Episode_01.14 臨戦態勢
メオンとヨームは篝火の下で戦略について話合う。これまで何度かオークの集団や野盗の集団に襲撃されたことがあり、その時の経験から村の西側の防衛について意見を出し合っている。
「土壁は
「西口には門が無いが、今ロスペ達が障害物を設置している」
「となると、この時期水位が下がっている、南の川沿いに進入されるのが一番厄介じゃな」
「そうだが、あの辺りは足場が悪く此方の飛び道具を避ける障害物も無いので問題ないと思う。それに、ルーカが居るしな」
樫の木村で、大規模な戦闘経験のあるものは少ない。ヨーム、メオン、ルーカ、フリタ、ロスペその他数人である。
「フリタもあてに出来るといいのだが、流石にルーカに言い難いしな……」
ヨームが言いよどむのは、ルーカに彼の妻フリタだけは「防衛に参加して欲しい」と頼み難いと感じているからだ。他の女子供達が隠れている状況でフリタだけを別に扱うのは不公平な気もするし、何より女子供の手を借りる事に抵抗がある元騎士のヨームなのだ。しかし、言いよどむヨームの思いを余所にメオンは簡単に一言、
「それは、ルーカに任せておけばよいじゃろ」
と言うのみだった。メオンとしては、
そのメオンの言葉に何か言いた気な素振りのヨーム村長であるが、今はそれだけに構っている時間では無いと気持ちを切り替えて別の話題へ移る。
「……ところで老師は相手の戦力についてどう思う?」
「戦力か……数というよりも、わからんのは質の面じゃな」
「というのは?」
「うむ、何者かに統率されているのか? それとも自然発生的なものなのか? というところじゃが……」
先程からこの点を考えるメオン老師であるが、結論が出ていない。古代遺跡から現れた集団を統率する「何者か」が居たとしても、この小さな開拓村を襲撃する意味は無いように思う。しかし、屍人の集団と魔獣の取り合わせが自然発生することがあるだろうか? という疑問も残るのだ。
「考えても詮無いことじゃな……」
思案しても
術が発動すると、メオンは右手を何も無い空中に突き出す。するとローブから突き出た腕の肘から先がプッツリと消えてしまったように見える。その光景を横で見ていたヨームが思わず目をむくが、メオン老師はその様子に構わず、何かを探し出すように見えなくなった腕をかき回す。
「これじゃ、これじゃ」
そういって、まるで道具袋から何かを取り出すように腕を引き戻すと、大振りの杖を掴んだ右腕が現れた。更にもう一度同じ動作を繰り返し、今度は革袋を引っ張りだす。
「……それは?」
「うむ、普段杖など邪魔になるだけだが、こういう場合は便利だからのう。それに、魔石もこれだけあれば、魔力切れにはならんじゃろう」
メオンは右手に杖、左手に魔石の入った革袋を持ち、ジャラジャラと音をさせ革袋を振ってみせる。杖は節くれだった格好をしている。材質はわからないがガラス質の光沢のある木製で表面にルーン文字が彫りつけてある。
「この杖はのう……まぁ良いか。道具の講釈など詰まらんもんじゃ」
「私も久しぶりに防具を装備するとしよう。老師、しばらくここをお願いします」
メオンの様子を見てヨームも自分の装備を整えようという気になったのか、そう言うと自宅へ戻って行った。
その背中を見送りながら、メオンは思うのであった。
(戦の前の緊張感かのう……昔を思い出すわい)
**********
村人が忙しく準備に動きまわる中、特にやるべき事のないデイルは、心を落ち着かせようと松明の明りを見つめている。準備らしいものと言えば自分の馬に括りつけていた盾を取ってくる事くらいだった。騎乗で戦うことも考えたが、機動性や速度を生かす広さが足りない上に、ここまで全速で走らせたため疲労が蓄積しているようだった。飼い葉と水を与え、少しの間身体を拭いてやっていたのだが、万が一のために鞍は外してやれなかった。
(集中していることと、ボーっとしていることは実は紙一重なんだな)
戦いの前の不安感を打ち消すために、松明の明りを見つめながら極力馬鹿げたことを考えるデイルに後ろから声を掛けられた。
「よお、騎士さんよ!」
デイルはその声に振り返る。声の主は、屈強な体格の中年だった。片手に木槍を持ち、腰には片手斧を二つ差している。
「えっと、ロスペさんでしたか?」
そうだ、といった男はデイルの横に並ぶとニカッと笑う。前歯が何本か無かった。
「俺はな、昔コルサス王国のある街で兵隊をやってたんだ。あの頃は、今以上にあの辺りは荒れていたからな。月に一度は何かの形で戦があった」
「そうなんですか、私もコルサス王国の東側の出身だと母から聞いています」
「……ベートとの戦争で焼け出されちまったんだろう。なんだか、スマナイな」
松明の明りがチラチラとロスペの顔に陰影をつくる。昔の戦場を思い出しているのだろう。ロスペは嫌な記憶を振り払うように頭を振ると、言う。
「なぁ、騎士さん。戦で生き残る奴ってどんな奴だと思う?」
デイルには大規模な戦闘の経験が無い。つい先月の魔獣討伐のような哨戒騎士団の任務で小規模な戦闘は何度か経験しているが「
答えに詰まっているようなデイルを見て、ロスペが自分の問いに自分で答える。
「それはな、腕っ節は強いが根は怖がりの奴さ。死ぬなよ!」
そう言うとガハハと笑い、デイルの肩を叩く。金属鎧がガシャッと音を立てる。そのままロスペは他の木こりが居る場所へ歩いて行った。
(根は怖がりか……俺にぴったりだな)
自嘲する訳では無いが、デイルはロスペの言葉に自分を当て
**********
板金の部分鎧を鎖帷子や革で補強した鎧は、デイルの身に付けている物と基本同じ型であるが、表面に残る凹凸や引っ掻き傷が年季の違いを主張している。それに、面貌が開閉するタイプの全閉兜を被り、木製の中型盾と
完全装備のヨームがメオンの所に戻ってくるころに、ルーカも戻ってきた。厚手の革製の上着を着込んでいる。これは、重要な部分に鉄板が裏打ちされている動き易さ重視のブリガンダインと呼ばれる防具だ。そして手には重厚な戦闘用の複合弓を持ち、矢筒を腰に下げている。その矢筒には白い水鳥の羽を使った矢がざっと二十本入っており、それらの先端には幅広の鋼の鏃が取り付けられている。
「なんじゃルーカ。お前まで昔の装備を引っ張り出してきたのか」
「あぁ、ちょっと虫が知らせるというか……危険な感じがするんだ」
「フリタはどうしたのじゃ?」
メオンの言葉にルーカは顎をしゃくって丘の上の集会場を指す。
「あそこから、狙撃するって言ってたよ。昔から高い所が好きだからね」
「そうか、助かる。あの場所から狙えれば敵を壁の前に釘付けにできる」
ルーカの返事に、ヨームは嬉しそうに言う。
「じゃぁ、持ち場に戻るよ。メオン無理するなよ」
そう言うと、ルーカは川縁へ向かって歩き去っていった。
「フンッ」
いきなり年寄り扱いされたメオンは鼻を鳴らしつつ、その背中を見送る。そんなやり取りを横目で見つつ、ヨームは広場に向かい大声で言った。
「みんな、そろそろ現れる頃かもしれん。警戒を怠るな!」
**********
フリタは、集会場となっている石造りの建物の屋上に陣取っていた。少しでも高い場所、少しでも見晴らしのいい場所に陣取るのは、傭兵時代に培ってきた生き残るための術である。戦場を見渡し状況判断するためと、ルーカの動きを見守り援護するためにそういう有利な場所を探して確保することは、フリタにとっては身に染みついた常識と言える。特に今夜は新月である。ルーカと違い夜目の利かないフリタにとって、普段以上に視界の開けた場所が必要だった。
「やっぱりこの場所なら、西口が良く見えるわ。ルーカは……きっと川縁の樫の木のあたりね」
何気なく独り言を言うフリタは一旦全体の配置を見渡し頭に入れると、装備の準備に取り掛かる。フリタの装備は小剣と短弓のみであるが、この弓は
準備を殆ど終えた所で、またも独り言が口をつく。
「まったく、いつまで経っても私を妹か何かと思ってるのよね。ルーカってば」
そう言いながら、先ほどの一時を思い出して顔がにやけてしまう。そう言う営みは久し振りだったから仕方がない。
(だめだめ、集中しなくっちゃ)
気持ちが甘い方へ逸れそうになったフリタはそう言い自分に聞かせる。そして、気持ちを戦時に切り替えると、矢筒を肩からおろして近くに立てかける。三十本近くの矢がギッシリ詰まっている矢筒には、ルーカのものよりも細く軽く作ってある矢が納められている。
荷物を下ろしたフリタは射線を確認するように、屋根から身を乗り出してもう一度西口の方を確認する。
「これだけ松明の明かりが有ったら……壁の外も狙えそうね」
「そうだね」
そんなフリタの横から突然別の声が聞こえてきた。流石に、フリタは飛び上がる程驚いて声の方を振り返ると……そこにはフリタの真似をして身を乗り出しているユーリーの姿があった。狩りに行くときの格好で、弓と矢筒を背負い腰には短い山刀を差している。
ユーリーはメオン老師から、家にいろ、と言われていたが好奇心が勝って西口の様子を家の外に出て見ていたのだ。そうしていると、フリタが普段見かけない格好で弓を持って歩いて行くのが見えた。それで、自分も玄関先に置いてあった弓矢を持って後を付いてきたという次第だった。但し、何となく罪悪感があったので極力見つからないように気配を消して付いてきたのであった。
「ゆ、ゆ、ゆ、ユーリー! 驚いたわ、あなたこんな所でなにやってるのよ!」
「ゴメン、付いて来ちゃった」
ユーリーはそう言って意識的にカワイイ笑顔を作る。が、
「だめよ、そんなカワイ子ぶっても。今すぐ家に帰りなさい!」
「えー、ダメなの? 僕も弓使えるし、魔法だってお爺ちゃんに習ったんだからぁ」
そう言ってダダを捏ねるが
「ダメ!」
フリタは取り付く島もない様子だ。
「でも……」
ユーリーが更に何か言おうと口を開きかけた時
カンカンカンカン
――半鐘の音が鳴り響く――
「見えたぞー!」
それは襲撃者が現れた合図だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます