Episode_03.01 短期労働始めました


 ガラガラとうるさい音を立てる荷馬車の空いたスペースに身体を押し込むようにして座るユーリーは、荷の詰められた袋に背中を預けぼんやりと空を見上げていた。午後の秋空には、小札鎧スケイルメイルのような雲が空の高いところで風にたなびくことも無く浮かんでいるのが見える。その空を赤とんぼが数匹横切って行き、その群れを目で追いながらテバ河沿いに視線を移すと、夏の名残を残した川縁の葦が青々とした葉を風に揺らしている。


 時折わだちを踏み外し荷台全体がゴトンと揺れるため、居眠りを極め込むのは随分前から諦めていた。グッと首を廻らし、御者台の隣に座っているヨシンの後ろ姿を見る。荷馬車の揺れに合わせてその後ろ姿が大きく揺れているのは、どうやら居眠りをしているからのようだった。酷い揺れだが、御者台から落ちずに居られるのはどういうカラクリであろうか、「器用なもんだ」と感心する思いだ。


 親友の器用さに感心しきりのユーリーは再び視線を街道に向けると、哨戒騎士団に配属となってからこれまでの経緯を思い出すのであった。


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 今年の春に新兵訓練課程を通常の倍の二年を掛けて卒業したユーリーとヨシンの二人は、そのまま哨戒騎士団の部隊に配属となっていた。当人達は知らないところだが、二人の配属をめぐっては哨戒騎士団内部でちょっとした揉め事があった。


 通常は全く無作為のクジ引きで配属を決めるのだが、この二人に関しては「待った」が掛ったのだ。噂ながら、当主ブラハリーの息子、若君アルヴァンの誘拐事件で救出現場に居合わせ、若君と直に親交があると言う。更に、訓練課程での成績は極めて優秀で、調べてみれば、樫の木村の村長である元「リムルベート十傑」として名高いヨーム元騎士に剣の基礎を学び、「賢者」として知る人ぞ知るメオン老師から学問の手解てほどきを受けたという素養の高さであった。更に哨戒部隊に配属となる年齢では最年少の十六歳という将来性の高さもあり、各部隊で取り合いとなったのだ。


 目端が効く部隊長達は、二人から出世の可能性を嗅ぎ取り、是非自分の部隊に加えておきたいと考えただろう。そうでない者も、将来性のある若い兵士を自分の隊で育ててみたいと思ったのだろう。更には、後方支援部隊である領兵団からも人手不足を理由に彼等を事務方に配属させるように希望書が提出され、哨戒騎士団長ヨルクは頭を抱えてしまった。実は一年前にも似たようなことがあり、新兵訓練を終えていない二人を欲しがる隊が二つあった。その時は「規則の定める年齢に達していない」という理由で突っぱねたのだが、今年はそういう訳にいかない。


 こうなってしまうと、


「希望する隊で、改めてクジ引きするしかないか?」

「いや、一年前から希望していた隊に二人を振り分けるか?」

「まてまて、領兵団の事務方に恩を売っておいた方が予算申請で有利になるか?」

「そもそも、なんでガルス中将が口出ししてくるんだよ!」


 といった考えが浮かび、生来の優柔不断さがそれに拍車を掛け「決められる気がしない」状態となっていた。それでも決済の期限は迫ってくる、そんなある日、珍しく家宰ドラウドから第一城郭へ来るよう呼び出しを受けたヨルクは


「こんな忙しい時に……」


 とブツブツ文句を言いながら登城したのであったが、呼び出し通りに第一城郭内の侯爵居館に参上すると、待ち構えていたウェスタ侯爵ガーランドから直々に、


「新兵の配属で難航していると聞いたが、そんなものは、昨年補充を断った第十三部隊に二人とも放り込んでしまえばよかろう」


 と、指示を受けたのだった。普段ならば、絶対そのようなことに口出ししない侯爵からの異例の指示であったが、悩み果てていたヨルクはこれに飛びついた。何と言っても、大殿直々の采配である。錦の御旗を得たり、という気持ちで二人をハンザ隊長の第十三哨戒部隊へ配属することに決定したのだった。


 そんなやり取りがあったと知る由もない二人は、ハンザ隊長とデイル副長の隊に配属されたことを素直に喜んでいた。哨戒騎士十名とユーリーら兵士六十人の部隊は、リムルベート王国の標準軍制では「小隊」に分類されるが、独自に補給して行動する性格上ウェスタ侯領ではそれに荷駄隊を足して一つの哨戒部隊として編制している。


 その部隊の一員として四月の終わりに、ちょうどウェスタ城下中心に近隣の警備任務中だった第十三部隊と合流すると、隊が休暇期間に入る六月迄の二か月間を過ごしていた。そして、休暇前に初めて給金を受け取ったのだ。新兵訓練課程では小遣い・・・と称して若干の金を支給されていたが、給金として貰うのは初めてだった。それは、嬉しいものだったが、素直に喜べない事情もある。というのも、正味二か月分の給金銀貨二十枚では、次の任務が始まる十二月迄食い繋ぐのが精一杯の金額であった。


 ユーリーとしては、それでも良い、と思っていたが、ヨシンは早く自分の剣を買いたいと思っているらしく、早々と「一年で金貨四枚貯める」という無謀な目標を立てていた。配属されたばかりの新一般兵の給金は月に銀貨十枚。金貨一枚は銀貨三十枚前後と交換であるから、ヨシンの目標は一年間の給金を全て貯めても達成できないものである。


 任務中の食に関しては当然支給であり、休暇中も兵舎に寝泊まりできるから住む場所に文句を言わなければ一応タダである。しかし、休暇中の食費と支給品の装備以外の衣類に関しては自分で賄う必要があるため、最初からヨシンの計算は破綻している。


 そのことを指摘したユーリーだったが、ヨシンは頑として目標を変えない。どうやら、以前に城下町の武器屋で見た両手持ちの大剣に一目惚れしたようだった。確か金貨八枚の値札がついていたことをユーリーも覚えていた。


 しかし、金に困っているのは彼ら二人だけではなかった。同期で休暇中の部隊に配属された者達はもっと悲惨だった。給金無しの状態で放り出された彼らは、心がけが良いものは訓練時代の小遣いを貯めていた者もいたであろうが、早々に暮らしに窮することになる。実家に帰り、任務開始を待つことができるものはまだ良い方で、実家にも余裕が無い者は「外で働いてこい」と家を放り出されている。


 そういった同期の繋がりで、働き口を見つけてきたヨシンは、当然の如くユーリーも巻き込んで短期労働者アルバイト生活を開始したのであった。


 最初は、船着き場での荷役作業だった。四月から七月はリムル海からテバ河を溯る良い風が吹くため河川交易の繁忙期である。朝早くから夜遅くまで丸一日の荷役はユーリーやヨシンにとっても重労働だったが、一日銀貨二枚の報酬は中々良い稼ぎだった。


 しかし、七月の繁忙期を終えると仕事が少なくなり、臨時雇いの仕事はなくなってしまう。その後は良い働き口がなく、市場で小間使いをやりながら稼ぎの良い仕事を探すのが日課になっていた。


 そんなある日、船着き場の口入れ屋で北の開拓者村へ向かう行商が護衛を探しているという話を聞き、自分達の里帰りも兼ねて護衛の仕事を引き受けたのであった。


 行商の男は、護衛を引き受けるというユーリーとヨシンが余りにも若いためガッカリしていた。とはいっても、護衛を探して無駄に足止めを食うのは本意でなかったため、渋々二人に頼むことにすると、その代わり、商魂逞しい行商は護衛の給金を値切ってきた。口入れ屋からは約一か月の護衛の給金は各自金貨一枚と聞いていたユーリーとヨシンは、それを二人で金貨一枚に値切ろうとする商人に鼻白んだが、それでも市場の小間使いよりは実入りが良いため


「二人で金貨一枚、ただし襲撃を撃退したら成功報酬を追加」


 という交換条件で引き受けることにした。


 中原地方と比較すると比較的治安の良い西方辺境諸国で、更に治安の良いリムルベート王国のウェスタ侯爵領であるが、それでも野盗や魔物の類は出没するのである。特に少人数で行動する行商は、徒党を組んだ食い詰めのごろつきや、オーク・ゴブリンといった野盗の恰好の獲物である。


 如何にウェスタ侯爵が哨戒騎士団を編制し街道の治安維持に尽力してもそれらのならず者を根絶することはできないのであった。


 そんな状況での行商というのは、危険な商売といえる。大抵の者は、自分の店を持つための資金作りであったりするが、中には収入の良さから行商を専門に行う者も存在する。言い換えれば、危険なだけ見返りの大きい仕事と言える。


 大きな都市から離れた辺鄙な場所では、彼らが売り捌く品への需要が大きい上に都市部と異なり競争相手が無い。そのため、入れ食い状態で商売することができる。また、その土地の名産品を帰りに仕入れ、それを都市部で売ることで効率良く稼ぐことができるのが、行商という商売の旨みだった。


 ユーリーとヨシンが護衛をしている行商人は、どちらかというと自分の店を持つために金を貯める手段として行商をやっているようである。その証拠に、まだ若く二十代半ばから三十代前半の年齢に見えた。ポームと名乗ったその行商の話によると、ダルフィル周辺で商売をしていたが、最近景気が悪くなってきたためウーブル・ウェスタ地域に移ってきたとのことであった。


 行商の計画は、まずはトデン村を経由し比較的裕福な開拓村である小滝村を中心に商売し、その後桐の木村から樫の木村へ向かうとのことであった。八月末の出発であったが、雪が降り出す十月末までにはウェスタの城下町へ戻るという行程であり、十二月から任務再開になる二人の予定にも合っていた。


 ウェスタの城下町を出発した一行は先ず街道沿いにトデン村まで北上した。村では二日間荷を解いて露店を出したが、流石にウェスタ城下から徒歩で一日も離れていない村ではそれほど良い売上にはならなかった。


 その後荷馬車ごと艀船はしけぶねに乗せてテバ河を渡ると東岸の小滝村で再度露店を出した。小滝村はテバ河とその支流が合流する場所に位置しており、テバ河に西、支流に南東を囲まれ、東北側は険しい山地と森林に続いている大きな三角形の土地に位置している。


 土地はテバ河へ向かって緩く勾配が付いており、テバ河沿いの低地は農地を中心として整備され、一方の斜面の上は支流の上流にある、村の名前の由来にもなっている小さな滝のすぐ脇から水路を引いた川魚の養殖池が広がっている。さらに東北側の森林を切り開き桑畑に作り替えるとそれを使った養蚕業も取り入れている。


 ウェスタ侯爵領の開拓村では一番古く、且つ一番規模が大きく成功している村であり、住人も二千人を超えている。近年は、更に東北へ森林を分け入った山沿いや、支流沿いにも幾つかの集落を進出させており、将来的には養蚕業や養殖業を中心に生計を立てる計画であった。その勢いと好調な経営から、近々開拓村から普通の村へ格上げされるのではないかと噂されているほどである。


 消費地であり、物流の集積地でもあるウェスタともほど近いため、村は活気があり村人も比較的裕福である。一方で、そんな村人達の需要を賄うしっかりとした商店がまだ進出していないため、ポームの露店は品が飛ぶように売れていった。商売が順調なことに気をよくしたのか、ポームはユーリーとヨシンの二人に店番をさせると ――しっかり、特別手当は貰った上での話であるが―― 自分はさらに森を分け入ったところに進出したという集落を含めた小滝村周辺を「市場調査」として見て回ると言い出していた。


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