Episode_02.02 近接戦闘訓練


 第二城郭の正門の左奥、正騎士団と哨戒騎士団の建物の裏にある広場は「練兵場」と呼ばれている。新兵だけでなく、哨戒部隊の兵士や騎士、それに正騎士団の面々が日頃の鍛錬に使用する場所になっている。城郭内に有っても広い空間を確保しており、哨戒部隊が二部隊展開し模擬戦が可能なほどである。


 その練兵場に新兵約三十人が集合する。全員使い込まれた革製の訓練着に木製の片手剣ショートソード中型の円形盾ラウンドシールドという装備である。


 新兵の訓練では、しばしば現役の騎士が講義や訓練の監督に刈り出される。休暇中の部隊から隊長や副長、またはそれに準じるベテラン騎士が選ばれるのが慣例となっているのだ。そして今日の午後の訓練を指導するのは、今年の春に第十三哨戒部隊の副長に着任した騎士デイルである。


 デイルは整列した新兵の中に見知った二名の顔を見つけたが、特に何か話しかけるでもなく、厳しい表情で剣と盾を使った戦法について先ず口頭で説明する。次に、盾で防御を固めて間合いを詰めると片手剣で切り付ける、という基本的な動作をやって見せた後で、二人一組を作らせると、交互に動作を繰り返させる。


 しばらく、その様子を眺めると、動作がおかしい者や、ぎこちない動きをする者を指導していく。新兵らは、ユーリーとヨシンを除けば、今年の四月入団であるから、木剣を使ったこういう稽古は四カ月目である。毎日毎日、城郭内を走らされたり、槍や剣の訓練を受けたりしているので、ぱっと見は板に着いてきているようだ。


(ふーん、やっぱり規格外の二年生・・・二人は、別格だなぁ)


 全員を漏れなく観察するように努めるが、視線はやはりユーリーとヨシンの組に向けられてしまう。樫の木村で決闘ごっこをしていた二人は、あれから二年近く経て、かなり逞しく成長している。盾で剣を受ける動作も、逆に剣を盾に叩きつける動作も迷いが無い上に、なにより早い。他の組が攻守を入れ替える間にユーリーとヨシンは倍の頻度で攻守を入れ替えている。


(そろそろ、鼻っ柱を一度折っておいた方がいいな……やりたくないけど)


 デイルはそう決心する。何事も慣れてきた頃が一番危ないものである上、この二人の場合、新兵の中で抜き出ていたとしても、彼らのためにならない。二人とも「騎士志望」であることを充分承知しているデイルならばこそ、ここは心を鬼にして、一度叩きのめしておこうというのである。


「よし! 一旦止め」


 デイルの号令で、新兵全員が打込みを止めると、元の整列隊形に戻る。全員が戻るのを見届けると、デイルは全員に向かい言う。


「次は掛り稽古だ。我こそはと思うものは名乗り出ろ! 俺が相手をしてやる」


(こう言えば、ヨシンあたりが名乗り出るだろうな)


 果たして、デイルの思惑通りヨシンが元気良く名乗り出てくる。


「お願いします!」


 他の新兵達が見守るなか、ヨシンがデイルと対峙する。両者ともに訓練用の木剣と円形盾の装備である。


(ヨシン、頑張れ!)


 訓練なので、大声で応援する訳にいかないユーリーは心の中で親友にエールを送る。一方、ヨシンは左手の盾を前に出して右手の木剣を腰だめに構えると、間合いを徐々に詰めていく。対するデイルも同じような構えであるが、間合いを詰めるヨシンを迎え撃つように動かない。


 ヨシンは、後一歩で攻撃が届く間合いまで進むと意を決したように相手の間合いに飛び込む。飛び込む勢いのまま、自分の盾を相手の盾にぶつけ押し退けようとする。


ゴンッ


 盾と盾がぶつかり合う鈍い音が鳴る。


 勢いを付けたヨシンの突進は、難無くデイルに受け止められる。そのまま、両者はお互いの盾を押し付け合い、力比べをするように一瞬動きを止める。しかし、次の瞬間ヨシンがパッと飛び退くように後ろへ下がった。デイルが右手の剣で、ヨシンの足元を切り払ったのである。


(今のは、見えているんだな)


 盾で押し合うと、どうしても死角が増えてしまう。盾を持った歩兵同士の切り合いでは、その死角をお互いに狙い合うのが定石である。デイルとしては、手加減したものの十分鋭く切り払ったつもりであったが、それをかわしたヨシンに感心する。


 ヨシンは、一旦下がると再び盾を構えて間合いを詰める。それに対して、デイルは左右を入れ替えた体勢で、木剣を前に構え直すとジリジリと間合いを詰めるヨシンに対して逆に向かって行く。


 一瞬で間合いを詰めると、ヨシンの構える盾の左右を打つように矢継ぎ早に斬撃を繰り出す。ヨシンは、左右から繰り出される攻撃を受け止めようと、左手で盾を左右に操る。左、右、左、と続いた後、右を打つと見せかけてもう一度左を打つ。


 簡単なフェイントであるが、ヨシンは右に向けて構えた盾を慌てて左に向ける。この短い間の攻撃で、すっかりヨシンは相手の攻撃を「見る」ようになってしまった。中型の円形盾の使い方としては、間違っているのだが、フェイントに翻弄されたヨシンはその事を完全に失念している。盾を持つ左手に力が入る。そこへデイルが更に左右の攻撃を仕掛けると、ヨシンの意識は左右の攻撃を受ける事に支配されてしまう。


ガンッ!


 次の瞬間、ヨシンは自分の盾の縁で自分の顔面を強打すると、鼻血を出しながら倒れてしまった。左右の攻撃に囚われた所を、正面から盾の上部に鋭い突きを受け、その反動を受け止め切れず自分の盾で自分の顔面を強打するという結果になってしまったのだ。ヨシンは失神しているのか倒れたまま動かない。


「誰か、水を掛けてやれ」


 デイルの声に反応して、新兵の一人がバケツの水をヨシンに掛ける。


「ブハァ!」


 息を吹き返したヨシンに対してデイルが言う。

 

「盾の使い方が成っていない! 相手の攻撃を迎えに行くのでは無く、シッカリ自分の身体を護ることで、相手の攻撃場所を限定するんだ。相手に振り回される位なら、盾など持たない方がましだと覚えておけ!」

「ハヒィ、ふぁかりまひた……」


 そう返事するヨシンは、鼻血を出したまま悔しそうである。


「よし! 医務室に行ってもいいぞ……」


 ヨシンは、首を振ると、他の新兵の列に戻っていく。戻りがけに、チラッとユーリーと視線が合う。


(なんか、昔も似たようなことがあったような……)

そう思うユーリーであった。


****************************************


「次!」


 デイルの声に、流石に応えるものは居ない。散々にやられたヨシンであるが、新兵の中では抜き出て「強い」と思われていたから尚更である。自然とみんなの視線がユーリーに向かう。


「仲間がやられて怖気づいたか? 貴様らは腰ぬけか!」


 この言葉に、流石にムッとするユーリーは一歩前に進み出ようとするが……やっぱり止めた、と直立の姿勢に戻る。しかし、後ろからドンと押されて躓くように前に出てしまった。反射的に振り返ると、右頬から鼻に掛けてを赤く腫らしているヨシンが「お前も行け」と顎をしゃくっているのが見えた。


(……ヨシン、怨むよ……)

「次はお前か、よし来い!」


 デイルと対峙するユーリーは二年前から比べると背も伸び体格も良くなっている。それでもヨシンと比べると拳一つ分背が小さいのだが、デイルと比較すると更に拳二つか三つ分小さい。十五歳としては平均よりも少し小柄な体格である。


 あれから、忙しい訓練の合間を縫って養父のメオン老師から貰った魔術書の勉強も続けており、「加護」以外にも幾つかの魔術を習得している。対峙するデイルの威圧感に、思わずその一つ ――身体機能強化フィジカルリインフォース―― を掛けたい誘惑に駆られるが、何とか思いとどまる。別に魔術の類が禁止されている訳ではない、というよりも「そういう新兵」が想定されていないので、変に目立ちたくないという想いからこれまで訓練中に魔術を使ったことは無いのだ。


 ユーリーは木剣と盾を構えると、間合いを測る。ヨシンと同じようにジリジリと間合いを詰めると、ヨシンがしたよりも更に半歩遠い間合いから勢いを付けて相手の間合いに飛び込む。盾を前面に出した状態でデイルに突っ込むユーリーに対して、デイルは先程のように盾で受け止める体勢をとる。が、


「!?」


 飛び込んだユーリーは、盾がぶつかりあう寸前に相手の左側にステップすると、盾の裏を横から狙い、木剣を突き入れる。対するデイルは一瞬「虚」を突かれる格好になったが、直ぐに持ち直すと、左脚を軸に身体を回転させ盾の裏を狙うユーリーに対して正面を保つ。


ガンッ


 ユーリーの突きは、盾の左端で弾かれるが、ユーリーは構わず相手の左側へ回り込む動きを続けながら、相手の肩口よりも上に対して攻撃を続ける。左脚を軸に回転するだけのデイルに比べ、その左側を狙い続けるユーリーの方が移動距離は長く、次第にデイルの盾の方が早くなり、ユーリーの攻撃は完全に防がれる。その瞬間、不意をついてユーリーは左足で、デイルの足をねらった蹴りを繰り出す。


バンッ


 攻撃の狙いとしては良かったが、ユーリーの一辺倒な攻撃を何かの仕掛けと見抜いていたデイルは、その蹴りを木剣で打ち落とす。脛の部分を木剣で打たれたユーリーは余りの痛みにうずくまるが、その肩口をデイルの木剣が容赦なく打ち据える。


「ウガァ……」


 声にならない呻き声を上げてユーリーはうつ伏せに地面に倒れた。


(あ……やり過ぎたかな……)

と思ったデイルであるが、努めて冷ややかな声で


「不意を打つのは結構だが、技量が伴っていないと痛い目に会うのがオチだ」


 と言い放つ。


 結局、散々にやられたヨシンとユーリーは二人してヨロヨロと練兵場を後にすると哨戒騎士団の詰め所内にある医務室に向かって行った。残された新兵達は、デイルに対する恐怖感に竦み上がりながら素振りや打込み稽古を続けたのであった。


****************************************


 練兵訓練が終わり、解放されたデイルはよっぽど医務室の様子を見に行こうかと思った。最初は、得意になっているだろう二人にキツ目の稽古をして向上心を新たにして欲しいと思っていたのだが、対峙すると「予想以上にヤル」二人に手加減が上手く行かず、結局二人とも医務室送りにしてしまったのだ。


(ヨシンの突進も良いものだったし、ユーリーの連続攻撃からのフェイントも大したものだった)

のである。しかし、ここで二人に会ってしまうと、素直に褒めてしまいそうで、そうなったら折角キツい対応した意味が無くなるような気がする。


 考えながら歩くうちに、デイルは医務室の前まで来ていた。中から二人の他に良く知った女性の話し声が聞こえてくると、デイルは思わず医務室の扉に聞き耳を立てていた。仕方ないことだ、女性の声とはハンザ隊長の声だったのだから。

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