Episode_01.21 光の翼


(これは、無理かもしれないな……)


 さっき倒したばかりの屍人兵のうち三体が起き上がり、再びこちらに向かってくる。ヨーム村長は、闘志がくじかれつつあることを感じ出していた。


 一方、坂の下でも、最初の突撃で倒されたはずの数体起き上がると騎士達との戦いに加わろうとしていた。


「うわぁっ」


 元戦士の屍人兵との戦いにハンザが加わったことにより、有利に戦いを進めていたパーシャはバランスを崩して転倒した元戦士の脳天に止めの一撃を加えようと振りかぶったところに、思いもしない角度から槍の攻撃を受けてしまった。幸いなことに、槍の穂先は鎧の横腹部分で滑り、傷を負う事は無かったが、絶好のチャンスを逃して悪態を付く。


 見れば、先ほど片手を切り飛ばされ、喉元に馬上槍を受け倒れたはずの屍人兵が、右手の手首をぶら下げたままの槍を左手一本で持ち攻撃してきたことが分かる。


「パーシャは大男の方を、こっちは私に任せて!」

「応!」


 ハンザ隊長が、パーシャと片腕の屍人兵の間に割って入ると、矢継ぎ早の斬撃で相手を圧倒していく。その様子を横目で見ながら、パーシャは再び元戦士と対峙する。


 一時は優勢に戦いを進めていた騎士達だが、数を増した屍人兵に逆に押される展開となっていた。ハンザは、努めて冷静に気持ちを保つと、対峙した片腕の無い屍人兵の左手も叩き落とし、無防備になった首を刎ね飛ばした。今度こそ止めを刺したことを確認すると、戦況を確認する為に周囲を見渡す。やはり、一番苦戦しているのは元戦士と対峙しているパーシャのようだ。他の騎士達は数人で組を作り、複数の敵と対峙しているがパーシャは他の騎士達から少し離れた場所で一対一の対峙をしている。


(そんなに時間は掛けられない!)


 ハンザは意を決すると、元戦士の死角から距離を詰め、切り掛る。普段は騎士らしく正々堂々と戦うことを信念としている彼女だが、今はそうも言っていられない。


(私の信念も、随分安っぽいものだったな……)


 そういう考えがふとよぎるが、敢えて無視すると剣を振るう。山ドワーフ国で鍛えられた業物のロングソードは鋭い切れ味を発揮すると、元戦士の左膝を裏からざっくりと切り裂く。この一撃で上体をふらつかせた敵に対して、パーシャの容赦ない連続攻撃が襲いかかる。子供の身長ほどもある大剣を振り回しつつ、相手の斧を強打すると防御の下がった所へ右から袈裟掛けに打込む。肩とあばら骨を砕く感触を得ながら、素早く引き抜くと元戦士の首へ止めの突きを叩きこむ。幅広の大剣は相手の首をほぼ断ち切るように根元まで突き込まれ、元戦士の屍人兵は動きを止めた。


 一番厄介な敵を片づけたハンザとパーシャは戦場となった村の広場を見渡す。しかし、ハンザの視線は嫌でも坂の方へ吸い寄せられていくのだ。眼前の敵に対処することを最優先し「大丈夫、持ち堪えられる」と言い聞かせていたが、ハンザはもう我慢の限界である。そんな彼女の視線の先には、騎士達よりも一層深刻な窮地に陥ったデイルを含む三人の姿があった。


(……だめよ、殺されちゃうわ!)


 直感的に、そう感じたハンザは冷静な思考を捨て去る。そして「ピィィ」と鳴らす口笛に反応良く後ろから駆け寄ってくる愛馬に飛び乗った。


「ハンザ隊長、なにを?」


 突然の行動に驚きの声を上げるパーシャであるが、制止する余裕はない。


「副長は、皆の援護を! 私は村人の援護に向かう!」


 振り向きもせず、ハンザはそう指示を出すと愛馬に拍車を掛けて速度を上げた。


 ハンザ隊長の騎馬は、実家の領地で仔馬の頃から可愛がっていた雌馬である。賢く、穏やかな性格ながら勇気を兼ね備えており、ハンザの父から「隠れた名馬」とか「こっちが娘だったら」などと評されるほどの名馬である。今は主人の意図を受けて、単身敵の集団へ突撃を敢行する。


 前方には村人達へ殺到する屍人兵が見える。数は九体、全て狭い坂道に集中している。


(……蹴散チラシテヤル!)


 主人の意思と、愛馬の意思が一致すると人馬一体となったハンザは坂道へ突っ込んで行った。


 緩い上り坂は左手側が壁の様な斜面で、右手側は落差の少ない崖になっている。ハンザは左手側の斜面に沿って愛馬を走らせると、屍人兵の集団に突入する。自身も右手で剣を振るうが、それよりも馬の巨体による突進が効果を発揮し、最後尾に居た四体の敵を崖下へ突き落とす。その後も止まることなく剣を振り続けるハンザとそれに呼応して進み続ける愛馬はやがて屍人兵の集団の最前列を裏から突破し、防衛線に到達した。


「騎士デイル! 大丈夫か!」


 満身創痍の状態で、剣を杖代わりに身体を支えつつどこか焦点の定まっていない目で、デイルは馬上のハンザを見上げていた。


 後に騎士デイルがパーシャに語ったところによると、この時のデイルには、篝火で照らされたハンザの姿が、


 ――戦いの神マルスの御遣いと言われる戦乙女バルキリーに見えた――


 とのことで、この逸話は長くウェスタ侯爵領の騎士団に広く語り継がれ、ハンザとデイルを生涯赤面させ続けるのだったが、それは別の話である。


 ハンザの突撃によって崖下へ追い落とされた屍人兵達は、態勢を整えると再び坂を目指して進んでくる。その最後尾へハンザの突撃を真似たパーシャ率いる四名の騎士が襲いかかる。パーシャは隊を二つに分けると全員騎乗させ、一つを広場の屍人兵の牽制、もう一つを自ら率いてハンザ隊長の援護へ向かったのだ。パーシャら四名の騎士の攻撃により、再び坂を目指していた屍人兵の集団の一部を足止する。それでもハンザの所には四体の屍人兵が向かってきた。周りを見渡すと、ヨーム村長とロスペは完全に息が上がっており、デイルに至っては立っていられるのが不思議な状態であった。


(一対四か……でも私は負けない!)


 もう一度、チラッとデイルを見た後ハンザは愛馬を一歩進ませて坂を塞ぐように立ちはだかると、殺到する屍人兵と対峙したのだった。


**********


「足掻け、足掻け」


 そう呟くとラスドールスは再び、折り重なるように倒れ込んでいる三人へ視線を向ける。


「さて、先ずはその無礼な半妖から始末するか」


 そう言うと、紅血石の杖をフリタに向ける。赤紫色の光が輝き、何かの術が発動しかけた瞬間の事であった。


「……小賢しいぞ、死に損ないめ!」


 ラスドールスは突然激こうすると、解呪デ・スペルの術をメオン老師に向かって発動した。


「く、気付かれておったか……無念じゃ」


 ラスドールスの暗黒波によって吹き飛ばされた後、意識を取り戻したメオンは、ラスドールスの注意が下の戦いに向けられている間に、相移転の術に取り掛かっていた。目的は、ユーリーとフリタを遠くへ逃がすことである。二人に同時に術を掛ける必要があるため準備に時間を要したが、何とか発動段階まで漕ぎ着けたところを見破られ解呪されてしまったのである。メオン老師は悔しさを滲ませつつ立ち上がる。


「しかし、お前は不思議な奴だな。この娘の知識には無い術を次々と使う」

「お前の乗っ取った娘は、未だ素人に毛が生えた程度の魔術師じゃ。それを基準にされても困るわい」

「そうかそうか、如何にこの娘が知っていなくても、吾輩には当たり前の術ばかりであるからそれほど不思議な事でもないな……しかし、お前は厄介な相手だ。先ずはお前から始末するとしよう」


 紅血石の杖に再び光が灯る。先程の相移転の術でほぼ魔力を使い切ったメオン老師は覚悟を決めたように、ラスドールスを睨みつける。


(すまない、ユーリー。すまない、マーティス……)


 集会場の屋上に、一瞬の静寂が訪れる。


 その瞬間、唐突に足元から白い光が立ちあがった。それは、ラスドールスが放った魔力の矢を粉砕するとメオン老師とフリタを包み込むように大きく広がる。


(なんじゃ……これは……エーテル体か!)


 メオン老師は突然の出来事に、驚き括目かつもくして目の前に広がった質感のある光を見る。「エーテル体」という言葉が脳裏をよぎるが確証はない。分かっていることは、自分へ向けられたラスドールスのトドメの一撃が防がれたことであった。


 やがて目の前の光は輝きを弱めて、そこにある「実体」が姿を現す。それは――


 ――光の翼――


 そうとしか表現のしようが無いものを背中に生やしたユーリーだった。いつの間にか、ラスドールスとメオンの間に割って入ったユーリーが、猛禽類の翼に似た「光の翼」を広げて背後の二人を守ったのだった。


「なんだこれは? このような術を吾輩は知らんぞ……」


 一方、動揺を隠せないラスドールスは、再び術の発動に取り掛かる。現時点で使える最強の術である「暗黒波」を再び仕掛けるつもりだ。


 先程と同じように、ユーリーの眼前に現れた黒い球体は、みるみる間に膨れ上がると闇を吐き出して爆発する。しかし、爆発の衝撃も溢れ出る闇も全てユーリーの光の翼に届くと掻き消えてしまった。


「なんだ? 結界の一種か?」


 ラスドールスの直感が「逃げろ!」と伝えてくる。たかが蛮族の村と思い安易に攻め込んだが、このような危険が潜んでいるとは、迂闊うかつだったと後悔する。そして、彼は素早く相移転の術の発動に取り掛かる。


 だが、その様子を察知したのだろうか? 背中から光の翼を生やしたユーリーは、伏せていた顔をクイッと上げる。そして、いつの間にか蒼色に変化した瞳でラスドールスを捉えると、無造作に左手を振るう。その手の動きに呼応するように背中に伸びた光の翼が真横から薙ぎ払うようにラスドールスに襲い掛かる。


(くぅ、間に合わん!)


 ラスドールスは身を守るようにして、咄嗟に紅血石の杖を迫りくる光の翼に向けて突き出す。


音も無く、赤紫と白色の光が火花のように弾ける。


 しかし、紅血石持つ魔力の抵抗は一瞬で終わる。ユーリーの「光の翼」は赤紫の魔力の光を溶かしていくように打ち消しながら、杖の本体から「憑依」のルーン文字を剥ぎ取り掻き消し進む。そして――


 空気の振動を伴わず「音」とも言えない波動を生じて、アンナの身体とラスドールスの思念体を打ち据える瞬間、


(ヒギャァ!)


 その場にいたメオン老師はたしかにラスドールスの上げる悲鳴を聞いた気がしたが……相移転の術が完成したのだろうか? 光の翼が通り過ぎた後には何もない夜の闇が残されていた。


**********


 坂の途中で、デイル達を背に屍人兵と対峙するハンザは、馬上の高い位置から剣を振るい繰り出される槍の穂先を振り払うだけで精一杯だった。彼女の愛馬も狭い坂道にも関わらず、一箇所に留まらず常に動き続けることで、主人の防御を助けるが徐々に坂の上へ押されている。


 防御の合間に馬上の高い視点から坂の下を見ると、パーシャ達も苦戦しているのが見える。短い距離で騎馬を十分に加速することが出来ず結果として威力の足りない突撃になってしまったことが仇となり、逆に押し返されつつある。


(だめだ、護り切れない……)


 ハンザは心が折れそうになるのを感じた。愛馬がそれを勇気づけるように嘶くと前足を振り上げて敵を威嚇する。


 次の瞬間、突然辺りが明るく照らされた。ハンザは視界の右上から、まるで昼間の太陽が突然現れたような光を感じた。その強烈な光は、数秒続くと、始まり同様突然消えた。


 そして、強い光に眩惑された視界が元に戻ったとき、ハンザの目の前の屍人兵は全て操り人形が糸を突然断ち切られたように崩れ落ちていた。


「……な、なにが?」


 突然の変化にハンザの思考は追いつかないが、坂の下からパーシャの大声が響き渡る。


「勝ったぞぉーッ!」


 それに合わせて、隊の他の騎士達も雄叫びを上げる。雄叫びはいつの間にか勝鬨の声となっていた。


 そんな勝鬨の声を聞きながら、ハンザは脱力するように馬から降りるとデイルの元へ向かう。既に崩れ落ち気を失っているデイルの横に膝をつくとその身体を抱き上げ、乾いた血の跡をこびり付かせたその顔を胸で包み込むように抱きしめる。


 恥じらいが先行して、ろくに会話も交わした事がない相手に対して


(なんて大胆な事をしてるんだろう……私は)


 と思うが、不思議と止めようという気にはならないのだ。考える事といえば、


(……胸当て邪魔だな……)


 そんな金属製の胸甲に強く押し付けられ、デイルは無意識のまま呻き声を上げる。その呻き声は村人も加わった勝鬨にかき消されて、ハンザには聞こえないようだった。


 坂の下から、その様子を見ていたパーシャは


(ほぉぉ、そう言うことだったのか。色男め……)


 と一人納得すると、集まってくる騎士達を振り返ると指示を飛ばす。


「誰か、こちらに向かっている後詰めの兵へ伝令に行ってくれ。あと、楡の木村に残っている兵達も至急こちらに来るように伝えるんだ。それから、周辺の開拓村から、薬、薬草の類を集めてくれ、勿論外傷に効く奴だ」


 パーシャ副長の指示を受け、数名の騎士が村を後にする。


「残りの者は、怪我人の処置と敵の死骸処理を村人と協力してやってくれ」

「応!」


**********


 集会場の屋上では、メオン老師が放心状態で立ち尽くしていた。光の翼でラスドールスを打ち払った後、ユーリーはそのまま再び気絶してしまった。


(あれは、なんだったのじゃ?)


 魔術と言う物は、常人から見れば不思議な現象を引き起こすが、それは出鱈目でたらめな現象ではない。それなりの裏付けがあり、理解出来る者からすれば全て「道理の範疇」で起こることである。しかし、つい数分前に目の前で起こったことは「道理の範疇」を超えていた。


 短い時間であったが、メオン老師の見立てではユーリーの背に生じた「光の翼」はエーテル体であった。それは魔力マナと対になるこの世界の構成要素であり、生物にとってそれは「生命力」とも言える力である。生物の活動は、この世界に遍在するエーテルを取り込み、マナを生成する行為と言い換えても良い位だ。そして、魔術はそのマナの力を利用して現象を起こす、これが大前提でありこの世の「ことわり」なのである。それ故に、魔術の範疇では「エーテル」を取り扱うことが出来ないのだ。


 分からないことを考え続ける思考状態に入る寸前で、メオン老師はハッと我に返ると、慌ててフリタとユーリーに駆け寄り脈を確認する。二人とも気絶しているだけで、呼吸も脈もあったので一安心する。


(儂には理解できぬ事だが、これがこの子にとって災いとなるか福となるか……)


 それは、ユーリーがこれからの人生で自分の力で向き合って行くべき問題なのだろう。ぐったりとしたユーリーの顔を見詰めつつ、そう結論付けるメオン老師は、これが自分にとっての答えで良い、と考えるのであった。


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