Episode_02.09 若君様と少年兵


 夕食が終わると新兵達は各部屋に戻り消灯までの時間を各自で過ごす。四班の大部屋では、いつも通りに魔術書を読むユーリー、ベッドに寝っ転がって他の新兵達と話しているヨシン、そして窓の外をぼんやり眺めているアーヴの姿がある。既に暗くなった窓の外を眺めつつ、どこか憂鬱な表情のアーヴは、ふっと窓際から離れると部屋の出口へ向かう。


「おい、アーヴ。何処行くんだ?」


 そんなアーヴを見てヨシンが声を掛ける。


「あ……いや、ちょっと外を歩こうかと思ってね」

「ふうん、あ、そうだ! ユーリー!」

「ん、なに?」

「ちょっと……」


 と言いつつ、ベッドを起き上がる。ヨシンは部屋の出口で呼び止められたままのアーヴとユーリーを連れて部屋の外へ出た。


「俺と、アーヴは一対一の引き分け状態だから……」

「特訓しようって言うんでしょ。分かってるよ」


 と応じるユーリー。何のことか分からない風のアーヴを伴って屋内訓練場へ向かって行く。


 夜の暗闇に閉ざされて本来無人の筈の屋内訓練場だが、今はユーリーの灯火の術による光の下で三人の新兵が『特訓』を始めようとしていた。何のことか分からなかったアーヴは少し警戒していたが、屋内訓練場まで引っ張って連れて行かれ、ユーリーとヨシンがテキパキと木剣と円形盾を取り出して準備し始めたので『特訓』の意味を悟った。


「こんなに暗いと何も見えないよ」


 と言うアーヴに、ヨシンが


「じゃぁ、ユーリー先生お願いします」


 と茶化し気味にユーリーに声を掛ける。ユーリーは一瞬ヨシンを睨んだ後、灯火の術を発動させた。光の玉が、彼らの頭の直ぐ上辺りで光を放つ。


「えー、ユーリーって魔法使えるの!?」

「うん、ちょっとだけ。お爺ちゃんに教えて貰ったんだ」

「へー、凄いな」


 と感心気味のアーヴに、なぜかヨシンが偉そうに


「明るくなるのだけじゃなくて、強くなるやつと、怪我が治りやすくなるやつも使えるんだぜ!」


 と胸を張る。


「へー、ホント凄いな」


 何故か、ヨシンの方を向いて感心するアーヴ。


(そっちじゃないよ!)

と思いつつ、ユーリーが続ける。


「でね、身体能力強化フィジカルリインフォースを片方に掛けて、普段より強くして、稽古するんだけど……」


(ほんと、こいつら訓練馬鹿だな……)

と日中に感じた認識を再確認するアーヴであった。


「二人とも、毎晩こんなことやってるのか?」

「いやいや、流石に毎晩やったら身体が持たないから、週に一回か二回くらいだよ」


 と答えるユーリーは、


「あ、そうだ。魔術使えるってのは、みんなに内緒でお願いね、アーヴ」

「あ、あぁ。わかったよ」

「じゃぁ、始めようぜ」


 ユーリーは先ず、ヨシンに強化術を掛けて対峙する。アーヴは最初見学である。


 強化術を掛けられたヨシンは、盾を構え、得意の間合いに入ると盾を前面に構えてユーリーに向かって突進する。対するユーリーは、先日アーヴが見せた受け止め方を実践してみる。


ゴンッ!


 ヨシンの盾が、ユーリーの盾に衝突する瞬間、これまでは跳ね返そうと力を込めて受け止めていたユーリーは、スッと半歩下がる。流石に強化された突進の威力は半歩では吸収し切れずに、一歩、二歩と押し込まれてしまうが、そこで止める事ができた。今まで吹っ飛ばされていた事を考えると大きな進歩だ。


 逆に、突進で相手を弾き飛ばせなかったヨシンは驚きつつも、右手の木剣をユーリーの盾越しに上から突き入れる。一度はユーリーにかわされるが、二度三度と次々に突きを繰り出すヨシンに溜まらずユーリーが距離を置くように後ろに下がる。


(よっしゃ!)


 下がった相手を逃がさないヨシンは一気にユーリーに追いすがると、体勢の整っていないユーリーに盾を打ちつける。


バシィ


 流石に、この一撃は受け止め切れずにユーリーは後ろに突き飛ばされると仰向けに倒れ込んだ。


 無言で起き上がるユーリーと、無言で元の場所に戻るヨシン。それを何度も繰り返すいつものペースで特訓は約二十分続けられると、小休憩に入る。


「はぁ、はぁ……アーヴ、次やってみて」


 その様子を茫然と眺めていたアーヴだが、嫌と言うと逃げたと思われそうで


「お、おぅ」


 と返事する。休憩が終わると、ユーリーが強化術をアーヴに掛ける。グッと身体の底から力が湧いてくるような感覚で、身体が軽く動く気がする。


「最初は慣れないかもしれないから、気を付けてね」


 というユーリーのアドバイスである。


 アーヴはヨシンと対峙する。ヨシンは盾を前面に出して防御の構えのようだ。アーヴは昼間にヨシンにやられた戦法をやり返すつもりで、突進する。


「!?」


 もう一歩距離を詰めなければと思っていたが、地面を蹴り出す力が強く、想定したタイミングよりも早くヨシンにぶつかってしまった。


ドンッ


 左脚を前に出し、踏ん張るように相手に盾をぶつけるのが普通だが、アーヴは右足を前にした中途半端な体勢でヨシンにぶつかり、止まり切らずに左脚を押し出す力でヨシンを突き飛ばしていた。


「え?」


 自分でやっておいて、驚いているアーヴである。目の前では突き飛ばされたヨシンが起き上がりもう一度構える。盾越しに顔がちょっと笑っているのが見えた。


 慣れない強化術を施された身体だったが、術の効果が切れるころには何とか思い通りに動けるようになっていた。その間、昼間の仕返しとばかりにヨシンを散々にやっつけていたのだった。 ――その後、強化術を掛けたユーリーに同じ様に散々にやられたのだったが―― 強化術を掛けた『特訓』を二回ずつやった三人は、屋内訓練場の中央でぐったりと座り込んでいた。


「アーヴは強いな」


 とヨシン。


「ちゃんと修行してたみたい」


 とユーリー。


 修行していたのは事実である。新兵訓練よりも余程質の高い修行を王都で行っていたのだが。


「二人に比べたら、大したことないよ……」


 アーヴは逆にユーリーとヨシンの二人が凄いと思う。訓練馬鹿だとは思うが、より良くなるように工夫している二人は自分なんかよりもよっぽど凄いと思うのだ。


「僕なんか、全然ダメだよ……」


 そう呟くように言うアーヴに、違和感を感じたヨシンが言う。


「そんな風に言うなよ。これからも友達同士三人で頑張ろうぜ」

「そうそう」


 とユーリーが相槌をうつ。


「友達か……あのな、これ聞いても友達でいてくれたら嬉しいんだけど……」


 アーヴは何事か決心したように、語り始める。


「実は僕、領主の息子なんだ」

「へぇー、何処の領主様?」

「ここの……」


 ユーリーの問いに答えるアーヴは、座っている地面を指しながら答える。


「ここ? えぇ! じゃぁ侯爵様の?」


 驚くユーリーと「はぁ?」と呑み込めていないヨシン、その二人に、「うん」と頷くアーヴ。


「本当の名前はアルヴァン、領主ブラハリーの息子だよ」

「で、で、でも、そしたら、なんで新兵になってるの!?」

「それがさ……」


 これまでの経緯を話すアーヴである。自分の命が狙われている事、黒幕が誰か分からない事、それを探るために『廃嫡』されてウェスタ城に戻されたこと、ウェスタ侯爵の提案で新兵として一緒に訓練している事などは、ウェスタ侯爵中心に皆が知ることである。


「でも、こっちに送られる前に自分で調べていたんだよ。巻き込まれて殺されたと皆が思っている友達だけど、死ぬ前に僕に向かって『ごめん』って言ったんだ。それが気になって、色々調べ回った……でも、それでお父さんと喧嘩になって、今に至るって訳さ」


 アーヴの言う「友達」とは、王立アカデミーの中等科に通っていたアーヴの同級生である。元は子爵家の息子だったが、父親が失脚し自殺したため、母親と二人で細々と生活していた。元々、身分や出自に拘らない性格のアルヴァンは、そんな彼でも遠ざけることなく親しく接していた。性格の合う二人だったのでアルヴァンからすれば、「一番の親友」だと思っていたのだ。


 そんな彼が、「母親が実家の領地に療養のために帰っていて、家にいても寂しいから泊まり掛けで遊びに行って良い?」と聞いてきたのが、あの襲撃事件の前日だった。アルヴァンは喜んで承諾し、翌日親友が家に遊びにきた。夕食を食べ、夜遅くまでアルヴァンの自室で色々と語り合っていたところ、その親友が「トイレに行く」といい部屋を出て行った。出て行ったきり、中々戻ってこない彼を心配したアルヴァンは「家が広いから、迷ったかな?」などと呑気に考えながら、親友を探すため部屋を出た。


 その時、一階の厨房の勝手口から大きな物音と悲鳴、言い争う声が聞こえてきたのだった。慌てて階段を駆け降りた彼が、厨房に入ると、そこには黒っぽい格好した十人程の賊と、血を流して倒れている下働きの老人、それに賊に取り囲まれた親友がいた。賊はアルヴァンの姿を認めると、一斉に切り掛ってこようとする。


 それからの記憶は定かでは無い。賊の一人を後ろから羽交い絞めにするように止める親友。厨房に駆け込んでくる警備の騎士や兵士達。切り倒された仲間を盾に逃げる賊の顔。血を流して倒れる親友。色々な光景が断片的に残っているのだが、その中で強烈に覚えているのが、仲間の死体を盾に逃げて行った賊の、頬と額に切り傷のある特徴立った顔と、自分を護ろうとする騎士の腕の間から見えた血塗れの友人の顔である。その口はハッキリと「ごめん」と動いていた。


 一連の出来事を語るアーヴはいつの間にか、涙ぐんでいた。親友を亡くした辛さと、何も出来ない自分に対する悔しさが滲み出しているような涙である。


「……そんな事があったんだ……」


 それ以上の言葉が見つからないユーリーである。そこにヨシンが怒ったように口を開く。


「……アーヴの友達なら俺達の友達にもなったかもしれないんだな。それを殺した奴らは、俺達にとっても、友達の仇だよな?」

「……そうなるね」


 ヨシンの理論は飛躍しているかもしれないが、ユーリーはそれを敢えて否定しない。


「なら! いつかきっとそいつ等を探し出して仇打ちしてやる! アーヴ、約束だからな!」


 ヨシンの言葉に、服の袖で涙をゴシゴシと拭ったアーヴが


「ちょっと、その理屈は分からないけど、ありがとう!」


 と答える。


「たとえ領主様の息子でも、アーヴは、僕達の友達だよ!」

「そうさ、友達だ!」


 ユーリーとヨシンが口々に言うので、折角拭った涙がまた出てきそうだ。アーヴは鼻声の照れ笑いで。


「ああ、友達だな」


 と答えるのだった。消灯時間はとっくに過ぎている。灯火の術は徐々に明りを弱めると、フッと掻き消え、屋内訓練場は誰も居ない静寂と暗闇に帰っていった。


 影が音も無く、屋内訓練場の屋根から地面に飛び降りる。ユーリー達三人の『特訓』の様子を天窓から盗み見ていた影は、そのまま城壁の内側に近付くと、壁に垂らしてあった黒色の細いロープを掴み、するすると城壁を超え何処かへ消えて行った。本来ならば誰も気付く者は居ないはずの侵入から脱出までの行程であるが、その様子を静かに見守る者がいた。

 

 植え込みの木の陰と同化していた闇がムクリと大きくなり、大小二人分の人影になる。


「爺さん、どうする?」


 大きい影は、隣の小さい影に話し掛ける。


「そうさな、後を付けてみるか……」

「気を付けてな、相当の手練だ」

「フン、ガキに心配されたかぁないね」


 そう言うと、小柄な影は音も無く城壁へ移動すると、ロープも何もない城壁をスルスルと登って外へ消えて行った。その姿を見送ると、大きな影もまた、訓練場の建物の影に溶け込むように消えて行ったのだった。

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