そして、ショールはまさかハンザの物では? その様子を見取ったアルヴァンは言う、


「今晩、デイルと一杯飲むのであろう。その折じっくり話を聞けば良いではないか……私はデイルの弁護人として同席するぞ。借りが有るからな」


 そう言うと、アルヴァンはガルスを残しスタスタと先へ行ってしまった。しかし、心臓はドキドキである。


(……上手く行った……)


 ここまで口を突っ込んでしまった以上、「不器用な騎士の恋の手助け」をやり遂げる決心を固めるアルヴァンである。

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