Episode_01.10 古代の魔術師


 それから暫くして、ダーツはお目当ての物を探し当てた。扉全体に彫り込まれている彫金模様の一部が動く仕掛けになっていたのである。


「多分、この部分を回すと扉が開くと思うけど、開けていいか?」

「魔術的な仕掛けや罠は無さそうよ」

「いつでも来いだ。こっちは朝から出番が無くて退屈でしょうがない」


 そう言いながらドバンは両手斧を肩に担いで見せた。ウレアも短槍の石突で床を叩いて見せる。アンナは促されるまでもなく、二歩程後ろに下がる。


「それじゃ、開けるぞ……」


 ダーツが仕掛けを操作すると、観音開きの扉は反対側へ向けて音も無く開いていく。埃っぽい、又は微かに腐敗臭を感じさせる空気が奥から流れてくる。扉の向こうは全くの闇で、見通しが利かない。アンナは灯火の光を一行の前方に出現させた。


 ――オオ……――


 誰のものか分からない呟きが隙間風のように聞こえてきた。


 灯火の光に照らし出された空間は、石組の壁がそのまませり上がり天井と一体化したドームのようになっている。奥の方まで灯火の光は届いて無いが、微かに紫色の燐光を放つ何かがあるようだった。


 一行は用心しながら奥へ進んでいく。やがてドームの中心に到達すると部屋全体が見渡せるようになった。ドームは中心から同心円状に勾配の浅い階段になっており、中心が僅かに低いすり鉢状になっている。その中心には、何か祭壇めいた石の舞台が設置されているが特に目を惹く物は見当たらない。


 奥行きが二十メートルはありそうな殺風景なドームの入り口と反対側にはやはり祭壇のようなものがあり、そちらには、何か有りそうだった。一行は吸い寄せられるように、奥へ進んでいく。


 そして奥の祭壇に近づいた一行は、祭壇に見えていたものが、石の棺であることに気が付いた。棺は銀色の金属製の帯で巻かれ、留め金の部分には、黒っぽい光沢のある金属製の杖がかんぬきのように差し込んである。


 杖は大ぶりで丁度アンナの肩口程の高さがある。表面全体にびっしりとルーン文字が彫り込まれており、上部には、精密に彫刻された金製の竜の鉤爪が赤紫色に燐光を放つ握り拳大の大きさの魔石を掴むような細工になっている。その魔石の内部には脈動するように光る魔術陣が見えた。杖は思わず見入ってしまうような妖しい雰囲気を放っている。


「これは……ちょっと俺の専門外だけど、魔法の杖だよな」

「絶対普通の杖じゃないわよ、きっと凄い魔力を持っているとかじゃない?」

「こういうのは、とても高く売れるんだ、フフフ……」

「こんな辺鄙な場所にわざわざ来たかいがあったぜ」


 冒険者三人は口々に感想を述べている。


 魔法の杖に限らず、何らかの魔術の力が込められている道具というのは魔術具と呼ばれ驚く程高額で取引される。それらは強力な武器であったり鉄壁の防具であったり、持ち主に不思議な恩恵を与える道具類である。


 古代ローディルスにおいて作り出され「大崩壊」で失われた高度な魔術技術の賜物であり、現代の魔術でも模造したものを作り出すことができるようになっているが、その魔術的な効力は古代から伝わるものとは雲泥の差である。


 その強力な力を手に入れようと躍起になる者は、上は王家から下は豪商まで、金に糸目をつけず何とか手に入れようとする。また、このような古代の遺物を発見し持ち帰り、売りさばくことで平民が一生目にすることも無いような大金を得ることが、多くの冒険者の夢であり目的である。


 しかし、今回は魔術アカデミーや、冒険者ギルドという依頼主が居るのである。先ほどの魔石と違い、これほど価値のある物を着服することは出来ないだろう。


(いっそ、この女魔術師を殺して、お宝を持ち去ってしまうか……)


 ドバンの脳裏に悪魔の囁きのような考えが生まれる。夜を待って森の木々に紛れれば、外の街道で待っている騎士に気付かれること無くこの場を去ることが出来るだろう。その後は東へ、戦乱の治まらない中原地方へ入ることが出来れば、売りさばくことは容易いはずだと思う。


 そんな、彼の悪だくみには全く気付かず、ダーツがアンナに声を掛ける。


「魔術師さん、一応罠とか無いか確認してくれよ」


(そうだ、女魔術師に罠が無いか確認させてからがいいな。いっそのこと三人ともヤッてしまうか……)


 目の前では、ウレアとダーツが上機嫌でアレコレと話をしている。その光景を見ながら、大柄な戦士はそっと、一歩後ろに下がる。自分の技量ならば、油断している目の前の三人を後ろから襲って仕留めることは簡単だろうと思えた。


(……そうしよう。こんな生意気な小男ダーツに馬鹿にされることも、こんなあばずれ女ウレアの気を惹く努力も、もう御免だ)


 古代の魔術具である魔法の杖の一般的な取引価格は安くて金貨七百枚、高ければ天井知らずだ。


(叩き売っても金貨五百枚……)


 ドバンの頭の中は突然舞い込んだ一攫千金のチャンスに浮かれ、近い将来手に入れる大金の使い道で一杯になっていた。


 一方、すぐ背後でそんな悪だくみがされていることなど、全く気付きもせずに、鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌で話し掛けてくるダーツの声をアンナはぼんやりと聞き流した。このドーム状の部屋に入ってから、何者かに見られているような感覚が続いている。更に今は、耳鳴りのように低い振動が音のように聞こえる気がする。


「魔術師さん? どうかしたの?」


 ダーツの声に反応しないアンナに、ウレアが怪訝な風に声を掛ける。


「あ、ああ。そうね、そうね。ちょっと待っててね」


 ようやく自分に話し掛けているのだと気付いたアンナは本日何度目かの「魔力検知」の術を掛ける。


「……!」


 術を発動させ、杖を調べようと視線を上げた瞬間アンナは凍りついた。


 先ほどまで何もなかった棺の上の空間に、薄黄色に燐光を放つ「何か」が存在していた。それは、煙のように実体が感じられず透けているようだが、目の前の杖に纏わり付くローブを纏った老人のシルエットをしており……


 アンナが視線を更に上に向けると、そこには肉が削げ落ち、瞳の無い眼窩をむき出しにしたミイラのような、髑髏のような顔があった。アンナの視線に呼応するように、その顔がニヤリと笑った。


「ヒィッ……」


 引き攣った悲鳴が喉の奥で絡みつき、悲鳴となる前にその顔の瞳が無いはずの眼窩が赤く妖しく光る。


「……」


「おい! どうした……」


 アンナの様子がおかしいことに気付いたダーツが声を掛けた瞬間変化が起こった。杖を中心として複雑で巨大な魔術陣が水平に空間を切り裂くように展開する。押し広げられた空気が炸裂音を発して衝撃波となり、アンナ以外の三人を吹き飛ばす。


 全く予想外の出来事に冒険者達は受け身も取れずに石の床に叩きつけられた。それでも、流石というか、直ぐに立ち上がり其々の武器を構える。そんな三人の冒険者の目の前には、異様な光景が展開していた。


 杖を中心とした魔術陣に捉えられたアンナは、硬直したように立ったままだ。そして魔術陣の中央にある杖の表面に彫り込まれていたルーン文字が空間に踊り出し、硬直したアンナの身体を包み込んでいる。らせん状にアンナの身体を包み込んだルーン文字は一瞬赤紫の光を放つと、アンナの身体に吸い込まれていった。そして、同時に魔術陣も煙のように消え去った。


 アンナは、左手で杖をゆっくりと引き抜くと三人の方へ振り返る。右手はまるで別の生き物のように動き、自分の身体を確かめるように、腕、顔、胸、股間、脚をまさぐっている。それが終わると寝起きの時にするような大きな「伸び」をする。そして極め付けに、突然に笑いだした。腹の底から込み上げてくるような愉快そうな笑い声だが、それは異様な光景だった。


 唖然としてその様子を見ていた冒険者一行だが、ダーツが声を掛ける。


「魔術師さんよ、あんた大丈夫かい?」


 その声に、笑うのを止めダーツの方を見たアンナの視線は何となく焦点の合っていないもので、風景でも眺めるように三人の冒険者を見ている。


「蛮族の、墓荒らしといったところか……しかし、蛮族と魔術師が一緒になって墓荒らしとは、一体どのような時代になっているものか。それは、追々この女の記憶から分かることであるな」


 そう言うと、女魔術師は杖を三人の冒険者に向けながら


「貴様ら墓荒らしには感謝しなければならないな。魔術師同伴でやってくるとは中々気の利くことだ。そうだな……お礼と言ってはなんだが、貴様らを吾輩ラスドールス・エンザスの下僕にしてやろう。我が死霊術をもって、死を超越した永遠の下僕となるのだ。だが、その前には少し死んで貰わなければならないのだが……まぁ問題なかろう」


「何をゴチャゴチャ言ってるんだ?」

「ちょっと、様子が変よ」


 三人の冒険者は、目の前の女魔術師の異様な雰囲気に勘付きはじめた。一方、アンナだった何者か ――ラスドールスと名乗った―― は、手に持った杖で床をトンッと叩く。叩かれた床に小さな魔術陣が浮かびあると、一瞬で溶けるように消えるが――


「出でよ、我が従者ども!」


 そのラスドールスの声に呼応するように、ドーム状の部屋全体に石の擦れる音が響く。入口と奥の棺に対して左右の壁の一部がずり動いているようだった。


 そして、金属の甲冑が出すような軋む音と重い足音がドームに響く。音の正体は直ぐに姿を現した。そこには、干からびた人間の死体が金属製の甲冑を着込み大盾と槍を持った完全武装の姿で立っていた。総勢で二十体の完全武装した屍人兵デッド・ポーンである。全員が今はもう朽ち果てた瞳でラスドールスを見ている。


「ほうほう、暫く見ない間に随分と古ぼけたな。貴様らには後で働いて貰わねばならんが、まずは新しい仲間を増やすとしよう」


 二十体の屍人兵は一斉に三人の冒険者を見ると、武器を構えた。


「まずいな……」


 事態はよく呑み込めないが、逃げるためにドームの入り口に辿り着くには、この屍人兵どもを突破しなければならない。


「どうするのよ?」

「とにかく、逃げるぞ!」


 ドバンの号令で、一行は窮地を脱するべく行動を開始する。ダーツが懐から投げナイフを取り出し素早く正面の屍人兵に投げつける。屍人兵は大盾を持ち上げて難無く防ぐが、その隙をつき、三人は左側の壁沿いに回り込むと唯一の出入り口を目指す。


 その三人に向かって屍人兵の一体が手に持つ槍を投げ付ける。朽ちた見た目に反した俊敏で滑らかな動きである。


「うぁ!」


 投げつけられた槍は、勢いよく飛ぶとウレアの太股に後ろから突き刺さった。穂先が貫通して反対から飛び出す。ウレアは転倒しかけるが何とか持ち堪える。しかし、もう走れそうにないほど深い傷である。そんなウレアは苦痛に顔を歪めつつ振り返ると、迫りくる屍人兵を迎え撃とうとする。


「私が引き付けるから、早く逃げて!」


 そう言うと、短槍を構える。既に三体の屍人兵が動けない彼女に対峙している。


「おい、やめろ!」


 ドバンは、ウレアの窮地に引き返そうとする。


「だめだ、間に合わないって」


 ダーツが悲鳴のような声でドバンを制止しようとするが、ドバンは両手斧を振り回しながら屍人兵とウレアの間に割って入る。通路のような狭い場所ならば、まだ活路はあったかもしれない。だが、周りの開けた広い場所では分が悪かった。


 七体に増えた屍人兵が二人を取り囲む。壁を背に包囲されたウレアとドバンは懸命に武器を振り回し、屍人兵を近づけまいとするが、恐怖を感じることが無い屍人兵には牽制の効果は無かった。屍人兵達はジワリと包囲する間合いを詰めると、七本の槍を一斉に突き入れる。


「ぎゃー!」


 どちらのものか分からない悲鳴がドームに響く。屍人兵達はその悲鳴にたじろぐことも無く、淡々と突き入れた槍を引き戻し、再び突き入れる動作を繰り返す。


 包囲網の中では、身体を何か所も槍で突かれたドバンが、槍を引き抜かれる勢いで前のめりに崩れ落ちる。足元には既に息絶えたウレアが横たわっていた。


(畜生、もう少しで大金持ちだったのに、なんでこんな女庇っちまったんだろう……)


 深い闇に落ち込んで行く意識は、消えゆく寸前まで大金の使い道に想いを馳せる。豪華な衣装に身を包みテーブル一杯に並ぶ豪勢な料理に最高の酒を愉しむ。隣を見る彼の視線の先には満足気に微笑む着飾ったウレアの笑顔があるのだった……


「ちくしょう!」


 ダーツは一瞬だけ二人の仲間を助けに戻ろうかと躊躇したが、手遅れと判断し逃げることに集中する。そこに、もう一体の屍人兵の投げつけた槍が飛んでくるが、何とかかわすことが出来た。ドームの出入り口までもう少しだ。


(俺は逃げる! 死んでたまるか!)


 スカウトの耳には誰かの悲鳴が聞こえてきたが、もうそんなことには構わない。何が何でも逃げ出そうと必死に出入り口を目指す。


「逃げることは無かろうに」


 ラスドールスはそう言うと、素早く「吸命ライフドレイン」の術を発動する。出入り口まであと少しに迫っていたダーツは、突然身体が重くなり鼓動が早まるのを感じると脚を縺れさせその場に転倒した。必死で起き上がろうともがくが、身体に力が入らない。まるで身体に大穴が開いて命が零れ落ちているようだ。それでも必死で地面に這いつくばって顔を上げると、出入り口が見えたが、同時に屍人兵が立ち塞がる。屍人兵が槍を振り上げるのが見えた。それが、ダーツの最期だった。


 ドームに静寂が戻った。屍人兵が冒険者の死体を引きずりラスドールスの前に置く。ラスドールスは屍人兵達を見やると


「上出来、上出来。お前達も嬉しいだろう、仲間が三体増えるからなぁ」


 と言い、愉快そうに笑い声を上げるのだった。

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