Episode_03.09 半月のペンダント


「しかし、『銀嶺傭兵団』はオーチェンカスクの領主連合軍にゴルザ渓谷の戦いで敗れ、その首領は行方不明。傭兵達もちりぢりになったと聞きましたが……」


 ヨーム村長の言葉に、メオン老師は「フンッ」と鼻を鳴らす。見ると、ルーカとフリタも苦い表情をしている。


「ゴルザ渓谷の戦いは、裏切りが生んだ『騙し討ち』だったのじゃよ。誰が何を思って裏切りを扇動したか? そんなことはもうわからんが、儂らが助けようとしていた民たちからの裏切りじゃった……」


「あの時は間一髪だった。軍勢が渓谷に入る直前にフリタが知らせを届けてくれたから、我々は絶体絶命の死地の手前で踏み止まることができた」


 ルーカの言葉に、メオン老師が頷く。


「儂らは、特にマーティスは人一倍『虐げられた民』を救うことに情熱を持っていた。いっそ、傭兵団などやめて、巡礼団や救民使でも作った方が良いのではないか? と皆が思うほどだった」


 メオン老師の言葉にフリタが苦笑いする。


「そうね、途轍もなく『お節介』な人だったわね。でも、今の私があるのも、シャルが居るのも、あの人のお蔭よ」


 私生児として生まれ、戦争孤児になり、ある街で『苦界』に身を落としそうになっていたフリタ。それを助けようとするルーカは未だ若く力が無かった。そんな彼らの前に突然現れ、頼みもしないうちから、無理矢理強引なやり方でそこら辺・・・・一帯を根こそぎ救っていったのは、まぎれも無くマーティスだった。


「優しい人だったよな」

「そうね……」


 ルーカとフリタの二人には、「二人だけの」マーティスとの思い出があるようだ。


「しかし、あの裏切りの時、マーティスの中で全てが『壊れて』しまったのじゃろう。待ち伏せの騙し討ちを撃退したあの戦いの後、奴は突然傭兵団の解散を宣言した」


 最後の戦いは凄まじかった。もともと、オーチェンカスク湖からリムル海へ流れ込む河が作り出した渓谷は、両側の崖が急峻に切り立っており、まるで大地の裂け目のようであった。しかし、怒れるマーティスと若き日のメオン、それにもう一人の優秀な若い女魔術師の解き放った魔力は地形まで変えてしまっていた。そのため今では、「ゴルザ渓谷跡」と呼ぶべき姿となっているのだ。


「あれからは、大変だったわ……来る日も来る日も、追手を振り払いながら私たちは文字通り、蜘蛛の子を散らしたように、ちりぢりになって逃げたわ」


 フリタが、当時の記憶を甦らせたのか、青白い顔で言う。


「あれから先、消息の分かる者は殆どおらん。勿論、オーチェンカスクが儂らに懸賞金を出したのも原因じゃろうがな……とにかく、あれから先は皆、夫々の道を行くことになった。そして十八年前、儂がこの村に移り住んだ時には、既にこの二人は樫の木村の住人じゃった」


「……そうだったんですか」


 メオン老師の言葉に、静かに頷くヨーム村長である。一方のユーリーとヨシンは、皿の食べ物をつつく事も忘れ、話に聞き入っている。


「……そのマーティスって人、まるで英雄みたいな人だな」


 ヨシンが思わず呟く。


「英雄か……そういえば、あの人が合戦中に敵と戦っている所を見たことないわね」

「そうだよな、少人数の時とかは先頭で戦っていたし、人とは思えないほど強かったけど、合戦ではあまり前に出なかったかも……」

「よっぽど、ほら……あの禿頭のおチビちゃん……、名前何だっけ?」


 ルーカとフリタの言葉に、メオン老師が割って入る。


「スインじゃ!」

「あーそうそう、スイン君が前線で大槍を振り回していた印象しかないわ」


 フリタがそう言うが、メオン老師は呆れたように


「まったく、お主らは何処を見ておったのじゃ……合戦中の奴は、それは忙しそうだったぞ。軽装歩兵部隊が敵の騎兵と当たりそうな時は鉄壁の防御増強エンディフェンスで革鎧を板金鎧以上の防御力に変え、味方の突撃が弓矢の攻撃に曝される際には縺れ力場エンタングルメントで矢の威力を殺し、突撃の際には身体機能強化フィジカルリインフォース、攻撃後の退却時は霧雨ドリゾルで敵を攪乱する、といった具合じゃ。そして、合間合間に押されている前線へ飛び込んで行っておったわ」


 五十年目にして初めて聞いた話であり、ルーカとフリタは驚きの声を上げる。


「え、じゃぁ、あの援護って、メオンじゃなくてマーティスさんがやってたのか?」

「儂は、攻撃魔術が担当じゃ、手が足りない時のみ手伝う程度だったぞ」

「あー、なんか私、マーティスさんにすごく失礼な事言ったかも……」


 五十年目の懺悔の言葉がフリタの口から出た。


「何を言ったか知らんが、奴はどうせ笑っておったじゃろう」


 フリタは首を縦に振る。その通りだったのだ。


「しかし、今の話はユーリーとヨシンの為になるな。ユーリーには、『合戦では、前線以外でも活躍の場がある。援護に回るというやり方は一つの答えではないか?』という示唆。ヨシンには、『合戦では、見える範囲、分かる範囲がとても狭くなる、前線に近ければ近いほど周りがわからなくなる』という教訓。どうかな?」


 ヨーム村長の言葉に、思わず頷くユーリーとヨシンであった。ユーリーは、昼間ヨシンに話した時は、ぼんやりしたイメージだったことが、徐々に肉付けされていく気分だ。ヨシンは、ユーリーが頷いたから釣られて頷いただけだった。


 夕食会はその後、ヨシンの母が作っていったスープとパンをヨシンが平らげたところでお開きとなった。まずルーカとフリタ夫妻が、ヨシンとともに、ヨシンの母親に預けた娘を引き取るために、帰って行った。


「後片付けは?」


 と気にするユーリーであったが、ヨシンの母が明日朝に来ることになっているとかで、必要無いとのことだったので、ユーリーも養父のメオンと帰途に就く。


 月明かりのみの暗い夜道を行く二人は、なんとなく無言のまま歩き続けると、ほどなく自宅にたどりついた。体を拭くために湯を沸かす準備をするユーリーに、地下の書斎に降り掛けたメオンが声を掛ける。


「ユーリーや、そっちが済んだら、下においで」


 火がしっかりと熾ったことを確認したユーリーは


(……まさか昼間の続きかな?)

と警戒しつつ、地下の書斎へ向かう。


 地下の書斎は、昔のままの少しかび臭い匂いがして、懐かしい気分になる。「瞑想」は今も二日に一度はやっているが、それを毎日やっていた当時の記憶が蘇ってくる。そんな書斎で、机に向かうメオン老師は、ユーリーの気配を察すると声を掛けてくる。


「こっちへ、早くこんか」


 いつも通りの口調であるが、その表情は何かを決めたような雰囲気があった。


 ユーリーは促されるままに、ヨームの机の隣までくる。机の上には、書き掛けの羊皮紙の本の他に、革のケースが置いてある。


「よいか、ユーリー。子は母の胎から生まれる。胎の内にある時は臍の尾で結ばれており、外に出た後は『親子の絆』で結ばれておる。そして、その絆は大きく『肉親の絆』になって、この世の中に広がっておる。お主は、自分にはそれが無いと思ってこれまで生きてきたかもしれぬが、それは確実にあるのじゃ」


 突然、そんな事を言い出した養父をユーリーは訝しく思う。自分は、『親子の絆』が無いとは思ったことが無い。それは、現に目の前にあるのだから……


 困惑するユーリーには気付かず、メオン老師は革のケースを開けると中の物をユーリーに手渡した。それは、白っぽい程銀色な素材で出来た鎖に通されたペンダントであった。

 

 親指二本分ほどの、小さい銀色の丸い円盤状の物を二つに引き裂いたように断面がギザギザな意匠を施した半月状のペンダントは、縁取りを鈍く赤色掛かった金で縁取られており、半月の中央には青色の輝石が埋め込まれている。その輝石を中心に ――ユーリーはまだ読むことのできない―― ルーン文字がビッシリと書き込まれている。


「これは? 」


 そう訊くユーリーにメオン老師は、


「それがお前とお前の母、肉親との『絆』じゃ……何かの魔力が有ることは分かるが、その効果は儂には分からなかった。しかし、お前が儂の手元に来たとき、そのペンダントを身に着けておったよ」


 改めて、ペンダントを見るユーリーである。美しい作りであるが、それ以上の価値はユーリーには分からない。


「これからは、お前が持っておくのじゃ。それは、お前のものだからな……さぁ、分かったらもう寝るのじゃ、明日もみっちりと指導してやるからな」


 そう言うと、メオン老師は面倒くさそうにユーリーを上の階へ押しやる。ペンダントを握り締めたユーリーはどこか、釈然としない思いのまま、その夜はあまり眠れずに過ごすことになったのだった。


****************************************


 三日後の朝、行商人ポームは木炭を荷馬車に満載にすると、護衛のユーリーとヨシンを伴って、樫の木村を後にした。結局売れ残っていた商品と追い銭で幾らかの銀貨を支払うことで、これだけの木炭を手にすることが出来たポームはホクホク顔で、機嫌も良さそうだった。


 一行が村を出発するときには、ヨーム村長、メオン老師、ルーカ、ヨシンの母親、それにマーシャが見送りに来てくれた。夫々とお別れの挨拶をする二人だが、ヨシンとマーシャは殊更に名残惜しそうにしていた。ユーリーは敢えて気付かない振りをしていたが、そこは女同士、ヨシンの母が何か察したようにヨシンに向かって


「マーシャちゃん、たまに家に手伝いに来てくれるんだって。助かるわ、あなたもチョクチョク帰ってくることね。次は、マーシャちゃんに何か作ってもらおうかしら」


 等と言うものだから、ヨシンもマーシャも顔を赤らめている。


「そのうち帰るよ、来年の冬はこっちに居られる筈だから……」


 と母親に喋りかけているようで、マーシャの方を見て言うヨシンだった。


「それじゃぁ、またねー」


 炭袋の上に腰掛けたユーリーとヨシンは、見送りの面々に手を振りながら郷里を後にしたのだった。


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