Episode_01.17 樫の木村攻防戦Ⅲ


 ラスドールスは複雑な魔術陣の起想を終えると、展開の段階へ進む。


土人形生成クリエイト・クレイゴーレム」の術は、ゴーレム生成系統の術では簡単な部類になる。彼の得意分野は一部この系統に重なっており、彼の使う「屍人兵」も死体に「防腐」や「死体強化」等の死霊術とゴーレム生成系統の幾つかの術を複合したものを施した、一種のゴーレムといえる。よって、クレイゴーレムを作ることは造作もない事なのだ。


 ゴーレム生成系の魔術は、大別すると命令付与型と操縦型がある。命令付与型は文字通り、生成時に与えた命令を実行するもので自立制御が特徴となる。一方、操縦型は術者の意思通りに動かすゴーレムを作り出すものである。命令付与型の方がより高位の術であるが、生成後は自立制御に任せておくだけで良いので使い方によっては便利である。今は目的が「目の前の村の貧弱な壁を壊す」という単純なものなので、命令付与型が良いだろうと彼は考える。


(それにしても、なんと貧弱な魔力マナだ)


 彼が乗っ取った女魔術師アンナが持つ魔力量は、現代の基準で言えば十分大きなものだが、ラスドールスの基準で言えば、ギリギリ魔術師を名乗れるかどうか? という程小さいものである。魔石を持っていて良かったとしみじみ思う。


 今彼の持っている魔石は遺跡の罠に使われていたものだが、既に二つを「屍人兵生成」と「召集」で使い切っており、残りはあと二つとなっている。自分の杖に使われている紅血石も特殊な魔石の一種であるが、今は憑依の過程が進行中であり紅血石の魔力はそちらに振り分けている。そんな状態で使用する「土人形生成」の術は魔石一つを使い切る程では無いが消耗が大きい術である。


(魔力消費の大きい術は当分使えないな……)


 ラスドールスは新しい自分の身体に見合った魔術の使い方を覚えなければと考える。


 そんな風に思考を横道に逸らせながらも、複雑な魔術陣は展開段階を終えて効果を発動する。左手に握った大振りの魔石が一瞬だけ赤い光を放った。


 そして突然、村の土壁に近い畑の一部が盛り上がる。盛り上がった箇所が徐々に増えていくと巨大な人型に成長する。そして、人型に盛り上がった畑の泥は小刻みに振動を続けると突然轟音と共に持ち上がった。大きな頭部を持ち上げるように先ず両手に当たる部分が地面から離れると、畑に両手を付き地面に埋まった身体を引き摺り出すように力を込める。ゆっくりと全身が地面から這い出ると立ちあがったそれは、壁の優に倍以上の高さを持つ巨大なクレイゴーレムであった。


 遠目にはずんぐりとした姿だが、太い両腕が大きな膂力りょりょくを物語っている。そんな立ちあがったばかりのクレイゴーレムは、躊躇う事無く大きな腕を振りかぶり、村の土壁に叩き付けた。


 ドォオオン!


 轟音と共に、大きな振動が離れたところに立つラスドールスまで伝わってくる。その振動を感じながら、ラスドールスは


(今の一撃で壁は崩れただろう、少しやり過ぎだったかもしれないな)


 と反省めいた気持になる。しかし、予想に反して土埃の向こうの壁は健在だった。与えられた命令に従い、クレイゴーレムは続けて二回、三回と壁を殴り続ける。先程と同じ轟音と震動が発生するが、やはり壁は無事のようだ。


(なぜだ? 特殊な壁には見えなかったが……)


 と考えるラスドールスはふと思いつき魔力検知の術を発動させ、もう一度壁を観察する。魔力を検知する視力を得たラスドールスの目には、夜の闇に白く魔力の燐光を放つ壁が浮かび上がっていた。


「なるほど、城壁の術ランパートかよ。それでは、ただ叩いただけでは壊せんな」


 まさか城壁の術が使える者が村に居るとは思わなかった。アンナの魔力基準で考えれば、その魔術は必要とする魔力量も技量もアンナのそれを凌駕している。しかし、


(ならばこそ、吾輩の一族が残っておる可能性が高いな)


 そう思うと、再び心の底から憤怒の念が湧いてくる。何としても目の前の村を破壊したいという衝動が一層強くなるのだ。


「城壁の術だけならば、対処は簡単だ」


 荒れ狂う破壊の衝動を押し殺して、ラスドールスは新たな術の発動に取り掛かっていた。


**********


 クレイゴーレムが村の壁を叩き続ける轟音と震動、何より見たことの無い「|泥の巨人」の出現に広場に集まった木こり達は浮足立った。そんな人々を見下ろすクレイゴーレムは、壁越しでも胸から上が見えるほどの巨体である。そして、その巨体に見合う大きな泥の塊で出来た腕を振り上げると、壁に叩きつける動作を繰り返しているのだ。


「落ち付け! 落ち付けーっ!」


 最初こそ、恐ろしいクレイゴーレムの出現に騒然となった木こり達だが、ロスペとヨーム村長の声に次第に落ち着きを取り戻していく。不思議な事に、これだけ大きな衝撃と震動があるにもかかわらず、貧弱そうに見える村の壁はビクともしていないのだ。


「老師の魔術で補強されているから、壁は大丈夫だ!」


 ヨーム村長の声に、木こり達は安堵したように声をあげる。そんな声の中、一人メオンは肝を冷やしていた。


(ゴーレム生成じゃと……何者かがこの襲撃を指揮しているとは思ったが、かなり高位の魔術師がおるのか)


 相手が魔術師ならば、この状況をどう打開するか? 村の壁が城壁の術で強化されていることは、ゴーレム生成を使用出来るほど優れた魔術師ならば既に見抜いているだろう。


(儂ならどうする?)


 メオン老師は、相手側に立ってこの状況を打開する方法を考える。相手の出方を考えた上で、此方の対策を準備しなければならない。


解呪デ・スペルで、壁の強化を取り除くか?それとも、ゴーレムを強化してごり押しで城壁ランパートを打ち破るか……)


 解呪の術デ・スペルは文字通り、相手側の有効な魔術効果を消去する術であるが効果に比較して魔力の消費が激しいことと、術者の技量に大きな差が無いと効果が不安定になる点が問題と言える。一方ゴーレムを強化 ――例えば振り回している腕を一時的に魔力で強化する―― は失敗する恐れがほぼ皆無と言える。敢えて問題点を挙げるならば、ゴーレムを強化しても城壁を破るにはある程度時間が掛ることだろう。


(わしならばゴーレムを強化するな、その方が確実じゃ……ならば、迷わせてやろう!)


「此方もゴーレムを出すぞ!」


 メオン老師はヨーム村長にそう伝えると、腰の革袋から大きな魔石を掴み出し魔術陣の起想に取り掛かる。「土人形生成」の術で対抗するのである。此方もクレイゴーレムを作り出し、相手のクレイゴーレムの破壊を試みるのである。


(これで、一発解呪デ・スペルを無駄撃ちしてくれれば儲けものじゃ)


 「土人形生成」も「城壁」の術も元来「解呪」に対する耐性の強い術である。だから相手の魔術師は解呪を使わない可能性が高いが、それでもメオンの作り出すクレイゴーレムが相手のゴーレムを阻止できれば充分なのである。


**********


 ラスドールスがクレイゴーレムを強化するため、打撃強化エンパワーの術を完成させる直前、村の壁に近い畑からもう一体のクレイゴーレムが出現した。勿論、メオン老師が生成したゴーレムである。新たに現れたクレイゴーレムは、ラスドールスの物と比べると幾らか小さいサイズだが、それでも十分に大きな腕を振り回すと壁を殴り続けているラスドールスのゴーレムに殴りかかる。


バァン!


 文字通り、泥を叩きつけたような湿った音が響き渡り辺りに泥が飛び散る。ラスドールスのクレイゴーレムは、今の一撃で腰の辺りの泥を削り取られたが、依然として壁を殴り続けている。予想外の展開に集中が途切れ、完成直前だった強化術の魔術陣が四散してしまったラスドールスは悪態を吐きながらも、改めて術の発動に取り掛かる。


さかしい真似を!)


 命令付与型のラスドールスのゴーレムは、臨機応変に攻撃目標を変更することが出来ない。自身は殴られるに任せて、黙々と壁を殴り続けている。ラスドールスは一瞬、次の手を考え躊躇するがメオンの思惑通りにはならず、改めてゴーレムの打撃力を強化することにした。


 ラスドールスが掛けようとしている「打撃強化エンパワー」は本来、手持ちの武器などに掛けられる中級程度の魔術である。武器に一時的な魔力を付与することで威力を倍増させ、同時に魔術による防御をも直接攻撃することが可能になる。今は魔術陣の一部を変更しゴーレムの腕に付与できるようにしている。


 強化術は速やかに効果を発揮する。壁を殴り続けるクレイゴーレムの腕に、誰の目が見てもそれとわかる魔力のオーラが纏わりつく。


 ドシィッ!


 魔力に強化された腕が壁に叩き付けられると、これまでと明らかに違う、まるで分厚い氷を金槌で割るような衝撃音が発生した。打撃力が「城壁」を形成する魔力壁を直接攻撃したのである。


 ドシィ! ドシィ!


 立て続けに繰り出される打撃により城壁は破られる寸前の状態となるが、そのゴーレムは別のメオンが操作するゴーレムに殴られているという状況が繰り広げられる。


 メオンの操縦型のゴーレムは、命令を織り込む必要が無い分だけ生成時の魔力消費は少ないが、操るための「念想」に魔力を持続的に消費するのだ。松明の明りに照らされた老魔術師の額に汗が浮かんでいる。


(殴り合いは、儂の仕事ではないじゃろうが!)


 ゴーレムを操る念想操作の合間にも、メオンは内心で悪態を吐く。


 二体の魔力で生成された泥の巨人はお互いの目標を殴り続けるが、ついに決着の時を迎えた。メオンのゴーレムによって、胴体に大きな穴を開けられたラスドールスのゴーレムが魔力の付与された拳を振り上げるが、動きは明らかに鈍っている。そこへ、メオンのゴーレムは大きく開いた穴に両腕をねじ込み、横に引き裂こうと力を込める。


 ドシャァッ!


 形容しがたい音を響かせて、ラスドールスのゴーレムの上半身が形を失い崩れ落ちる。しかし、振り上げられていた拳は付与された魔力の作用で形を失わず、壁の上に落下すると弱り切っていた村の土壁を粉砕してしまった。


「やった! やっつけたぞ!」


 立ちこめる土埃が治まった頃、誰かがそう叫んだのを皮切りに広場に集まった村人たちは歓声を上げる。ヨーム村長もほっと安堵の表情を浮かべてメオン老師に話しかける。


「あんな化け物を倒せるとは、流石は老師ですね」


 メオン老師は一度だけ額の汗を拭うと、自分のゴーレムの術を解除する。その視線は二体のクレイゴーレムが残した泥の残骸を眺めながら深刻気な表情を崩さない。


(儂のゴーレムに対抗するのではなく、壁だけを狙って来ておったな……と言う事は、まだ新手が出てくると思った方がよいな)


「ヨーム村長、まだ終わっておらんぞ! 恐らく新手が壁の崩れた部分を狙ってくるはずじゃ」


 メオン老師の忠告に、ヨーム村長の表情が再び曇る。そこへ唐突にフリタの声が再び聞こえてきた。


『ヨーム村長、メオン。西の森からこちらへ移動する一団が見えるわ。数は二十以上、兵士のような武装をしている』


 フリタの遠話にメオン老師が答える横で、ヨーム村長は舌打ちをしつつ、まだ喜びに沸いている村人達に号令を発した。村の入り口と、壁の破られた場所の防御を整える必要があった。


(こうも次から次へと来られると、もたない・・・・ぞ。騎士団はまだか)


 ヨーム村長は、この夜の先行きに不安を感じ始めていた。


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