Episode_01.13 不死の襲撃者


 古代の死霊魔術師ラスドールスの眼前には、新たに屍人兵となった三体の元冒険者があった。輝きを失った眼球には、若く美しい自分の姿が映っている。ラスドールスは満足気に頷くと誰に語るでもなく、独白する。


「さて、女の記憶によると、東に蛮族の集落があるようだが……」


 大崩壊の後、彼の一族が生活の拠点としていた場所に、今は蛮族の集落があるという。さらに、アンナの記憶を探ると、大崩壊から優に七百年は経過していることが分かった。もう遥か昔の出来事になっているが、彼は彼を長年封印した彼の一族に復讐したかった。


「我が一族の者が残っておるかもしれんな」


 彼はその村を襲うことを決心した。七百年間の憤怒は、破壊衝動をぶつける何かを求めている。遥か昔の一族の拠点に、今は村が在り人が暮らしているのならば、そこに一族の血筋が残っているかもしれない。彼にとっては、それだけの事で十分な理由なのだ。その村を襲い、殺す。不死の兵を増やす。そして、さらに別の村を襲いまた増やす。そして、彼の国 ――不死者の国―― を作り上げるのだ。


 屍人兵を引き連れてラスドールスは自らを封印し続けた石のドームを後にした。通路を通り、先ほどスカウトが解除した入口を通ると、地滑り跡へ出た。外の世界は、辺り一面が黄昏時の夕日に染め上げられている。七百年振りの外界の風景であるが、復讐心に満たされた彼の心には何の感動も与えないようだ。


「手駒が足りないな……」


 目の前に整列する屍人兵を見ながらそう呟くと、何やら思案する。

 

 五百人程度の集落を襲うならば屍人兵の数が足りない。亜次元から下位魔神を召喚すれば簡単にカタが付くが、やり過ぎになってしまうし魔力の消費が惜しい。


「泥人形を作り、それを中心に数は召集コーリングで揃えるか……」


 彼は、杖を握りしめると魔術に取り掛かる。杖の赤い魔石が夕日を受けて鮮血のような赤色に光る。目の前に複雑な魔術陣が浮かび上がり、それが霧散すると「召集コーリング」の術が発動する。この術は、周囲の低級魔獣等を呼び寄せて使役する術であり、現在では失われてしまった古代の魔術の一つである。


 程なくして周囲が闇に包まれ始める。そして、体毛の無い黒い皮膚をした馬程の大きさの魔獣の群れが目の前に現れた。黒屍犬デスハウンドである。魔獣の群れは体格に似合わない大きな頭を振って牙を剥き出しにしながら屍人兵の周囲を回る。


 自分達を呼び付けた何者かを警戒しているような魔獣達であったが、ラスドールスの姿を認めると一瞬硬直したようになり、次いでひれ伏すようにその場で身を低くする。


「ふむ、屍犬の群れか。悪くないな」


 そう言うと、杖を振りかざし彼の軍団に命じた。


「東へ進め!村を襲うぞ!」


 二十三体の屍人兵と十匹の黒屍犬デスハウンドの一団が無言で進み出す。それは、デイルら一行が危機を知らせに立ち去った少し後のことであった。


**********


 朝には三時間程掛った道のりを約三十分程で走り切り、デイルとルーカは村の西側の小川に掛けられた二つの橋を渡ると村の入り口に飛び込む。馬は口の周りに泡を張り付かせながら、大きなふいご・・・のように喘いでいる。限界の速度で駆けさせてきたのだ。そんな馬から飛び降りた二人はヨーム村長宅へ向かう。


 ヨーム村長は、帰りの遅い一行を心配して玄関先に松明を灯して待っていた。そこへデイルとルーカが駆け付ける。


「一体どうしたのだ?」


 二人の様子に驚くヨームに対してルーカが言った。


「大変だ、遺跡から亡者の群れが現れた。村が襲われるかもしれない……」


 ルーカとデイルは交互に、これまでの経緯や街道から目撃した地滑り跡の様子を伝える。


 聞き終えると、流石のヨーム村長も顔色が変っていた。


「それで、連中の数は分かるか?」

「シッカリ数えられなかったが、冒険者の死体を含めて、武装した屍人が二十体。それに黒屍犬デスハウンドが数体だと思う……」

「楡の木村に滞在している哨戒部隊が此方に応援に来るはずです」

「よし、皆に伝えるんだ。男衆は西口の広場に集合。女子供は戸締りして家から出ないように!」


 そう言うと、ヨームは家の軒先に掛けられた半鐘を叩く。村に危害が及ぶ恐れを伝える鐘の音が村の夜空に響き渡った。森の中の開拓村では、自衛は死活問題である。迷い込んだ魔獣や、盗賊団の略奪、オーク・ゴブリン等の亜人種らの襲撃から村を守るために十分とは言えないが備えは行っている。もうしばらくすれば、家々から普段の仕事道具を武器代わりに村の男衆が集まってくるだろう。


**********


――カンカンカン――


 半鐘の音が響き渡った時、ユーリーとメオンは夕食を終えたところであった。


「なにかな?」


 ユーリーが食器の後片付けの手を止め、家の外に出てみる。村の西口を見やると、既に数人の木こりや農夫が各々に斧やすきを手に西口へ向かっているのが見えた。


「オークでも出たか……危ないから家の中におるのじゃ」


 そう言うと、メオンは後ろからユーリーの襟首を掴んで家の中へ引っ張り込んだ。引っ張られながら、ユーリーは「もう子供じゃない」とか喚いていたがメオンは聞く耳を持たない。


 そうこうしていると、玄関先にルーカが現れた。


「メオン、大変なことになった。ヨーム村長が呼んでいる……」


**********


「ふぅむ……」


 ヨーム村長宅の前の広場にやって来たメオンは腕を組んで考え込んでいた。そんなメオンの周りには、村中から集まった男衆百数十人が松明や篝火に照らし出されている。事情はルーカからここに来る途中で聞いた。


「本来ならば斥候を出したいところだが、そうも言っていられない状況じゃな」


 メオンの言葉にヨームが頷く。


「やはり、西口を中心に守りを固めて、哨戒騎士団の援軍を待つのが上策と思う」


 ヨーム村長の言葉である。


(果たしてそれだけの時間を耐えることが出来るか?)


 ヨーム村長の意見は尤もなもので、メオン老師には反対意見がない。ただ心配なのは時間である。楡の木村から、樫の木村まで、騎馬での行軍ならば恐らく三時間も掛らないだろう。だが、月明かりの無い新月の夜に周囲を警戒しながらの行軍となると、軍勢の進む速度は格段に落ちる。


(……最悪の場合、今晩一晩は村人だけで持ちこたえる必要があるな)


 と思うメオンである。しかし、同時にこのことは敢えて言う必要のない事だとも思うのだ。だから、


「よし。村長の言う通りの策で行くとしよう」


「応!」


 と集まった男衆が声を上げる。


「よし、ロスペと木こり衆は村の西口を固めろ。ルーカと農夫衆は壁の南側の川へ行ってくれ。皆で協力して村を守り切るのだ!」


 ヨーム村長の号令で村の男衆は準備のために一斉に行動を開始した。


**********


 西口を守備する木こり衆の数は約百人。全員がロスペの号令で材木を持ち出すと、即製の木槍を作り始めた。持ちやすい大きさに材木を割ると、先端を尖らせていく。四メートル弱の長さの木槍が全員に行き渡るのにそう時間は掛らないだろう。


 南側を守備する農夫衆約四十人は倉庫から持ち出した|投石紐(スリング)を各自が持ち、投石用に保管していた石を準備している。主要な武器は農耕具のすきくわだが、川縁の足場が悪い所を移動する侵入者に対して最も効果的なのは、彼らの投石紐である。


 ルーカは全員が準備作業を始めるのを見届けると、一旦自宅へ戻ることにした。手持ちの弓矢は狩猟用で、この場合は威力が心許ない。昔から愛用している戦闘用の弓矢に装備を変更したいと思ったのだ。


 ルーカが自宅へ戻ると、半鐘の音を聞いたフリタが既に準備をしていた。丈夫な革製の上着二着がハンガーに掛けられている。壁に立てかけられているのは、上等なイチイ材を母材に鋼と鋼糸で弾性を補強したルーカの複合弓と、材質はよくわからないが白っぽい見た目の優美な形をしたフリタの短弓であった。これを見た瞬間


(あぁ……フリタもやる気なんだ……)


 とルーカは思った。そして、無駄な事とは知りながらフリタに言う。


「なぁ、フリタ。もう昔とは違うんだし、これは戦争じゃ無いよ。僕は何処にも行かないから、家で待っていてくれな……痛っ」


 ルーカが言い終わる前に、フリタはその頬をつねっていた。


「だったら、尚更私も行くわよ。この村に住み始めてもう随分時間が経ったし、もうここは私達の故郷と同じよ!」


 普段の涼しげな表情から一変して、感情を表に出しているフリタを見て、場違いながら


(あ、綺麗だな……)


 と思うルーカであった。


 お互い、生まれた場所は違うが戦争孤児であることは同じである。数十年前に知り合い、戦場を生き抜くためにお互いを必要としてきた。色々な戦いを二人で切り抜け、戦が作り出す様々な理不尽な光景を目にしてきた。


 そして、或るきっかけを得た二人は戦いが日常に存在する明け暮れを忘れるためにこの開拓村に移り住んだのである。それから十数年、貧しいながら穏やかな生活を送れたのはこの村のお陰だ。だからフリタが、私達の故郷、と言い表す言葉はルーカも同じである。


「それに、メオン君・・・・も頑張ってるんでしょ。だったら私も行かなきゃ」


 そう言ってニコッと笑う。


「フリタ……メオン君・・・・なんて言ったら、彼に悪いよ」


 そう言ってルーカも笑う。笑い合う二人はどちらからともなく抱きしめ合う。


「さぁ、準備をしなきゃ」

「ちょっとくらい良いじゃない」

「でも、時間が……」


 言いかけたルーカの唇にフリタの唇が重なる。


「十分くらい、大丈夫よ……」


 妙に艶っぽい声で言ったのだった。


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