Episode_01.11 哨戒騎士デイル


 ――時間は少し遡る。


 アンナと冒険者の一行が遺跡調査に向かった後、残された騎士デイルと狩人ルーカは手持無沙汰な時間を過ごしていた。秋の日差しは暖かく、見上げると、この季節独特の高く青い空に白い雲が幾つか浮かんでいる。


 二人は、樫の木村から続く街道の脇に丁度良い木立を見つけるとデイルの馬とアンナが乗っていた馬を繋ぎ、何をするでもなく待っていた。


 この場所からは、地滑り跡を辛うじて木々のこずえの合間に見ることが出来た。一行が出発して暫くした頃に、地滑り跡で人影が動いているのが見えた。日光を反射して金属製の武器か防具がキラッと光るのも見て取れた。しかし、今ではその場所に動く物は無い。


(みんな、洞穴の中に入って行ったのか。まったく、冒険者といい魔術師といい物好きな連中だぜ)


 デイルの感想である。デイルは実の所、暗い場所や狭い場所があまり得意ではない。騎士としてのプライドがあるので、大っぴらに怖がることはないが出来ることならば避けて通りたいと思っている。


 先ほど冒険者のリーダー格のドバンが素人は邪魔だと言った時は、騎士のブライドからムッとしたが、一方で「ホッ」としていたのである。


 デイルは丁度良い石を見つけ腰を下ろすと、色付き始めた広葉樹の葉が涼やかな秋風に揺られヒラヒラと日光を遮り作り出す影を何気無く眺め続ける。鳥のさえずりりが聞こえている。


 しばらくすると、ルーカが「獲物を探してくる」と言って森の中に入って行った。デイルも、剣の素振りでもしようかと思い立つが丁度昼時であることを思い出し、先に腹ごしらえをすることにした。


 腹ごしらえと言っても、特別な物は何もない。わざわざ火をおこして調理する食糧は持参していない。馬に括り付けた袋から種無たねなしパンと干した豆という典型的な携行保存食が入った袋を取り出す。火を使わずに食べることができ、ある程度腹持ちが良いのが利点であるが、水分無しで食べようとすると口の中がパサつき食べにくいのが欠点である。


 袋に手を突っ込み、ひと掴みすると口に放り込んでガリガリと咀嚼する。咀嚼が終わった頃合いで、革製の水袋から水を一口飲み、水の助けを借りて口の中の物を飲み下すとまた袋に手を突っ込む。


(スープか、エール酒が欲しいところだな……)


 今日のデイルの食事はこの動作の繰り返しとなった。そして保存食を食べ飽きたところで、愛剣の長剣バスタードソードを抜き、型の動作を繰り返す。頭の中には、昨日のヨーム村長との立ち合いがあった。


 強いとは聞いていたし、先月の魔獣討伐では、目の前で黒屍犬デスハウンドを討ち取るのも見ている。しかし、正直な感想で言えば、あれ程簡単に勝負がつくとは思っていなかった。数合剣を合わせ手数で押せば、何とかなるとすら思っていた。今は、自分の甘い考えが情けなく、それを振り払うように剣を振っている。


 そうしてしばらく時間が経つと、段々と悔しさとか情けなさという感情は治まってくる。そして、いつの間にか剣を振るうことに没頭していくのである。この単純さが騎士デイルの人間の良さを示しているといえる。


**********


 正午を三時間以上過ぎ、日差しも西に傾きつつある頃、街道の西の方から馬の蹄の立てる音が聞こえてきた。何かと思い稽古を中断すると、デイルは西の方を見た。遠巻きに、三騎の騎手が此方の方へやって来るのが見える。


 常歩なみあしで進んでいた彼等は、街道にデイルの姿を認めるとやや速度を上げて近づいてくる。程なく、デイルの前に到達した騎手達は馬を止める。先頭の騎手が「やぁ」という風に手を上げて挨拶すると、馬を降りた。


 馬から降りた人物は、デイルと同じような出で立ちの騎士である。デイルに近づきながら全閉兜クローズメットを脱ぐと小脇に抱えた。その後ろでは、同じ深緑色の装備ながら、胴当て以外は革製の装備の騎士 ――見習い騎士―― が彼の馬の手綱を持っている。


「ようデイル、久しぶりだな」


 騎士の男はデイルより年上のようで三十代に見える。ガッシリした体格で、赤毛を短く刈り込み、余り手入れの行き届いていない口ひげを蓄えている。


「パーシャさん、お久しぶりです。哨戒任務ですか?」

「あぁ、ハンザ隊長の隊で先週からにれの木村に居る。明日には出発するから、斥候ってことで若いのを連れて出てきた」


 デイルやパーシャの所属するウェスタ候領騎士団には、南部の田園地帯に所領を持つ騎士を中心とした正騎士団と、北部の森林地帯に点在する開拓村を中心に領地全体を巡回警備する哨戒騎士団の二つがある。


 正騎士団の騎士は文字通りの騎士 ――ウェスタ侯爵より所領地を与えられた代々続く騎士身分―― であるが、哨戒騎士団の多くは、俗に当代騎士と呼ばれ、本人の能力により兵身分等の平民階級から騎士身分に取り立てられた騎士が多い。哨戒騎士団は約百五十騎の騎士を有し、三分の一が哨戒任務、三分の一がウェスタ城下町の警備、残り三分の一が休暇といった輪番制で運営されている。言うまでも無く、デイルやパーシャはこの哨戒騎士団の所属である。


「ハンザ隊長ですか……」


 デイルはちょっと微妙な顔をする。パーシャが所属する隊のハンザ隊長は、勿論騎士だがデイルやパーシャと違い正騎士である。侯爵家に古くから仕える由緒正しい家柄の出身だ。父親は老齢ながら、まだ健在で正騎士団の要職に就いている。ハンザ隊長も本来はウェスタ候領騎士団の正騎士団に居れば良いものを「修行したい」ということで、実戦任務の多い哨戒騎士団への配属を希望してきた変わり者である。


 そして、何よりデイルが微妙な表情をする理由は、数年前の勝ち抜き戦で四人目に当たったのがそのハンザだったからである。同じ年頃ながら既に騎士であったハンザと立合い、僅かの差でデイルは敗れたのだった。勿論デイルが劣っていた訳では無く、その証拠に三戦勝ち抜きを認められて騎士に取り立てられたのだが、デイルはその時の勝敗に拘っていた。


 昨日のヨーム村長との手合わせ後の清々しい気分とは異なる感情であるが、それは惜しい負けであった事の他に、ハンザが「女性」で、しかもデイルの判断基準によると「第一級の美女」であることに由来するところが大きかった。早い話、デイルの想いの女性とはハンザのことなのだ。そして、勝ち抜き戦で敗れて以来、今に至るまで、彼女の凛とした美しさが目に焼き付いて離れない。一方的に想いを寄せるにしても色々と「分の悪い」相手だと思うのだが、中々自分を納得させることができずに、それが先程の微妙な表情に表れているのだ。


「なんだ、お前。まだあの時の勝敗を根に持っているのか? 確かに惜しい負けだったが、忘れろ忘れろ。ハンザ隊長がお前を負かした後に、四人抜きしたのを見てただろ。」


 「お前だってそれくらい強いってことだ」と言う先輩騎士の言葉は少しデイルの抱く感情とはズレているが、デイルは「分かってます」と不貞腐れたように答えた。


「ところで、お前はどうしてここに?」


 デイルは経緯をパーシャに説明する。


「……ほぉ、夏頃にこの近辺で魔獣討伐をやったのは聞いていたが、その続きか。ハハハ面倒なことを押し付けられたな」


 そう言って笑うとデイルに教えられた地滑りの跡を眺める。


「確かに、去年はあの辺りも森の一部だった気がするが……その冒険者の一行と女魔術師とやらは、朝から行ってるのか?」

「昼前に入りましたから、そうですね、でも六時間位は経ってますね。」

「で、その女魔術師は、その……良い女かい?」


 ニヤケ顔のパーシャに対し、


「魔術師っていうのは、どうも……」


 と苦笑いで首を振るデイルなのだ。そんなデイルの肩をどやし付けるパーシャは、


「えり好みも程々にせんと、その内オークかゴブリンみたいな嫁を貰う羽目になるぞ」


 そう言って、ガハハと豪快に笑う。


「やめてくださいよ、パーシャさん。そんなことよりも、昨日樫の木村のヨーム村長と一手立ち合いましたよ」


 パーシャは笑うのを止めると「おぉ」と唸った。


「もう全然相手になりませんでしたよ。赤子の手を捻るとは、こう言うことかと思いました」

「まぁ、お前もなかなかやる方だ、赤子の手を捻るとはいかないだろうが、ヨームさんは別格に強い騎士だったって話だ、お前も勉強になっただろう」


 パーシャは口ひげをしごきながら、そう言って落ち込み気味の後輩騎士を元気づける。パーシャという騎士、粗野な見た目や喋り方に反して、こういう所に気が付くため他の若い騎士らから人望がある。ハンザ隊の副長として、経験不足の隊長を支える隊の要石かなめいしの役割を果たしているのだ。


 そうこうしていると、ルーカが戻ってきた。だが、深刻そうな暗い表情をしている。そんなルーカは、新しく現れたパーシャ一行に挨拶もそこそこ


「おかしいんだ、全く獲物の気配がしない……この季節にこんなことは初めてだ」


 と、言い出した。


「俺は狩りの門外漢だが、ルーカさんとやら、そんなのはよくあることなんじゃないのかい?」


 パーシャの言葉をルーカが頭を振って否定すると、睨みつけるように地滑り跡に視線を移した。


「……やっぱり、瘴気が濃くなっている」


 エルフ族は、生物の出すオーラを見ることが出来ると言われている。そのため、夜目も利き、狩りに秀でている。ハーフエルフながら、ルーカにもその素質がある。昼前にデイルと別れて森に分け入った時は、周囲には獲物になる動物の気配が確かにあった。しかし、馬と人の気配を警戒して姿を見せない野生動物を仕留めるのはルーカでも難しいため、すこし離れた場所を狩り場にすることにして街道を南に外れた森の中へ進んで行った。


 しばらく進んだ頃、ルーカは周囲の森から動物の気配が消えていることに気付いた。消えていると言うよりも、何かを警戒して気配を殺し潜んでいるようだ。熟練の狩人であるルーカが動物に気配を悟られて警戒されるという失敗をすることはまず無い。別の何かが動物達を怯えさせているのか? そう考えてルーカは周囲を慎重に探ってみたが不審な物は感じられなかった。そして、


(まさか、あの洞穴の影響か?)


 そう思い、デイルの待っている場所へ戻って来たのだ。


 今のルーカには、北の斜面一帯に薄黄色いオーラ ――瘴気―― が漂っているように見える。


「なにかあったのかもしれない」

「なにかって、何が?」


 怯えの感情をなるべく外に出さないように、デイルが聞く。デイルもまた、ルーカの言う異変に気付いたのだ。


(そういえば、さっきから鳥の鳴き声が聞こえない気がする……)


 剣の稽古に集中していたのでいつ頃からか分からないが、パーシャ一行と会った前後からずっと、辺りから生き物の気配が消えていた。


「この不浄な感じは、多分亡者アンデットが放つオーラだと思う……」


 ルーカは、端正な眉をひそめると眉間に皺を寄せ、目は斜面の地滑り跡をにらみ続けていた。


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