Episode_01.22 エピローグ


 第十三哨戒部隊は、怪我人の治療や、荒らされた西側の畑の修復、村の壁の修繕を行いながら、襲撃後約一カ月間樫の木村に駐留した。その間、周辺の開拓村からも惜しみない援助が送られた。また、遠方の小滝村に滞在していたパスティナ救民使の一団が「奉仕活動」として村の復興に参加し、神跡術を用いて重傷者の治癒に尽力してくれたのは不幸中の幸いだった。


 村人の被害は消して軽いものではなかったが、襲撃規模から考えると、最小限に抑えられたと言う事ができるだろう。


 一方、騎士デイルは極度の失血と疲労から一時高熱を発し危険な状態となったが、パスティナ神の信者による治癒の神跡術と、何よりハンザの懸命な看護によって、一命を取り留めると順調に回復しつつあった。部隊の他の騎士達は、勇気ある騎士デイルの回復もさることながら「鬼のような隊長が、ほんの少し女らしくなった」ことを内心喜んでいたものだ。


 この間、第十三哨戒騎士部隊には、本部であるウェスタの城から何度か帰還命令が出されていたが、命令がハンザ隊長に届く前に「危急にある民を助けることこそ哨戒騎士団の務め」とパーシャ副長が主張し、その命令を撤回させた上に哨戒騎士団長を上手く説得し、ウェスタ侯爵から来春の納税一部減免という特例措置を引き出していた。


 大した政治手腕だが、哨戒騎士団の恩顧人物である元騎士ヨームが村長をしている樫の木村であることと、正騎士団の重鎮を父に持つハンザ隊長の第十三哨戒騎士部隊だったからこその措置なのだろう。


 ユーリーはと言うと、特に外傷は無いにも関わらず三日間昏睡していたが、四日目にはケロッと何事も無かったかのように回復していた。回復したユーリーは、養父のメオン老師とフリタにこっぴどく叱られたが、村の他の者達には屋上に居たことは伏せられていた。回復した翌朝に自宅を訪れてきたヨーム村長や、友達のヨシン、マーシャに対しては、


「熱を出して寝込んでいた」


 とメオン老師が告げたのだった。


 そんなメオン老師は何気なくユーリーに「あの出来事」を覚えているか訊いてみたものの


「え? 何の事?」


 と逆に聞き返されてしまった。どうやら、ユーリーの記憶にはあの出来事は残っていないようであった。


 そして、いよいよ、冷え込みが厳しくなり本格的な冬を迎えようとしていたある日、騎士デイルを伴った第十三哨戒騎士部隊は、村人の感謝を受けつつ樫の木村を後にしたのだった。街道を進み行く後ろ姿を眺めながら、ヨシンが


「やっぱり、騎士って格好いいなー」


 とユーリーに向かって言う。


「うん、そうだね。強いし頼りになる、あんな騎士になりたいね!」


 そうヨシンに答えるユーリーは、黒い瞳で騎士団の後ろ姿を見えなくなるまで見つめていた。


アーシラ帝国歴 490年 春


 寒さの緩んだ早春の樫の木村、その村の南側にあるテバ河の支流の川原には木こりのロスペの怒鳴り声が響いている。


「しっかりと、かすがいで繋げよ! そうだ! 縄は二重に掛けるんだ。河の水は冷たいぞ! 落ちたら死んじまうぞ! こらぁ、そこはそうじゃねぇ!」


 昨年の内に伐採した樫や杉の材木を組み合わせて筏をつくり、ウェスタの街までテバ河を下るのである。ウェスタの街で筏を解くと、毎春開催される木材市で売りさばくのだ。毎年の恒例行事であるが、今年は若い木こりが多いため、例年以上に気合いの入っているロスペである。今年は例年より少なく三つほど筏を作れば終いであるが、あと二日程は作業に掛るだろう。

 

 そのロスペの怒声が微かに聞こえてくる村の西の広場では、ルーカとユーリーが昨年獲った獲物をフリタが毛皮や皮の状態に加工した物や、木こり衆が作業の合間に採集した薬草類を積み込んだ荷馬車の準備が進んでいる。準備をしているのは、ヨーム村長、ルーカ、フリタとユーリー、ヨシンらだ。それを少し離れた所からメオン老師とヨシンの母親、それにマーシャが眺めている。

 

 荷を積み終えた荷馬車はヨーム村長が陸路でウェスタの街へ届けると、市で売りさばく予定である。毎年の事であるが、今年は納税が一部減免されているため、その命令書も携えている。


「よし、これで全部だな!」


 ヨーム村長は積み残しが無い事を確認すると、ユーリーとヨシンを見る。ヨーム村長に促されたユーリーとヨシンは、お別れの挨拶をするためにメオン老師らのいる方へ歩いて来た。


「じゃぁお爺ちゃん、行ってくるね」

「うむ、くれぐれも身体に気を付けてな。勉強もちゃんとするのじゃぞ」

「お爺ちゃんこそ、身体に気を付けてね」


そこにマーシャが割って入る。


「メオン老師の面倒は私が見るから大丈夫よ!」

「……だそうじゃ、心配いらんよ」


 横を見ると、泣き顔になった母親に抱き締められたヨシンがモガイテいる。


「ややや、やめてよ母さん。恥ずかしいよ」


 それを見て思わず吹き出してしまったユーリーの所へ、ルーカとフリタがやって来る。


「ユーリーは騎士になりたいみたいだから、これは要らないかも知れないけど。一応私達からの餞別よ」


 そう言うとフリタは、弓を差し出してきた。それは、今までユーリーが狩りで使っていた弓よりも一回り大きい弓だった。


「ありがとう、フリタさんルーカさん。大切にするよ」

「時間が出来たら、村にも顔を出せよ」


 そう言う、ルーカに頷き返す。


「そろそろ、出発するぞー!」


 ヨーム村長が声を掛けてくる。


「じゃぁ、行ってきます!」


 ユーリーとヨシンは声を合わせてそう言うと、荷馬車の後ろに乗り込んだ。


 ヨーム村長は手綱を緩めると、荷馬車を進める。


 元気でと手を振りあう、旅立つ者と送り出す者。この別れは決して悲しいものではない。


 希望に満ちた少年達の前途を祝福するように、早春の変わりやすい空は束の間の晴れ間を覗かせると、その前途を明るく照らすのであった。

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