Episode_01.20 援軍


 夜の闇を進む第十三哨戒部隊は、副長である騎士パーシャの先導で進んでいたが途中からハンザ隊長が先導する格好になっていた。元々体重の軽いハンザの方が馬の足は速いのだが、いつもはその点を考慮して速度を合わせて行軍するハンザである。しかし今は気が焦り、知らず知らずに押えが効かなくなってしまう。


「隊長! 速すぎて馬がバテる!」


 後ろから怒鳴ってくるパーシャの声を聞いて我に返ったハンザは少しペースを落とし、周りの騎士と速度を合わせる。


「隊長、急ぎたいのは皆一緒ですっ」

「分かっている!」


 パーシャの声にそれだけ答えると、ハンザ隊長は暗くて見通しの利かない森の街道を睨みつける。


 やがて第十三哨戒部隊は森を抜けると開けた場所に辿り着いた。目の前の川を渡った所に見えるのが樫の木村の土壁であるが、その土壁には大穴が開いており、周囲に土砂が積もった山が二つ出来ている。そして壁の奥、村の方から微かに怒鳴り声や武器を打ち鳴らす音が聞こえてくる。


 パーシャは一旦全員を止めると、全員の顔を見渡してから言う。


「どうやら持ち堪えているようだ。壁の内側の様子が分からないが、各自単独で突出せずに協力しながら敵と対峙するように。特に今回は敵の陣容が不明だ、十分注意するように」


 パーシャの言葉に古参の騎士の一人が付け加える。


「華々しく散る名誉よりも、泥を啜ってでも民を守る騎士道を!」

「そうだ! それが、我ら哨戒騎士団だ。行くぞ、進め!」


 それに応じるハンザ隊長の凛とした掛け声を合図に、十騎の騎士は樫の木村の壁の内側へ向けて突進していく。


**********


 坂を少し登った所まで防衛線を下げた樫の木村の村人達は、明らかな劣勢に立っていた。さらに手傷を増やしたデイルは、失血により朦朧とした意識の下で剣をふるい続ける。そのデイルの隣にはヨーム村長が並んで戦っているが、その動作も序盤のキレを失い、明らかにスタミナ切れの状態である。


 一人ロスペだけは依然として体力に余裕が有り、フラフラになって戦っている二名をフォローしながら何とか戦線を持たせている。坂道は大人五人が並んで歩ける程度の幅のため、一度に多くの敵を相手にしなくて良い代わりに、木槍隊が一度に繰り出せる槍の本数も少なくなり防御が薄くなる。さらに、ルーカ率いる投石隊の援護も弾切れが近いのか、散発的なものになっている。結果として木こり衆の被害が増えたため、止むを得ず今の三人が最前線に立ち続けているのである。


(ヤバいな、これじゃジリ貧だぜ)


 相手の屍人兵を既に五体以上倒しているが、敵は全く怯む様子が無く、またバテる様子も無く、淡々と攻撃を繰り返している。先端が削れてしまい、只の丸太のようになった木槍を振り回し、デイルの左腹を槍で突こうとしていた屍人兵を殴り倒しながら、ロスペは思った。


(メオン老師は一体何をしてるんだ?)


 先程、高台の集会場の方の夜空が何度かパッと明るく光った気がしたが、一向に高台からの援護が無い状態が続いているのだった。


 ロスペのフォローに気付いたデイルは、殴り倒された屍人兵の方を向くと、その喉元に剣を突き入れとどめを差し、向かってきたもう一体に対して左腕にぶら下げているだけの状態になっている盾を投げつける。脱臼している左肩に鋭い痛みが走るが、今更気にすることは無かった。盾を投げつけられた屍人兵は、衝撃で後ろに数歩下がると、たった今デイルがトドメを刺した屍人兵に躓き転倒した。それにつられて、あと数体も後ろにさがる。


 前線に、一瞬空白が出来た。


「ヨーム村長、ロスぺさん、今の内に村人を避難させてください! ここは私が喰い止めます!」

「馬鹿かあんた! それじゃ時間稼ぎにもならないぞ」

「そうだ、苦しいが守り続けて応援を待つ。作戦に変更は無いぞ」


 デイルの言葉に、ロスペとヨーム村長が反論する。


「しかし……」


 そう言い掛けたデイルの耳に、何故だか懐かしく感じる馬の嘶きが聞こえてきた。金属鎧の鳴らす音や、雄叫びも聞こえてくる。待ちに待った応援が到着したのだった。


**********


 パーシャは両手持ちの大剣グレートソードを抜き放つと馬に拍車を掛け、敵の集団に向かって行く。坂の下に留まっていた屍人兵約十体が標的である。パーシャの隣には、ロングソードを抜き放ったハンザ隊長が並走している。パーシャはハンザに手で合図を送ると、ハンザは素直に、パーシャの後ろに移動する。二列縦隊の隊形は自然に一列縦隊に変化し、敵集団の最後尾を掠めるように突進する。


 屍人兵の最後尾は、後ろから迫りくる騎士の一団に気付くと、そちらへ対峙するように向きを変える。そこへパーシャを先頭に騎馬隊が肉薄する。足を止めて斬り合うのでは無く、騎馬の機動性と突進力を利用し一撃離脱を試みるのである。攻撃圏内に入ったパーシャは突き出される屍人兵の槍の穂先を剣でいなすと、馬の突進力が上乗せされた大剣の一撃をその屍人兵に見舞う。


ゴンッ!


 鈍い衝撃音と共に、屍人兵は数メートル吹き飛んだ。


 パーシャの後ろのハンザ隊長は、別の屍人兵からの攻撃を馬上で上体を反らしてかわすと、すれ違いざまに長剣を一閃する。馬の速度の乗った一撃は、槍を持つ敵の右腕を切断していた。槍を握ったままの屍人兵の右腕が宙を舞う。そこへ、更に後続の騎士が突進し馬上槍でその屍人兵にとどめを刺して行った。


 後続の騎士達は次々と屍人兵の集団に痛手を与えていく。結果的に最初の突撃で四体の屍人兵を斃していた。ハンザ隊長は全員を止まらせると下馬を指示する。村の壁の内側は騎馬による機動戦を行うには狭いので、再突撃は無理だと判断したのだ。隊長の指示に従い馬を下りた騎士達は、各自の武器を構えると今度は徒歩で屍人兵の集団に肉薄していく。坂の上からは、樫の木村の村人達の歓声が沸き起こっていた。


 一方屍人兵の集団は、騎士達を新たな標的と見定めるとそちらに向きを切り替えた。坂の途中でデイルらと切り結んでいた五体を残して、残り全てが徒歩となった騎士達に向かって行く。その集団の中から、元冒険者の戦士ドバンが飛び出すと騎士達の先頭に立っていたパーシャに切り掛る。両手持ちの戦斧に通常以上に強化された腕力が加わり、尋常でない威力となった攻撃である。パーシャは大剣でその攻撃を受け止めようとするが、寸前の所で考え直し、大きく後ろに下がってそれを躱した。


ドォン!


 とても手持ちの武器が放った破壊力とは思えないが、空振りした斧はそのまま地面に叩き付けられると、轟音とともに地面を抉り取っていた。もしも大剣で受け止めていたら、攻撃を受け止められず、そのまま押し切られていただろう。


(なんて攻撃だ!)


 パーシャは背中に冷たいものを感じていた。


 ハンザ隊長は、パーシャから少し離れた場所で元冒険者のダーツと対峙している。刃渡り五十センチ程の片手剣ショートソードを二刀流に構えた元スカウトの屍人兵は、目にも止まらぬ速さで左右から攻撃を繰り出す。対するハンザは自分用にあつらえた業物わざもの片手剣ロングソードを操り、見事なステップで攻撃を躱している。元スカウトの、右斜め上から顔面を狙うように振り下ろしてくる何度目かの攻撃に合わせて、ハンザは自分の剣を被せるように振り抜く。小剣を振る動作中に上から叩かれたことにより、元スカウトは大きくバランスを崩してよろめく。


 その姿勢は丁度、右側の首筋をハンザに曝す体勢であった。そこへハンザは容赦なく剣を振るう。頸椎を断ち切る硬い感覚を残しつつ、元スカウトの身体は首をほぼ切断された状態で後ろに仰け反ると、それを追うように体も仰向けに崩れ落ちた。


 屍人兵が完全に沈黙したのを確認すると、ハンザは周囲を見回す。自分が最右翼に位置しており、他の騎士達はほぼ横一線になり敵と対峙している。一人で複数と対峙している騎士が居ないことを確認すると、視線を坂の方へ向ける。坂の途中では、満身創痍の状態ながら騎士デイルが最後の力を振り絞って敵と対峙しているのが見えた。


 ハンザは胸が締め付けられるような気がした。今すぐ援護に向かいたい気持ちになるが、それをどうにか押し殺すと苦戦しているパーシャの応援に向かう。


(待っていてね、デイル……)


 そんなハンザの視線の先で、パーシャは元戦士の屍人兵に押しまくられていた。もともと力で相手をねじ伏せる戦い方をするパーシャであるが、相手が自分よりも力が強い上に素早いときているため、不利な状況が続いていた。それでも、大振りな攻撃の合間に相手の手足を狙い何回か切り付けていたが既に屍人になっている敵は、血を噴き出すわけでもなければ、怯むわけでもない。その上無尽蔵にスタミナがあるのか、攻撃が弱まることも無い。


 残された手は、守って守って相手が何かミスをするのを待つくらいである。それでも、自分がこの危険な敵を釘付けにしている間に仲間の騎士が他の屍人兵を斃してくれれば、数の上で有利になる。そう自分に言い聞かせて、パーシャは奮起する。


**********


 石造りの屋上を跳ねると、倒れているフリタの近くまでユーリーは吹き飛ばされていた。意識が朦朧となり、口の中に鉄の味を感じた。爆発による衝撃で痛いほど耳鳴りがする。


(あれ……どうなっちゃったんだろう?)


 メオン老師の繰り出した光爆波の術による爆発は強烈な光を伴って、ラスドールスを呑み込んだ……はずだった。しかし光が治まった後、ラスドールスは変わらずその場に立っていたのだ。ローブの端が千切れて白い太股まで露わになった状態だったが、術の威力は本人に及ばなかったようだ。そして、不機嫌そうにこちらを睨めつけている。


「蛮族風情が使って良い術では無いぞ……この紅血石の魔力を開放しなければ、危ない所だった」


 そう言うと、杖の頭部分に取り付けてある赤い魔石を撫でつける。


「しかし、お陰で憑依の行程が少し逆戻りしてしまったぞ……まぁ良いか。蛮族の魔術師よ、貴様に極属性魔術の手本を見せてやろう」


 そう言うと、杖をメオン老師とユーリーの方へ向ける。赤い魔石が赤紫の光を放ち二人の目の前に夜の闇より暗い点が現れる。


「いかん!」


 メオン老師は咄嗟に、魔力套よりも一段強力な光蓋ライトドームを展開する。これも「光導の杖」に籠められた極属性光の魔術陣の一つだった。しかし、魔術具としての格の違いか、メオンが咄嗟に展開した半球状の光は、端の方から急速に膨らむ暗黒に侵食される。そして、光の膜越しにラスドールスの歪んだ笑い顔が見えた。次の瞬間メオン老師とユーリーは吹き飛ばされていたのだ。


 ユーリーは、途切れてしまいそうな意識を懸命に繋ぎとめると辺りを見回そうと首を動かす。目の前には、メオン老師がうつ伏せの状態で倒れているがピクリとも動かない。顔を上の方に上げるとフリタが倒れているのが見えた。胸が微かに上下して呼吸していることが見て取れた。


(フリタさんは生きている……お爺ちゃんは……)


 そう考えるが、全身の痛みで気が遠くなりかける。ドクン、ドクンとやたらと大きな心臓の鼓動を感じつつも動けないでいるユーリーは、ラスドールスが近づいてくる気配を感じながら意識を失ってしまった。


「ほぉ、光の天蓋であれば、暗黒波でも即死は免れるのか……」


 ラスドールスはそう言うと、倒れている三人の横をすり抜け屋上の縁から下を見下ろす。丁度哨戒騎士団の騎士達と、屍人兵が戦っている状況である。


「頑固に抵抗するものだな、大人しく死んでおれば苦痛が少ないものを……」


 ラスドールスは、杖を頭上に掲げ何かの術を発動する。彼が紅血石と呼んだ魔石が再び赤紫の光を放つと、それに呼応するように下の広場や坂で倒れていた屍人兵が再び動き出した。首を切断されるなど、重大な損傷を受けていない屍人兵達が再び活動を開始したのだ。一時は、騎士達の加勢に湧き上がっていた村人達も、再び動き出した屍人兵の姿を見て今度こそ恐慌状態に陥ってしまった。


「浮き足立つな! 戦い続けるんだ!!」


 絶望に押しつぶされそうになる自分を鼓舞するために、大声を張り上げるデイルやヨーム村長、ロスペの後ろで木槍を構える木こり衆の隊列は崩れかけていた。


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