Episode_01.18 後退戦


 樫の木村が襲撃されるより一時間半ほど前に遡る。


 パーシャと見習い騎士達は、馬を潰さないギリギリの速力で楡の木村に辿り着いた。彼らの所属する哨戒部隊は、村の外れの開けた場所に野営している。既に日は暮れており、野営地では数か所で焚き火が焚かれ、夕食の準備が始まっている。歩哨に立つ兵士達がパーシャ達の馬の勢いに驚き目を丸くしているのが焚き火の明りで見て取れたが、パーシャは気にすることなく馬から飛び降りるとハンザ隊長の幕屋へ向かう。


 馬の嘶きと、兵士達のざわめきに気付いたハンザは、幕屋を出るとパーシャを出迎える格好となった。


「遅いぞ、副長! どこで道草を食っていた?」


 大柄なパーシャと比較するとより一層小柄に見えるハンザ隊長は、精一杯胸を張ると腹に力を込めた声で怒鳴った。二十三歳の年頃の女性が持つ女性らしさを打ち消すため、敢えて強い口調を取ることが多いハンザ隊長の言葉は、本人の意思とは別に険しい印象を聞く者に与える。


「申し訳ありません、隊長。斥候任務中に、別の任務中の騎士デイルと遭遇しまして情報交換をしておりました」

「なに! 騎士デイルか……確か樫の木村周辺の遺跡調査に随行していたな」

(良く知ってるな……)


 通常、哨戒任務に就いている別部隊の行動は把握しているものだが、ウェスタ近郊の警備任務に就いている部隊の動きというのは任務上知る必要性が低い。パーシャはハンザ隊長が警備任務中の他部隊の騎士の行動を知っていることに少し驚いたが、話を進めた。


「はっ、その遺跡調査中に外で待機していた騎士デイルと、冒険者達が戻ってくるのを待っておりましたが、思いもかけない事態となりました」

「思いもかけない事態とは?」


 ハンザ隊長が促す。


「遺跡から、冒険者では無く亡者の群れが現れ、どうやら樫の木村へ向かったようです。その亡者には冒険者も含まれており、恐らく遺跡内部で何らかのトラブルが発生したものと思われます……ハンザ隊長、樫の木村への救援を進言します」

「騎士デイルはどうしたのだ?」

「デイルは村の者と共に、樫の木村へ危急を知らせに戻りました」


 パーシャは、亡者の群れの詳細や遺跡の位置関係を詳細に報告する。途中から部隊所属の他の騎士も集まって来て、作戦会議となった。騎士達の意見は概ね、樫の木村への救援に賛成であったが、楡の木村が襲われる可能性が残っているとして隊を二つに分ける意見も挙げられた。


 パーシャとしては、歩兵随伴では行軍速度が削がれてしまうため、騎兵である騎士を先行させ、歩兵を後詰めとしたい。或いは、楡の木村に歩兵を一部残しても良いかもしれないと思う。


 パーシャは全員の意見を聞いた後、自らもそう意見を述べると、ハンザ隊長の顔を伺う。ハンザ隊長は、パーシャに頷き返すと全員に対して命令する。


「騎士十名にて先行する。見習い二名は後詰めとして歩兵四十を率いて進軍、楡の木村には見習い一名と歩兵十五名を警備のために残す。見習いの人選は副長に任せる。亡者の群れが万が一楡の木村に向かっている可能性も残っているから油断するな!」


 ハンザ隊長の号令に、騎士全員が敬礼すると各々準備に取り掛かった。


(……こういう判断は見事なんだがなぁ、見た目も良いのに、もっと人当たりが良ければなぁ)


 不意にそんな考えが浮かんだパーシャは溜息を漏らす。そして、ハンザ隊長から厳しい叱責を受けることになった。


「副長! さっさと準備に掛らんか!」

「あ、はい!」


 ハンザ隊長に叱責され、パーシャは逃げるように幕舎を後にしたのだった。


 それから間もなく、ハンザ隊長率いる第十三哨戒部隊の騎士十名は森の街道を樫の木村に向けて出発した。暗い夜道であるが、出来る限り急いでの進軍である。馬の体力や、見通しの悪い視界、襲撃される危険性すらある状況である。それでも、手錬の騎士達は臆することなく進んで行く。先頭を走るパーシャはひたすら、


(間に合ってくれよ、持ちこたえてくれよ、デイル!)


 と念じるのだった。


**********


 フリタの「遠話」によって新手の襲来を察知したヨーム村長は、広場に集まった村人達を見回す。川縁を守っていたルーカ率いる農夫衆の投石隊と、応援に向かったデイル率いる木こり衆は既に広場に合流していた。黒屍犬デスハウンドの攻撃による負傷者は、ロスペの家に収容されているが、その内数名は重傷を負っているようにヨーム村長には見えた。


 ヨーム村長の元にメオン老師、ルーカ、デイル、ロスペが集まってくる。村人達をどのように配置してどのように防衛するべきか、指示を仰ぎに来たのだろう。ヨーム村長は集まった四人にだけ聞こえる声で話す。


「入口と壁の穴の二方面から攻められると厳しい状況だ。かといって、一箇所で迎え撃とうとすると、村の居住区に繋がる坂まで後退することになる。その場合高台の集会場が孤立してしまう……やはり広場に留まるべきだと思う」

にれの木村に居る部隊が救援に到着するのには、早く見積っても後一時間は掛ると思います。それまで持ち堪えられればいいのですが……」


 ヨーム村長の提案に、デイルが不安そうに答える。こちらに向かっている新手がどういう素性の者達か分からないが、黒屍犬デスハウンド以上の強敵であれば数の上の優勢も頼みにならないと感じているのだ。


「集会場のある高台は重要な場所じゃな。全体を見渡すことが出来る上に、遠話を使えるフリタが陣取っておる」


 メオン老師の冷静な分析に、やや青ざめた顔色のルーカが無意識に頷いている。やはりフリタのことが心配なのだろう。


「しかしじゃ、村人達に二正面防衛をさせるのは難しいのも事実じゃな」

「老師の言うとおり、片方を破られれば、もう片方は相手にガラ空きの横っ面を曝すことになっちまう。片方を破られれば、あっという間にやられちまうぞ」


 ロスペは兵士時代の経験から意見を言う。


 意見がまとまらず、自分の考えもまとまらないヨーム村長が助けを求める視線をメオン老師に向ける。うむぅ、とメオン老師は腕を組んで少し考えると口を開いた。


「居住区に続く坂への後退は、現時点で最善の案じゃろうな。長い坂だから、徐々に前線を下げることで投石隊の遠距離攻撃を生かすことが出来る上に、一度に大人数を相手にしなくて済む。その上で、西の高台には、儂が行くことにする。高台に続く坂を幻覚魔術で消しておけば、一時凌ぎにはなるじゃろうし、高台からなら儂の魔法も当てやすい。最悪の場合でも、フリタ一人くらいなら抱えて『相移転』の術で逃げてくることもできる」


 メオン老師はそう言うと一同の顔を見渡した。ルーカが目を瞑り頷き返す。


「老師、お願いします。危なければ、直ぐに逃げてきてください!」


 ヨーム村長は、力強くそう言うと大声で回りの村人に聞こえるように号令を発した。


「ルーカと投石部隊は居住区へ続く坂の上へ移動して待機!木こり衆は崩れた壁と入口の両方を正面に捉えて整列だ! ただし、頑張り過ぎるなよ。じわじわ後退して敵を坂におびき寄せるんだ! 騎士団の応援が到着するまでの時間稼ぎをするんだ!」


 ヨームの号令を受けて、ロスペが怒号のような大声で木こり達を整列させる。ルーカは投石隊をつれて、村の居住区に続く坂に陣取る。数名の農夫が、投石用の石の補充に倉庫へ走って行った。


 やがて襲撃者達が姿を現す。先ず正面入り口の障害物へ異様な姿の兵士が殺到する。古めかしい鎧兜を全身に着込み二メートル程の槍を持った古代の重装歩兵のような姿だが、篝火に照らされた彼らに表情は無く、有るのはミイラのようにドス黒く乾燥した無表情な顔のみである。


 無表情に突進してくる五体の屍人兵は、穂先の大きな槍を振るい丸太で作った障害物を破壊しようとする。屍人兵の一度の攻撃で、障害物は槍の仕業とは思えないほど削れ砕けていく。対して、入口側の木こり衆は敵より倍程長い木槍を使い、障害物に近づけまいと上から叩いたり、正面から突いたりする。


 十数本の木槍が、狭い入口に殺到した敵に打撃を与えるが、分厚い鎧兜に阻まれて全く効果が無いようだ。魔術により強化された重装備の防御力、更に痛みや死の恐怖を感じない屍人兵の淡々と攻撃を繰り返す様が上乗せされ、木こり衆は徐々に浮き足立つ。


 そこへ、壁に開けられた穴から進入を試みる新手の屍人兵五体が加わる。壁側を向いていた木こり衆は槍衾の隊列を作ると、交互に木槍を上から叩きつけつつ敵を近づけまいとするが、障害物の無い壁側は早くも押され始めていた。


 幾ら強く木槍を叩き付けたところで、屍人兵は精々後退するだけで、ビクとも怯むことなく、淡々と槍を振るい続ける。防御力だけでなく、攻撃力も魔術で強化されているようで、屍人兵の槍の一振りで、数人の木こりが木槍ごと振り払われて体勢を崩す。


(やはり、もたないな!)


 ヨーム村長は、舌打ちしたい気持ちを抑えると前線を指揮するロスペに声を掛ける。


「ロスぺ! 私が前に出るので、その隙に前線を下げてくれ!」

「わかったぜ、村長!」


 ロスペと木こり衆が後退する時間を稼ぐため、ヨーム村長が屍人兵の前に躍り出る。


「私が抑えるから、みんな一旦退くんだ!」


 そう叫ぶとロングソードを盾に打ち付け相手を挑発する。屍人兵に対して挑発の効果があるのか不明だが、五体の屍人兵はヨーム村長を獲物と定めたように向かってきた。


 五体と同時に対峙したヨーム村長、屍人兵のような亡者アンデットを相手にした経験は少ない。黒屍犬デスハウンドなどの魔獣であれば、相手の持つ「獣」の部分に勝機がある。つまり、自己保存本能 ――平たく言うと、死にたくないという本能―― に付け入る隙があるのだが、眼前の敵はそもそも自己保存本能が無いように見える。


 先ずは、敵の程度を見極める為に五体の一番右側の一体に切り掛る。昨日デイルとの稽古で見せたような相手を誘いこむフェイントは使わず、積極的に斬り付けていくのだ。他の四体の槍に狙われないように、小刻みに左右に位置を移動しながら、鋭い斬撃を繰り出す。ヨーム村長の剣先が鎧や兜に当たるたびに鋭い金属音と火花が飛び散った。


 しかし屍人兵は、ヨーム村長の攻撃を避ける様子は見せず、槍を振りかぶっては突き込んだり、打ち掛かったりという攻撃を繰り返してくる。その攻撃は単純だが、素早く威力も高いようだ。


(防御する気は無しか……死に損ないめ。ならば……)

 

 ヨーム村長は戦法を変更する。手数を減らすと相手の攻撃をかわすばかりで無く、剣や盾を使って受ける。実際は、他の四体からの攻撃もあるので敵の手数は相当多いことになるが、危なげなく防御していく。そのうち、一体が大きく槍を振り上げるとヨーム村長の頭部を狙った大振りの攻撃を繰り出してきた。


 この攻撃を待ち構えていたヨーム村長は相手の攻撃を紙一重でかわすと、相手の右肩を脇の下から切り上げるように剣を振り上げる。見事な攻撃であり、鎧による防御の無い箇所への攻撃でヨーム村長は相手の右腕を肩から切断してしまうつもりでいた。


 しかしヨームの剣は、ググッという剣先が肉に喰い込む感触を伝えたのみで、骨に達することなく止まってしまう。干からびたミイラのような見た目に反して、その肉体は魔術により強化されており、ヨームの剣先を喰い止めてしまったのだ。形勢は逆転し、剣を喰い込ませたままの無防備なヨーム村長に別の屍人兵が襲いかかる。ヨームの左手側から襲いかかる屍人兵の槍は盾で受け止めるが、右手側からの攻撃には対処出来ない。


(しまった!)


 ヨームは剣を引き抜こうと力を入れるが、到底間に合いそうもない。観念した気持ちになり掛った時。


 ヒュッヒュッと立て続けに風きり音が鳴り、二本の矢が今まさにヨーム村長の脇腹に槍を突き込もうとしていた屍人兵の顔面に突き立つ。集会場屋上からのフリタとユーリーの援護射撃だった。矢を受けた屍人兵は、痛みと言うより矢の衝撃を受けて、体勢を崩し攻撃に失敗した。


 その隙に何とか剣を引き抜いたヨームは、正面の屍人兵に蹴りを喰らわせて突き離すと、顔面に矢が刺さったままの屍人兵に対して身体の回転力を乗せた渾身の一撃を見舞う。人間であれば致命傷になる矢傷を受けつつ、それでも攻撃を続けようとしていた屍人兵は、そのヨームの一撃をまともに首筋に受ける。


 ヨームの剣は、今度こそ骨を断つ独特の手応えを持ち主に返しつつ屍人兵の首を切り飛ばしていた。顔面に矢を突き立てたままの頭部は少し跳ね飛ぶと地面に落ち、同時に頭部を切断された屍人兵の胴体も、流石にこれ以上動く事無くその場にうつ伏せに倒れ込んだ。


(ようやく一体か……)


 素早く体勢を整え次の攻撃に備えるヨーム村長の周りに「風」が巻き起こる。


『ヨーム村長、前線は十分下がったわ。後退して!』

「フリタか! 援護助かる。わかった後退する」


 入口の障害物をめぐる防衛線も、ヨーム村長の後退を受けて、後退を開始する。ロスペとデイルが、木槍を構える木こり衆に後退を促しつつ自分達も後退する。そんな動きの中でふと、デイルは攻撃を続ける屍人兵と、何とか持ち堪えている丸太組みの障害物を見る。その瞬間、障害物の向こう側で屍人兵を後ろから押し退けて別の格好をした大男が飛び込んできた。


(ッ! あれは、冒険者達のリーダーだった奴か!)


 元冒険者の戦士ドバンは、大振りの両刃斧を両手に構えると障害物を真っ二つにする勢いで斧を叩き付けた。


ドンッ!


 強力な身体機能強化の術を付与された戦士の一撃で、障害物は土煙りを上げながらバラバラに吹き飛んでしまった。凄まじい攻撃であるが、後続の屍人兵は淡々と障害物の切れ目から村の広場に進入し始める。殆ど同時に、左手側の壁の穴からも大勢の屍人兵が進入してきており、前線を後退させるタイミングはギリギリ間に合ったという状況であった。


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