Episode_02.07 アント商会 密偵部



「はい、次の人中にはいって」


 やる気の無い声で、廊下に繋がる扉へ声を掛けるのは事務官のセドリーである。つい昨日、突然家宰ドラウドに呼び出されると、


「調理員と雑用係りの人手が足りないということだ。追加の人員採用を急いで行ってくれ」



 と申しつけられた。そんなに人手不足だったか?と訝しく思ったが、家宰直々の申し付けであるため、早速募集の張り紙を出そうとしたところ、今度は


「募集は、ここの口入れ屋を使うように」


 と指示されてしまった。指示されたのは、ウェスタの城下街でも大きな口入れ屋でアント商会の傘下の店であるが


(口入れ屋を使うと、手数料分余計に支払いが増えるじゃないか……)


 と、不満に思う。余計な出費は結局自分の所に、来年の経費削減計画として跳ね返ってくるのだ。しかし、上役には逆らえない役人の悲しさで、その口入れ屋へ照会すると、


「丁度良い者がおります」


 とのことだった。それで、朝から面接しているのだ。募集二名に対して、「丁度良い者」として二名紹介されたので、面接などしなくても良いのだが、ここは何事も手順通りに勧めるのが役所仕事、いやセドリーの意地であった。


 最初の者は、雑用係として雇い入れることになるだろう。白髪の人の良さそうな老人であった。なんでも、最近まで王都リムルベートでさる伯爵家のお屋敷に奉公していたが、年季明けでウェスタに戻ったとのこと。戻っても特にすることが無いとのことで、口入れ屋に登録したという。身元保証書によれば、身元はシッカリしており、雇い入れても問題無いと思われた。


「次の人、いないの?」


 セドリーが扉の向こうに二度目の声を掛けると、扉が開き大男が入って来た。背が高く胸板も厚い。後ろに流すように撫でつけられた黒髪と、顔の割りにちいさな瞳、顎の張った意思の強そうな口元である。大男は部屋に入ると、面接者用の椅子の横に立って両手を臍の辺りで組む。


「あのー、兵士の募集じゃなくて、コックの募集なんだけど、お宅さん分かってる?」

「ああ、わかっている」


 そう言うと、スッと頭を下げる。


「あっそ、じゃ座って……お名前は?」

「セガーロだ……」

「はいはい、セガーロさんね。以前のご職業は?」

「特殊部隊だ」

「はいはい、調理兵だったのね。特技とか有りますか?」

「大体の事はこなせる」

「成るほどね、調理の腕に自信あり、と」

「明日から働けますか?」

「今からでも大丈夫だ……」

「いや、それだとこっちも準備出来て無いので、明日の朝から来てくださいね」

「わかった」


 そう言うと、大男は部屋を出て言った。


(……なんか、変なのが来ちゃったけど……まぁいいか)


 そう思い、セドリーは書類を纏めると哨戒騎士団の詰め所を出て、家宰ドラウドへ報告のために第一城郭へ向かう。


 詰め所を出て兵舎の間を抜けていくと、中年の兵士と出くわした。先日ユーリーに書類を押し付けた中年兵士である。


(あちゃ、面倒臭いのに会っちゃったな)


 中年兵士は、セドリーへ近付くと、


「何やら、臨時の募集を掛けているようだが、そんなに予算が余っているのかね?」


 と話しかけてくる。


「いやいや、家宰ドラウド様の直々の御命令ですよ」

「ふん、お偉方の考えている事は分からんな……」


 そう言いながら、セドリーの持つ書類をチラチラと見ている。


「あの、なんですか?」

「貴様は聞いているか? 最近入って来た新兵だが、侯爵の孫のアルヴァンだという噂があるが……なんでも、勘当されて王都を追い出されてきたらしいな」


 確かに、そのような噂があるのは事実である。実は、セドリーはそのことを直接聞いていたのだが、家宰ドラウドから関係者に強く緘口令が出されているのだ。


(まぁ、内容が内容だけに、漏れた後に緘口令を出しても効果が無いだろうな)


 とその時は思ったが案の定、こんな年齢だけで上役についている無能にも噂として伝わっているとは、失策だと思う。


「さぁ? そんな与太話に付き合っておられませんな。それでは、私は急ぎますので、これにて」


 噂話は無視して、そう言うと、セドリーはその兵士の脇をすり抜けて小走りに立ち去っていった。中年の兵士は、その後ろ姿を見ながら、ニヤリと口元を歪ませるのであった。 


 その日の午後、ウェスタ侯爵の執務室には、若君の御側係りゴールスが居た。ついこの間までは、この世の終わりのような悲壮な表情をしていたのだが、今は元気を取り戻したようで血色の良い顔色をしている。


「いやはや、大殿様のお見立てには、恐れ入りました。正に慧眼! あんなに塞ぎ込んでおりました若君が、楽しそうに過ごされるのを見ることが出来るとは……」


 としきりに感激しているのだ。


「ははは、若い頃と言うのは、落ち込む事が有っても、何か別の事に打込むことで忘れることが出来るのじゃよ。若さの特権じゃ」

「しかし、若君の御相手をされているあの二名……ユーリーとヨシンと申しましたな。中々に見込みのある若者のように見受けました」


 と言うゴールス、若君の様子を陰ながら見守る事を最近の日課としているようだ。


「ふむ、ユーリーとヨシン……何処かで聞いたような?」


 そう答える侯爵ガーランドは家宰ドラウドを見る。


「ああ、昨年春に哨戒騎士団長のヨルクが言っておりました二名ですな。なんでも年齢が基準に満たないが、見込みが有りそうなので入れても良いかと聞いて来ておりました」

「ああ、その二人か、確か元騎士のヨームが村長しておる樫の木村の出だな。賢者メオン老師の養子であるとか」

「ユーリーの方でございますな。先日どういう訳か、領兵団の予算書を届けにこちらへ来ておりましたが、書類の間違いを指摘するとその場で直して行きましたよ。新兵を小間遣いの代わりにするとは、見下げた根性の者がおると憤慨しましたが、それですっかり毒気を抜かれてしまいました」


 そう言うドラウドは頭を掻く仕草をする。それにゴールスが続ける。


「もう一人のヨシンとかいう者、哨戒騎士の手練と訓練で立ち合い、顔面を負傷したと聞きました。手練の騎士相手に中々の勇気の持ち主かと」

「ほうほう、大した者じゃな、その二人ともは」


 ガーランドも関心を示す。


「ゆくゆくは、いずれ若君が王都へお戻りの際はご学友として一緒にお連れになっては……」


 そう言い掛けて、ゴールスの顔から笑みが消えていく。ウェスタ城に滞在して既に一週間、王都を離れて十日間になるが、依然としてブラハリー周辺から『廃嫡』取り消しの知らせは無いのだ。


「まぁまぁ、若君もご機嫌良く過ごされているようですから、ここは気長に待ちましょう」


 ドラウドにそう言われ、「はい」と力無く頷くゴールスであった。


「失礼します」


 会話の途切れた執務室に外の警備兵から声が掛る。


「なんだ?」

「アント商会の方がお見えですが、お通ししても良いですか?」


 アント商会と聞き、ドラウドは扉の外に向かって言う。


「お通ししろ」


 そして、侯爵の方へ向き直ると


「それでは、私どもは退室致します」


 と言い執務室を出て行こうとするが、ガーランドがそれを呼び止める。


「ああ、待て待て、ドラウドは残れ。ゴールスは、余り思い詰めるなよ。ゆっくりと休んでおれ」


 アント商会の遣いの者は、一見何でもない商人の様な服装格好で執務室にやって来た。執務室に入ると、侯爵ガーランド以外に家宰のドラウドの存在を認めると、何か問い掛けるように侯爵の方を見る。


「良いのじゃ、これからの都合もあるので、ドラウドにも聞かせておいた方が良いと思ってな」

「左様でございますか、こちらとしては構いません。ドラウド様、アント商会のギルと申します。よろしくお見知りおきを……」


 ギルと名乗ったアント商会の遣いの者は、アント商会の密偵部門を総括する立場の一人であり、今回ジャスカー会長から直々の命を受けウェスタ城下街に潜入している密偵達の取り纏めである。商人然としながら、どこか目付きの鋭い細身の男である。


 逆に困惑した様子のドラウドは、侯爵に問い掛ける。


「大殿様、この者は一体?」

「お前にも話したことが有ったが、アント商会のジャスカー会長とその先代には色々と裏方の仕事を引き受けて貰っておってじゃな、今日はそっちの方面の用事じゃ」

「はぁ、しかし、裏方の仕事と言いますと……ああ! もしや、若君のことですか?」


 流石に察しの良いドラウドである。若君がウェスタ城にやって来てからの一連の流れは、どこか、おかしい、と感じていたドラウドなのである。


「そうじゃ、そうじゃ。流石に察するのう」

「……突然の廃嫡といい、その事が家中の者に漏れた後の緘口令にしても、さらに大殿様が実際にはブラハリー様へ何の執成しにも動かないことを、ここ一週間ほど疑問には感じておりましたので……一体どういうカラクリがあるのかお教え頂けないでしょうか?」


 ウェスタ侯爵とアント商会のギルは、家宰ドラウドにこれまでの経緯を説明するのであった。


「なるほど、ブラハリー様も思い切った策をお認めになったものですな……」


 当然『廃嫡』の件に関するドラウドの感想である。


「さて、ギルとやら、何か動きが分かったので出向いて来たのじゃろう?」


 ドラウドが納得したところで、本題に移ろうとする侯爵に促され、ギルが説明を始める。


「まず、仰せつけられた護衛の者ですが、手の者を城内に二名配する手筈が整いました」


 えっ? という顔をしてドラウドが侯爵を見る。


「そうかそうか、ドラウドは仕事が早いのう」


 実際早く仕事に掛ったのは部下のセドリーであるが……ギルが続ける。


「若君が城に戻られて一週間ですが、色々と分かりました。まず、ノーバラプールの賊一味がご城下に侵入しております。ハッキリとした数は分かりませんが、十名以上が人足寄場や、繁華街の安宿に滞在しているようです」

「ほう……」


 それを聞く、ウェスタ侯爵の目が細められる。


「お城勤めをしているご家中の方々に接触して、若君の動向を探ろうとしているようです」


 これはギルの部下が繁華街で安酒を飲ませる店に張り込み、相手の賊一味が酒を奢る振りをして近付いた務め帰りの城の役人との会話を盗み聞きして得た情報である。


「流石にお城勤めの皆さまは、若君が城に帰られている事や、『廃嫡』されたらしいということは知っておりまして、賊一味の者にも喋っておりました」


 これを聞き、ドラウドは額に手を当てるのだが、侯爵は愉快そうに聞いている。


「そうか、そうか、連中は『自分らの足でその情報を掴んだ』と思っておるじゃろうな」

「左様でございます。先ずは仕掛けの第一段階は完了と言ったところです。しかし……」


 言葉を濁すギルだが、意を決したように続ける。


「未確認情報ですが、裏の世界では割と有名な暗殺集団がこの件を引き受けたという情報が入っております。その者達は中原地方のベート周辺を縄張りにしており、戦場に紛れ込み暗殺や誘拐などの仕事を徒党を組んですることで有名なものなのですが……」

「うむ、政情が安定しない中原地方ならばこそ、そのような輩が今も幅を利かせておるのか……嘆かわしい。ギルよ、良く知らせてくれた。引き続きよろしく頼む」

「はっ!」


 ギルは、侯爵ガーランドとドラウドに挨拶すると執務室を後にして行った。


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