Episode_03.02 その商才、有や無しや?
ポームが露店を留守にする間の店番を任された二人は、ウェスタの市場での小間使いの要領で商品を捌いていく。特にポームがデルフィル経由で仕入れてきたというインバフィルの綿織物の生地は村の女性を中心に売れ行きが好調だった。
「はい、こちらは……えっと。インバフィル産の綿を使用した織物です。はい、どうぞ手に取ってご覧になってください。い、良いものですよ」
と、どこかぎこちないヨシンの隣では、
「あー、すみません、うちは仕立てまではやってないんです。でも奥さん、今の服はどちらで? ああ、奥さんがご自分で、お上手ですね。それくらいの腕があるのでしたら何も仕立屋に頼む必要もないでしょう」
と、ユーリーが年配の主婦相手に巧みに売り込もうとしている。
(騎士より、商売人のほうが向いてるんじゃないだろうか……)
と自分で思うほど、良く売れたのであった。
そんなこんなで夕方まで露店を出し続けた二人は、日暮れ間際に戻ってきたポームと合流すると一旦荷物をまとめ、宿舎代わりに借り受けた農家の納屋でその日の売上を確認する。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……」
銀貨五十枚を積み上げた山を数えるポームの頬は終始緩みっぱなしである。結局この日の売上は銀貨百五十数枚、昨日の売上と合わせれば優に三百枚だから金貨で十枚相当である。
「よっし、これが今日の店番の手当だ」
そう言うと、銀貨と五枚ずつユーリーとヨシンに渡してくる。
「ちょっと、そんなに儲かったんならもっと出してくれよー」
不満そうに言うヨシンに、舌を見せながら
「そんなに気前良く出来ないのさ、今回の行商で出店資金を貯め切らないといけないからな。それにしても、この村は良いな……デルフィルじゃなくてこっちで店だそうかなぁ」
そう言いながら、銀貨を掻き集めると大きな皮袋に詰め腹巻の中に仕舞い込んだポームだった。
その日の夜は、農家の主人から夕食をご馳走になり、慣れない店番を丸一日続けた二人は早々に寝入ってしまった。夜中に一度だけユーリーがふとした物音で目が覚めた時、ポームの寝床は空になっていたが(小用にでも行っているのだろう)と思い気にも留めなかった。そして翌朝日の出とともに起きだすと、もう一日二日は小滝村で商売をするのかと思っていたユーリーとヨシンの予想を裏切りポームは、
「ここでの売れ筋商品が品切れに近いから、先を目指す」
と言い出した。特に異論の無い二人は、それに従うと、荷造りを済ませ昼前には村から立ち去っていた。
その後丁度よく、小滝村から対岸へ渡る艀船を見つけることができた一行は、小滝村に来たときのように、テバ河を渡るとトデンの少し下流に下ったところで再度上陸した。まだ、午前の早い時間であったため、売れ行きが微妙だったトデン村は素通りして、一つ先の桐の木村迄行くことにすると、一行は荷馬車を北に進めたのであった。
翌日朝からの桐の木村での商売は、「そこそこの」ものであった。林業の他にはこれといった産業の無い開拓村のため客足はそれほど多くなかったが、それでも鍋釜を中心とした日用雑貨がよく売れた。夕方に露店を片付け売上を勘定したところ、銀貨百枚前後の売り上げになっていた。しかし、小滝村での売れ行きを経験してしまったポームには不満だったようで、
「ここはもう駄目だな、次に行こう」
と言い出した。桐の木村の人口は千人前後である。一日目の露店では行商が来ていることを知らない家もあるだろうし、最低でも二日間は露店を出しても良いだろうと思ったユーリーとヨシンは、何故か商売っ気の無いポームを引き留めるともう一日桐の木村で露店を出すように説得した。
「そうかなぁ、じゃぁもう一日だけここでやってみるか」
と、二人の説得をあっさり聞き入れたポームであった。小滝村でも、二日で店をたたんでしまったし、二回目のトデン村は素通りしていたポームの粘りの無い商売の姿勢に
(この人、商売に向いて無いんじゃないだろうか?)
と秘かに心配しあった、ユーリーとヨシンであった。
結局、翌日の桐の木村での露店はユーリーとヨシンの思った通り、前日よりも客足が増えて、昨日同様に日用品を中心として少し売れ残っていた綿織物まで売り切ってしまう結果となった。出発したときは荷馬車に満載にしていた商品も随分と少なくなり、その減り具合に気分を良くしたポームは、前日の自分の主張など忘れたように、
「やっぱり俺は商売の才能、つまり商才がある!」
と自画自賛していた。そんな機嫌の良いポームから
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ボーっとこれまでの事を思い出していたユーリーは、ふと思考を現実に引き戻した。
一行はこの日の昼近くに桐の木村を出発すると、現在、桐の木村と樫の木村の中間地点に差し掛かっている。しかし、既に日は大分西へ傾いている。もう二時間もしないうちに辺りは暗くなるだろうから、樫の木村への到着は日が落ちた後になりそうだった。
「ねぇ、ポームさん。急いだ方が良いと思うんだけど」
ユーリーは、荷馬車の御者台にいるポームに声を掛ける。
「こんなに道が悪いと、急ごうにも無理があるな……まぁ野盗に襲われたら、護衛の出番だな」
そんな風に呑気に返されてしまった。そもそも、桐の木村を出発するのが昼近くになったのは、ポームが
「もう一日ここで露店を出す」
と言い出したからだった。しかし、朝から頑張ったのだが流石に千人程度の人口の村では、需要は三日も続かず、客が一向に来ない状態に根を上げたポームは、昼前には前言撤回すると次の樫の木村を目指すことにした。
実はユーリーもヨシンも、村々の間を行き来した経験はあまり無く、距離感がどうもわからない。実際は桐の木村と樫の木村の間は、細い街道でつながっており、徒歩で日中一杯は優に掛かる距離なのだった。更にその街道は森林地帯を通る道であり、これまでの比較的開けた場所を通る街道と比較すると治安は良くない。
(朝出発にすれば良かったなぁ)
と内心思うユーリーであったが、そのための護衛だ、という主旨のポームの発言はもっともであると思う。
ユーリーもヨシンも、実際に街道で野盗に襲われた経験は無い。呑気に居眠りしているヨシンを恨めしく思いながらユーリーは街道から少し離れて併走する森の木立に視線を向ける。自然と弓を持つ左手に力が入る気がする。
(野盗といってもどういう連中なんだろう? 強いのかな?)
新兵訓練の時とは違い、ユーリーも居眠りしているヨシンも正式な哨戒騎士団兵の革鎧を着込み腰には片手剣を帯び、背中には中型の円形盾を背負っている。ユーリーは更に、数年前に狩りの師匠から贈られた短弓とそれ用の矢筒も携行している。これに携帯食料や野営道具を詰めた背嚢でも担げば、冒険者と言っても通用する装備である。
ユーリーはそっと矢筒から矢を二本抜き取ると、一本を右手に持ったままもう一本を番える。引き絞りこそしないが、何か有れば直ぐに矢を放てる態勢を整えると、主に荷馬車の後方へ、後を付ける者が居ないか周囲を警戒し始めた。
「ヨシン……ヨシンっ! 起きて!」
念のため、居眠り中の同僚を叩き起こす。
「ほら、ヨシン起きろよっ! 相棒が怒ってるぞ」
ユーリーの声だけではなかなか起きないヨシンを、御者台の隣に座るポームが肘でつつく。
「……うーん。着いたのか?」
寝惚けるほど、居眠りしていたヨシンであった。
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一行が進む道は、右手にテバ河沿いの崖、左手に間近まで迫った森という狭い場所に差し掛かっていた。ここを抜ければ、街道はテバ河支流沿いに北西へ針路を変えることになるのだが、その手前の地点は、河と森に挟まれるように狭くなっている。
(待ち伏せとか、ここら辺りが一番危ないな……)
ユーリーの心配を全く意に介していない風なポームは、鼻歌と口笛を交互に入れ替えながら呑気に手綱を取っている。御者台の隣では、流石に居眠りから目が覚めたヨシンが、相棒のユーリーから怒り気味に叩き起こされた理由を察して辺りを警戒する。背中に背負っていた盾を左手に構えると油断なく進行方向を見つめているのだった。
沈みかけた夕日が投げかける赤っぽい光は、黄昏時特有の色彩を失った景色を作り出し、一行を包み込んでいる。進行方向の逆、後ろ側を警戒するユーリーはふと周囲の鳥の囀りが止まったことを感じた。瞬間、森の木立の間で何かが動いた気配を感じる。
「ッ?」
空気を切り裂いて飛来する矢を、ユーリーは寸前のところで上体を捻ってかわした。荷台に残っていた商品の入った袋にそれは命中すると袋の中で陶器製の何かが割れる音を立てる。
「襲撃だ!」
ユーリーは叫びながら、素早く弓を引き絞ると射掛けてきた敵の居るであろう木立の陰に向けて立て続けに二発の矢を射返す。矢は真っ直ぐに標的に飛び、次の矢を番えていた襲撃者はユーリーの矢を受けてその場に倒れこんだ。十分な手応えを得たユーリーであったが、警戒は緩めない。
そこへ、別の場所から同時に二本の矢が撃ち込まれる。咄嗟に荷台から飛び降りると、その陰に隠れつつ御者台のヨシンに呼びかける。
「ヨシン! 前は任せたっ!」
「応!」
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