Episode_02.17 決着、暗殺者と哨戒騎士


 桟橋に辿りついたデイル達三人は、数の上では未だ劣勢ながら、明らかに浮足立っている賊達を追い立てていた。兵法には、背水の陣。という言葉があるが、それは訓練の行き届いた士気の高い軍隊に通じる言葉で、烏合の衆と変わりない賊達には通用しない言葉である。それが良く分かるように、桟橋へ追い立てられるほどに賊は逃げ腰になっていく。丁の字を逆さにした格好で河に突き出している桟橋であるが、その中央部に陣取るデイルは、三人で固まっている賊に向かって気合いを発しながら斬り掛る。恐れをなした賊は剣を投げ捨てると自ら河に飛び込み難を逃れようとした。


(これで、残り二人!)


 残りの賊達は、左側のヨシンが桟橋の角へ追い詰めている。そのヨシンを援護に向かおうと注意を逸らした瞬間、前方から飛んできた投げナイフがデイルに襲いかかる。


「うっ!」


 間一髪で、ナイフをかわすと、その主を探す。そこへ襲いかかったのは、ザクアのムエレであった。浅く湾曲したシミターを振り、踊るように間合いを詰めると、デイルの首筋を狙い一閃させる。


ガキィ


 寸前のところで、剣を立ててその一撃を受け止めるデイル。シミターとバスタードソードがぶつかり火花が散る。一撃を防がれたムエレは回転しながら、間合いを取ると次は直線的な動きで上下へ突きを繰り出す。一瞬に三度の突きを繰り出したムエレの剣をかわすデイルだが、最後の顔面を狙った突きを、首を振ってかわした瞬間、ムエレの剣の切っ先が変化し、デイルの頬を薄く斬り裂いた。


(……強いっ!)


 こんな強敵が現れるとは思っていなかったデイルは、剣を構え直すと間合いを測る。しかし、ムエレの暗褐色の装束は暗闇の中で識別しにくく、また舞を舞うような変則的な動きをするので間合いが測り辛い。それでも、何とか距離を見極めるとデイルが仕掛けた。


 大きく踏み込んで上段から脳天へ斬り下ろす疾風の一撃は、ムエレのシミターによって防がれる。だが、デイルの渾身の一撃は、彼の剣を弾き飛ばしたり、受け流すことを許さない。受け止められた愛剣をそのまま押し込むように相手と力比べに入ると、両手持ちの剣と片手持ちの剣の差により、徐々にムエレの身体が後退する。


シャァン


 デイルの剣の刃が、相手の剣の鎬の上を走る金属音と火花を残し、ムエレは一旦飛び退く。


「小僧……強いな。名は?」


 酷く擦れた聞き取り難い言葉である。


「賊に名乗る名前は無い!」

「そうか」


 そう呟くと、離れた間合いのままムエレは左手を動かしつつ、何事か呟く。ムエレのその仕草を隙と思い、更にデイルは踏み込むと先程と同じ上段の一撃を見舞う。確かにムエレの脳天を捉えたと思ったデイルの一撃はしかし、空を切る。残像が残りそうなほどの素早さで、ムエレは半歩身を引くと切っ先を紙一重でかわしていたのだった。慌てて剣を引くデイルに対して、剣が引かれる速度を上回る程の速さでムエレが間合いを詰める。先程までも、充分素早かったが、更に速度を上げている。


(間に合わないっ!)


 懐に入られたデイルは、必死で後ろに跳び間合いを確保しようとするが、ムエレの踏み込みが速さで勝っている。身体の陰に隠されたムエレのシミターが、桟橋を削り取る勢いで下から振り上げられた。


****************************************


 先程、桟橋で船員の命を奪った何者かは、今は運搬船の甲板に侵入を果たしていた。鉤爪のついた籠手を使い船の外壁を登ると音も無く運搬船の舳先へ侵入し、更に数名の船員を手に掛けていたのだ。今は船室の外壁が作る影に身を潜ませ、船室の窓から中を伺う。船長らしい人物が、イライラした様子で船室内を歩き回っているのが見える。侵入者はそのまま船室の壁沿いに左舷側の窓まで移動すると、タイミングを測り窓から船室へ侵入する。突然現れた人の気配に船長は顔を上げるが、夜風のように音も無く侵入してきた何者かの短剣の一突きで息の根を止められる。倒れる船長の死体を支えると、椅子に座らせ、侵入者は出て行った時のように音もなく船室を出て行く。


(これで、船は動かせまい……)

自分の仕事に満足する侵入者であったが、桟橋の方を見てその表情が険しくなる。桟橋では、丁度騎士デイルと暗殺者ムエレが鎬を削っているところである。


(儂の仕事はこれで終わりじゃ。ならば私怨を晴らさせて貰おうか……)

侵入者はそっと船側からまた、水中へ戻っていった。


****************************************


 落とし戸をそっと持ち上げたハンザは周囲を伺う、やはり周辺には人の気配はしない。ざわついていた甲板も静かになったようだが、遠くの方で剣戟の音が聞こえている。ハンザはそのまま落とし戸を全て持ち上げると外へ出る。後ろにはユーリーとアーヴが付いて来ているのが気配でわかる。一行が外へ出た場所は船の中央部で、船室の扉の手前に位置している。右舷の船縁で数人の船員らしい姿の男たちが出航準備をしており、抜き身のサーベルを振り回して、船員を怒鳴りつけている大柄な男が見える。大柄な男の先には渡し板があり、桟橋に繋がっているようだが、船縁の陰になり良く見えない。周囲にはこれと言って身を隠せる物陰は無いようだった。


(……さてどうするか?)

このまま、見つからずに船の外へ出るのは難しそうに思えた。やはり、目の前の男を倒して脱出するしか選択肢は無いか……そう言う結論に達しようとしたとき、突然後ろに居た筈のアーヴが飛び出して行った。


「アーヴ!」


 思わず大声を上げてしまったユーリーの、その声に反応し、ランダンは後ろを振り向く。彼の視界に、短剣を腰だめに構えて飛び込んでくるアーヴの姿が飛び込んでくる。


「うわぁ!」


 ランダンは驚きつつもサーベルを振るい、何とかアーヴの短剣を弾き飛ばす。アーヴはその勢いで頭からのめり込むように甲板に倒れ込んだ。


「て、てめぇら、どうやって出てきやがった!」


 そう言いながらランダンはサーベルを構え直すと、周囲に居た三人の船員に目配せする。船員達は湾曲した短剣カトラスを抜くとユーリーとハンザへ近付いていく。再び捕えて船倉に連れ戻すつもりなのだろう。


「女の方は生け捕りにしろよ!大事な売り物だ」


 そう言うと、ランダンは足元に倒れ込んだアーヴを蹴り飛ばしていた。


 一方船員達は、線の細い少年であるユーリーと、女性のハンザという組合せにそれ程警戒感を持たずに近付いてくる。先にユーリーを始末してから、ハンザを生け捕りにでもするつもりなのか、三人の船員はユーリーへ飛び掛かってきた。


「ハンザ隊長は、アーヴをお願いします!」


 ユーリーはそう言うと、三人の船員を迎え撃つ態勢に入る。


(三対一で大丈夫だろうか?)


 そんな考えが一瞬ハンザの脳裏に浮かぶが、強化術を掛けたユーリーはアッと言う間に船員の一人を棍棒で打ち倒してしまった。流石に警戒した残りの二人が距離を置いてユーリーと対峙する。


「早く!」

「わ、分かった」


 ランダンは自分に向かってくるハンザの姿に気付くと、そちらへ向き直る。


「へへ、大人しくしてれば俺が可愛がってやってもいいんだぜ。どうする?」


 ニヤ付きながら、サーベルを振り回して言うランダンだが


「馬鹿が」


 と冷たく吐き捨てるハンザの言葉に激昂する。


「このクソアマ! ぶっ殺してやる!」


 ランダンは、怒声を上げながら振り上げたサーベルを乱暴にハンザに叩きつける。


ガキィッ


 ランダンの無造作な一撃は、しかしハンザの短剣で防がれる。


「なに?」


 手馴れた感じで短剣を操り平然とサーベルを受け止めた目の前の女に、怒りが驚愕へと変る。


「……そうか、てめえは若君の護衛だったか? クソ、騙しやがったな!」

「何を言っているのだ、貴様は……」


 逆上したランダンが滅茶苦茶にサーベルを振り回す。狭い甲板の上ながら、強化術の掛けられたハンザは的確なステップでそれらの斬撃をかわしていく。そこへ、一際大きく振りかぶった一撃がやってくる。貧弱な短剣では受け止め切れない強烈な一撃であったが、ハンザは冷静にその剣の軌道を見切ると、上体を沈めてかわすと同時に愛用の短剣の方で、ランダンのサーベルの持ち手を斬り付ける。


「痛てぇ!」


 手首の内側の筋を切り裂かれたランダンは、サーベルを取り落とすと、右手を抱えるようにうずくまる。そこに、起き上がって来たアーヴが近付くと、うずくまるランダンの顔面を無言で蹴り上げた。その様子にハンザがギョっとした風にアーヴを見る。


「アーヴ! やめろ!」


 ハンザが発した制止を無視するアーヴは、もんどり打って仰向けに倒れたランダンに馬乗りになると。


「貴様が首謀者かぁっ!」


 呻き声を上げながら起き上がろうとするランダンの顔面に短剣を握った右手を打込む。


「うぐぅ……」

「貴様が仕組んだのかっ!」

「貴様がっ、貴様がっ」


 途中から短剣を放り出すと、気絶したランダンに拳を叩きつけ続ける。その異様な気迫に気圧されて、ハンザはアーヴを止めさせることが出来ない。三人の船員を片付けたユーリーが、そのハンザの横から歩み寄ると、アーヴが投げ出した短剣を拾い上げて、アーヴに差し出す。


「アーヴ……こいつをどうしようと僕は何も言わない」


 そう言って短剣を差し出すユーリーを見上げるアーヴは、短剣に手を伸ばし掛けるが途中で止めると首を振る。


「こいつを殺しても、アイツは帰ってこない……こいつは殺す価値も無い下衆だ!」


 血を吐くようにそう絞り出す。ユーリーはその親友の肩を抱くと、昏倒しているランダンから引き離したのだった。


****************************************


 桟橋でムエレと対峙するデイルは劣勢に陥っていた。渾身の一撃をかわされたデイルは、逆にムエレに距離を詰められつつも、必殺の一撃を何とかかわしていた。下から振り上げられた一撃をかわすことが出来たのは、桟橋の左端で残りの賊を方付けたヨシンが咄嗟に剣を投げ付けたからであった。攻撃体勢に入っていたところに剣が投げ付けられ、普通はかわせるタイミングでは無かったが、それをムエレは難無く飛び退いてかわしたのだった。しかし、同じく後ろに飛び退いてかわそうとしていたデイルはその隙を生かせない。再び距離を取った両者は、お互いの間合いを測る。


(突然動きが早くなった……なんなんだ?)


 デイルの疑問が解消しないうちに、再びムエレが肉薄する。上下に打ち分けフェイントを織り交ぜる攻撃にデイルは防戦一方となる。後ろで見守るギルも、なんとか手助けしたいが、入り込む隙が見いだせない。


(これが、ザクアの戦い方かっ)

その凄まじさに背筋が寒くなるような気がするのだ。


カン、カン、カン、カン……


 とても、実物の剣を振っているとは思えない速さで剣を打ちつけてくるが、どれも充分に力が乗っている必殺の一撃である。打ち返す隙を見いだせないデイルは、どんどん追い詰められる。一度二度と、受け止め損なった切っ先が腕や足に切り傷を作っていく。徐々に後ろへ下がるデイルは桟橋から広場の方へ押し返され始めた。


カキィン


 ムエレの、一際強力な一撃を受け止めたデイルの剣が、遂に半ばで折れてしまった。


(まずい!)


 そこへ、止めとばかりに突きを繰り出すムエレ。躱せない、と悟ったデイルは覚悟を決める。相打ち狙いだ。デイルは折れた剣を腰だめに構えると自分から相手に飛び込んで行く。


 その時、桟橋の横の川面から姿を現した何者かが、水面から短剣をムエレに向かって投げ付けた。真っすぐ飛ぶ短剣は、川からの攻撃を予測していないムエレの胸に吸い込まれるように突き刺さる。咄嗟の事に姿勢を崩すムエレの懐へ飛び込んだデイルが折れた剣に残された刃で相手の腹を横一文字に斬り裂いた。


ザバンッ


 と桟橋から水中へ落ちる水音を残して、北の桟橋は静寂に帰っていった。


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