Episode_03.03 行商護衛のお仕事


「ひえぇぇ」


 御者台では、突然の事態に動転したポームが情けない声を上げていたが、同じく事態に驚いた馬が暴れだしたので、必死に手綱を引き落ち着かせようとしている。そんなポームにお守り代わりに自分の盾を押し付けると、ヨシンは御者台から飛び降りる。既に目の前の街道には、数人の襲撃者が姿を現し、武器を持ってこちらへ向かってきている。


「物盗りかっ!」


 ヨシンは大声で向かってくる集団に問いかける。よく見れば、人間の男一人とオーク一匹、それにゴブリンが三匹といった構成である。装備はバラバラで、人間の男は革鎧を身に着けているが、オークとゴブリンは何かの動物の皮を体に巻きつけただけのような恰好をしている。


 その手に持つ武器も彼等の格好同様にバラバラで、人間の男は片手剣、オークは大振りな斧、そして、先陣を切ってヨシンに向かってくるゴブリン三匹は小振りの片手剣や湾曲した小剣カトラスを持っている。


 集団は顔の表情が読み取れるほど近くに接近している。ヨシンの問いかけに答える様子の無い男とオークはニヤニヤとした表情のままである。おそらく、まだ若いヨシンを見てゴブリン三匹で十分と思ったのだろう。


 子供ほどの身長に節くれだった褐色の手足、貧相な体格であり知能もそれほど高くないが性格は残忍で貪欲、そんなゴブリンがヨシンめがけて殺到してくる。荷馬車の前に立つヨシンを三方から取り囲むように近づいてきたゴブリンは、そのままの勢いでヨシンに切りかかる。もしも護衛がヨシンでなければ、この攻撃に動揺しあっさり勝負がついていたかもしれない。


 しかし、剣の腕もさることながら、負けん気の強い性格のヨシンは慌てることなく対処する。扇形に展開して突っ込んでくる敵の一番右端の一匹、その更に右へ飛び込むことで、最初の攻撃を避けると、慌てて向きを変えた右端の一匹へ切りつける。


 ヨシンの持つ剣はユーリーも同じだが、哨戒騎士団支給の片手剣ショートソードだ。全長八十センチの直剣は勿論数打ち物の普及品であり新品ですら無いが、持ち主のヨシンによる執拗なほどの日頃の手入れで、その刀身は油に濡れたようにギラリと夕日を反射して光を放つ。


ピュン!


 鋭い風切音とともにヨシンの剣がゴブリンの首筋を一薙ぎすると、首筋から血潮のアーチを噴出した敵はその場にもんどりうって倒れこむ。その体を前蹴りで突き飛ばすと残りのゴブリンに向けて威嚇するように大声を張り上げる


「来いやーっ!」


 残り二匹のゴブリンは戸惑ったように、距離を取ると左右に散開した。


 一方、荷馬車の陰に隠れたユーリーは加護の術陣を起想すると素早く展開し発動させる。全ての能力が若干強化される「加護」の術には、「身体能力強化」には無い特徴 ――知覚力・魔力・防御力の強化―― がある。ユーリーはなるべく正確に射手の位置を特定するため加護の術の持つ知覚強化を期待したのだ。因みに「知覚強化」のみを目的とする術も有るのだが、ユーリーはまだ習得出来ていない。


 そんなユーリーに向けて、散発的に矢が撃ち込まれる。知覚が強化されたユーリーはその気配から射手は残り二人と推測する。二人とも森の木立に隠れつつこちらに矢を射かけているようだが、そのお蔭で位置はかなり正確に感じ取れる。


(三、二、一!)


 矢の途切れるタイミングを計ったユーリーは荷馬車の陰から飛び出すと、近い方の射手に狙いをつける。思った通りの場所にいた敵の射手は、荷馬車に隠れたユーリーの姿が見やすいように、上半身を大きく木立の陰から出していたことが災いし、ユーリーの放った矢の直撃を受けると悲鳴を上げながらその場に倒れこんだ。


「畜生! 切り込め!」


 森の中からの罵声とともに、人間一人とゴブリン四匹が姿を現し、抜身の武器を振り回しながらユーリーの方へ走り寄ってくる。四匹のゴブリンは、相手が特に強そうでもない人間の若者一人と見ると、くみし易い・・・・・と判断したのか、キンキンと響く金切り声を上げながら不用心に距離を詰めてきた。


 それに対して、ユーリーは冷静に狙いを定めると、「加護」の術による強化を受けた素早い二連射を行う。放たれた矢があっという間に先頭を走る二匹を射倒すと、その攻撃に動揺し勢いが削がれた残りのゴブリン二匹を剣で迎え撃つ。


 弓をその場に置き、片手剣に持ち替えたユーリーは一匹に対して距離を詰めると大上段から脳天をめがけた一撃を放つ。慌てて小剣を振り上げ、その攻撃を受けとめようとするゴブリンは、それがユーリーのフェイントだと気付いた時にはすでに喉笛を深く断ち切られていた。


フュー


 奇妙な音を立てながら崩れ落ちる敵に構わず、ユーリーは逃げ腰になっている残ったゴブリンに肉薄すると、無茶苦茶に振り回される短剣の間合いの外から、空いた左手を一閃させる。


バンッ


 魔力衝マナインパクトの術を受けた敵は、大きな戸板で横っ面を叩かれたかのように吹き飛ばされると泡を吹き出しながら地面に倒れ込む。


(残り一人!)


 ユーリーの視線の先には、同じく弓を投げ捨てて片手剣に持ち替えた野盗の男が一人。しかし、あっという間にゴブリン四匹を倒してしまったユーリーの腕前に怖気づいたのか、斬りかかる機会を逃し中途半端な距離で対峙している。


(早く、ヨシンの援護に回らなければ)

と内心急ぐユーリーだが、一歩踏み出すと相手は一歩下がるので埒が明かない。そこで思い付いた方法を試してみる。


 野盗の男は、目の前の兵士風の若者に心底怖気づいていた。見た目はヒョロッとしており頼りなさ気だが、絶対有利の状況で射掛けた仲間を逆に二人も返り撃ちにし、斬りかかったゴブリンもあっさりやられてしまった。その上、最後の一匹はどういう訳か、手も触れずに吹き飛ばしてしまったのだ。


(このガキ……魔術師か?)


 魔術師相手に中途半端な間合いは危険であることは、傭兵崩れの男にはわかっていた。いっそのこと逃げ出したいが、荷馬車の前の方に回った仲間に報復されるのも恐ろしい。


(あの二人ならこんなガキ、屁でもない)


 と思うが故に何とかこの場に留まって、足止めの真似事をしているのだった。


 そんな男の前で、ユーリーの左手が虚空に何か模様を描くような動作をする。その様子を魔術の予備動作と理解した野盗の男は、ヤケクソ気味でユーリーに斬りかかる。魔術師相手では、相手が術の準備をしている状態が一つのチャンスであり、その機会に攻めるのは定石であるが、この場合はユーリーの「誘い」だった。


「チクショー!」


 罵声とともに斬りかかってくる野盗の一撃を、間合いを外すことでかわすと、相手が剣を引き戻す動作に合わせて間合いを詰めたユーリーは、剣の腹で相手の側頭部を殴りつける。頭を殴られた野盗はもんどりうって倒れるとその場で失神してしまった。


***************************************


「うぉりゃ!」


 無造作に見えるが力強い斧の一撃を何とか受け止めたヨシンは、力比べになるのを避けるため、刀身を捻ってその斧をいなす。一旦距離を取ろうとするところに、倒しそびれたゴブリン二匹が割り込んできてヨシンの次の行動をけん制する。


 大きく剣を振るってその二匹を遠ざけるヨシンの動作に、革鎧を着た野盗の男が割って入ると鋭い斬撃を二回、三回と叩きつけてくる。


(流石に、四対一は厳しいな!)


 ゴブリンの最初の攻撃を軽く返り撃ちにしたヨシンを見て、後ろに待機していたオークと革鎧の野盗は、直ぐに自らも参戦してきたのだった。


 なんとか、その斬撃を防ぎ切ったヨシンはやっと距離を取ることに成功する。目の前には斧を構えたオーク、片手剣を振るう革鎧の野盗、ゴブリン二匹である。ゴブリンはさておき、オークと革鎧の野盗は連携が良く、ヨシンに付け入る隙を与えない。


 受けに回っていては、ジリ貧になると直感したヨシンは、不利な状況下で敢えて前にでる。左右から包囲するように、様子を伺っていたゴブリンの一匹に猛然と斬りかかるが、相手は全力で逃れようとし、結果的に敵を捉えそこなったヨシンに再びオークが大きな斧を振り回し挑みかかってくる。


 体のどこかに当たれば良い、と言う位の大雑把な攻撃であるが何処に受けても、ヨシンの革鎧では攻撃を受け止められず致命傷になり兼ねない。そんな攻撃が風を切って襲いかかる。ヨシンは、何とか上体を捻って一撃をやり過ごすが、オークの怪力が繰り出す重い連続攻撃に攻め手が見いだせない。


 その側面から、革鎧の野盗が斬りかかる。騎士同士の戦いならば「卑怯者」と罵られる行為だが、残念ながら相手は野盗、こちらは兵士、卑怯もへったくれも無いのである。何とか、その攻撃も躱すが、少し間に合わず浅く右手を切りつけられてしまう。


「くそっ!」


 悪態を吐くヨシンに、今が好機と見てとったオークと革鎧の野盗は連続攻撃で攻め立てる。


 荷馬車の後方の敵を片付けたユーリーが前に回ると、正に親友ヨシンが窮地に陥っている状態だった。


(どうする! 「身体機能強化」か「加護」がいいか? いや、間に合わない。斬りこむか!)


 一瞬の逡巡の後に、ユーリーはヨシンに斬りかかる革鎧の野盗の背後に付こうと距離を詰めるが、それに気付いたゴブリン二匹がユーリーとの間に割って入る。


 武器を構えているが、飛び掛かってくる気配は無く、時間稼ぎのつもりなのだろう。オークと人間の二人組がヨシンを片付ける間に邪魔をする者を遠ざける、姑息ながら効果的な連携である。


(しまった……)


こんなことなら、「身体機能強化」の術をヨシンに掛けた方がよっぽど援護になったと後悔しても遅い。立ち塞がるゴブリンの背後では、二人の敵の猛攻を受けきれず姿勢を崩すヨシンの姿が見えた。


「ヨシ……」


 思わず、ユーリーが叫び掛けた瞬間、街道の奥から風切音とともに、立て続けに矢が射掛けられた。


ヒュン! ヒュン!


 矢は、倒れたヨシンに止めを刺そうと剣を振り上げていた革鎧の野盗の背中とオークの肩に突き立ち、その動きを止める。観念し掛けたヨシンは、その隙に転んだ状態のままでオークの足を切り払う。


 一方、矢の音に一瞬警戒したユーリーはそれが自分達を狙ったもので無いと分かると、呆気にとられているゴブリン二匹を殴り倒しヨシンに駆け寄る。


「くそっ!逃げるぞ」


 形勢が一気に逆転し、不利な状況を悟った野盗は足を抱えて痛がっているオークを促すと矢の刺さった状態のまま、低い崖からテバ河に飛び込み逃げて行ったのだった。


「ヨシン大丈夫!?」

「ああ、危ないところだったけど、一体誰が?」


 倒れ込んだヨシンを助け起こし「治癒」の術を掛けるユーリーに、窮地を救ったのが誰か、と尋ねるヨシンだが、ユーリーにもそれはわからない。夕日が沈み、すっかり薄暗くなった街道の先に目を凝らす二人は、やがてこちらへ歩いてくる人影を認めた。


「おい! 大丈夫か、お前たち」

「……ルーカさん?」


 一行の窮地を弓矢で救ったのは、他ならぬユーリーの狩りの師匠・・・・、樫の木村の狩人ルーカだった。返事をする聞覚えのある声に、ルーカも小走りに近付いてきた。


「なんだ! ユーリーじゃないか、それにヨシンも」

「あぁ、やっぱりルーカさんだ。」

「ルーカさん、助かりました!」


 そうやって、思わぬ場所での再会を喜び合う三人の後ろから、荷馬車の下から這い出してきたポームが声を掛ける。


「あ、危ないところを助けて頂いて……お礼のしようもありません」


****************************************


 ルーカが加わった一行は、取り敢えず街道と近くの森に転がっている野盗達の死体は無視して樫の木村に急ぐことにする。気を失っていただけの野盗やゴブリンは、いつの間にか姿を消していた。


 その途中、ユーリーがこれまでの経緯をルーカに話している。


「なんだ、兵士をクビになって戻ってきたのかと思ったよ」


 皮肉では無く、本当にそう思っていそうなルーカの言葉に苦笑いしながら


「やだなぁ、生活苦で仕方なく護衛を請け負ったんです」


 と答えるユーリー、その横でハッと何かを思い出したようなヨシンが


「そうだった! 特別報酬だ! ポームさん、約束覚えているよな!」


 最近は、金のことになると抜け目の無いヨシンの一言に、御者台のポームは一瞬固まったが、


「あ、ああ……勿論だよ。お礼に一人銀貨十枚だったよな……その代わりお前らだってそっちの人に助けてもらったんだから、その礼はお前らからしとけよ……」


 何とか出費を抑えたいポームであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る