Episode_01.09 遺跡探索
ルーカは街道の北側へ三百メートル程森に入った所の斜面を指差している。なるほど、そこだけ木が生えておらず、黒っぽい地面が剥き出しになっている。それは地滑りがあったことを示すものだった。
「俺はここで待っているよ。あの洞穴は気味が悪くて近づきたくないからね」
そう言うルーカに対して、大柄な戦士ドバンが
「それがいいな、素人に口出しされたらやり難いだけだ。騎士さんも、魔術師さんも一緒にここで待っているか、先にウェスタへ帰っても良いんだぜ」
という。その言葉にデイルは、ムッとするものを感じたが
(確かに彼ら冒険者のやり方が有るだろうし)
と納得してここで待つことにした。正直なところ、あんな得体の知れない洞穴に入るのは御免被る、といった気分だ。一方、アンナはその言葉を完全に無視すると馬を降り手綱をデイルに渡してきた。
街道端の木陰で待つデイルとルーカを残して、三人の冒険者と一人の女魔術師は森を分け入って行った。森をしばらく進むと、平坦だった地面が斜面に変わっていく。斜面に入ってから、下草をかき分け進んでいくとやがて目的の洞穴へ達した。
小柄なスカウト、ダーツがさっそく洞穴の作りを調べている。他の冒険者二名は手近な岩に腰を下ろすと、その作業を待っている様子である。アンナも彼等に倣い、手近な石に腰を下ろす。そんなアンナは街道の方を見てみたが、こちらからは生い茂る杉林が邪魔になり、見晴らしが悪かった。
洞穴は、奥行き十メートル程の石組のトンネル状になっており、突き当りに石棺の扉がある。トンネルの途中が地滑りで崩れて洞穴になって現れたのだろう。石棺の扉の反対側には元から入口など無かったようで、地滑りにより石組が崩れなければ誰もその扉の存在を知ることは無かったはずだ。そんな洞穴を、あらかた調べ終えたダーツが戻ってくると、
「やっぱり古代の遺跡だと思う、他に入口が無ければだが、未発掘なのは間違い無い。それにしても、入口が人工的に埋められている構造なんて、何かを閉じ込める目的で作られたようだ。奥の扉はこれから調べるけど」
そう言うと、どうする?といった感じでドバンを見る。やはり、グループのリーダーはこのドバンのようだ。
「その石棺の扉を開けて、中を調査するのが今回の仕事だからな。魔術師さんも一緒だし亡霊だの、ゴーレムだのが出ても大丈夫だろう」
「ゴーレムは良いけど、幽霊はイヤよ」
女戦士ウレアはそう言うと身震いする真似をして見せる。一方ダーツはその仕草を見て、肩を竦めると、アンナに
「わかった、じゃぁ魔術師さん、ちょっと明りをくれないか?」
アンナは頷くと、灯火の術を発動した。白っぽい光の玉がスカウトの頭上の高さに浮かび上がる。
「へへっ、じゃぁ行こうか」
そう言うと、ダーツを先頭に一行は洞穴へ入って行った。
**********
それほど深くない洞穴の突き当りに石棺の扉があった。大きな造りで、大柄な戦士も楽に通り抜けられそうだ。石造りの扉のように見えるそれは、表面にルーン文字が彫りつけてある。
「魔術師さんよ、これ何て書いてあるんだ?」
ダーツの問いに、アンナは灯火に照らされた扉に近づくと、その文字を読んでみる。
「――この扉を開けようとする者に警告する 中にあるものは災いである
好奇心を捨て ここから立ち去るべし―― と書いてあるわ」
更に、アンナは魔力検知の術を使い扉に何かしら魔術的な封印が有るか確認してみた。
「扉には、魔術的な封印も仕掛けも無いわね。でもどうやって開けるのかしら?」
扉は、石組の壁に埋め込んであるようで、取手も無ければ蝶番も見当たらない。
「それは、俺に任せてくれよ」
ダーツは、扉周囲の石組を拳で叩き「うーん」と言ったり、金属製のヘラ状の道具を隙間に差し込んだりしている。
その様子を見て、ドバンが茶化すように声を掛ける。
「その扉を開けなかったら、酒を奢るのは無し、だからな」
「うるっせーよ、ちょっと待ってなって」
そう言うと、手慣れた様子で次々と調べていく。そして、十五分程過ぎた頃に、何か手掛かりを見つけたようだ。
ダーツは金槌と石ノミを道具袋から取り出すと、石組の一部を砕く。隙間が大きくなった箇所にヘラを差し込み「グイッ」と力を込めて石組の一部分の石を取り去った。奥には金属製の取手があり、滑車に繋がっているようだ。
「これはこれは……ドワーフ製の仕掛け扉だね。この取手を引っ張ると滑車が巻き上がり石の扉が持ち上がる仕掛けになっている。前に他の遺跡でも見つけた種類のものだな」
ダーツは胸を張るように、扉の仕組みについて講釈をする。
「でも、まだ焦ってはいけません。コワーイ毒矢の罠が仕掛けられているようです」
「ハイハイ、それじゃぁ先生、罠の解除もお願いします」
ウレアがおどけた調子に合わせて合いの手を入れる。古代遺跡には、このようなドワーフ製の仕掛け扉や、魔術的に施錠された扉がある。また、多くの場合は歓迎されない侵入者を追い返すような危険な罠も備わっており、それらを調べ解除する専門家がトレジャーハンターや、スカウトと呼ばれる職種の者達である。
ダーツは更に作業を進める。石組の壁に空いた穴の中を通る金属線を探し出すと、一旦そこから離れ、石の扉の左右に開けられた、目立たない小さな穴に粘土を千切って詰めていく。その作業が終わると、再び壁の穴に戻り、鋏を取り出すと。
「念のため、危ないから少し下がってな」
一行が五歩程扉から離れるのを確認して、金属線を全て切断する。何も起きない。
「これで、罠解除は完了。いつでも開けられるぜ」
そう言うと、ダーツは得意気な表情でドバンを見る。
「それじゃ、俺が先頭で行くから、魔術師さんは一番後ろに居てくれよ」
ドバンはそう言うと大ぶりの両刃斧を構えて見せる。その後ろには
「開けるぞ」
そう言うと、スカウトは金属製の取手を引く。足元でかすかに金属の軋む音がする。そして、グググッと重い音を立て石の扉が引き上げられていく。ドバンは武器を構え直すと、扉の向こう側の闇に意識を集中する。こういった仕掛け扉を解除した瞬間、別の仕掛け ――例えば魔術を付与されたゴーレムと呼ばれる人形等―― が襲いかかってくる場合があるため、それを警戒しているのだ。
扉はゆっくりと重そうな速度で上まで上がり切ると、ゴンッと重い音を立てて止まった。すかさずダーツが金属棒を穴に差し入れる。仕掛けに噛みあわせて、扉が自重で落ちるのを防ぐ為のようだ。
「これで良しと。閉じ込められるのはゴメンだからな」
見かけは
幸いなことに、扉を開けた先に罠は無く代わりに緩やかに左にカーブした通路が続いていた。大人三人が並んで歩ける程の幅のある通路だが、一行は自然とダーツを先頭に、ドバン、ウレア、最後尾がアンナという隊列でゆっくりと通路を進んでいく。
緩やかにカーブする通路と言うのは、方向感覚を狂わせる上に見通しが利き難く待ち伏せされやすい。ベテラン冒険者の間では、用心が必要な場所として知られている。先頭を行くダーツはそのことを熟知しているようで、アンナに魔法の灯火を追加で貰い用心深く両側の石壁や天井を調べながら進む。
暫く進んだ時、ふとダーツが足を止める。不審な物を見つけたようだ。彼が指し示す先、天上・床・左右の石壁に周囲の壁とは色合いの違う親指二つ分の大きさの石が埋め込まれている。
「ちょっと、これ魔石じゃない? この大きさは凄いわよ……」
ウレアはそう言うと、床に埋め込まれている魔石に手を伸ばしかけたが――
「待ちなって、どんな罠かも知れないぜ。魔術師さんに調べてもらってからだ」
ダーツにそう言われ、女戦士は慌てて手を引っ込めるとアンナの方を見た。
それに答えるように、アンナは再び魔力検知の術を使用する。通常の視力に加え魔力を視覚的に捉える力を得たアンナの目は、四つの魔石を結ぶように通路の空間上にクモの巣のように形成された魔術陣を捉えていた。魔術陣の様式からして強力な「魔力消去」術である。それが発動状態で空間に固定されていることが分かった。
「魔術的な罠があるわね、魔力を除去する術が仕掛けられているわ……でも発動核の魔石を取ってしまえば無効になるはずよ」
それを聞くと、ダーツはかなり慎重に床と壁の魔石周辺を調べる。一通り調べた後、短剣の切っ先で掘り出すようにして魔石を取り外した。一同は固唾を飲んでその様子を見守っていたが、別の罠があった様子も無く、無事魔石を撤去することが出来た。
「これだけ大きな魔石だと、一つで金貨五枚はするなぁ」
金貨五枚の価値は、都市部で普通の家族が一年は何不自由なく暮らしていける程である。ドバンはそう言うと、ダーツから短剣を借りて天井に仕掛けられた残りの一個も取り去ってしまった。魔術の灯火で照らされた魔石は、濃い紫色の水晶に似た質感であり、表面は光沢を持って光を反射している。
「かなり長い間魔力を維持していたはずだから、上質の魔石に違いないわね。もう少し良い値が付くかもね。」
アンナのそう言う言葉に、ドバンは「へっへっへ」という感じで懐に魔石を仕舞い込んだ。
「あとで山分けだからな、忘れるなよ」
と、ダーツは釘を刺すのを忘れなかった。今回は公式な依頼に基づく調査である為、収集物は原則的にギルドの物である。しかし、アンナとしては、如何に上質であろうと、たかだか魔石数個に目くじらを立てるつもりは無い。アカデミーマスターであり、男爵家でもある家の娘として裕福に育ったせいか、金銭に対する執着は薄いのである。
そんなことよりも、今はこの通路の奥に隠されている秘密 ――未発見の魔術書か? それとも古代魔術文明の遺物か? 誰が何のために作った遺跡なのか?―― といった疑問で頭が一杯である。
(入口のドワーフ製の仕掛け扉は内側から開く構造で無かった。通路途中にあった手付かずの魔術罠は、魔力を消し去る術が掛けられていたが侵入者を撃退する目的とは思えない。実際簡単に解除出来た……冒険者が言うように何かを閉じ込めておく場所だとすると納得出来るわね。でも、何を閉じ込めているのかしら?)
アンナはふと、入口の石棺の扉に刻まれていた文句を思い出す。
(何かとは、災いのことのようね)
そう考えているうちにも、一行は用心深く先へ進んでいく。
通路はまるで大きな円形のホールの外周を回るように続いている。ダーツの感覚だと、そろそろ、四分の三程回ったか? と思う頃合いで通路は行き止まりとなり、左手に大きな観音開きの扉が姿を現した。通路の幅・高さとほぼ同じ大きさの金属製の扉で、表面には複雑な幾何学文様が彫金されている。
「どれどれ……」と早速ダーツが調べ始める。観音開きに見えるのは、扉の中心に線がはいっているためだが、肝心の開く為の取っ手が見当たらない。「うーん」と唸りながらも、扉やその外枠をコンコンと拳で叩いたりしている。
「入ってから、どれくらい時間が経ったかしら?」
「そうだな、とっくに正午は回っているだろうな。よし、この扉を開けて中を調べたら一旦切り上げることにしよう」
ウレアとドバンの会話である。暗い洞窟の中や、遺跡の探索では時間感覚が狂いがちになる。体感よりも、ずっと時間が経っていることも良くあることで、疲労を抜くための休憩や出直しの判断は地味ながら重要である。
ダーツも扉を調べながら「賛成」と右手を挙げて賛同した。
アンナとしては、もう少し調べられると思ったが、ここはプロの冒険者の判断に従うこととして、無言で賛同の意思表示とした。
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