Episode_02.14 追跡! 誘拐犯


 慌てて荷馬車を追おうとするデイルだが、


「危ない!」


 というヨシンの声で、再び路地裏のごろつきに注意を奪われる。こん棒を振りかぶって襲いかかって来た男を、バスタードソードを抜きざまに切り捨てる。首筋を断ち切られた男は血を噴き出しながら勢い良く大通りに飛び出して倒れ込む。周囲の人々の悲鳴や驚きの声が聞こえてきた。


「ヨシンっ、荷馬車を追ってくれ!」

「はい!」


 そう言うと、ヨシンは猛然と走り去った荷馬車を追う。残されたデイルは、血糊の付いた愛剣を振り被ると、こちらも猛然と路地裏のごろつきに斬り掛っていく。荷馬車を追うのは、後ろの危険を排除してから、と思いを決めて打ち掛かるデイルの剣を受け止めることなど出来ず、残り五人のごろつきはアッと言う間に切り倒されていた。数人は生きているが、それは後々事情を聞く必要があるかも知れない、と思っての事だ。しかし、彼等を捕縛して然るべき所に突き出す余裕は無い。呻くごろつきを路地に残し、デイルは足元に落ちているハンザのショールを掴みあげるとそれを懐に押し込み、ヨシンの後を追う。


 一方、ヨシンは走り去る荷馬車を必死に追うが、馬の足と人の足では差が歴然としている。歯を喰いしばって何とか離されまいとするが次第に後ろ姿が遠ざかっていく。


(くっそ―!)


 それでも、姿が見えなくなるまではと必死に追いすがるヨシンは先を走る荷馬車が搔き分けた人波の間をひた走る。しかし、大通りを船着き場の方面を目指して土埃を立てながらで疾走する荷馬車が途中で路地を北側へ折れたところで、遂にその後ろ姿を見失ってしまった。船着き場の中でも、古くからある小さめの北桟橋の近くである。荒い息を吐きながら、ヨシンは気を取り直すとフラフラと先へ進むのであった。


(あれだけ勢い良く走る荷馬車だ、通行人に聞けば行き先は分かるはず……)

と自分に言い聞かせる。


****************************************


 アッと思った時には上から麻袋を頭から掛けられ、持ち上げられると放り投げられた。落下の衝撃と、その後の凄まじい揺れに翻弄されながら何とか袋を外そうともがくが、外から何重にも縄で縛られたようで、直ぐに全く身動きが取れなくなってしまった。ガラガラという車軸の音と、馬の蹄の音が耳元に大きく響いてくるため、


(荷馬車に投げ込まれている)


 とは察しがついたユーリーは、何とか冷静に状況を考えようとする。


(これって「誘拐」だよね……あ! アーヴを狙っているんだな)


 先日のアーヴの話から、そう察する。確かに麻布越しに両隣りにも同様の人の身体の感触がするので、連れ去られたのが自分だけでは無いことは分かった。取敢えず、今もがいても仕方が無い。目的地が何処か分からないが、目的地に着き袋を開けた瞬間など、脱出の機会は巡ってくるだろう。そう考えると今は我慢するしかないと心に決めたユーリーであった。


 ユーリー達が拉致された大通り付近にはアント商会の密偵達が目を光らせていた。しかし、あれほど豪快且つ、鮮やかに拉致が実行されるとは予測していなく、対処することが出来なかった。もっと搦め手で来ると予想していた密偵達は「セキレイ亭」の厨房側の裏口等に人員を分散して配置していたのだった。ある意味、正攻法に打って出てきた相手に、裏の裏を掻かれた密偵の元締めギルは歯噛みしながらも、善後策の指示を飛ばす。


 どのみち、連中の魂胆は分かっている。管理の緩いウェスタの街の港だが、今朝から見慣れない船を虱潰しに当たったところ、今日の昼前に船着き場に停泊した数艘の不審な船を見つけ出していた。それらの内のどれか一艘、または複数の船が連中のものだろう。しかし、日中の段階では絞り込むことが出来ず、広範囲に薄く密偵達を配置していた。


(恐らく、船でテバ河を下って運び出すつもりだろう)


 そう目星を付けたギルの読み通り、ノーバラプール盗賊ギルドの一味がアジトにしていた娼館を引き払い、北の桟橋に集結しているという知らせが、たった今あったのだ。その知らせを受けて、密偵達を北の桟橋に重点的に配置するよう采配した矢先の誘拐劇であった。


 それでもギルは念の為、ウェスタの街を警備している哨戒部隊に南北の街道封鎖を手配するよう部下に命じると、自ら馬車に飛び乗り北の桟橋へ向かう。大通りを船着き場の方へ向かうギルは、しばらくすると目の前を走る騎士デイルの姿を見つける。一瞬逡巡したが、


(味方は多い方が良い!)


 と腹を決めると、走るデイルに並走する。


「騎士のデイルさんだな! 乗れ!」


 そう言うと、馬車の御者台の横を指す。


「あんたは?」

「良いから乗れ! 誘拐犯を追ってるんだろ!」


 そう言われると、デイルも覚悟を決めたように、並走するギルの操る馬車に飛び乗ったのだった。


「あんたは!?」

「侯爵様の手の者だ! あの誘拐犯は窃盗団の一味だ!」

「なんだって!?」


 突飛な話に付いていけないが、些細なことはどうでもいい。


「とにかく俺は誘拐された人を追っている! ……急いでくれ!」


 そう叫ぶように言うデイルであった。


****************************************


 ヨシンは、荷馬車を見失った後も諦めずその行方を追っていた。幸いなことに、狭い路地を突進していった荷馬車は目立つ存在だったので、多くの通行人が目撃したことを覚えていた。幾つかの路地を進んでは、通行人を見つけ荷馬車の行き先を尋ねるということを繰り返す内に、北の桟橋付近に辿り着いていた。南北を結ぶ街道からも距離のある寂れた桟橋である。既に日も暮れかけて辺りは薄暗くなっているが、ヨシンは意を決すると桟橋へ続く荷下ろし用の広場へ足を踏み入れようとする。その時、


グッ


 不意に襟首の辺りを捕まえられ、物陰に引き倒された。抵抗しようと手足をバタつかせるが、あっという間に肘と肩の関節を極められ身動きが取れなくなってしまったヨシンは、絞り出すような声で言う。


「くそ……誰だ」

「シッ、静かにするなら離してやる」


 ヨシンを一瞬で拘束した何者かの低いが良く通る声が耳元で聞こえる。


「わ、わかった。静かにする……」


 すると、声の主はヨシンを押さえつけていた力を緩める。ヨシンは身を起こすと、物陰に隠れている人物を見た。ガッシリした大柄な体に、黒髪を後ろに撫でつけた髪型、顔の割に小さな目の持ち主は、密偵セガーロであった。


「お前一人か? 拉致されたのは何人だ?」

「ゆ、ユーリー、アーヴ、それにハンザ隊長の三人だ……です」


 セガーロの持つ張り詰めた雰囲気を感じ取ったヨシンは、語尾が自然に丁寧語になっていた。


「そうか、さっきの荷馬車に三人か……」

「あなたはここでなにを?」


 そう聞くヨシンを一瞥すると、セガーロは物陰越しに奥の桟橋に停泊している運搬船を見る。ここからでは、荷馬車がどうなったか見えないが、恐らく積み荷・・・を船に運び込んでいるのだろうと思う。夕方近くにこの桟橋に集まって来た、ノーバラプール盗賊ギルドの連中の数は凡そ三十人、それに運搬船の中に何人か乗っているはずだから、少なくとも敵は四十人程度の人数である。


(出航したら手が出せない……今仕掛けるべきか、待つべきか?)


 周囲で姿を隠し潜んでいる密偵の仲間は数人である、しかも彼等は潜入・調査を得意とし、戦闘は専門外である。相棒の老人は、先ほどから姿が見えないが、もしかしたら運搬船に侵入を試みているかもしれない。しかし、ここに居ないことには、宛てに出来ないことは確かである。


(今しばらく様子を見よう……)


 そう決めた彼のこめかみをジットリとした汗が伝っていくのだった。


****************************************


 荷馬車の振動が徐々に収まるとそれが、速度を落としている証拠だと気付き、ユーリーは身を堅くした。ヨシンが桟橋に辿り着くよりも大分前に、荷馬車は桟橋前の広場に到着すると速度を落とし、桟橋への登り坂の所で停まる。出航前の船が有る時には貨物で一杯になることもある広場だが、今はガランとして荷馬車が一台と停まっている限りである。停車と同時に周囲の物陰から沢山の男達が姿を現す。荷馬車の荷台に乗っていた男達が飛び降りると、積み荷を荷台から引っ張り出し、待ち構えていた男達と協力し船内へ運び込んで行く。大きな麻袋はどれも縄でぐるぐる巻きに縛られており、男達は二人一組でバケツリレーの要領で三つの積み荷を船へ運びこむと、荷馬車を運搬船に積み込む準備に取り掛かった。


 一方船内では、待ち構えていたランダンが予定よりも積み荷が多いことで部下を責めていた。


「俺は、若君を引っ攫って来いと言ったんだ! いつから若君が三人になったんだ!」


 ランダンの手下は頭の剣幕に気押されつつも


「お、お言葉ですが頭『なまっちょろいガキ』というのが二人居ましたんで、どちらか分からねーんで、両方攫ってきたんです」


 そう言う手下は、荷馬車による拉致を指揮していた者だ。他の手下がその後を継いで言う、


「それに色っぽい女も一緒に居ましたんで、高く売れると思いつい……」


 手下達の言い訳を聞いたランダンはチィっと舌打ちすると、言い放つ。


「ガキのどちらか違う方は今晩にでも河に沈めちまえばいいだろう。女の方は……イイ女じゃなかったら、お前! 覚悟しとくんだぞ!」


 そう凄むと他の手下達と、積み荷が運ばれた船倉へ続く階段を下りて行く。


 テバ河ほどの大河であれば、水位の下がる秋から冬に掛けても、中流域までは喫水のある程度深い帆船が行き来できる。日中の海風を利用して流れが緩やかな河を溯上し、夜間は流れに任せて下流へ物を運ぶこれらの大型船がテバ河流域の河川物流を支えているのである。特に夏場は、強い海陸風に加えてリムル海から吹き込む季節風の恩恵もあるため、物流は活発になる。

 

 ノーバラプール盗賊ギルド一団が使っている船もそんな運搬船の一つである。自治都市デルフィルの商人が船主になっているが、勿論偽装であり、実際は密輸品や盗品の運搬に使われている船だ。その船を操る乗組員は別のグループで、独立して出航作業をしており、ランダン達は言わば彼等の、お客様、である。そのお客様であるランダンは自分の客人と面談する為、薄暗い船倉に入る。船倉の奥には、手足を縛られ目隠しをされた二人の少年と一人の女性が転がされている。側にはランプを持った手下が三人居るが、女の顔を覗きこんでいるようだった。


「おまえら、女には手を出すなよ!大事な商品だ」


 そう言いながら近付くとランダンは女の顔を確かめる。ハンザは未だ意識を失っているのか、ぐったりとして一言も発しない。


「確かに上玉だな……貴族の娘か何かか?」


 余り肉感的な体型でないハンザはランダンの好みではないが、この手の女は奴隷市で良い値が付く。特に長引く戦乱で退廃した雰囲気が蔓延している中原地方の有力者には、この手の細身で小柄な女を好むものが多い。


「さてと」


 と言いながら、寝転がされている二人の少年を見る。一人はアッシュブロンドの長めの髪をしており、もう一人は短い黒髪である。確かに全身を縛られて転がされている二人の少年は背格好が似ていると言えなくもない。ランダンはアッシュブロンドの方の少年を手下に引き起こさせると、顔の大部分を覆っている目隠しを外させる。突然飛び込んできたランプの明かりに顔をしかめるアーヴは、逆光になったランダンの顔を睨みつける。


「ほぉ、気が付いて居ましたか、アルヴァン殿下」


 そう言うと、慇懃にお辞儀をする振りをして見せる。ランダンにしてみれば、からかっただけだが、頭を下げた拍子に見えた額と頬の刀傷にアルヴァンはハッとした。


(こ、こいつだぁ……)


 腹の底から怒りが湧きあがってくるが、どうにもならない。悔しさで歯噛みするが、それを虜囚の恥辱と誤解したランダンは、


「短い船旅ではありますが、どうぞお寛ぎください」


 と慇懃に言うと、部下に目隠しを戻させる。


「お頭、こっちのガキはどうするんで?」


 手下の一人が訊いてくる。こっちのガキとは勿論ユーリーの事である。


「船が出たら、河に沈めるさ……なんだ?」

「へへへ、あっしらも最近暴れ足り無いんで、こいつを『いたぶって』もよろしいですかい?」


 他の二人が卑下た笑いを浮かべている。


(まったく気色の悪い連中だな)

そう思いながらも、


「好きにするがいいさ、だが逃がすんじゃないぞ」


 と言い捨てると、甲板へ戻っていった。

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