Episode_01.07 女魔術師アンナ
その日の午後、メオン老師宅に珍しく来客があった。黒ローブを纏った女性 ――先ほどユーリーが見惚れていた女性―― は、玄関先で待たされたものの、しばらくして家の中に通された。
「リムルベート魔術アカデミー第四階梯のアンナ・ユードースと申します。ご高名な賢者メオン様にお会いできましたこと、誠に光栄でございます」
アンナと名乗った魔術師は先ほどユーリーに見せた笑顔よりも少し緊張した
「ユードース……じゃと?」
メオン老師が
「アカデミーマスターのサハン・ユードースは私の父でございます。長年の無沙汰の非礼をお詫びします、とは父からの言付けでございます」
そう言い、懐から手紙を取り出すとメオンに差し出し、深々と頭を下げた。
「これはご丁寧に……このような
メオン老師の言う階梯とは全部で七階梯ある魔術師の位のことであり、目の前の若い女性は四番目の順位ということである。その通りならば、かなりの実力者と言うことである。しかし、近年の魔術アカデミーに於いては、「階梯は金やコネで、どうにでも成る」という噂が聞かれる程に拝金主義が横行しているようで、老師の言葉にはその事を
アンナもその点は察したが、この手の詮索はよくあることで余りこだわるつもりは無い。二十三歳で第四階梯というのは、リムルベート魔術アカデミー創設以来のスピード出世であることは間違い無いし、その機会に恵まれたのは父がアカデミーマスターであるということが無関係ではない。コネと陰口を言う者も少なくないが、
「自分は誰にも恥じることのない成果を示して今の階梯に居る」
と自負している。だが、そういう強い自負心とは反対に
「誰が見ても文句の言えない立派な功績が必要だ」
と焦る自分がいることも自覚している。
今回の件に参加している理由も、未発掘の古代遺跡に興味を示す上位階梯の魔術師達を押し退けて「自分が行く」とごり押した結果であり、功績を残したいと考えていることの表れであった。
会話としては、妙に間伸びした空気が流れたが両者とも努めて気に留めない風を
(サハンめにしては、なかなか良い娘を持ったものじゃな)
というのがメオン老師の率直な感想である。アンナの葛藤は、少し話をするだけで手に取るように分かった。しかし、如何に俗物なサハンであっても、世間の
(それにしても、サハンの話を聞いても腹が立たないとは……儂も歳を取ったということか)
それとも、期せずして面倒を見ることになったユーリーの存在が、偏屈な老人からかつての苛烈さを削り取っていったのか。それは誰にも答えられない問いであった。
**********
一方、メオン老師宅を後にしたアンナは村の南側を流れる川辺を歩いていた。メオン老師との会話で、何度か
(自分はまだまだ相手にされない)
と思うのだ。
そして少し沈んだ気分を変えるために川辺を歩いていたのだが、そこで釣りをしている少年を見つけた。先ほど村に案内してくれた少年だと分かると、アンナは気分転換に話し掛けてみることにした。
「こんにちわ、何が釣れるの?」
ユーリーは突然後ろから声を掛けられて驚いたものの、振り向くと先ほどのきれいな女魔術師が立っていたので二度驚いた。
「こ、こんにちは……マスとかナマズとかが釣れます」
赤面して答える少年を見て、アンナは思わず頬が緩む。良く見ると顔立ちが整っており、この地方では珍しい黒目・黒髪の少年に少し興味が湧いてきた。
「私は、アンナって言うの。君のお名前は?」
「僕はユーリーっていいます」
ユーリーは緊張したが、それも一瞬のことで、次第に生来の明るい性格から、自分も何か聞いてみようと思った。
「アンナさんは、どうしてこの村に来たんですか? 魔術師なんでしょ? お爺ちゃんを訪ねてきたの?」
「お爺ちゃん?」
「メオンって名前で、皆は老師って呼んでるけど……」
アンナは驚いた。あのメオン老師にこんな
「じゃぁ、ユーリーはメオン老師のお孫さんなの?」
「えーと、孫じゃないよ。何て言ったっけかな……そうそう
これはこれで、驚いたアンナであった。あの偏屈そうな老人が他人の子を預かり育てるとは、意外である。
「そうなんだ、メオン老師には先ほどご挨拶したところよ。この村に来たのは別の用事なんだけどね」
それから暫くの間、二人のお喋りはつづいた。しかし最後には、はしゃぎ気味のユーリーの質問攻撃に溜まりかねたアンナが退参する格好となっていた。
「アンナ、またねー!」
大声でそう言って手を振っている少年に、手を振り返しながら。
(なんか、疲れた……)
と思うアンナであった。
**********
ユーリーは立ち去るアンナを見送った後、釣り道具の場所に戻ろうと振り返る。すると、振り返った先には腕を組んで何故か不機嫌そうなマーシャと、苦笑いするヨシンが立っていた。
「ちょっとユーリー、今の女の人……誰?」
「だ、誰って。アンナさんて魔術師の人だよ」
答えるユーリーに、「そう」とだけ言うとツンと顔を背ける。そんなマーシャの様子に、ヨシンが後ろから話題を変えようと話を振ってくる。
「なぁ、ユーリー。村に騎士が来てるんだろ? どこにいるのか知ってるか?」
「あー、ヨーム村長に聞いたら分かると思うよ」
「じゃぁ一緒に付いて来てくれよ」
ユーリーはチラッとマーシャを見る。口を尖らせて腕を組んで明らかに不機嫌そうだ。ユーリーはそっと、釣れた魚の入った魚籠をマーシャに差し出す。マーシャは一瞬口元が緩みかけたが、それを取り繕いバッと魚籠を掴んで後ろ手に隠すと、不機嫌な態度を保つ。
機嫌の悪いマーシャに絡まれると、ややこしいのでユーリーはヨシンと一緒に行くことにした。
そんな二人の後ろ姿を見送りながら、マーシャは毒づく。
「ふん、なによ。ちょっと美人だからって鼻の下伸ばしちゃって。もう知らない!」
そう言いつつもマーシャはユーリーの魚籠の中を見る、そこには大き目のナマズが二匹入っていた……
**********
ユーリーとヨシンが、ヨーム村長宅へ付くと、丁度ヨシンのお目当ての騎士とヨーム村長が談笑していた。ヨームの腰には何故か普段は見ない本物の剣があった。一方騎士の横には脱いだ鎧が置いてあり彼の武器である
剣の稽古が終わったばかり、といった雰囲気の二人は玄関先に椅子を並べて、皿に盛った鱒の燻製と干した山葡萄を肴にエールを飲んでいる。日暮れ前から酒盛りのようだった。そして、その様子を遠巻きに見るユーリーとヨシンに気付いたヨーム村長が声を掛ける。
「おお、二人とも。どうしたんだ?」
緊張して、「あ、あ、あ」と言葉が詰まっているヨシンの代わりにユーリーが言う。
「ヨシンがね、騎士さんを見てみたいっていうから連れてきたんだ」
ユーリーの言葉に騎士と呼ばれたデイルは、怪訝な顔をしてヨシンを見る。
「きき、木こりの息子のヨシンと言います。騎士様にききき、聞きたいことがあります」
「デイルだ。どんな事を聞きたいんだい?」
軽く自己紹介をするデイルに、ヨシンは緊張しているようで「えええ、えっと」と言葉が詰まって出てこない。一方、デイルは促すようにヨシンを覗き込むのだが、それが更に彼を緊張させているようだ。
(朝はあんなに思い切り村長に切り掛ったのに、なんでここで緊張するの?)
と、それを見兼ねたユーリーが助け舟を出した。
「ヨシンはね、ウェスタ侯爵様の騎士団に入って騎士になりたいって言ってたよ」
デイルはほぉーという顔をする。
「さっき話してた活きの良い小僧というのが、この二人だ」
一体どんな話をしていたものか、しかしデイルはヨーム村長の説明にウンウンと納得したようだった。ユーリーの言葉に促されるように、ヨシンもやっと言葉を発する。
「き、騎士様、ぼぼぼ、僕達が騎士になるにはどうしたらいいですかっ?」
酒が入って、少しだけ頬が赤らんでいるデイルは、少し考えた後に真面目な口調で答える。
「お前達平民身分の者が正騎士になることは出来ない。騎士とは代々続く身分であるからな。しかし、聡明なウェスタ侯爵様は、そのような身分的な騎士だけでは無く、才能ある若者をご自分の騎士団に加えようとお考えだ。私もかつては平民の倅であったが、その侯爵様の深いお考えによって騎士に取り立てられたのだ。まずは、ウェスタ領兵団に入隊し己を鍛え、技を磨くのだ。優れた者ならば機会は自ずと与えられる」
演説調のデイルの説明に、ヨーム村長はお愛想の拍手をするが、ヨシンはポーとなっている。
(ヨシン、どうしたの?)
隣のユーリーが肘でつつくと急にバシッと音がするような勢いで姿勢を正してヨシンが言う、
「ありがとうございます! 僕とユーリーはウェスタ領兵団に入団いたします!」
「ハハハハッ、そうか、お前らそう言うつもりだったのか」
ヨーム村長は可笑しそうに笑っている。
「そうか! 大いに結構。ヨシンとユーリーだな、ウェスタの街に戻ったらお前達の事は領兵団に伝えておくぞ。新兵の募集は春先だからな、詳しいことはヨーム村長が良く知っている。楽しみにまっているぞ」
騎士デイルはそう言うと、ジョッキのエールをグビグビと飲みほした。一方で、ユーリーは文句と不満が籠った視線をヨシンに送ったのだった。
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