Episode_03.08 銀嶺傭兵団
その日の夕方近く、ユーリーとメオン老師、ヨシン、それにルーカとフリタ夫妻がヨーム村長宅に集まると、ヨーム村長の心づくしのもてなしを受けた。もっとも、食事を準備したのはヨシンの母親であるが、村の重鎮たちと食卓を囲むことに遠慮を覚えた彼女は、ルーカ夫妻の娘シャルの子守りを買って出ると、早々に自宅へ戻ってしまった。
ヨーム村長は、行商人のポームにも同席してもらうつもりだったが、彼は炭焼き小屋から戻っていない。
「この村の木炭は質が良いので、荷馬車一杯分を買い取らせてほしい」
ポームからの申し出は、村にとっても有り難い事だったのでヨーム村長は快諾したのだが、ユーリーとヨシンにしてみれば、あの商売気の無いポームがそんな所に目を付けるとは驚きだった。
結局良く見知った者同士で夕食の食卓を囲むことになった一同の前には、質素な開拓村では豪華な部類に入る料理が並べられている。
「野豚のバラ肉と山菜の煮込み」「川魚の塩焼き」「キノコと芋の窯焼き」それに、「塩蔵鹿肉の炙り」である。特に野豚は、塩蔵や燻製でなく獲れたての新鮮な肉であった。
ヨーム村長やメオン老師、それにルーカは小さ目のワイン樽の栓を開けると久しぶりのワインを堪能しているが、ユーリーとヨシンは、郷里の味を堪能している。
「あなた達、本当に昔のまんまで大きくなったのね……お行儀とか教わらないの?」
凄い勢いで川魚に齧り付くとアッという間に骨や鰭も残さず平らげるユーリーとヨシンの様子に、呆れ気味のフリタが言う。正に、ガツガツ、と音が聞こえてきそうな二人の食べっぷりだった。
「いやいやフリタ、
ヨーム村長はワインの入ったカップを片手に、ユーリーとヨシンの方を見ながら褒める。酒が入ったせいか、愉しそうである。そのまま、午前の稽古の様子を披露すると、
「そういえば、二人はあの騎士デイルの隊に配属になったんだろ? 普段から稽古付けてもらっているのか?」
ヨーム村長の言葉に、口に詰め込み過ぎた食べ物をやっと飲み込むとユーリーが答える。
「デイルさん、副長で忙しいみたいだから、毎日っていう訳にはいかないんだけど、それでもヨシンが稽古してー、稽古してーって煩く付きまとうんで二日に一回くらいかな?」
ユーリーの言葉を聞いて、異論の有りそうなヨシンであるが、まだ口の中が食べ物で一杯の為反論できない。
「そりゃ、あの若い騎士は気の毒じゃのう……」
とはメオン老師の言葉である。昨晩もユーリーの話に付き合って遅くに酒を飲んだので、今日は控え気味だ。キノコと芋を窯焼きにした物を少しずつ良く噛んで食べ、チビッとカップのワインを飲むと、
「しかし、ユーリーもそれくらい
などと言う。養父メオンのその言葉を、「アハハハ」と笑ってやり過ごそうとするユーリーであるが顔が引き攣っているのは、昼間にかなり厳しく指導を受けていたせいだった。
「そういえば、昼間に街道を見に行ったけど、桐の木村の人たちが片付けた後だったよ」
ルーカが言うのは、昨日ユーリー達を襲った野盗の死体のことだろう。
「村の人に訊いたが、矢を受けて倒れた者が四人いたとか……ユーリーがやったの?」
「うーん、森の中から射掛けてきた二人と、向かってきたゴブリン二匹だから……数は合ってるかな」
その言葉に、ヨーム村長がカップを置くと腕を組む。
「うん器用なものだ。私にはとてもできない……だが、ユーリーが悩みに感じるのが少し分かる気がするな……」
「悩みってなに?」
と訊くフリタに「大したことじゃ無いよ」と誤魔化そうとするユーリーだが、ヨーム村長が答えてしまう。
「魔術に剣術、それに弓矢……戦いの手段としてこれだけ選択肢があると、どれに力を入れれば良いのか分からない……というところだろう」
ヨーム村長の説明に納得したように頷くフリタは、
「私も、精霊魔法が使えるけど補助程度だからね。基本は弓って決めてるわ」
そういうと、右手の人差し指と中指を出して「クィクィ」と曲げ伸ばしする仕草をする。一般的には、相手を挑発する仕草だが元々は射手が矢を弓に番える時の指の動きを表わしたものだ。
「やめなって、フリタ。みっともない……」
そういうルーカに「なによー」と小声で反論するフリタである。傍から見ればじゃれ合っているだけの二人の様子に「ゴホンッ、ゴホンッ」と咳払いをしたメオン老師は、
「ユーリーもヨシンも……」
と言い掛ける。突然名前を呼ばれたヨシンは、野豚のあばら骨を口に咥えて肉をこそげ取っていた状態で、ビクッとなる。
「ユーリーもヨシンも、先ずは生き残ること。その上で、足らない所を自分で考え補って行けば良い。お主らはまだ、命懸けの戦いをするような歳では無い……良いか、分かったな」
そう、言い含めるように諭す。
「ハハハ……まるで
メオン老師の語る内容に、感想を漏らすルーカ。それだけなら何気ない相槌に聞こえなくも無いが、フリタがそれに反応する。
「あー、どこかで聞いたような言葉だと思ったら、マーティスね! 懐かしいわね……」
フリタは懐かしそうな表情を浮かべる。
「あら、そういえばマーティスって剣も魔術もなんでも来いって人だったわね、きっとユーリーの悩みを解決する手本みたいな人だと思うわ」
フリタの言葉にユーリーが反応する。
「マーティス……その人って昨日お爺ちゃんが言っていた人?」
昨晩から引っ掛かっていた疑問に反応してユーリーが養父に問いかける。訊かれた方のメオン老師は、複雑な表情でカップのワインを口に運ぶ。
「あら、ユーリーも聞いていたの? 西方辺境随一の大魔術師に唯一『命令』できるのは後にも先にも、あのマーティスだけなのよ」
知った風な口振りのフリタに、思わずメオン老師が
「やめんか!」
と強めに言う。その語調にビックリしたフリタが思わずルーカの方を見る。見られたルーカも、突然の剣幕に首を傾げてしまう。そして会話が途切れて食卓に沈黙が流れる。
「言いたくなければ敢えてこれ以上詮索はしないが、メオン老師とルーカとフリタは村に来る前からの知り合いなのか?」
ヨーム村長の疑問である。思い返せば、この三人は以前から妙に息が合っているし信頼関係も並大抵では無い。
勿論ここは開拓村。中原地方等から流れてきた食い詰め者や流民達が過去を捨ててやり直そうとする場所である。余計な詮索がご法度であることは、ヨーム村長自身良くわきまえている。だからこそ「言いたくなければこれ以上詮索しない」なのである。
眉間に皺を寄せて一瞬だけルーカとフリタを睨んだ後、ヨーム村長の問いにメオン老師が答える。
「隠すつもりは無かったんじゃが……大昔、もう五十年前かのう、儂らは同じ傭兵団に所属しておった。コルサス王国とベートの東、中原地方の畔にあるオーチェンカスクを中心に一時勢力を誇った『銀嶺傭兵団』だ」
「なんと! その名前は聞いたことがあります……民の為に立ち上がり腐敗した領主どもから幾つもの都市を解放したという、そういった噂を聞いたことがあります」
メオン老師の告白に、ヨーム村長が驚いたような声を上げていた。
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