【少年編】少年兵と絆の人々

Episode_03.00 陰謀


 燭台に灯された蝋燭が、ぼんやりとした光を部屋に投げかけている。外はまだ明るい昼間だが、訪問者の要望により雨戸が下ろされた応接室は陰鬱とした雰囲気に包まれていた。部屋の主の年老いた老女は豪奢な衣装に身を包んでいるが、蝋燭の明りが作り出す陰影が口元や目じりの皺を際立たせ、普段以上にその表情を卑下た印象に変えている。


 その彼女の正面に腰かけるのは、枯れ木のようにやせ細った身体に漆黒のローブを巻き付けたかのような人物である。深くかぶったフードのせいで、年齢は推測出来ないが、ローブの袖から覗く腕や、しわがれた声を聞く限りにおいては、老女と同年代だろうと思われる。


 なんと言う事も無く、只座っているだけの目の前の訪問者が放つ威圧感に気押されまいとして、老女は声を張り上げるようにして話す。威圧感だけでは無い、彼が先程まで話していたのは、彼女の周囲の極限られた者しか知らない秘密の話であるからだ。秘密が漏れた事に対する動揺を隠すためにも、声は一際高圧的になる。


「無礼な……そのような与太話を聞かせるためにわざわざやって来たと言うのか」

「与太話かどうか、シャローラ様が一番ご存じかと。私がこうして参ったのは、ノーバラプールの知り合い伝に、貴女様がお困りと聞いてお力になろうと思ったまでのこと……他意はございません」


 彼女の言葉に対して、訪問者は冷静に応じる。彼女が与太話と断じた話とは、先のウェスタ侯爵領当主ブラハリーの一人息子であるアルヴァン公子に対する企みであり、これは与太話ではなく事実であった。日頃何かにつけウーブル侯爵家よりも重用されているウェスタ侯爵家に対する鬱憤が爆発する形で、近年ノーバラプールに台頭してきた盗賊ギルドを使い、事を企てたのだった。


 結果は上手く公子を「廃嫡」させる所まで行ったのだが、その後盗賊ギルド側の暴走により全て水泡と帰してしまったと彼女は思っている。おまけに、自分の息子である当主バーナンドから「ウェスタ公領との関係を悪くするような言動、行動は厳に慎むよう」と厳重注意を受けてしまった。それ故に、今まで以上に鬱憤を貯めこんで体調までおかしくなっていたのは事実である。


 シャローラと呼ばれた老女は、心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。ここは彼女の領地の中、生まれた時から住み暮らしているウ―ブル城内の最も奥である。ここでは、王都暮らしの長い、留守がちな領主である息子よりも、彼女自身が「王」であった。


 今の面談も、ノーバラプールの盗賊ギルドとの繋がりを匂わせる訪問者と一対一で会っているのは彼女の余裕の表れであったのだ。そんな彼女の権力の象徴の最奥、最も気が安らぐ場所であるこの部屋で、彼女は訪問者に気押されつつあった。口の渇きを覚え、眩暈のような感覚を感じる。


「た……例えば、仮にその与太話が本当であったとして、そなたは、どのように力になろうというのか……?」


 訪問者の、黒いフードの奥に隠された顔が歪んだ気がした。いつの間にか、その手には短い小杖が握られている。


「お聞きになりたいか、シャローラ様。お聞きになりたいか、シャローラ様……」


 抑揚なく繰り返される問いに、いつの間にか妖しげな術に掛けられたのか、シャローナは喘ぐように口を半開きにしたまま何度も頷く。その様子に満足気な訪問者はフードをそっと外しながら、上半身をグッとテーブルの上に乗り出す。蝋燭の光に照らされたその顔は、声の印象とはかけ離れた壮年期の男性のそれであった。


 そうでありながら、容姿に不釣り合いなほど、肌は張りが無くカサつき、頭髪も老人のような黄ばんだ白髪である。その白髪の下で両目だけが蝋燭の光を赤く反射して爛々と輝いている。


「ならば、教えて差し上げよう……」


 どれくらいの時間が経っただろうか、シャローナは空いたテーブルの向いの席を茫然と眺めている。訪問者がどのように現れ、どのように去っていったか、全く思い出せない。だが、彼が語った「力になる方法」だけは、それに伴う対価とともに心に刻みつけられていた。訪問者が語った事が本当になるのならば、その代価も容易いことのように思える。


(今は待つだけ、何もせずじっと時を待てば良い……)


 そう心の中で繰り返す内に、陶然として口元が緩むのであった。


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 その日を境に、ウ―ブル侯爵の母シャローナの周囲には見慣れない者共が出入りするようになった。その事を咎める家臣もあったが、第二公子リックリンやその母の現侯爵夫人を始めとした城の主だった者達が容認しているため、大半の家臣はそのことを敢えて問題としなかったのだった。


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