Episode_02.13 騒動はディナーの後で
「セキレイ亭」
と小さく看板の掛ったそのレストランは、川魚と
生垣に造られた青銅製の細工が美しい門を抜けると、十歩分程の奥行きの小さな庭があり、敷石がガラスの嵌め込まれた瀟洒な入口のドアに続いている。そのドアを開けると小奇麗な格好をした給仕がにこやかに一行を出迎える。何処か「田舎の別荘」を思わせる造りの店内はランプの明かりで食事に不自由の無い程度に明りが灯され、素朴で落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「メニュー下さい!」
と、店の内装や雰囲気には全く頓着しないユーリーとヨシンは席に着くと、給仕の年配女性にメニューを頼む。一方のアーヴは店内を見回して感心しているようだった。
(この二人は……相変わらずだが、アーヴと言ったな…この子は何処か品が良いと言うか、垢抜けているというか……)
目の前に座る三人の少年兵を、内心でそう評するデイルであった。
ユーリーとヨシンがメニューを見て「これは何だ?」という顔をすると、横からそっとアーヴが説明する。そんなやり取りが始まってしばらくしたとき、店の扉が開くともう一人客が入って来た。その客は、白色の薄手のブラウスの上から胸元の膨らみを強調する
若い街娘に良く見られる出で立ちであったが、一般的なそれよりも襟ぐりの開きが少なく、袖も手首まで覆ったものである。服の仕立ては良く、慎み深く胸元を隠すブラウスの生地が、その下に有る胸の膨らみを想像させる。また、肩を過ぎるほどまで伸びた、細い髪質の金髪はショールと同じ鮮やかな青色の布によりフワリと大き目の結び目で纏められ、色のコントラストが美しい。普通のものを身に着けつつ、所々で感覚に訴えてくるセンスのある格好をした……ハンザである。
先に気付いたユーリーとヨシンがハンザに手を振る。
「たいちょー、こっちです!」
店に入った直後、周囲を見渡すようにしていたハンザはその二人に気付くと彼等の席に近付いてくる。その姿を椅子の背越しに振り向いて視界に入れたデイルはその姿勢で固まったように近付いてくるハンザを凝視している。勿論デイルの食い入るような視線に気付いているハンザは、デイルの視線が自分の胸や腰の辺りに注がれるのを「生きた心地がしない」気持ちで感じている。自然に頬に血が集まるのが分かる。
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「お嬢様! 騎士の戦いが戦場にあるならば、女子の戦いは晩餐の時にあります。騎士の武器が剣ならば、女子の武器はその身体そのもの。武力を持って相手を威圧するのは戦の常道、ならば女子の色香で相手を圧倒するのは女子の戦の常道でございます!」
大声で身も蓋も無い事を言う老婆と、つい先ほどまで口論をしていたハンザだった。事情はデイルと至極似ている。着て行く衣装を思い悩んだ末、普段通り哨戒騎士仕様の鎧を身に着け出したハンザに、それこそ「火が付いた」ように捲し立てたのは、ハンザの側に仕えている老女である。
先日父親のガルスから贈られた絹織物でショールとスカーフを新調していた老婆は、今朝早くから起き出すと、これまで作られたものの、日の目を見ることの無かったハンザのドレスや衣類を居間に並べると、起き出してきたハンザを捕まえて、
「どれにいたしましょうか?」
と迫って来たのだった。対するハンザは、最初こそその老婆の気迫に押され、渋々何通りかの服に袖を通したが「……どうも、違う……」のである。その内、着替えては姿見を見るという繰り返しが馬鹿らしく感じ始めたハンザは、
「もういい! 普段通りで行く!」
と言い放ったのだが、そこに先程の老婆の言葉があったのだ。語気は強いものの後半は涙声の老婆の言葉に、我を張り続けることが出来なくなり、結局この服を選んだのである。白いブラウスは胸元が閉じていて下品で無いし、腕に数か所ある刀傷も長い袖で隠せるため、何とか納得出来る格好となった。
「これで良し!」
と気合いを入れて、愛剣を鞘に納めた剣帯を掴むと腰に巻き出すハンザを慌てて老婆が止める。
「何をお考えですか、お嬢様!」
ハンザとしては、足元がスカスカする上に厚みの無い上着を着ているため「せめて剣は持っていたい」のだが、老婆は当然却下する。そして再び、
「女の武器は……」
と言いだしたので、「分かった、わかったって!」とそれを遮り。護身用の細身の短剣をスカートの中でストッキングを吊り上げるガーターベルトに固定することで妥協したのだった。そして、「ご武運を」と言わんばかりの老女に送り出されて、デイルの指定した店に着いたのであった。
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「……デイルさん……」
アーヴの声でハッと我に返ったデイルは、席を立つとハンザを出迎える。ユーリー達三人は、その場で起立している。ハンザが六人掛けの丸テーブルまでやってくると、ややぎこちない動作ながら椅子を引きハンザを着席までエスコートする。
「き、今日は、ご相伴に預かるぞ……」
と言うハンザに。
「ご、ご一緒できて光栄です」
と言うデイル。二人の様子で何か察したのはアーヴだった。
(見ていて、こっちが恥ずかしくなるな)
それっきり、目を伏せて話しが続かない二人に何か決心したようなアーヴが喋りだす。
「ハンザ隊長ですね、始めまして。アーヴと申します。今日は無理を言ってついて来てしまいました。私達も店に着いたばかりで、まだ何も注文していませんので宜しければ僕達で注文したいのですが。デイルさん宜しいですか」
かなりハキハキとした口調で言うアーヴに、デイルは「あ、あぁ。そうしてくれ」と言う。アーヴは、すかさずヨシンからメニュー表を取り上げると給仕にスラスラと注文を伝えるのだった。
しばらくすると、テーブルに飲み物が運ばれてくる。陶器製のデカンタで運ばれてきた発酵の浅いワインはハンザとデイルの杯に注がれ、小滝村産の桑の実を煮詰めたジャムを水に溶いた飲み物が、ユーリー達三人に出された。それに合わせて、鴨肉の燻製をスライスし、夏野菜と共に盛り付けた冷菜が運ばれてくる。五人は其々の杯を持って乾杯すると、鴨肉に真っ先に手を伸ばそうとするヨシンをアーヴが喰い止める間に、大皿に盛られた料理を、ユーリーがハンザ隊長とデイルに取り分ける。取り分けられていく鴨肉を見つめるヨシンは、左右のユーリーとアーヴを恨めし気に睨む。その様子が面白かったのか、ハンザが吹き出すように笑う。それに釣られるようにヨシン以外の三人も笑いあう。
アーヴの頼んだ料理は、冷菜、スープ、魚料理、肉料理である。特に順番の指定まではしなかったが、店側が理解したようで、コース料理の順で供された。芋と豆類を裏ごししたとろみのあるスープと共にパンが出され、続いて、これも小滝村産だろうか、鱒のパイ包み焼きが出された。鱒のパイ包み焼きは、デイルがサッとナイフで切り分けハンザの皿に載せると、それを受け取ったハンザがニッコリと微笑み返す。大振りの鱒を玉ねぎのスライスと香草の上に置きパイ生地で包んだ品は、口に含むと、玉ねぎの甘みと香草の香りが良く引き立っていて、後から塩気を効かせた鱒の味が追いかけてくる逸品であった。
育ちの良いハンザは上品に料理を口に運び、その仕草を横目で見ながらドギマギするデイルは、なるべく粗相が無いように努める。品の良さとは無縁のユーリーとヨシンはあれこれと話題を変えながら喋りつつ料理を頬張っており、態度を決めかねたアーヴは下品になり過ぎないように気にしながらも、二人に調子を合わせる。
「あー、俺もデイルさんの活躍を見たかったなー」
そう言うヨシンは、イノシシ肉のグリルに齧り付く。二年前の樫の木村襲撃事件の話をしているようだった。ヨシンら村の子供達は各自の家の戸締りをしてじっとしていたので、外の様子を見ていないのだった。
「僕も、熱出して寝込んでなかったら見に行ってたのになー」
とは、どこか
「あの時は、本当に肝を冷やした。村に突入すると坂の途中でフラフラになりながら敵を喰い止めているデイルを見つけて……」
と言い掛けて、恥ずかしくなって途中で話すのを止めてしまうハンザである。とても「我を忘れて、敵中に突撃した」とは言えない。騒動が終わったあと、当時のパーシャ副長から散々小言を言われたのは嫌な思い出である。
「ハンザ隊長には、命を助けられました」
と神妙に言うデイルは、記憶が定かでは無く覚えているのは、馬上から自分を叱咤する女神のようなハンザの姿だけである。
「命を助けたなど、そんな大げさなものじゃ……」
デイルに感謝されると、口元が緩んでしまうハンザであった。酒が少し入ったせいか、緊張がほぐれたハンザとデイルは打ち解けたように会話が弾んでおり、先ほどからハンザの言葉も普段の堅いものから、柔らかい女性の言葉に変っている。その様子を見取ったアーヴこと若君アルヴァンは満足気に微笑むと、ユーリーとヨシンを真似てイノシシ肉のグリルに齧り付くのだった。
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二時間弱の食事を終えたユーリー達一行は、満足気に店を後にした。時刻は六時半を過ぎた頃だろうか、辺りは夕焼けに染められている。一般的には早い時間で食事が終わった訳だが、新兵達を夜遅くに城に返すわけにもいかないし、ハンザも騎士とは言え年頃の女性である。デイル自身も夜に飲み歩く習慣が無いため、この時間帯にお開きとなるのは自然な事であった。
「セキレイ亭」の路地を表通りに向けて進む一行は、ユーリーとアーヴを先頭にハンザ、デイル、ヨシンの順に並んで歩いている。ヨシンは、デイルにもう一度稽古を付けて欲しいと頼み込んでいるようだった。
路地を進む一行は、ハンザが大通りに出たという所で、ふと背後に気配を感じてデイルとハンザが路地の奥へ振り返る。釣られるようにヨシンも振り返ると、そこには、何処から湧いて出たのか、見るからにガラの悪そうなごろつきが六人程固まってこちらに近付いて来るところだった。
「イイ女連れてるじゃないか」
「よお兄ちゃん、俺達にも分けてくれよ」
そう口ぐちに品の無い言葉を発しながら、近付いてくるのだが、勿論そんなことで驚くようなハンザでは無い。「無礼者!」と腰の剣を抜こうとするが、そもそも今日は剣を持っていない。うっ、と言葉に詰まるハンザをそっと大通りの方へ押し返すように片手で制するとデイルが口を開く。
「貴様ら、早く立ち去らぬと怪我をするぞ……」
普段のデイルからは想像出来ない冷たい口調である。一方のハンザは、それほど強く押された訳でもないのに二歩三歩と後ずさる。デイルが制止するために出した手が、偶然ハンザの形の良い胸を押す格好となったからだった。デイルは目の前のごろつき共に集中しているため、気付いていないようだが、ハンザは場合も|弁(わきま)えず胸がドキドキするのを覚える。
「あれぇ、どうしたの?」
そんな路地の様子に気付いていない、ユーリーとアーヴの呑気な声が聞こえる。一方のごろつき共は、立ち去る気配も無くいつの間にかその手には短剣やこん棒が握られている。
(しかたないな!)
そう思うと、デイルは愛剣のバスタードソードに手を掛けた。
ガラガラガラガラッ
そして、まさにデイルが剣を抜こうとしたその時、大通りを走っていた荷馬車が不自然なほど路地の一行に近付いて停まる。幌の掛けられた荷台から数人の男が飛び降りてくると、路地の奥に気を取られている一行に飛び掛かってきた。
「え?」
肉薄する異変に気付いたハンザだが、あっと言う間に頭の上から大きな麻袋を掛けられると混乱の内に当て身をくらい意識が混濁する。肩に羽織っていた青いショールが地面に落ちた。
「なに!?」
背後の異変に気付いたデイルが振り返ると、ハンザとアーヴ、ユーリーの三人にそれぞれ麻袋を被せた男達が、それを荷台に放り込み走り去る所だった。
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