Episode_02.16 船倉の戦い
船倉には、外の騒ぎは余り聞こえてこない。甲板が騒々しいのは出航準備だろうと思っている賊の三人は、ユーリーを拘束していた縄を外すと
「おいクソガキ、俺達三人をやっつけれたら、逃げても良いんだぜ」
そう言う一人に、他の二人が声を上げて笑う。
「……」
対して、無言で床に視線を落としたままのユーリーは、ユラユラと手を動かしているが、それを怯えから来る震えと思った賊は、
「こいつ、ビビっちまって動けないんじゃないかぁ?」
そう言うと、ニヤニヤ笑いながら近付いてくる。その手にはいつの間にかこん棒が握られている。その賊がこん棒を振り上げると、俯いたままのユーリー目掛けて振り下ろす。
ゴン!
その瞬間、顔を上げたユーリーが左手を賊に向かって振ると、鈍い衝撃音と共に賊はその場で崩れ落ちた。
ユーリーは、ずっと大人しい振りをしていたのだ。数少ない危機を脱する機会を待ちつつ、蹴られ殴られるのを我慢していた。そして、機会が巡って来た。両手が自由になり視界が戻る瞬間を待っていた彼は、同時に窮地でもあった訳だが、何とか精神を集中すると普段滅多に使わない攻撃魔術を発動した。
足元で泡を吹きながら気絶している賊からこん棒を取り上げると、続けて
(遅い……)
やたら無駄な動きが多い二人の賊は短剣を振り回しながらユーリーに近付くが、スッ、スッと距離を取るユーリーに短剣が届かない。
「この野郎、チョコまかと動きやがって!」
そう言うと、一人が短剣を両手で構えて突っ込んでくる。短剣の切っ先がユーリーに届く寸前のところで、カウンター気味に突き出されたこん棒に顔面を強打された賊は、鼻血を吹き出しながら昏倒する。
「く、くそぉ。来るな! 来るなよ!」
残り一人になった賊は途端に弱気になると、ユーリーを
ユーリーは振り回される短剣をこん棒の一撃で叩き落とすと、その賊の顔面に真横からこん棒を打ちつける。
ゴキィ
という、骨の砕ける感触を残して、最後の賊もその場で崩れ落ちた。
「はぁはぁ……」
荒く、息を吐くユーリーは拘束されたままの二人の元へ走り寄る。
「ふんん、ふうううんん」
と猿轡を噛まされたアーヴの拘束を解くと、次にハンザの手足を縛っていた縄を解き目隠しを外す。
「ぅぅぅ……」
微かに呻き声を上げるハンザだが、気を失ったままだ。仕方なくユーリーは、その頬を張ると、何度目かでようやくハンザが目を開けた。
「っ!……こ、ここは?」
「多分、ウェスタの何処かの桟橋だと、船の底だと思います」
「そうか……拉致された訳だな。助かった……」
そう言うとハンザは、立ちあがりスカートの中に手を差し込む。下着の上から股間の部分を確かめるが、心配したような事はされていないようで安心する。そして、そのまま太股に取り付けた鞘から短剣を引き抜いた。
ユーリーと、拘束を解かれたアーヴは三人の賊を一纏めに船倉の奥に押しやると、自分達を拘束していた縄で縛りあげていた。二人は息があるようで気絶しているだけだったが、最後にユーリーに斃された一人は既に息をしていなかった。それでも、構わずに三人一緒に縛りあげると、ハンザに近付いて来た。
「上へ出る出口はあそこの階段だけだな……」
そう言うハンザは閉じられた天井の落とし戸を見上げる。
「外の状況が分からないと、出て行き難いな」
というユーリーの感想に二人は頷く。三人は暫く上の様子に耳を澄ませるのだった。
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「馬鹿野郎、たかだか三人ぽっちに何やってるんだ!」
船室で、そう言って手下を怒鳴り付けるランダンは、船長に「今すぐ船を出せ!」と命令すると甲板へ出て行く。甲板から桟橋と広場の方を見ると、確かに三人の侵入者に手下達が酷くやられているようだった。既に最初に向かって行った十人は全て斃されており、後続で向かった集団は二手に分かれて、半分は倉庫の密集している方へ向かっている。
「愚図どもが!」
そう言い捨てると、近くにいた船員を掴まえて
「サッサと出航しないか!」
と凄むと、船室へ戻っていった。
船側では、桟橋と船を繋ぎとめるもやい綱を外そうと、船員が桟橋に移動する。結び目を解こうと屈みこむ船員の背後に物音も立てずに水面から上がって来た何者かが忍び寄ると背中から一突きでその船員の心臓を刺し貫く。大勢の意識が広場に集中している中、船員を屠った者は誰にも気付かれる事無く再び水中に戻ると船の舳先へ移動していく。
出航の準備が邪魔されているとは露とも知らないランダンは船室に戻ると、ムエレに向かい、
「すまねぇが、力を貸してくれねぇかい? 万が一船迄辿り着かれると厄介なんだ」
と助勢を願いでる。暗殺者集団「ザクア」の一員ムエレは、その申し出を受け、無言で船室を後にする。
(いけすかねぇ奴だぜ……)
そう思いながら後ろ姿を見送ると、自分も武器のサーベルを抜き後を追う。一人船室に残された船長は
「まったく飛んでもねぇ疫病神達だ……」
と小声で毒付くのだった。
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広場のデイル達は、賊の新手の集団と対峙していた。遠目には二十人以上居るように見えたが、近付いて来たのは十数人だけであった。他の賊はどういう訳か左手側の倉庫へ向かっている。
(きっとセガーロが誘導に成功したのだろう)
と思うギルは、慣れない乱戦に危なくなりつつも何とか賊の攻撃を退けていた。一対一や、闇討ちが得意な彼には、大勢の乱戦は慣れない戦いだった。
しかし、対峙する賊達も、普段は厳めしい外見や、見せかけの暴力で一般人の脅威にはなっているが、集団でやる戦闘については殆ど素人である。突っ込んでくる賊の一人をかわしざまに背中に短剣を叩き込んだギルは、荒い呼吸をしながら。
(こんな戦い、もう御免だぜ)
と思うのであった。
デイルは、バスタードソードを構え直すと息を整える。流石に何人斬ったかもう覚えていない。ふと横目にヨシンを確認すると、ヨシンも同じように呼吸を整えている。
(大したものだよ……)
新兵訓練を終えたばかりの自分はあれほど剣を使えなかっただろうし、こんな状況なら慌ててしまい、自分を見失っただろう。だが、ヨシンは落ち着いて数人の敵と切り結ぶと、確実に反撃し、向かってくる敵の数を減らしている。
(最近の新兵訓練は、よっぽど実戦向けなのか?)
そんなことを考えつつも呼吸が整ったので、再び前進を開始する。新手の集団は最初こそ勢い良く切り掛って来たが、今やデイルに対して自分から飛び掛かってくる敵は居ない。距離を置こうと後ろに下がる敵を見渡し、
(あと十人か)
気合いを入れると、桟橋へ続く緩い登り坂へ足を掛けたデイルであった。
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「襲撃とか、食い止めろ、とか聞こえない?」
そう言うユーリーにアーヴが頷く。ハンザは目を閉じ落とし戸の向こうの気配を探っているようだった。監視役の三人の賊から奪った武器はこん棒と短剣二本で、ハンザは隠し持っていた短剣と賊から奪った短剣の二本を装備し、ユーリーはこん棒、アーヴは短剣という、取敢えずの装備をした三人は、落とし戸の外へ出るタイミングを見計らっているのであった。
「多分、今落とし戸の向こうに誰も居ないと思う……」
しばらく、無言で気配を探っていたハンザがそう言うと、ユーリーとアーヴは頷き合う。その様子を見たハンザが落とし戸に手を掛けようとするのを、アーヴが制する。
「ハンザさん、ちょっと待って。ユーリー、いつもの奴お願い」
訝しげなハンザだが、アーヴに呼びかけられたユーリーを伺う。
「そうだね、ハンザさん、強化魔術を掛けるからちょっと待ってね」
「ユーリー、お前魔法使えるの?」
驚いて訊き返すハンザに、頷くだけで返事をするとユーリーはアーヴの言う「いつもの奴」 ――つまり身体機能強化の術―― を掛ける。術の発動を受け、ハンザは身体に力が湧いてくるのを感じる。
(本当に使えるのか……すごいなこの子……)
アーヴと自分に同じ術を掛けているユーリーを見ながら感心するハンザであった。
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