Episode_02.15 激闘! 北の桟橋



 すっかり暗くなった辺りに、明りを放つ類のものは無い。目立った動きの無い運搬船を物陰から伺うだけの二、三十分という時間にもヨシンは焦れていた。この間にもユーリーやアーヴがどんな目に遭っているか分からないと思うと居ても立っても居られない。だが、そのヨシンの気持ちを見透かしたかのようにセガーロが肩に手を置く。「落ち着け」と言いたいのだろうが、その実、内心セガーロも焦っていた。恐らく、夜の闇に紛れて出航するつもりなのだろう。あと二時間は時間の余裕があると見ているが、一方でやはり気持ちがはやる。


 ピピピピィ、ピピピピィ


 焦る二人の背後から、川鳥のさえずりのような音が聞こえてきた。特に注意を払わないヨシンと違い、セガーロはその音を聞き付けると、河とは反対側へ注意を凝らす。その様子にヨシンもそちらの方へ注意を向けると、暗がりの路地から数名の男達が姿を現した。こちらには気付いていないようだ。


 ピィ、ピピピ


 セガーロが発した鳥の囀りを模した口笛に気付いたそれらの男達が、近付いて来くる。先頭を歩くのはヨシンの知らない男である。中年だが、引き締まった体つきが見て取れる。その後ろには、良く見知った顔があった。


「デイルさん……」


 小声でヨシンが言うと、それに気付いたデイルが駆け寄ってくる。


「ヨシン、みんなは?」


 その問いにヨシンが桟橋に停泊している運搬船を指す。


「爺さんは?」


 中年の男、ギルがセガーロに声を掛ける。


「分からない、多分船の方に侵入するつもりだと思うが……」

「勝手な事を……まぁ良い。船着き場警備の哨戒部隊と街の衛兵は手配した。彼等が来たら踏み込むぞ」


 ギルの言葉に、少し懸念を感じたが頷くセガーロであった。


****************************************


 運搬船の船室には、この船の船長と数人の手下を連れたランダン、さらに部屋の隅にはムエレが椅子に座っている。


「おい船長、話が違うじゃないか!なんで出航しないんだ!?」


 噛み付くように喰って掛るランダンに、船長はやんわりと答える。


「仕方が無いでしょう、こっちも商売でやってるんですよ。積み荷が揃わないと出航出来ないですよ」


 船長としては、いつもいつも無理難題ばかり持ち込んでくる盗賊ギルドの連中には心底うんざりしているため、ちょっとした嫌がらせのつもりで言っているのだが、その態度が気に入らないランダンなのである。船を操る事ができるのは自分等だけだと思い、調子に乗っていると感じる。ランダンは腰に吊り下げた大振りの短剣に手を掛ける、しかし、ランダンが抜くより早く、部屋の隅にいたムエレが動いた。ほぼ無音で船長に近付くと、いつの間に鞘から抜いたのか、三日月刀シミターを船長の首に押しあてる。


「……命よりも大切な商売なのだな……」


 そう囁くように言う。その動きにやや気勢を殺がれた格好のランダンだが、改めて言う。


「なぁ船長、俺の部下は三十人だ。お前の手下は十人位だろ? どうだろう、ここは我慢して出航を早めてくれないか?」


 抜き身の刀身を押し付けられた船長は観念したように、


「……わ、わかった、出航しよう……」


 と、承諾したのだった。


***************************************


「甲板が騒がしくなってきたな、そろそろ出航か?」

「俺達ツイて無いぜ、ずっとトデン村で待機かと思ったら、突然船に乗せられウェスタだ」

「だけど、船から出られねぇ……イライラするぜ!」


 口々に不満を言い合っているのは船倉の三人の盗賊である。盗賊と言っても色々あるが、彼等はかなり下っ端のようだった。


「しかし、この女……頂いちまっても誰もわかんねぇだろう……」


 そう言う一人は、倒れているハンザの足元にしゃがみ込むとスカートの端を捲くり上げようとする。


「ば、馬鹿、止めろって。バレたら俺達全員魚の餌になっちまう……」


 そう言うと、もう一人の盗賊が仲間の襟首を引っ張って止めさせようとする。


「でもぉ、これじゃ生殺しだぜ……」

「なぁ、こっちのガキで遊ぼうぜ」


 二人のやり取りを聞いていたもう一人が、ユーリーの背中をつま先で蹴りながら言う。


「チッ、お前そう言う趣味なのか?」

「このガキ、ずっと気を失ったままか……」


 そう言い合うと、一人が掃除後の汚水が入ったバケツを持って、勢い良くそれをユーリーの上にぶちまけた。


「うぅ」


 ユーリーの上げた呻き声に我慢しきれず、目隠しされた状態のアーヴが怒声を上げる。


「貴様ら、止めろ!」

「あー、そっちのガキは起きてたんだったな……」


 そう言うと、ユーリーに水を掛けたのとは別の盗賊がアーヴの目隠しにしていた布切れを外し、それを捻じるとアーヴの口に掛け後ろでギュッと縛った。こうされると、アーヴはもう唸り声しか上げられない。


「おいおい、そっちのガキの目隠しは良いのかよ?」

「なぁに、キャンキャン五月蠅いのを黙らせる方がましさ」


 手足を縛られて、転がされているユーリー蹴って弄んでいたもう一人の盗賊がニヤつきながら言う。


「なぁ、こいつの足だけでも縄外していいか? 足縛られてるとヤルことも出来ないぜ」

「なんだよお前、本当にそっちの趣味か……」


 アーヴに猿轡をした盗賊が気色悪そうに言うが、もう一人が同意した。


「お前の言うヤルことってのが何か知らねーが、縛られてる奴をいたぶっても面白く無いしなぁ」


 そう言うと足を縛っていた縄を解き、ユーリーを立たせる。引っ張り上げられたユーリーは船倉を支える柱にもたれ掛かるようにして立たされると、


パァン


 立たされたユーリーは唐突に横っ面に衝撃を受ける。盗賊の一人がユーリーの顔を思い切りビンタしたのだった。その勢いで数歩たたらを踏んだユーリーは膝を付く。


「うーん、やっぱり面白くねぇな……そうだ、いっそのこと手も目隠しも外してみようぜ」


 ユーリーの頬を張った盗賊は、そう言うと膝を付くユーリーの目隠しを剥ぎ取り、後ろ手に縛っている縄を解いたのだった。


**************************************


「ギル!船に動きがあるぞ」


 セガーロの鋭い声で、物陰に隠れている一同は船の方を見る。先程まで、荷馬車を積み込もうと渡し板の所で馬と格闘していた男達が、船の各所に散っていった。それに呼応するように、広場に居た盗賊達も船へ乗り込むために桟橋へ移動している。


「チッ、出航するらしい……」


 ギルは舌打ちすると、桟橋の反対側の路地を睨む。応援に呼んだ兵士達はまだ到着する気配が無い。


「……もう待てない。俺一人でも斬り込む!」


 焦れに焦れたデイルは愛剣の柄を握り締めると立ちあがる。その横で、適当な棒切れをこん棒代わりに持ったヨシンが頷く。


「そうだな、出航されれば追い掛ける手段がない……ここは斬り込んで船の出航を少しでも遅らせるしかないな」

「賛成だ」


 ギルの言葉にセガーロも頷く。デイルは静かに愛剣バスタードソードを鞘から抜くと物陰から一歩踏み出た。


ピッピッ、ピィーピッ


 鳥の声真似をするギルは、周囲に潜んでいる部下の密偵達に斬り込むことを伝えると、デイルに続く。セガーロは大きな身体を小さくすると、屈む体勢のまま物陰沿いに桟橋との距離を詰める。広場は約三十メートル四方の広さであり、桟橋との間には身を隠せる物陰は無い。ぼんやりとした月明かりに照らされたデイル、ギル、ヨシンの姿に船に乗り込もうとしていた盗賊達の数人が気付いた。


 街の警備兵や哨戒部隊による襲撃は警戒していた賊達だが、数人の男が近付いて来るのを見て、それが自分達を阻止しようとする侯爵の手勢とは思わない。そして、数人の盗賊が三人に近付いて行くと、ドスの効いた声で威嚇する。


「なんだぁお前ら?あっちへい」


カァン…


 まるで、乾いた枯れ木を鉈で振り払った時の様な音と共に、先頭の盗賊の首が宙を舞う。後ろ手に剣を隠していた、デイルによる先制攻撃だった。


「えっ?」


 突然首から上を無くし倒れ込む仲間に、驚きの声を上げる賊にギルの短剣が襲いかかる。短剣は、それ自体が別の生き物のように動くと、呆気にとられた賊の左胸に吸い込まれ、肋骨の隙間から心臓を捉える。


「て、敵しゅ……」


 そう、叫び掛けたもう一人の面前に飛び込んだヨシンは、手に持ったこん棒をその喉元に突き入れる。もんどり打って倒れ込んだ賊の頭部に追い打ちとしてこん棒を振り下ろすヨシンは怒りに満ちた表情をしている。


 こうして、ウェスタの街の船着き場における若君救出作戦は火蓋を切ったのであった。流石に三人の仲間を次々と斃されて、それが襲撃だと気付いた盗賊達は騒然となる。


「相手はたった三人だ、ぶっ殺しちまえ!」


 そう叫ぶと、桟橋に居た十人前後の盗賊達は、手に短剣や片手剣といった武器を持って広場に殺到してくる。その後ろでは、船の中から数十人が武器を手に桟橋へ出ようとしているのが見えた。


(流石に数が多いか?)

そう思ったデイルは隣のヨシンに声を掛ける。


「いいかヨシン! 大人数の戦いでは一人相手に時間を掛けては駄目だ。次々と相手を変えながら成るべく一撃で相手の手足を狙え!」

「はい!」


 そう返事するヨシンの手には、先ほど打ち倒した盗賊が持っていた片手剣が握られている。握りの具合を確かめるように数回振ると納得したように、視線を殺到してくる賊達に向ける。


 その時、不意に、ヒュンヒュンと風切り音が鳴ると、先頭を走る盗賊達が転倒した。ギルの部下達が物陰から石を投げ付けたのだ。広場を取り囲むような倉庫等の物陰に隠れた密偵達は数こそ多く無いものの、効果的にかく乱を行う。


「野郎、隠れてる奴らが居るぞ!」


 そう口々に叫ぶ賊達は、投石を警戒して突進する速度を緩める。そこへデイルがバスタードソードを構えて突進していく。二年前よりも更に腕を磨いたデイルの斬撃は、殆ど受け止められる事も、躱される事も無く賊達の手首や太股を切り裂いていく。運の悪い者はその一撃を首筋に受け絶命するが、殆どは手足を斬られた痛みでその場にうずくまる。あっという間に五人の賊を切り捨てたデイルであった。


 一方、三人と距離を置いて広場を回り込むように進んだセガーロは桟橋から広場に下りようとする後続の集団に仕掛ける。遠距離からナイフを投げ付け、先頭を行く数名を仕留めると後続の注意を引く。広場の三人に敵が集中し過ぎないように分断する作戦である。そのまま、倉庫の建ち並ぶ狭い路地まで誘い込めればセガーロの思惑通りである。


「こっちにも居るぞ!」


 案の定、後続の集団はセガーロを見つけてそちらへ殺到しようとする。それほど大きくない桟橋の上には二十人以上の賊がごった返しており、広場を目指す者と、セガーロの誘導に引っかかる者で右往左往している。


 デイルの右側を進むヨシンは賊から奪った片手剣を構え数人の賊と対峙している。最初のデイルの猛烈な攻撃を警戒した賊達は、デイルと距離をとるように三人を包囲しようと動きを変えており、その中でも若いヨシンの側はくみし易い・・・・・と思われたのだろう、賊が安易に間合いを詰めてくる。


「ウリャー!」


 と奇声を上げ、冗談のように剣を高く振りかぶった賊がヨシンに飛び掛かってくる。ヨシンは冷静に相手の間合いを見ると、一歩踏み込んで難無くその一撃を剣の腹で受け流す。そして、勢い余って横に逸れる賊の剣の持ち手に、滑らせた刀身を打込むとざっくりと手首を切り裂いた。手首を切断寸前まで斬り裂かれた賊はその場で悶絶する。


(……なんだろう、こいつら弱いのか?)


 考えてみれば、本物の剣を持って、それで相手を斬り付けるという、実戦行為、は始めてであるが、そんな感慨など持つ暇は無い。横から斬り掛ってくる賊の一撃を半身を開いてかわすと、すれ違いざまにその足首に一撃を叩き込むヨシンは、ひたすら船の中に居る友達の身の安全を願うのであった。

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