Episode_03.07 初恋


「そんなに落ち込むなよ、ユーリー」


 村の道を歩くユーリーとヨシン、ヨシンは元気が無さ気な親友を励ます。


「いや、落ち込んでる訳じゃないんだけど……」


 ユーリーは、昨日の野盗の襲撃から、もっと言うと、その前からあった悩みとも疑問とも取れない思いを親友に打ち明ける。


「魔術を主にするか、剣を主にするか、それとも弓なのか……最近心がフワフワして、何に集中すれば良いか分からなくなってきた……」

「俺には剣しか無いから、こう言うのが正解か、分からないけど」


 そう言いかけるヨシンの次の言葉を待つユーリーである


「ユーリーは如何するのが好きなんだ?」

「うーん、難しいよ。でも、ヨシンとか、一緒に戦う仲間が戦い易く危険が少ないようにしたいと思う」


 別に自分が英雄になりたい訳ではない。活躍するよりも、戦いを無事終わらせたいという気持ちが強いのが本音である。


「俺思うんだけど、ユーリーの強化術って強いよ。勿論効果のある時は強いんだけど、それを特訓とかで使うだろ……それが、俺達を強くしてると思う」


 この手の話には、真摯な姿勢を見せるヨシンらしい返事である。


「それに、ユーリーは気付いてないかもしれないけど、今日のヨーム村長との稽古、最後は村長から仕掛けてきてたよな……俺は初めて見たよ」


 それは、ユーリーも認識している。あの瞬間、ヨーム村長から発せられた威圧感は未だに忘れられないのだ。


「あのヨーム村長が、自分から打って出るなんて。剣だけでも、そこまで『出来る』んだから、俺は、ユーリーはすごいと思う」


 少し悔し気なヨシンである。ヨシンの為に言う訳ではないが、ヨシンの肩を打った二回目の立ち合いの決まり手は、現役時代のヨームの十八番であった。一番得意な技を繰り出さざるを得なくなるほどヨームと拮抗したヨシンも大した者である。


 暫くの沈黙の後、ユーリーが切り出す。


「いままで、色々考えて整理したんだけど。『自分が魔術を使えることは敵に隠す。その上で、味方の強化に回る。可能なら弓矢で遠距離攻撃を行う。その上でいざという時は、直接戦う』というのが、当面の目指すところかな?」


 今までの考えを纏めるユーリーである。


「あとは、ヨーム村長も言ってたけど、魔術師って危険な存在なんだろ。そんなのが敵に居ると思うだけで、相手は焦るだろうな……場合によっては、魔術を使えることを隠さずに敵に見せるのも選択肢かも」


 ヨシンの意見は鋭い、遠距離攻撃の手段を多く持たない敵の集団と対峙する場合は、味方に魔術師が居ることを見せるだけで、相手の選択肢を奪うことができる。魔術師が混じった相手に、じっくり攻めるというのは、あまり良い戦法ではないのだ。


「それにしても、ユーリーは良いよな、剣も強いし、弓も上手い。その上魔術までって。一人で何役するつもりだよ……」


 素直な感想のヨシンである。


「何役もできないよ……寧ろどれも中途半端になるんじゃないかって、心配してるんだよ!」


 ヨシンの言葉に非難めいた声を上げる、ユーリーだった。


****************************************


 そうこうしている内に、二人はルーカの家に到着していた。村の東口に近い小高い場所に立つ小さな家は、やはり以前と変わらない佇まいであった。二人が玄関前に立つと、声を掛ける前に、


「あら、ユーリー。ヨシンも一緒なのね。久しぶりね」


 そう言いながら、家の裏から姿を現したのは、ルーカの妻のフリタである。その腕にはまだ幼い赤ん坊が抱かれている。


 ストレートの金髪も少し尖った耳も以前のままだが、その印象は、柔らかく、目元が甘くなったように……ユーリーから見るととにかく、以前よりもよっぽど綺麗になった印象であった。


「あ、フリタさん。お久しぶりです」


 ドギマギするユーリーと対象的にヨシンが元気良く挨拶する。


「二人とも、大きくなったわね!」


 そういうフリタは、ユーリーとヨシンを見ながら嬉しそうに笑っている。二年前に村を出た時は、ユーリーとフリタは同じ位か少しフリタの方が背が高かったが、今ではユーリーが、頭一つ分背が高くなっている。


 ぐずることも無く、スヤスヤと寝息を立てている赤ん坊を覗き込みながらヨシンが言う


「フリタさん、この子女の子? 今何歳?」


 その問いに、二人が赤ん坊を見やすいように抱く腕を傾けながらフリタが答える。


「女の子よー、可愛いでしょ? シャルって言うのよ。来月で六か月ね」


 ぐっすり寝ているシャルの顔を覗き込んだ二人。正直「小猿みたい」と思うのであるが、そんな事を言えばどんな目に合うかわからないので慌てて別の感想を探す。


「でも、まだ小さいからどっち似なのか、わからないね!」

「どっちに似ても、シャルは美人になるだろうな!」


 と、ヨシンとユーリーが口々に言う。そして、


「そういえば、ルーカさんは?」


 ユーリーが辺りを見回す仕草をしながら訊く。


「ああ、狩りに出かけちゃったわよ。それより、聞いたわよ! 昨日野盗に襲われたんですって? その跡を見に行くって言ってたわ。でも……二人ともあんまり危ないことしちゃダメよ!」


 一応、正規兵に成っている二人に、危ないことをするな」というのも無理があるが、フリタの素直な気持ちなのだろう。


「今晩村長の家に夕食をお呼ばれしてるんだけど、ヨーム村長が良かったらフリタさん達もどうか? って言ってたよ」

「そうね、でもシャルが居るしね」

「シャルちゃんも一緒で良いって言ってたから」

「あら……じゃぁ少し顔を出すわね」


 そういう会話の後、二人はルーカとフリタの家を後にした。


****************************************


 その後、村の中をブラブラと歩いていた二人であるが、そこにメオン老師が現れた。昼近くに起き出してきた養父に捕まったユーリーは革鎧の襟を引っ張られながら、


「また夕方な―!」


 と言う言葉とともにメオン老師に連行されていった。


 親友がその養父に連れ去られてしまい、一人になったヨシンは手持無沙汰である。父親と兄達は、先週から仕事で山に籠っているらしく、家に帰っても母親だけである。ポームの露店を手伝おうかと思い、ヨーム村長宅の前に広がる広場に出向いてみたが、露店が出ている気配がない。通りかかった村のきこりの女房に尋ねてみると、どうやら村の近くにある炭焼き小屋へ買付けに出向いているとのことだった。


(あー、暇になったなー)


 ヨシンは村の南側の川沿いを歩いている。頭の中では午前のヨーム村長との稽古が反芻はんすうされていた。木剣と盾を使った訓練は兵士の基本であるが、


(もっと思いっきり打ち込んで、攻めてみたい)

と思うヨシンは、次にウェスタ城下の武器屋で壁に飾られていた両手剣グレートソードを思い出す。


(金貨八枚は……高いよなー)


 両手剣つながりで、次に思い出すのはデイル副長の大剣である。新兵着任早々にデイル副長に稽古を申し込んだユーリーとヨシンは、初めて真剣による「約束稽古」を体験していた。真剣の扱いに慣れる目的の他にも、攻め方や守り方の定石を学ぶための稽古であるが、その時デイル副長が持っていた大剣は


「これぞ業物!」


 と言えるほど見事なものだった。ハンザ隊長の父親 ――ガルス・ラールス中将―― から借りた物と言うことだが、騎士として一度は佩いてみたい、と思わせる逸品だった。


 そのような、手の届かない品に思いを馳せながら河縁を歩くヨシンは、河原から何度も自分の名を呼び掛ける声に気付かなかった。


ヒュン!


 不意に、何かが風を切って飛んでくる音を聞き、ヨシンはハッとするとともにそれを躱す。


「やっと気づいたのね!」


 河原から石を投げつけてきた可憐な娘が、そう言いながら、土手を上がり道へ出てくる。


「なにすんだよ、マーシャ!」


 ヨシンは咄嗟に石を避けたあと、自然に昔の調子で抗議していた。そこへ、ニコニコと笑みを浮かべたマーシャが近付いてくると、


「あれ? ユーリーは?」


 と言う。少しムッとしながら、ヨシンは


「メオン老師に連れて行かれちゃったよ、残念でした!」


 と、心にも無い憎まれ口を叩く。


「残念でしたって、何よ! それより少しお喋りしない?」


 そう言うマーシャは、少し顔を赤らめているのだが、うといヨシンはそれに気付かない。


「いいよ、暇だし」


 そう、ぶっきら棒に答えると、河沿いの道を東口へ歩いていく。

************************************


「やっぱり、男ね。十六歳にもなると、身長も身体も大きくなるし、声だって昔より低くなってる……」


 そういうマーシャは切り株に腰掛けて、隣の切り株に腰を掛けるヨシンを見上げて言う。一方のヨシンは、昔と比べても、予想以上に可愛らしくなったマーシャと話をしていると、意識するだけでぎこちなくなっている。


「そ、そんなのみんな一緒だろ……」


 そういうヨシンに、フフフと笑う声で答えるマーシャは


「手紙ありがとうね。頑張ってるのが良くわかったわ」


 と言う。実はヨシンは新兵訓練課程中に時々マーシャに手紙を送っていた。内容は普段の出来事を書き連ねただけである。しかし、そのことを改めて言われると、途轍もなく恥ずかしい気持ちが湧き上がってくる。


 既に、耳まで真っ赤になったヨシンであるが、構わずマーシャは続ける


「でも、ヨシンの手紙ってユーリーの事ばっかり書いてあるの……もしかして、ヨシンってユーリーのこと『好き』なの?」

「ばっバカなこと言うなよ! ユーリーは親友だし……だから書く事が多くなったんだよ。それに……」

「それに、何?」

「それに、マーシャだって、ユーリーの事知りたいだろ!」


 そう言ってしまって、途端に自分が情けなくなるヨシンである。昔からそうだと思っていた。


(きっと、マーシャはユーリーの事が好きなんだろう)

そう思っていたのだ。


 ユーリーは良い奴だ、間違いなく自分の親友である。その親友をマーシャが好きならば、自分の気持ちはどうであっても「マーシャが喜べば良い」と思って手紙を書いていたのだった。


「バカね……ほんと、ヨシンは馬鹿よね」


 一言、言い放って顔を背けているヨシンに、マーシャが静かに言う。


「じゃぁ、私の返事の何処にユーリーの事が書いてあったの?」


 たしかに、たまに届くマーシャからの返事は、村の出来事等が中心になって、ヨシンの健康を気遣う言葉が多く書かれていた。それでも、思い込みは怖いもので、ヨシンはそのことに全く気付いていなかったのだ。


「ねぇ、ヨシン。貴方は感じない? ユーリーはちょっと私たちと違うわ……」

「どこが? どこが違うんだよ?」


 マーシャの言葉に、思わず反応してしまうヨシン。その反応の速さがヨシンでも「ユーリーは何処か違う」と思っている証拠なのだろう……しかし、ヨシンはそのことを認めたくない。


「ユーリーは何処も俺達と違うことは無いよ! マーシャ、友達だろ。そんな事言うなよ……」


 思っている以上に声を荒げてしまった事に、喋る途中で気が付いたヨシンの言葉は、語尾が消え入りそうになる。


「……そうね、私の思い過ごしかもね……」


 そういうと、小さくゴメンと言ったマーシャは、しかしパッと立ち上がると、背を向けるヨシンの前に回り込む。


「でも、私怖い予感がするの! ヨシンは、ユーリーに付いて行ってしまうでしょ。いつかヨシンがユーリーのために危ない事に巻き込まれちゃうんじゃないかって! ……ユーリーだって友達よ、そんなことになって欲しくない。でももっと嫌なのは、ヨシンがそんな目に合うことなの!」


 両手を握り締めて、叫ぶように言うマーシャを茫然と見上げるヨシンは、自分のことを心配してくれる、目の前の可憐な娘を見上げる。こんな時には男として気の利いたセリフを言って遣りたいが……思いつかずに、その握り締めた両手を自分の手で包み込む。一拍の後、マーシャが抵抗しないことを知ると、そのまま自分の方へ引き込む。跪くように、ヨシンの前で膝を着くマーシャは、涙で潤んだ目でヨシンを見上げる。


 無言の時が二人の間に流れる。河の流れる音だけが響くこの場所で二人は見つめ合う。ヨシンのゴツゴツした手のひらの中で、マーシャは握り締めた両手を解くと指先を這わせてヨシンの指の股を探る。探り当てたその場所にグッと自分の指を絡ませると、爪を立てるほどの力を込めて掌を密着させる。


「絶対死なないで……」


 それだけ、呟くように言うマーシャはヨシンの胸に顔をうずめていた。


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