Episode_02.12 三人の新兵
翌日も良く晴れた日だった。起床時間を迎えた新兵達は短い休暇に其々の目的地を目指して朝早く兵舎を出る。城下街や近隣の村から来ている大半の新兵は、親元や親戚の家を目指すのであろう。一方そう言った場所が無い新兵は、食堂でパンのみの朝食を済ますと各自自由に過ごすのだ。ユーリー、ヨシン、アーヴはそう言った新兵である。ユーリーとヨシンの実家は、ウェスタの街から三日程北に行った樫の木村という小さい開拓者村である。一方アーヴは、いわば実家であるウェスタ城で暮らしているため、既に「帰っている」状態である。
そのアーヴは人気の無くなった兵舎の裏で、御側係りのゴールスと二三言葉を交わしていた。一応、城下街に出ることを誰かに伝えておいた方が良いと考えたアーヴはそのことを伝えるが、一連の出来事の深層部を知らないゴールスは「それは、ようございましたな」とニコニコと答えるのみであった。
休日になっているのは、新兵だけでなく領兵団全体である。したがって、今日は普段よりも城内の人気が少ない。新兵や城詰めの兵士の為に食事をつくる厨房も今日は朝早くに朝食用のパンを準備したきり、翌朝まで休みである。そんなガランとした厨房で、一人調理器具を磨いているのは、セガーロという大男である。すると、裏の勝手口から一人の老人が入ってくる。人の良さそうな老人は、セガーロと同じく臨時で採用された城の下男である。老人は勝手口をくぐると大男に声を掛ける。
「精がでるのう。そっちを本職にしたらどうじゃ……」
大男はそれを無視して作業を続ける。無視された格好の老人は人の良さそうな表情のままで続ける。
「ザクアの連中が動いておるようじゃのう……」
数日前、城内に侵入した者を尾行した老人は、その者の素性を大体推測していた。その言葉に作業の手を止めた大男が言う。
「爺さん、今日は休みじゃなかったのかい?」
「儂らの仕事に休みはなかろう……若君が城下へ出るようじゃ。儂はついて行くつもりじゃが、お主はどうする?」
「元気な爺さんだな。心配だから俺も行くよ」
そう言うと、磨き上げた鍋を棚に戻す。この二人はアント商会の密偵である。元々の素性は様々であるが、ジャスカー会長直属の部下ギルの右腕として、方々へ諜報・防諜等の裏工作を行っている腕利きの密偵達である。
「ガキが生意気な口を聞くんじゃないよ」
そう言い残して、人の良さそうな老人は立ち去っていった。
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ユーリー、ヨシン、アーヴの三人は正午前に第二城郭の城門を出た。デイルとの待ち合わせ時間には未だ早いが、城下街を見たことがないというアーヴの為に少し早目に城を出たのだ。
三人は第二城郭の城壁を遠巻きに見る丘陵地帯を通り過ぎる。六神教と呼ばれる六柱の神々を祭った神殿や祈祷所が集まった区域だ。アーヴは一応、法の神ミスラの信徒であるが、それほど熱心な信徒では無い。
リムルベート王国においては、一般人には、大地母神パスティナか、富の神テーヴァ、または幸運の神フリギアが人気だ。一方、貴族や騎士、兵士達には法の神ミスラ、戦いの神マルスが人気である。
因みに、ユーリーやヨシンは特定の宗教の信者では無い。貧しい開拓者村の村人にとっては、宗教よりも明日の暮らしがより切実であり、従って信仰心と無縁に育ってきたのである。そんな三人にとって、神殿のある区画は退屈なもので、早々と切り上げると商業区へ向かうのだった。
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整備された大通りに各種の商店が立ち並び、それらの軒先には別の行商が店を出している。行き交う人々も多く、それらの人々を相手に食べ物を売る屋台も多く出ている。屋台の中には、昼は商業区、夜は船着き場と場所を変えながら商売する者も多い。通りの喧騒の中、朝食がパンだけだった三人は、鶏肉の串焼きの香ばしい匂いを察知すると自然とその匂いの元を探す。やがて三人は、大き目の肉を三つ串刺しとして炭火で焼く屋台に辿り着く。
屋台の前には「串大一本小銅貨三枚」と商売気無く書いてある。行き交う人々の邪魔になるのも構わずに、串焼きを見つめる三人に気付いた店主は、喰い逃げを警戒してかチラチラと三人を気にしている。そのうち、中々買う素振りを見せない三人に屋台主はしびれを切らし大声で言う。
「ガキども、商売の邪魔だ! 買うなら買う、買わないなら買わない。さっさと決めろ! 匂いだってタダじゃねぇんだ!」
結局小銅貨三枚に幾らか足して、串一本とうす焼きのパンを三つ買い求めた三人は、肉をパンに挟んだ即席のサンドウィッチを三つ作ると、道端に座ってそれを頬張っていた。塩だけの味付けだが、炭火焼きされた鶏肉は香ばしく、肉汁がパンに包まれる事で余すことなく食べることが出来る。
(おいしいなぁー)
としみじみ思うアーヴは、この頃になるとユーリーやヨシンの様な仕草が板について来ている。
そして、軽く腹を満たした三人は立ち並ぶ商店を順に見て行く。大柄で体格の良いヨシンが人混みをかき分けるように進み、その後ろをユーリーとアーヴという、どこか背格好が似た二人が続く。大通りには、日用雑貨を取りそろえた店や、薬草を取り扱った専門店、衣服を仕立てる店の隣には、衣服に使う生地を売る店もある。ちょっと値の張る貴金属を取り扱う店の前には屈強な門番が立っており、油断無い視線を通りに向けているが、その隣の鍋釜などを売る店では、店主が客の呼び込みに声を張り上げている。
そんな雑多な商店の中で、新兵三人の興味は自然と武器を取り扱う店に向けられる。店の一つは正騎士団の騎士が出入りするような高級品や一点物を作る店であり、通りから店の中を覗こうとした三人は敢え無く追い払われてしまった。次の店は、中古品や普及品を多く揃える店で、店の中に入りやすそうな雰囲気を醸し出していた。大き目の入り口から中を覗くと、何人かの客が店内にいるのが見える。
「いらっしゃい! お城の兵隊さんだね。どうぞ見て行って下さい」
丁度、店の外に出てきた店主と思しき男は、鍛冶師のような前掛けをして筋骨逞しい中年だ。厳つい顔に商売人の愛想を浮かべた彼は三人の格好を見ると、店内に誘導する。
店内には、ところせましと剣や斧に槍といった武器が並べられている。壁に掛けられている商品は新品のようだが、店内に居る客達は棚や篭に無造作に積み置かれている中古の武器を物色しているようだ。旅人や、少し離れた所に農地を持つ農民、一人歩きの多い商人らは自衛用に武器を携える者が多いので、そう言った品質には拘らないが取敢えず持っておきたいという人々に需要があるのだろう。そんな中ヨシンは壁に掛けられた一振りの大剣を見上げている。
「金貨八枚……かぁ」
そう呟くと、溜息を吐いている。流石に普及品であっても、金属を多く使う大型の剣は高価である。見渡すと中古品の中にもそのような大型の剣は無かった。一方のアーヴは
(うーん、程度はバラバラだなぁー値段なりかな?)
と思うのだった。握りの巻き革が傷んでいたり、鍔の固定がおかしかったりする商品が多い。それらをシッカリ直したら、他の普及品を新品で買うのと余り値段の差は無いと感じる。
一方、ユーリーは店の隅に置かれている弓を手にとって、引く重さを確認している。故郷の樫の木村を出る時に贈られたショートボウは当時のユーリーには重過ぎて引き切れない物だったが、今では何とか引くことが出来ている。その弓に比べるとどれも粗末な造りであり、値段も「銀貨十五枚から」となっている。大半が埃を被っているのは、店の客層が弓を求めない客層だからだろう。元々弓矢を操るためには、長い訓練が必要になるので、専門兵や狩人で無い限り街の武器屋で弓矢を買い求める客は少ないようだ。
三人とも色々と物色したが、元々何かを買うために訪れた訳ではないので、結局何も買わずに店を出ることになった。
「剣って意外と高いんだなー」
と言うヨシンに、アーヴが
「でも、哨戒部隊に配属になったら兵士の武器は支給でしょ?」
と言うが、ヨシンは頭を振って否定するように言う
「兵士になるのが目的じゃない。俺達は騎士になりたいんだ」
騎士の武器や一部の装備は自弁である。なんとも気の早い話だが、騎士になると信じているヨシンは、今から揃える武器の金額を心配しているのだった。
「ハハハハ、ヨシンは気が早いな、そんなの、兵士をやりながらお金を貯めればいいだろ」
心配するヨシンを可笑しそうに、ユーリーが笑う。
「デイルさんだって、騎士になったのは二十二歳だよ、僕らまだ七年はあるよ」
「そ、そうかなぁ……」
デイルと比較してみるユーリーに納得したのか、していないのか、歯切れの悪いヨシンであった。
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商店街を中心に城下街をぶらついた三人は、約束の時間通りに繁華街の入り口にある噴水を設えた広場に到着する。船着き場に続く大通りは交通量が多く、今も引っ切り無しに荷馬車や荷車を押す人々が行き交っている。この大通りは繁華街を突っ切ると、船着き場へ続いており、一番大きな桟橋前で南北に繋がる街道と交差している。河川と陸路の交差するウェスタの城下街でも最も賑やかな場所である。
待ち合わせで使われる事の多い公園には、人待ち顔の人々が思い思いに過ごしている。そんな人々に交じって待っていると、待ち合わせ時間に少し遅れてデイルが姿を現した。流石に鎧は身に着けておらず、ズボンと綿のシャツの上から袖の無いスウェードのベストを羽織り、剣帯には愛用のバスタードソードを吊るしている。全体的に黒っぽく色彩に乏しい格好だが、如何にもデイルらしい格好と言える。
「すまん、少し遅れた」
そう言うデイルは走って来たのだろう、すこし頬が上気している。実際は、家を出る間際まで、どんな格好で行くか迷いに迷い。思い余って鎧を身に着け始めたところで、母親に笑われ、今の格好に落ち着いたのだった。
合流を果たした四人は、大通りを繁華街へ入っていく。ハンザ隊長は後から合流すると言う事だったので、先に店に入って待っていようという事になったのだ。流石に時間が早いため、酒を中心に出す店はまだ開店前だが、食事を中心に酒も飲ませる程度の店は既に開いている。
夏の夕暮れは遅く、まだ辺りは明るいが、それでも道行く人々の雰囲気は昼間の商店街とは少し違ってくる。ユーリーもヨシンもこの一帯に足を踏み入れるのは初めてであったので、アーヴと合わせて三人の少年兵はキョロキョロとあっちこっちを見ては
「あれはなんだ?」
とか
「このお店……何屋さん?」
とか言い合っている。
そうてしばらく大通りを進むと、一本路地を入って直ぐの所が目当ての場所であった。
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