Episode_03.06 剣士の教え
「ヨーム村長、おはようございます!」
玄関先で声を上げる二人に、横の庭から返事がある。
「おー、来たか。待っていたぞ」
そう言って姿を現したヨーム村長は二年前より少し老けた印象であったが、二人の姿を認めると、目を細める。
「二年ぶりか? 二人とも逞しくなったな……」
確かにユーリーとヨシンは今年で十六歳、それほど大柄でないヨーム村長と比べるとユーリーの背丈は同じくらいになっている、一方で、ヨシンは去年一年でグンと背が伸びユーリーよりも拳二つ分ほど背が高い。
「ヨーム村長もお変わりなく、お元気そうで何よりです」
「ははは、私は老けたよ。でも、まだまだお前らには負けんがな」
そう言いながら肩を回す仕草をする。
「どうだ? 折角だから、稽古でもするか?」
二人にとってみれば、嬉しいことであった。丁度三年前、まだ十三歳だった頃、村の訓練の時にヨーム村長に挑みかかって、当然のように叩きのめされた二人である。
(自分達がどれだけ強くなったか?)
それを知る良い機会となった。
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一番手は勿論ヨシンである。革鎧に円形盾、剣は懐かしい木剣である。対するヨーム村長は、普段着に木剣一本で対峙する。両者とも、スッと剣を目の前掲げ「礼」をするとそれを合図に試合形式の「稽古」が始まる。
剣を前に出し、右前の構えのヨーム村長に対して、盾を構える左側を前にするヨシン。両者は開構えの形で、それぞれの間合いを探る。
定石通りに相手の盾の陰になる左へ回り込むヨームに対し、それを阻止するように左へ平行移動するヨシン。結果的に二人の間合いは一気に詰まると、先にヨシンの攻撃範囲に入る。引いた右足を思い切り踏込み、体の左右入れ替えつつ、右手の剣を思い切りよく上から振り下ろす。
「鋭!」
気合いの乗った首筋への一撃はヨームの剣に柔らかく受け止められるが、ヨシンはそのまま鍔迫り合いの力比べに持ち込もうと力を入れ直す。しかしその一瞬前にヨームは剣を持つ手首を返すと、ヨシンの木剣を自分の左側へ振り払う。
「あっ!」
力を込める寸前の所を突かれたヨシンは、振り払われるままに、ヨームの左へ体を泳がせる。そこへ、ヨームの剣が打ちかかった。
バチンッ
尻を剣の腹で強かに叩かれたヨシンは、
「いってぇぇー!」
と悲鳴を上げながら地面に転がっていた。
(あーあ、痛そう……でも、なんで簡単に姿勢を崩したんだろう?)
痛いのを堪えて、立ち上がるヨシンの姿をみて、場違いな同情心とともに疑問を感じるユーリーであった。
「どうする? もう一回やるか?」
そう聞くヨーム村長に、頷くだけで返事をすると再び両者は対峙した。
二回目の対峙、ヨシンは木剣を持つ右手を前に出し、左手の盾は体の横に密着させる。対するヨームは一回目と同じ構えである。対構えに向き合った両者は間合いを測るが、ヨシンが先に動く。
右前の態勢のまま、さっと一歩踏み込むと浅い突きを喉元めがけて繰り出す。ヨームは上体を反らせてかわすが、ヨシンは構わず体の左右を入れ替えるように盾を前へ突き出す。
目前に迫った盾の一撃を、身を反らせた体勢のまま後ろへ飛んで躱すヨームであるが、そこへ、盾を前面に構えたヨシンが更に間合いを詰める。着地直後の隙を狙った、ヨシンの速攻である。
「鋭!」
再び気合いを発しつつ、盾の陰に隠れた木剣で相手の足元を鋭く薙ぎ払う。タイミングの合った攻撃は一瞬ユーリーの目には
(決まった!)
と映ったが、しかしヨームはヨシンの予想以上の速さで、攻撃を左側に大きく跳躍してかわすと同時に、木剣をヨシンの肩めがけて振り抜いていた。
バンッ!
ヨームの木剣により、革鎧の上から右肩甲骨を叩かれたヨシンはその場で膝を付くと、
「……参りました」
と悔しそうに言ったのだった。
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憮然とした表情で戻ってきたヨシンと入れ替わりに、ユーリーがヨーム村長と対峙する。ユーリーは盾を前面に出した構え、ヨームは変わらず右前の構えである。ユーリーは盾を前面にじりじりと間合いを詰める。
対するヨームは先ほどと同じように、ユーリーの左側に回り込もうとする。ユーリーはその場で回転しながら、常にヨームを正面に捉えつつ更にジワリと間合いを詰める。
十分に間合いが詰まったところで、ユーリーが動く。盾を前面に出したまま、一歩踏み込むと、盾をヨームの剣にぶつけるように突き出す。対してヨームは、踏み込んできたユーリーの左足を払うように剣で薙ぎ払うが、この攻撃はユーリーの読み通りであった。左足を半歩引いて攻撃をやり過ごすと、攻撃後の体勢になっているヨームへ盾を押し付けるようにして密着させる。
ユーリーの盾を左手で押し返すヨームからの手応えに、負けじと力を込めるユーリー……だが一瞬後、突然抵抗を失うと盾を持つ左手から前のめりに地面に引き倒されてしまった。
ゴツン
うつ伏せに地面に突っ伏したユーリーの後ろ頭を、ヨームの木剣が軽く叩く。
「もう一回お願いします!」
起き上がりながら、ユーリーは気合いがこもった声で再戦を申し込む。対するヨームは頷くだけで返事とすると、元の位置に戻って行った。
(なんか……わかった気がする……)
言葉では上手く表現できないが、簡単に体勢を崩されたヨシンや、今の自分を振り返ると、糸口めいたものが閃いたのだった。
再び対峙した両者は、先ほどと同じ構えで始まる。今度は「じりじり」ではなく一気に盾を前面に間合いを詰めるユーリー。以前と比べ、体格差によるリーチの差は感じない。直線的に間合いを詰めると、盾で相手の視界を遮るように顔面へ向けて押し出す。
対するヨームは斜め後ろに半歩下がると、左腕が伸びきったユーリーの盾の上辺に剣先を引っ掛けると抉りながら手前に引き落とす。これでユーリーの体勢を崩す狙いだったヨームであるが、剣は思ったほどの手応えを返さず、ユーリーの盾だけがその左手から剥ぎ落された。
ユーリーが自ら盾を手放したことで、ヨームの剣に一動作分の無駄が生じる。
(やっぱり!)
確信とともに、ユーリーはヨームの左肩口へ木剣を振るう。
カンッ
ヨームは何とか手首を返すと、ユーリーの攻撃を受け止めるが存外に軽い手応えを感じる。
(しまった……)
軽い手応えはフェイントの証拠。攻撃を弾き飛ばしたヨームの剣は勢いを余らせる。剣のコントロールを取り戻すために反射的に、手前に引き戻すような力を込めるヨーム。対するユーリーは、小さい動作でヨームの左胴を薙ぎ払う。
「ッ!!」
剣では防げないと悟ったヨームは、寸前の所で切っ先を躱すと一旦距離を取る。一方のユーリーは「決まった」と思っていたため、追撃が間に合わない。距離を取り直した両者は、再び木剣を構え直す。
(……子供だと思って舐めていた……と言うところか)
ヨームは一連の立ち合いを反省すると、普段の稽古とは違い自分から仕掛ける決心をする。一方のユーリーは、次は仕掛けてくる、と確信めいたものをヨームの雰囲気から洞察していた。
右手の木剣を前に構えると、左手を虚空に動かし
(ッ! この上、魔術かよ!!)
ユーリーの意図を一瞬で見抜いたヨームは、とても齢六十過ぎの老年とは思えない素早い身のこなしで、一気に間合いを詰めるとユーリーに肉薄する。魔術の発動の為、一瞬意識が別の所に向かっていたユーリーは、怒涛の動きについていけない。
気が付いた時には、既に攻撃の間合いに入っていたヨームがユーリーの喉元に木剣を突き込んでくる。大怪我をさせかねない攻撃を、大きく後ろに下がって逃れるユーリーに対して、連続攻撃が襲い掛かる。
右・左と頭と胴を狙った撃ち込みを何とか木剣で受けるが、次の右からの頭を狙った一撃を受け止めに行ったユーリーの木剣は手応え無く空を切る。
(アッ……)
ヨームの剣は右側頭部を狙うと見せかけて、そこで軌道を変えるとガラ空きの脳天へ打ち下ろす軌道となる。遠巻きで見ていたヨシンが思わず
「危ないっ!」
と叫んだが……ヨームの木剣はユーリーの頭上でほんの少しの隙間を作り止まっていた。
「参りました……」
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ユーリーは、コップに注いだ水をゴクゴクと飲み干す。ほんの少しの稽古であったが、やけに渇いた喉に冷たい井戸水が心地よい。
今は、ヨーム村長宅の庭に置かれた長椅子にヨーム村長、ヨシンらとともに腰かけている。暫く三人は無言で喉を潤していたが、おもむろにヨーム村長が口を開く。
「いや、びっくりしたぞ二人とも。数年でこれだけ上達するとは、大したものだな」
率直なヨーム村長の感想であるが、それを聞く二人の表情はパッとしない。意を決したようにヨシンが口を開く
「俺も……ユーリーもそうだったけど、あんなに簡単に体勢を崩されたのはどう言う技なんですか?」
「ハハハ、流石に気付いたか……あれは『技』というようなものじゃないんだが、お前達はどういう風に感じた?」
「うーん、裏をかかれた、感じ?」
とヨシン。
「力を出した時と、抜いた時の差を利用してるのかな?」
とユーリー。首を傾げながら、それぞれ感想を述べる二人である。
「
何となく分かる気のするユーリーである。
「全ての動作、運動、現象は虚と実を繰り返しながら進行していく。相手の虚と実の入れ替わりを感じ取って、相手の虚に自分の実をぶつけるというのは、一般的に『隙を突く』と表現されるが、もっと細かい動作の細部にもそれを見つけ出すことができる」
そういうヨーム村長は、二人の様子を確認する。
(まぁ、口で言っても分かった気になるだけだな……)
「たとえば、ヨシン。ちょっと腕を出してみなさい。そうだ、これから引っ張るか押すか、するから耐えてみなさい……」
そう言うと、ヨーム村長はヨシンが上げた腕の手首を掴む。
「せーの!」
ヨーム村長はそれほど力を込めている様子はないが……
「あわわわぁ」
ヨシンは、長椅子に座った上体でバランスを崩し、後ろ側へ転がり落ちそうになっている。
「最初に軽く手前に引く、すると、引かれまいとして後ろ向きに力を出す。その時の『虚』をついて、後ろに押すと……こんな感じだ。これの応用を剣でやったという訳だよ。勿論、虚実の理屈以外にも、人間の反射運動も関係している」
長椅子に座り直したヨシンは、感心したように頷いている。
「そういう見方を持って相手を観察すると、物の見え方も違ってくる。今のお前達にはそれで充分だよ」
そう言うと、コップの水を一飲みするヨーム村長である。そこへユーリーが質問する。
「ヨーム村長は、これまで魔術師や魔術を使う剣士と戦ったことはありますか?」
「……あったかな? 戦場で相手側に魔術師が居たことはあったが、直接対峙したことは無いかもしれないな……。うん、そうだ一つユーリーに言っておくことがあるな」
コップを長椅子に置いたヨーム村長は、ユーリーの方を向くと続ける
「良いか、メオン老師から聞いたが、ユーリーは魔術が使えるのだろう。ならば、十分に気を付けなければダメだ。戦いの最中に行動の選択肢が多いことは良いことだが、その選択に時間を掛けてはいけない。更に間違った選択は命に係わる。さっきの稽古でも、最後の最後に何か魔術を掛けようとしていただろう? ああいう選択は間違いだ」
ヨーム村長の言葉は、最近のユーリーの悩みを正確に突いており思わず
「私は、魔術のことは良く知らないが、準備に時間が必要だろう。相手を目前にして、一対一の状況では、少しの時間が絶対的な窮地を招きかねない……」
項垂れるユーリーの様子に
(少し厳しすぎるかな……)
とも思うが、相手はもう子供ではない。甘やかしても何も良い結果は生まれないのだ。そう思い直し、言葉を続ける。
「それに敵と対峙した時に、敵はユーリーが魔術を使うと知れば、確実にユーリーを最初に狙ってくることになる。……危険な存在なのだよ魔術師というものは……それだけ実戦の場では注意しなければならない」
「……わかりました」
明らかに落ち込んでいるユーリーである。隣のヨシンは「そんなに言わなくても」という表情をしているが、ヨーム村長の言葉が正論であるため口出しできない様子だ。
「だが、そんなに落ち込むことではないと思う。良く考えてみろ、ユーリーは弓が引ける、魔術が使える、その上剣術もヨシン顔負けだ……しっかり修行し、経験を積めば、将来凄く強くなる可能性があるのだからな」
ヨーム村長の言葉であるが、すっかり意気消沈したユーリーにはあまり届かない。今晩はご馳走してくれるという、ヨーム村長の好意に感謝しつつユーリーとヨシンは村長宅を後にしたのだった。
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