Episode_03.04  養父の教え


 暗くなった街道を二時間ほど進んだ一行は樫の木村にたどり着く。久しぶりの帰郷であるが、月明かりの下の故郷は二年前と比べて大きな変化は無いようだった。


 今は木製の門が備え付けられた西口を抜けると、荷馬車を広場に止めた一行はルーカを伴ってヨーム村長宅を訪れる。既に、聞きなれない荷馬車の音を察知していたヨーム村長はその一行を玄関先で出迎える格好となった。


「おお! ユーリーにヨシン、二人とも大きくなったな。さぁ立ち話もなんだから中に入ってくれ」


 ウェスタの街で別れて以来二年ぶりの再会であったが、以前と変わらない様子で、そういって歓迎してくれるヨーム村長である。ユーリーとヨシンは、流石に夜も遅いので明日の朝出直してくると約束すると、行商のポームを紹介する。


「そうか、そうか。遥々遠いところを……今晩は丘の上の集会場に泊まってください。露店の方は、うちの前の広場でやってくれたら宜しい」


 ということになった。


 丘の上の集会場へ続く坂の登り口で一旦ポームと別れたユーリーとヨシン、それにルーカの三人は居住区に続くもう一つの坂を進む。


「あーそうだ。お前達、明日にでも私の家に来てくれないか?」

「良いけど、どうしたの? ルーカさん」


 訊き返してくるユーリーにどこか恥ずかしげな様子で頬を掻きながら


「あ、赤ん坊が生まれたんだ」


 と答える、ルーカ。


「誰の?」


 思わず訊き返すのはヨシンである。


「誰のって……私とフリタの赤ん坊だよ」


「ええぇ!」


 ユーリーとヨシンは驚きの声を被らせていた。


「そんな、驚くことか?」

「い、いや、そうじゃないけど。そっか、二年ぶりだもんね。」

「そ、そうだよ。二年も帰ってなければなぁ」

「んー? まぁ良いか。気が向いたらで良いからヨロシクな」


 そう言うルーカは、自分の家に繋がる道を歩いて行った。


「まさか……夫婦だった……」

「俺、ずっと兄妹だと思ってた……」


 少年だったユーリーやヨシンにしてみれば、端正な顔立ちのハーフエルフは何処か似て見える。そのため、勝手に兄妹だと思い込んでいたのだったが。


「びっくりした」


 のである。


 気を取り直した二人は、丁度ユーリーの実家の前で立ち止まると明日の予定を打ち合わせる。取り敢えず朝一番でヨーム村長へ挨拶して、その後ルーカの家に赤ん坊を見に行こうということになった。


「マーシャはどうする?」


 ヨシンの言葉に、ユーリーは


「村をウロウロしてたら、そのうち出くわすんじゃない?」


 と返す。その言葉に何か言いたげな表情になったヨシンだが、


「そ、そうだな、じゃぁお休み!」


 と言うと自分の家のある方へ歩いて行った。


 二年ぶりの我が家である。坂の斜面に建つ石壁と木材を組み合わせた平屋の家は、しかし樫の木村では珍しく地下室を備えている。相変わらずな佇まいにどこか懐かしさを感じたユーリーは玄関のドアを叩く。


(おじいちゃん起きてなかったら、最悪今晩は軒先か集会場で寝るか)


 家の中から反応が返ってこないので、そう思い始めたユーリーは念のためもう一度ドアを叩く。


「誰じゃ、夜中に騒がしいのう」

「おじいちゃん、僕だよ、ユーリーだ」


****************************************


 相変わらず、殺風景な室内だが掃除は行き届いている。おじいちゃん ――メオン老師―― は地下の書斎で何かしていたようだが、今は一階の居間のテーブルの、何時もの場所に座っている。偏屈者で鳴らしたメオン老師であるが、やはりユーリーの帰宅は嬉しいのか、棚から酒瓶を取り出すと珍しく一杯やるつもりのようだ。


「それで、どうしたのじゃ? 突然帰ってきおって……クビになったんか?」


 コップの酒をチビリと口に含みつつ意地悪く訊いてくる。勿論メオン老師は、哨戒騎士団の正式採用品である革鎧を身に着けていたユーリーがクビになったとは思っていない。


「もう、さっきルーカさんにも同じこと言われたよ……ちゃんと正式に兵士に成ったんだからね、今はデイルさんとかハンザ隊長の居る隊にヨシンと一緒に配属されてるよ」


 硬い革鎧を脱いだユーリーは、そう言いながら一息付く間もなく家の外にあるかまどで湯を沸かす準備をする。乾いた細い薪を取り出し、ナイフでささくれ立たせるとそれを火口替わりに使い手際良く火を熾す。


「どれくらい、こっちにおるんじゃ?」


 開いたドア越しに、メオン老師が話しかけてくる。


「うーん、三、四日ってところかな? 次の任務開始は十二月だけど、雪が降り出す前にウェスタに帰っておきたいし、それに今回は商人のポームさんて人の護衛も兼ねてるからね」


 火の具合を確かめつつ、ユーリーが返事する。


「なんじゃ、小遣い稼ぎのついでかよ……」


 呆れたように、メオン老師が返事する。


「ヨシンがね、自分の剣を買うんだって頑張っちゃって……」


 そう言いながら、居間に戻ってくると、メオン老師の向かいに座る。


「ねぇ、おじいちゃん。ちょっと教えてほしいことがあるんだけど」

「なんじゃ?」

「剣と魔術を組み合わせた戦い方ってどうするのが良いの?」


 ポームの護衛で樫の木村に帰ることになった時から、一度養父のメオンに訊いてみようと思っていた疑問である。


 これまでは、悩みというより漠然とした疑問だったのだが、先ほどの野盗の襲撃で、魔術か剣か選択肢を選ぶのに時間が掛かり、親友のヨシンの窮地を救えなかった体験によって疑問が一気に悩みに変わっていた。このままでは、いざという時に判断を間違ったりしそうで不安になってきたのだった。


「うーん、儂は剣のことは良くわからんが……」


 ユーリーの疑問に腕を組みながら、メオン老師は答える。


「昔、剣と魔術の両方に優れた男と一緒におったことはある」

「ほんと?」


 ユーリーの目が輝く


「そうじゃなぁ、魔術の知識・技術共に当時の儂と同等かそれ以上のものだった。それに剣の腕は、恐らく若い頃のヨームと比べても遜色なかっただろう。そして、それらを臨機応変に使うことで目覚ましく強い。とにかく、強い男だった……」


 何処か、懐かしげな表情で語るメオン老師である。


「その男に、『何処でそんな戦い方を身に着けたのか?』と儂も聞いたことがあるんじゃ」

「うんうん」


 予想外に、疑問のど真ん中を突いた話に、ユーリーは興奮気味にテーブルに上半身を乗り出すと相槌を打つ。


「その男が言うにはな、『特殊な戦い方だから、経験を積んで自分で編み出すしかない。自力で身に着けた』と言っておったわ」

「……それだけ?」

「ああ、それだけじゃ」


 ユーリーは落胆の色を隠せない。それでは、自分で何となく考えていた結論と変わりが無いのだった。


「なんじゃ、ユーリー。そんなにガッカリするような話かのう?」

「だって……」


 不貞腐れた様子のユーリーにメオン老師が語りかける。


「良いか『経験を積む』と言うことは、経験し続けるということじゃ。続けるためには何が必要か?」

「うーん……途中で止めないこと?」

「まぁ正解でもよいか……儂は『続けることができる』状態であり続けることじゃと思うな。この場合戦いの経験じゃから、続けることができる状態とは何じゃ?」

「……負けないこと?」

「半分正解じゃ。戦い続けるためには、『生き残らなければならない』のじゃ」


 養父の言うことは尤もなことである。「そんなの分かってる」と言いそうになるが、神妙な面持ちで話すメオン老師の雰囲気に口が挟めない。


「お前はまだ若い。だが、決して愚かではない。『生き残る』然る後にその経験から試行錯誤をすれば良い。今、このことを儂に訊いたということも、試行錯誤の一つじゃな」


 そういうと、ハッハッハッと笑うのだった。


「じゃぁ、訊きたいんだけど……」


 今訊く事も試行錯誤の一つと言われてしまえば、そのような気持ちになってくる。目の前の養父は、自分にとっては「お爺ちゃん」だが、それ以前に沢山の経験を積んだ人生の先輩でもある。ユーリーは「今後の参考になれば良い」と決心すると、これまで有ったことを話し、それについてアドバイスを求める。メオンは新しい酒をコップに注ぐと二杯目を飲みながら、それに応じるのだった。


「練習に、強化術を取り入れるのか……面白い工夫を思い付いたのう」


 とは、新兵訓練課程での「特訓」のことである。


「ほぉ……魔力衝の使い方としては合格じゃのう」


 とは、以前アーヴと共に誘拐されたときの脱出劇の話である。


「……それは、身体能力強化の術で間違いないな、魔術戦士としては模範的な使い方じゃ」


 とは、ヨシンから聞いた、桟橋で騎士デイルと対決した誘拐犯一味の凄腕剣士の話である。


「……なに? ウェスタ侯爵の孫君と知り合いとは……驚いたのう。しかし、『テーブル同盟』とは、何じゃそれは」


 アーヴことアルヴァンの話である。


「それは正解じゃな。加護の術の方が良かったと思うぞ。しかし、ヨシンへの援護はお前の言うように問題じゃな……」


 話題は、今日の襲撃での出来事になっている。ヨシンの援護に回る時、ほんの少しだが逡巡した点について、


「突然、身体能力強化を掛けると逆に危ないこともあるしな……弱体化ウィークネスで相手を弱めたり、投射系の攻撃術が出来れば良いが、まだ覚えておらんのじゃろ?」

「うん……」


 ちょっと、バツの悪そうな表情になる。敵対的な対象に掛ける術は一段難易度が高いので、習得が滞っているのであった。


「そうじゃな……閃光フラッシュの術をヨシンの真後ろに出しても良かったかもしれんが、使えぬだろうし、この際、灯火でも良かったな。ヨシンには見えないが、相手は突然光が空中に現れたら驚くだろう」

「あー、なるほど。思い付かなかった……」

「そういうことが、後から分かることもあるんじゃ……」

…………

……


 樫の木村の老師の家は、この日夜遅くまで明かりが灯っていた。以前は、老人の叱責と少年の不満気な声が聞こえてきた家からは、今、教えを乞う青年と、それに答える老人の声が静かに聞こえてくるのだった。


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