Episode_02.08 命名! 訓練馬鹿


 アーヴこと、若君アルヴァンが新兵として領兵団の教育課程に組み入れられて、早くも十日が経とうとしていた。最初こそ、ぎこちない様子だったが、そこは同じ年頃の新兵が多い上に、ユーリーやヨシンが気さくに話しかけてくるので、徐々にうち解けはじめていた。ユーリーやヨシンにすれば、途中で入って来たアーヴが何となく「自分達とは違う」と直感したものの、自分達が味わった一年前の嫌な思いが胸に有ったので、なるべくアーヴがそういう目に合わない様に気を配っていた。


 年少者ばかりの四班では、ユーリーとヨシンは一目置かれた存在であるため、同じ班の者でアーヴを除け者扱いする者は居なかったが年上の班の者には、絡んでくる者がいた。そう言った場合も、ユーリーとヨシンがスッと間に割って入ると。


「なに?」


 と、ユーリーが年上の新兵を遮るのである。その横にはヨシンが不敵な表情で相手を睨みつける訳でもなく、只「見つめる」のだ。これで、相手が年上の新兵であろうと引き下がるのだ。


 そんな些細なごたごたはあったものの、一旦打ち解けてしまうと、この年代の少年は急速に環境に適応するし、仲良くなるのも早い。そうなってくると、新兵アーヴが中々非凡な少年であることが分かってくる。


 「読み書きそろばん」は難無くこなす上に、難しい行政組織の話しや、西方辺境地方の歴史も一通り学んでいるようで、座学は余裕のようであった。更に練兵訓練での剣の稽古では、ヨシンが舌を巻く結果になった。ユーリーと並ぶと何となく似て見える、何処か線の細い印象のあるアーヴと対峙したヨシンは、他の新兵と当たる時のように若干手加減してアーヴに突進すると、円形盾を打ちつける。


 ユーリーでさえ、完全に受け止める事が出来ない突進だが、アーヴは衝突の瞬間半歩後ろに下がる事により、その突進を受け止め切ったのである。少し驚いたヨシンのほんの少しの隙を付き、アーヴは木剣でその脛を払っていたのだった。いつかのユーリーのように、まともに脛を叩かれた痛みで悶絶するヨシンをそっちのけで、ユーリーは


(ああ、そういう受け止め方があったんだ……)

と感心したのが昨日の出来事だった。


 そして今は、午後の練兵訓練の時間で相変わらず円形盾と剣の訓練である。前回、アーヴに手痛くやられたヨシンは、慎重にアーヴとの間合いを詰める。他の新兵は打込みをやっているのだが、ヨシンとアーヴの組は、さながら剣の試合のようになっている。


 何時ものように徐々に間合いを詰めるヨシンは、自分の得意な間合いに入ると、昨日のように盾を構えて突進する。迎え撃つアーヴも盾を構えると受け止める構えとなる。しかし、ヨシンは衝突する瞬間にサッとアーヴの左にステップすると、木剣をアーヴの左側面に突き入れる。ユーリーが騎士デイルに対して取った戦法の真似である。


 ユーリーほど素早いステップでは無かったが、衝突を受け止める事を意識しすぎたアーヴは意表を突かれる。咄嗟に右へ逃れることで、ヨシンの突きをかわしたが、ヨシンはそのままアーヴの左に回り込みながら、突きを繰り出し続ける。何とか体勢を立て直したアーヴが何度目かのヨシンの突きを盾で受け止めた瞬間


バシィ


 ヨシンの左脚で放った蹴りがアーヴの右脛に決まったのだ。


 その後、痛みで思わず右足を抱え込むアーヴ。やったぜ、とガッツポーズするヨシン。打込みを忘れてそれを見ていたユーリー。三人とも仲良く、練兵場の外周を走っていた。


 打込みの練習中に勝手に別の事をやっていたヨシンとアーヴ、それに「ボーっと」していたユーリーは訓練の監督兵士から怒鳴られると、「練兵場十周」になったのである。三人は木剣と円形盾を持った状態で走っている。


「はぁ、はぁ、アーヴって中々強いんだね、はぁ」


走りながら喋りかけるユーリー。


「昨日のは、油断しただけだぜ、はぁ、はぁ」


 そう強がるヨシン。


「……き、君らが、け、けし掛けて、はぁ、はぁ、くるから、わるいんだぞ、はぁ……」


 答えるアーヴは、ちょっと辛そうだ。


「ねぇ、ヨシン。はぁ、はぁ」

「なんだよ、ユーリー、はぁ」

「この、はぁ、盾と剣持って、はぁ、走るのってさ、はぁ、なんか良いよね」

「そうだ、はぁ、戦場では、はぁ、武器持って、はぁ、走るらしい、はぁ、からな」

(こいつら馬鹿だ、訓練馬鹿……)


 自分のスタミナの無さを嘆きつつ、二人の会話に呆れるアルヴァンであった。


****************************************


 午後の訓練が終わり、夕食の時間がやってくる。初日の朝食の様相にすっかり圧倒されていたアーヴだが、圧倒されても腹は減る。特にユーリーとヨシンの二人と共に行動することが多いため、他の新兵よりも疲れて腹が減っている気がするほどだ。また、慣れとは怖いもので、夕食のテーブルに着いたアーヴは、今や食糧争奪戦に颯爽と参戦してきた手強い勇士となっていた。


 十人掛けのテーブルに九人で座る四班のところに夕食が運ばれてくる。初日はユーリーとヨシンの反対側に座ったアーヴだが、今はアーヴ、ユーリー、ヨシンの順で並んで座っている。自分達で「テーブル同盟」と名付けた協力体制の下、充分な食糧を確保する陣立てである。


 頭脳戦を得意としシッカリと作戦を立てるユーリー、持ち前の突進力を生かし狙った料理は必ず手に入れるヨシン、二人の動きを良く見て、機転を利かせ補助にまわるアーヴ。この三人の食欲に圧倒された四班の他の者達はたまったものでは無い……はずなのだが、実はここ数日で食事の内容が良くなっていた。


 いつも腹いっぱい食べていた上、味に頓着しないユーリーとヨシンには自覚が無いが、全員が腹いっぱい食べても余る量が準備されるようになったのである。それでも、人気不人気の差は出る。今まさに食事開始の合図が鳴り、飢えた新兵達は一斉に皿の食事に手を伸ばすのだった。


 開戦の合図とともに、先ずユーリーがパンの篭に手を伸ばす。パッパッパッと片手で二つの黒パンを掴むと素早い動きで三つの皿に投げ込んで行く。一方のヨシンは、とにかく肉の確保を優先する。豚の肩肉の塩漬けを賽の目状に分厚く切って、玉ねぎ人参と共に窯焼きにした物が目標である。それがたっぷりと盛られた木の鉢に突き立っている大き目の匙をサッと掠め取る。対面の少年兵が同じく伸ばした手が空を切った。


 ヨシンが三人の皿に肉料理をよそっている間、アーヴが状況を分析する。残るは二皿、マッシュポテトと青菜の塩ゆでである。


(青菜は人気がないので、急ぐ必要は無い。マッシュポテトは嵩増し需要で毎回無くなる……ならば!)

「あれ、今日の青菜いつもと違うな!」


 アーヴの声にマッシュポテトに手を伸ばしていた少年兵が一瞬青菜の皿に目を遣る。


「なんちゃって!」


 アーヴはその隙に、マッシュポテトの主導権を握ると、悠々と三人分取り分ける。


「しまった!」


 アーヴの策に嵌った、少年兵が悔しそうな声を上げる。結局は全員にちゃんと行き渡るのだが、要領が悪いと青菜の塩ゆでが多めになったり、マッシュポテトだけになったりと、食事の質に問題が出てくる。


 アーヴは、相変わらず酸味と塩分のキツい黒パンを半分に千切ると、マッシュポテトをたっぷり塗りつけて頬張る。獣脂のコクのある味は以前と同じだが、程良く塩気が抑えられ、黒パンの塩気とぴったり合っている。更に驚いたことに、マッシュポテトには豚の皮を油でカリカリに揚げた物が混ぜ込まれており、食感にアクセントを加えていた。


(これは……普通においしい……ぞ)


 それを咀嚼しながら、豚肉と野菜のグリルにも手を伸ばす。ゴールスが見たら


「若、はしたない!」


 と怒られそうだが、今のアーヴにはどうでも良い。パンと芋が一体となった物を飲み下すと、塩漬け豚肉を玉ねぎ人参と共に口に放り込む。口に含んだ瞬間、ニンニクのパンチが有る香りと、穏やかな香草の香りが混然となり鼻に抜ける。


(これも……おいしい……)


 アーヴは困惑する。今朝まで食べていた物は、空腹を満たす食糧、であり、味わう料理、では無かった。それが、


(なんだ、この変りようは……)


 流石に、アーヴ以外の者も違いに気付く。アーヴの隣では、青菜の塩ゆでを口にしたユーリーが「あれ?」と言っている。


「ヨシンさ、騙されたと思って青菜食べてよ。なんかおいしいから……」


 対面の新兵達も、「今日のは、おいしいね」と言い合っている。他のテーブルも同じようだ。食事時間に有りがちな騒然とした雰囲気が「おいしい」と言い合う和やかな雰囲気に変っている。


 厨房の奥から、その様子を見守る者があった。黒髪を後ろへ撫でつけた大男である。その隣では、古参の調理兵と下働きの者達が、手拭いを握り締めて感激している。ここ一週間ほど前から、城の主計課に新兵への食事を増やすように命令された調理兵は、「只でさえ忙しいのに」と不満気に仕事をしていた。そこへ、今日の昼前にこの大男がやって来たのだ。


「セガーロだ、調理担当の臨時採用で来た」


 と言葉少なく語る彼に、「こんな時に素人寄越しやがって!」と憤慨したが、その厳つい体格と冷たい目線に黙らざるを得なかった。


 しかし、一旦夕食の準備が始まると、セガーロという新人は圧倒的なナイフ捌きや、繊細な味付け、香草のあしらい等の洗練された調理技術で古参の調理兵や古くから働いている下働きの者の目を釘付けにしたのだった。


 感動した様子で食堂の光景を見守る厨房の面々をチラッと見たセガーロは、無言で勝手口の方へ歩いて行く。


「お、おい、あんた!」


 調理兵に呼び止められて、セガーロが振り向く。


「あ、あんたのお陰で料理人を志した頃の気持ちを思い出せたぜ。明日からもよろしくな!」


 セガーロは軽く右手を上げ、返事の代わりにすると、勝手口を抜けて外へ出て行ったのだった。


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